おとぎ日和

天乃 彗

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わらしべ長者 番外編

大きな不安と小さな幸せ

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「若草……さ、今度の日曜空いてる?」
「へ?」
「いや、あの……二人で、水族館とか、どうかなと思って」
「っ……!?」

 記念すべき初デートである。失敗するわけにはいかない。そんな思いにかられ、彼女の頭の中は不安でいっぱいになった。

──どうしようどうしようどうしようー!! 


 * * *


「あれ、千花ちゃんじゃん」
「何だか元気なさげじゃない? どうしたのかな?」

 桃と綾子が見つけたのは、いつもより背中を丸めて歩く千花の姿だった。二人は顔を見合わせた後、千花に駆け寄る。

「ちーかーちゃん!」
「ひぇああ!? ……も、桃ちゃん?」

 千花は後ろから抱きつかれて驚いたが、知り合いだと分かってホッとしたように眉尻を下げた。

「何かあったの?」
「え……?」
「元気なさげだったからさ。相談できることなら、私聞くよ?」
「おばあちゃん……」

 綾子は世話好きだ。だからこそ彼女のあだ名は「おばあちゃん」なのであり、その優しさに幾度となく助けられた。千花は思いきって、二人に相談することにした。自分だけでは、きっとこの不安には打ち勝てない。

「じ……実はね。今度の日曜日に、か、彼氏から、水族館に誘われて……」
「えええ! デートじゃん! いいな!」
「桃、うるさい」
「で、私、男の子と遊びいくのなんて初めてだし……いろいろ、わかんないことだらけだし」
「うん、それで?」
「もし失敗とかして、飽きられたり嫌われたりしたらどうしようって、不安なの! おばあちゃん! 桃ちゃん! 私、どうしたらいいのかな!?」

 思わず涙目になりながら尋ねる千花に、綾子と桃は顔を合わせた。そして、少しして、ニヤリ、と笑う。

「千花ちゃん♪日曜日、何時に待ち合わせ?」
「じ……10時に駅って、言ってた気が」
「じゃあ、朝8時に千花ちゃん家ね。桃、寝坊しないでね」
「たぶんへいき!」
「え? あ、あの」
「大丈夫! あたしたちにまかせといて!」

 そう言って、二人は笑った。その笑顔はすごく自信に満ちていて、千花はさっきまでの不安が少しだけ軽くなるのを感じた。


 * * *


 日曜日。昨日はあまり眠れなかったのだが、8時ピッタリに二人が家にやって来た。桃は、やたら大きなカバンを持っている。家族はまだ寝ていたので、そのまま千花の部屋に通す。

「では、いきなりですが失礼しまぁす」

 何をするかと思えば、桃と綾子はいきなりクローゼットを開けて、中を物色し始めたではないか。

「キャー! も、桃ちゃん!?」
「うーん、やっぱり予想通り地味めな服ばっかだね」
「尚且つパンツばっかだね。千花ちゃん、スカートない? スカート。それかワンピース」
「え? スカート……」

 言われて思い出したのは、少し前に親戚からもらったワンピースだ。姫系というのだろうか、フリルやレース、リボンなどがふんだんに使われていたため、恥ずかしくて着れないと思ってタンスの肥やしにしていた。思い当たるスカートは、それしかない。千花はクローゼットの奥底のワンピースを取り出して見せた。

「これくらいしか……でもこれ、可愛すぎるし、私には似合わな」
「いいじゃんこれ! こういうの待ってた!!」
「よし! 服はこれで決定ね!」
「え!? こ、これ着るの!? 無理だよ似合わないよ!」
「いいから任せなさい」

 慌てて言うと、おばあちゃんはそう言いながら千花をベッドの淵に座らせる。千花は何も言えず、不安げな目で二人を見つめた。

「大丈夫、うまくいくよ! なんてったって──」

 桃はそう言いながら、カバンの中から巨大なメイクボックスを取り出して、ウインクをした。

「天才桃ちゃんが、100倍可愛くしてあげちゃうんだから!」

 その後ろで、綾子がヘアアイロン片手にまた微笑む。

「私らを頼ったからには、覚悟してよね?」

 千花は、何も言うことが出来なかった。ただ、素敵な友達が居てくれたことが、たまらなく嬉しくて、千花は固く拳を握った。やっとのことで、かすれた声で「ありがとう」を伝えると、二人は顔を合わせてまた笑ったのだった。


 * * *


──若草、遅いなぁ。

 智はさっきから数分おきに時計を見つめている。自分が早く来すぎたこともあるのだが、早く会いたくて仕方がなかった。記念すべき初デートだ。気負っているのは智だって同じだ。

