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だから、涙が出るのでしょう
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『才能』という二文字が、嫌いだ。なぜなら、私は持ち合わせていないから。
そんな事を、真っ白な画用紙とにらめっこしながら考えていた。構図が全く浮かばない。締め切りも近いのに、本当に嫌になる。
大体、絵のコンクールなんてやってなんの意味があんの。結局は審査員の好みなんじゃないの。とまで考えて、また凹む。それこそ、誰の好みにも引っかからない私の絵って、なんの価値があんの。ため息しか出ない。
部活に入りたての頃は、まだ楽しかった。好きなものの絵が描けたし、何より、一人でこっそり絵を描いていた頃とは違って、私と同じく絵を描くのが好きな人と交流できたのは嬉しかった。だけど交流の中でやっぱりぶちあたるのが『才能』の壁だ。同じコンクールに出展したのに私を差し置いて賞を取る人がいる。先生にべた褒めされる人がいる。どんどん上手くなってく人がいる。絵をネットにあげて、ウェブ上でちょっとした有名人になってる人もいる。そんな人たちを目の当たりにすると、思うんだ。「私、なんのために絵ぇ描いてんのかな」。
「やめたい」
一音一音区切るように口から紡がれた言葉を、自分で聞いてじんわりと涙がにじむ。私が絵描くのやめたところで、惜しんでくれる人もいないだろうし。まばたきをした瞬間、真っ白な画用紙にポタリと涙が一粒落ちた。涙が落ちたところからなんか魔法みたいに、画用紙が素敵な絵で埋まればいいのに、と思ったけど、水の跡がじわりとしみただけだった。目を閉じると、ぽた、ぽた、と続けざまに落ちる。
「ふむ。美味ですな。喉越しがあって味わい深い……」
「……?」
ここは美術室で、そんな言葉をここで聞くことは滅多にないはずだ。驚いて目を開けると、真っ白だったはずの画用紙の上に色が付いている。黄色のヘルメット。黒いタキシード。くすんだ銀のバケツ。やけにカラフルになった画用紙を凝視する。……これ、絵じゃない!
「小人……?」
「おお、驚きました。貴女も私が見えるのですね! いやはや、挨拶もせずに舌鼓をうった御無礼をお許しください。貴女の涙、いただきました」
「……はあ?」
パチクリとまばたきをしたことで、もう一粒涙が落ちたのをその小人は恨めしそうに眺めた。体長10センチくらいのおじさん。まあ、通常の人間サイズでタキシードにヘルメットのおじさんがいたら、確実に避けて歩くけど。小人となれば話は別なので、私はそっと小人の話に耳を傾けた。
「私は涙の美食家。世界中の方の美味たる涙を求め、旅をしております。いやあ、貴女の涙も大変美味しゅうございました」
「……そりゃ、どうも?」
何やら感謝をされ、曖昧に返事をした。すると、自分のことを『美食家』だと言った小人は、キョロキョロとあたりを見回した。近くにあったパレットや筆、さらには自分がしっかりと踏んづけている白い画用紙を見つけて「おお!」と声をあげた。
「絵をお描きになるのですね、なんとまあ素晴らしい。絵はじつにいいものです」
画用紙の上をくるくると踊るように動きながら小人が言った。小人のくせにわかったような口を聞くものだな、と、あきれるを通り越して感心した。いいものだなんて、よくいう。絵を描くことなんて、楽しいだけのことのように見えて、実はドロドロでぐちゃぐちゃの真っ黒な感情に支配されるような葛藤もあるというのに。
「よくないよ。才能ないとこの世界ではやっていけないんだから」
「……ほう? それはそれは。その言葉は、先ほど貴女が流した涙と関係がおありで?」
ギクリとした。なかなかに鋭い。
「そうだよ。私、才能ないから、このまま続けたって意味ないんだよ」
「ほう」
「……だから、もう、いっそやめちゃいたい」
ぽつりと呟いた言葉は、小人には聞こえていなかったのだろうか。小人は何も答えず、下の画用紙を眺めている。やっぱ、こんな小人には、私の苦労なんか、悩みなんか、わかるはずがないんだ。そう考えたら、また泣きそうになってきた。
小人がしばらくして顔を上げた。その瞳に、なんだかどきりとする。何もかも見透かされているような目だった。
「何度も消した跡がありますな」
「……え?」
