おとぎ日和

天乃 彗

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わらしべ長者 番外編

お人好しな彼女(1)

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 俺の彼女、若草千花を一言で言い表すとしたらやっぱり、「Noと言えない日本人」なのだろうと思う。気遣い屋でお人好しで、それが彼女の長所であると思っているし、人が困っているのを放っておけない優しさに俺は惹かれたのだから、咎めようとは思わないけれど。長所であり短所でもあるから、たまに少し、不安にはなるのだ。

「……遅いな」

 今日は久しぶりのデートで、駅から無料のシャトルバスが出ているショッピングモールに行く予定だった。バス停の前を待ち合わせに指定したのだけど、千花(と呼ぶのはまだ少し照れる)の姿は一向に見えない。待ち合わせの時間から30分は経とうとしていた。乗る予定だったバスはとうに行ってしまったし、次のバスもそろそろ来てしまうだろう。携帯に連絡は入っていないし、連絡しても出ないし。困ったな。もしかして何かのトラブルに巻き込まれたのかもしれない。入れ違いになっても困るし、俺はここから移動する旨をラインで送信してから立ち上がり、とりあえず駅の方に向かってみる。
 改札を出てすぐの駅前の広場は、なんだか人が多い気がする。何かイベントでもやってるのかな、と思ったけど、なんだか怪しい団体が演説みたいなことをしているようだった。「神はいる」的な旗まで掲げて、行き来する人たちに一生懸命チラシのようなものを渡したり声をかけたりしているようだけど、みんな早足で関わらないようにして通りすぎていく。それはそうだろうな、俺でもそうする。……ん? 

「ですから、神は私たちのすぐそばで私たちを見守っているのです」
「は、はぁ……」
「今、我が会に入会していただくと、神の有難いお言葉をまとめたこちらの書籍と、我が会の会報誌のバックナンバーをお渡しできて……」

 案の定、というか、予想通りというか。あからさまに怪しい団体の女の人に話しかけられてるのは、千花だった。彼女はニコニコと話す女の人をあしらうことも出来ず、困ったように相槌を打ちながら目を泳がせている。

「えっと……私……」
「ご家族様ご紹介をしていただくと、こちらのチャームストラップのプレゼントもあるんです。こちら、神の力を宿した特別な石を使用していて、見た目も素敵なので若い方にも人気があるんですよ」
「え、えと……」

 明らかに困っているのがわかるのに、女の人は一向に話を止めようとしない。むしろ千花が入会するのは決定事項だとでも言うように、書類を手元に準備しつつある。そろそろ本格的にやばそうな気がする。俺は駆け足で彼女の元に行き、彼女の肩をポンと叩いた。

「さ、智くん……」
「すみません、俺たち急ぐので」

 女の人に有無を言わせず、俺は千花の手をとって早足でその場を去った。チラリと後ろを見たら女の人はとても残念そうな顔をしていたけれど、そんなもの俺たちには関係ない。女の人の姿が見えなくなったくらいで速度を緩め、ようやく千花のことを見た。千花は俺の顔を嬉しいような、悲しいような、困ったような顔を浮かべている。この次に千花から出る言葉を、俺は知っている。知っているから、先手を打つ。

「“ごめんなさい”は、いいから」
「……怒ってる、よね」
「怒ってないよ。電話した時点で気付いてもらえたら、それを理由にあの人も断れたんじゃないかなとは思うけど」

 千花はそれを聞いて、その手があったかとでもいうような顔で目を丸くした。思いつかなかったとは、なんとも彼女らしい。

「話中に、電話出たら相手の人に失礼かなって……」
「相手の都合を考えずに話し続けるのも充分失礼だよ」
「……そうだよね、今度はそうする。ごめんなさい」

 しょんぼりとうつむいてしまう千花。そんな顔をさせたかったわけじゃないんだけどな。
 今度は、と彼女は言うけれど、多分無理だと思う。相手に積極的にこられたり、すごく困った顔をされたら、彼女は嘘なんてつけず、最後まで相手のことを気遣ってしまうだろう。彼女のこういう性質で、たまにこういうトラブルもある。その度俺は少しだけ不安になって、彼女を落ち込ませてしまう。彼女が悪いわけじゃない。だからこそ、俺はどうしたらいいかわからなくて。

「今度は、もっと早く助けにくるよ。じゃ、行こう」
「……うん」

 俺が出来ることなんて、Noと言えない彼女の代わりに、きっぱりNoと言ってあげることくらいだ。そのためには、いつも彼女のそばにいて、彼女を守ってあげなければ。そうすれば、こんな不安もいつかは感じなくなるはずなんだ。
 俺の気持ちを知ってか知らずか、千花は俺の手を強く握り返して、俺のあとに続いて歩き出した。