「……金子くん!」

 やっと、愛しい声がして、顔をあげる。その瞬間、呼吸が止まってしまいそうなほど驚いた。そのまま、目が離せなくなる。

「……わかく、さ」
「おっ……遅れてごめんなさい!」

 智は必死に冷静に振る舞おうとするが、無理だ。赤くなる頬を片手で隠す。
 初めて見る私服が、こんなに可愛いとは思わなかった。学校で見る千花は、ノーメイクで、髪を2つにまとめて、悪い言い方をすれば地味な少女であった。
 だが、今日の千花は違う。ノーメイクでも可愛いとは思っていた。でも、メイクをするともっと可愛い。睫毛だって長く上を向いているし、ぷっくりとした唇は、なんというか、もう、直視が出来ない。髪の毛も、綺麗にカールして、ふわふわだ。可愛らしいカチューシャは、今の千花にピッタリ似合っている。
 極めつけは、服だ。智は正直、大人しい千花のことだから、服装も大人しめなのかと思っていた。自分自身服装にこだわりはないし、それはそれでいいと思っていたのだが。ふわふわとして女の子らしい、露出は控えめの上品な可愛さのワンピース。ピンクと白を基調としたそのワンピースに、ニーハイソックス。まるでお人形さんみたいなそのコーディネートに、智の心臓は大きな音をたてて鳴りっぱなしだった。

「……い、いや。俺が……早く来すぎた、だけ、ですから」

 動揺のあまり敬語を使ってしまい、慌てて口をふさいだ。

「え? ……あの、や、やっぱり怒って……?」
「ち、違う! そうじゃなくて……」
「そうじゃなくて……?」
「若草があんまり可愛いから!」
「え」
「あ!」

 言ってしまったものは仕方がない。智は赤くなる頬を隠すのをやめて、千花の目を見た。

「……今日の若草、ほんとに可愛い。誘って、良かった」
「は……はい」

 千花もつられて赤くなる。時間ギリギリまで頑張ってくれた二人の姿が頭を掠め、胸が一杯になった。

──桃ちゃん、おばあちゃん……っ! ありがとうっ……! 

 涙が出そうになるのを必死で堪えて、二人は手を繋いで水族館へと向かった。


 * * *


 その日の帰りだった。すっかり暗くなった街を歩きながら、智が呟いた。

「今日、ほんとに楽しかった。若草、ありがとう」
「う、ううん! 私も、すごく、楽しかった……」

 二人でいろんな魚を見たり、ショーを見たり。学校では味わえない、楽しい時間はあっという間に過ぎていってしまった。初デート、不安に思っていたことなんてすっかり忘れてしまっていた。

「……若草。提案なんだけど」
「え?」
「俺も、千花って呼ぶから、俺のこと名前で呼ばない?」
「……えっ!」
「いいよね? 千花」

──千花。

 そう呼ばれて、ただでさえ赤い顔にもっと熱が集まった。NOと言えない日本人、「いいよね」と言われてしまったら……答えは、ひとつしかない。

「……はい、智、くん」
「あと、もうひとつ」
「え?」

 千花の家はもう目の前だった。智は、意を決したように立ち止まり、千花に向き直った。そのまま、少し乱暴に千花の肩を掴む。

「キス、しても、いいかな」
「へ……!?」

 心臓が、うるさい。動けない。動けないから、見えるのは真っ赤な顔で真剣な目をして真っ直ぐ千花を見つめる、智だけ。
 これは。これだけは。断れないから、じゃなくて、自分の意思で。

「……はい」

 千花が返事をしてほどなくすると、静かに、智の顔が近くなった。そのまま少し顔を傾けて、智はそっと千花に口付けた。少しがさついた智の唇。熱を帯びたその唇を、嫌だとは思わなかった。むしろその逆で、千花は、嬉しくて嬉しくて、幸せで胸が苦しくなった。
 唇が離れて、智は長いため息をついた。それが安堵の息だというのは、千花にもわかった。

「……断られたら、どうしようかと思った」
「……智くん、私が断れない性格だって知ってるじゃない……」

 千花は、恥ずかしいのを隠すためにあえてそう言ってみた。すると智は、はにかみながら、千花を見つめた。

「でも……今のは、ちゃんと、考えてくれたでしょ?」
「……!」

 あぁやっぱり、智にはなんでもお見通しなんだなと思うと、自然に笑みがこぼれた。好きになったのが智で良かった、と心から思えた。周りから見たら地味かもしれないが、千花にはそんな小さな幸せだけで、十分だった。
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