「この画用紙です」
小人がトントン、と踵で画用紙を指した。真っ白な画用紙。下書きを描いては消して、その度に真っ白になる画用紙。
「本当にやめたいと思っているなら、こんな風に一枚の紙と向き合うこともないでしょう。でも、貴女は向き合っている」
「……」
「貴女がそうやって泣きながらでも続けているのは、やっぱり絵を描くことが好きだからでしょう。だから、涙が出るのでしょう」
何度も、何度も。
泣きながら絵を描いたことも多くあった。その度に辛くて、やめようって思ったけど、やめられなかったのは。
「貴女の涙を食せばわかります。この涙には、好きという気持ちがたくさん詰まっています」
「……っ、うるさいなぁっ……!」
──そんなこと、わかってるよ。悔しくても、悲しくても、才能なんてなくても。絵を描くことが好きだからやめられなくて、悔しくて、悲しくて、涙が出るんだ。
「その涙が証拠です」
息使いで、小人がふっと笑ったのがわかった。次から次へと出てくる涙を、バケツに丁寧にキャッチして、満足げに笑う。豪快にバケツに直接口をつけ、ごくりごくりと喉を鳴らした。
「ふむ、やはり美味。こんなに素晴らしい涙を、才能などに拘って流さなくなるなんてとんでもございません! 貴女には、ぜひ絵を描くことをやめないでいただきたいものですな。この涙のように、貴女にしか生み出せないものはたくさんあると、私は思います」
「……ふふっ」
思わず笑ってしまった。なあんだ、いるじゃないか、ここに。私が絵を描くのをやめたら、惜しんでくれる人。
「……ありがとう。私、もうちょっと頑張ってみる」
「それはよかった。それでは、私もそろそろおいとまいたしましょう。これ以上この上にいたら、貴女に迷惑がかかってしまう」
小人がいそいそと持っていたバケツを背負った。バケツ、そうやって運ぶのかよ。最初から最後まで、わけのわからないおじさんだ。
目に溜まっていた涙をそっと指で拭った。次に目を開けた時には、その小人の姿はすっかりなくなっていて──でも、画用紙には、さっき流した涙の跡が残っていた。跡が乾いてすこしよれてしまった画用紙。それをしばらく眺めて、よし、と意気込んだ。
絵を描くのが好きだ。才能とか、周りの目とか、そういうことを気にしないで、画用紙いっぱいに『好き』をいっぱい詰め込んだ絵を描こう。誰の目にも止まらなくていい。私のためだけに、絵を描こう。この絵はきっと、私にしか生み出せないものなのだから。手にしたシャーペンは、まるでさっきの小人のように、踊るように画用紙の上を滑った。
そんな事を、真っ白な画用紙とにらめっこしながら考えていた。構図が全く浮かばない。締め切りも近いのに、本当に嫌になる。
大体、絵のコンクールなんてやってなんの意味があんの。結局は審査員の好みなんじゃないの。とまで考えて、また凹む。それこそ、誰の好みにも引っかからない私の絵って、なんの価値があんの。ため息しか出ない。
部活に入りたての頃は、まだ楽しかった。好きなものの絵が描けたし、何より、一人でこっそり絵を描いていた頃とは違って、私と同じく絵を描くのが好きな人と交流できたのは嬉しかった。だけど交流の中でやっぱりぶちあたるのが『才能』の壁だ。同じコンクールに出展したのに私を差し置いて賞を取る人がいる。先生にべた褒めされる人がいる。どんどん上手くなってく人がいる。絵をネットにあげて、ウェブ上でちょっとした有名人になってる人もいる。そんな人たちを目の当たりにすると、思うんだ。「私、なんのために絵ぇ描いてんのかな」。
「やめたい」
一音一音区切るように口から紡がれた言葉を、自分で聞いてじんわりと涙がにじむ。私が絵描くのやめたところで、惜しんでくれる人もいないだろうし。まばたきをした瞬間、真っ白な画用紙にポタリと涙が一粒落ちた。涙が落ちたところからなんか魔法みたいに、画用紙が素敵な絵で埋まればいいのに、と思ったけど、水の跡がじわりとしみただけだった。目を閉じると、ぽた、ぽた、と続けざまに落ちる。
「ふむ。美味ですな。喉越しがあって味わい深い……」
「……?」
ここは美術室で、そんな言葉をここで聞くことは滅多にないはずだ。驚いて目を開けると、真っ白だったはずの画用紙の上に色が付いている。黄色のヘルメット。黒いタキシード。くすんだ銀のバケツ。やけにカラフルになった画用紙を凝視する。……これ、絵じゃない!