 * * *


 シャトルバスに揺られて数十分。俺たちはショッピングモールに到着した。バス停のそばにも人はちらほらいる。休日はやっぱり人も多いな。人の流れに合わせて、俺たちもショップが並ぶ方へと歩き出す。
 気を取り直して、デートを楽しむことにした。さっきは余裕がなくてまじまじと見れなかった千花の姿をようやく見つめる。学校では、黒い髪を二つに縛った髪型で、化粧っ気も無くて、制服だって着崩さずスカートもきちんと膝丈で履いているから、地味でおとなしい印象だ。でも、休日に出かけるという時は、頑張っておしゃれをしてくれているのがわかって嬉しい。髪の毛も下ろして内巻きにしている。化粧もうっすらとだけどしているようで、ほんのり赤い頬が可愛い。ワンピースからすらりと伸びた白い脚は、なんで学校では隠しているのだろうと思えるくらい綺麗だ。そんなこと、言えないけど。彼女は地味に見えていただけで、もともと可愛いのだ。千花のこういう姿を見ることが出来るのは、彼氏の役得だと思う。

「化粧、してるね」
「うん。友達に教わりながら、ちょっとずつ勉強してるの。まだまだ下手なんだけど」
「そう? 可愛いけど」
「……っ、」

 赤い頬が、さらに赤くなる。これも、役得。

「さて、どこ行く? 洋服見る? それとも雑貨?」
「あの、私、洋服見たくて。いい?」
「もちろん」
「えと、その後、ドラックストアも見たいの。お化粧品、友達にオススメしてもらったやつ買い足そうと思って」
「了解。じゃ、初めは洋服かな。行こう」

 付き合い始めた頃は、こんな風に意見も言ってくれなかったよなぁなんて、しみじみと嬉しく思う。気遣い屋の彼女がワガママを言える唯一の存在になれている気がして。
 適当に建物の間を歩いて、千花の目が止まった店に足を踏み入れる。シンプルながらも女の子らしいデザインの服が揃っているその店はそれなりに賑わっていて、ニコニコと甲高い声の店員さんが「いらっしゃいませ」と独特のイントネーションで俺らを出迎えた。この雰囲気、ちょっと苦手だ。ギラギラと獲物を待っているような店員さんの目。こういう店の店員さんって、ノルマとかあるんだろうか。俺は洋服とかはゆっくり選びたいから、どちらかというと話しかけてほしくない方なんだけど、千花はどうだろう。ちらりと千花の姿を伺うと。

「今このトップスすごく人気があってぇ~。コートとか着て前開けても可愛いですしぃ」
「そ、そうなんですか……」
「このトップスにあわせるとしたら、同じようなふんわりとした素材の、こういうスカートも可愛いですしぃ。お姉さん、普段パンツも履きます? なら、こういうクロップド丈のパンツと合わせても可愛いですよぉ~」
「え、えと……」
「今お姉さんが着てるワンピの上に着ちゃって、いつものワンピとは違った感じにするのも可愛いですし! どうです? 試着してみます?」
「あの……」

 早速、千花は店員さんに捕まっている。結構ゴリ押しの店員さんだなぁ、と思いながら、2人の間に割って入るように立った。

「ちょっとゆっくり選びたいので、何か気になったものがあれば声かけますね。ありがとうございます」
「……かしこまりましたぁ。何かあったら、全然声かけてくださいねぇ!」

 営業スマイルを浮かべた店員さんが、スッと離れていって棚に陳列された服をたたむ作業に戻った。『全然』の使い方間違ってるよ、なんて思いながら、千花に目を戻す。千花は目をパチクリさせて俺のことを見ている。

「……あ、ごめん。試着、したかった?」
「ううん、違うの。試着、するつもりなかったし、ちょっと困ってた。たまたま手に取っちゃっただけのやつだったから……ありがとう、智くん」
「どういたしまして。何を探してるの?」
「スカートが欲しいかなって」
「そっか」

 じゃあさっきのトップスは全然関係なかったんだな、と、見当違いも甚だしい店員さんに思わず苦笑いをした。やっぱり千花からいい人オーラが出ているんだろうか。だからあんなに話しかけられやすいのかな。さっきの一瞬で言い寄られていたのだから、少しでも目を離したら危ないかもしれないなと、なるべく千花にくっついて洋服を選ぶ。千花は散々悩んで、俺も可愛いと思った花柄のスカートを買った。俺が釘を刺したからか、あの店員さんは最後まで俺たちに声をかけてこなかった。満足のいく買い物ができて嬉しそうな千花を見て、俺も嬉しくなった。


 * * *
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