「小人……?」
「おお、驚きました。貴女も私が見えるのですね! いやはや、挨拶もせずに舌鼓をうった御無礼をお許しください。貴女の涙、いただきました」
「……はあ?」
パチクリとまばたきをしたことで、もう一粒涙が落ちたのをその小人は恨めしそうに眺めた。体長10センチくらいのおじさん。まあ、通常の人間サイズでタキシードにヘルメットのおじさんがいたら、確実に避けて歩くけど。小人となれば話は別なので、私はそっと小人の話に耳を傾けた。
「私は涙の美食家。世界中の方の美味たる涙を求め、旅をしております。いやあ、貴女の涙も大変美味しゅうございました」
「……そりゃ、どうも?」
何やら感謝をされ、曖昧に返事をした。すると、自分のことを『美食家』だと言った小人は、キョロキョロとあたりを見回した。近くにあったパレットや筆、さらには自分がしっかりと踏んづけている白い画用紙を見つけて「おお!」と声をあげた。
「絵をお描きになるのですね、なんとまあ素晴らしい。絵はじつにいいものです」
画用紙の上をくるくると踊るように動きながら小人が言った。小人のくせにわかったような口を聞くものだな、と、あきれるを通り越して感心した。いいものだなんて、よくいう。絵を描くことなんて、楽しいだけのことのように見えて、実はドロドロでぐちゃぐちゃの真っ黒な感情に支配されるような葛藤もあるというのに。
「よくないよ。才能ないとこの世界ではやっていけないんだから」
「……ほう? それはそれは。その言葉は、先ほど貴女が流した涙と関係がおありで?」
ギクリとした。なかなかに鋭い。
「そうだよ。私、才能ないから、このまま続けたって意味ないんだよ」
「ほう」
「……だから、もう、いっそやめちゃいたい」
ぽつりと呟いた言葉は、小人には聞こえていなかったのだろうか。小人は何も答えず、下の画用紙を眺めている。やっぱ、こんな小人には、私の苦労なんか、悩みなんか、わかるはずがないんだ。そう考えたら、また泣きそうになってきた。
小人がしばらくして顔を上げた。その瞳に、なんだかどきりとする。何もかも見透かされているような目だった。
「何度も消した跡がありますな」
「……え?」
「この画用紙です」
小人がトントン、と踵で画用紙を指した。真っ白な画用紙。下書きを描いては消して、その度に真っ白になる画用紙。
「本当にやめたいと思っているなら、こんな風に一枚の紙と向き合うこともないでしょう。でも、貴女は向き合っている」
「……」
「貴女がそうやって泣きながらでも続けているのは、やっぱり絵を描くことが好きだからでしょう。だから、涙が出るのでしょう」
何度も、何度も。
泣きながら絵を描いたことも多くあった。その度に辛くて、やめようって思ったけど、やめられなかったのは。
「貴女の涙を食せばわかります。この涙には、好きという気持ちがたくさん詰まっています」
「……っ、うるさいなぁっ……!」
──そんなこと、わかってるよ。悔しくても、悲しくても、才能なんてなくても。絵を描くことが好きだからやめられなくて、悔しくて、悲しくて、涙が出るんだ。
「その涙が証拠です」
息使いで、小人がふっと笑ったのがわかった。次から次へと出てくる涙を、バケツに丁寧にキャッチして、満足げに笑う。豪快にバケツに直接口をつけ、ごくりごくりと喉を鳴らした。
「ふむ、やはり美味。こんなに素晴らしい涙を、才能などに拘って流さなくなるなんてとんでもございません! 貴女には、ぜひ絵を描くことをやめないでいただきたいものですな。この涙のように、貴女にしか生み出せないものはたくさんあると、私は思います」
「……ふふっ」
思わず笑ってしまった。なあんだ、いるじゃないか、ここに。私が絵を描くのをやめたら、惜しんでくれる人。
「……ありがとう。私、もうちょっと頑張ってみる」
「それはよかった。それでは、私もそろそろおいとまいたしましょう。これ以上この上にいたら、貴女に迷惑がかかってしまう」
小人がいそいそと持っていたバケツを背負った。バケツ、そうやって運ぶのかよ。最初から最後まで、わけのわからないおじさんだ。
目に溜まっていた涙をそっと指で拭った。次に目を開けた時には、その小人の姿はすっかりなくなっていて──でも、画用紙には、さっき流した涙の跡が残っていた。跡が乾いてすこしよれてしまった画用紙。それをしばらく眺めて、よし、と意気込んだ。
絵を描くのが好きだ。才能とか、周りの目とか、そういうことを気にしないで、画用紙いっぱいに『好き』をいっぱい詰め込んだ絵を描こう。誰の目にも止まらなくていい。私のためだけに、絵を描こう。この絵はきっと、私にしか生み出せないものなのだから。手にしたシャーペンは、まるでさっきの小人のように、踊るように画用紙の上を滑った。
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