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シンデレラ
09 もし見つけ出してくれたなら
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振替休日を経て、初めての学校だった。今だに、文化祭の出来事は全部夢だったのではないかと思う。でも、昇降口に飾られた校内新聞は、今年のミスター豊木とミス豊木のツーショット(何故か若王子大海がミス豊木をお姫様抱っこしている)をでかでかと掲載している。
──若王子……。
あの人と、同じ名前だ。心なしか、顔つきも似ている気がする。もしかしたら兄弟なのかもしれないな、と思った。それが分かったところで、礼奈にはどうすることも出来ないのだが。
文化祭での出来事は、確かにあった。それは、校内新聞もだが、耳にしたイヤリングがすでに物語っている。大切にしまっておこうと思ったけれど、迷った末にこっそりして行くことにした。この学校は校則があまり厳しくないから、お咎めはない。
クラスの人たちに謝らなくちゃと思ったが、閉祭式の後散り散りになってしまって、結局叶わなかった。だから今日こそはと思ったのだ。変わりたいと思うなら、自分から踏み出さないといけない。このガラスの靴のイヤリングは、その一歩を踏み出す勇気をくれるはずだ。
教室に近づくにつれ、胃が痛くなる。でも、大丈夫、私にはイヤリングがついてる、と自分を鼓舞した。
「──ねぇ、コレ見たことない?」
──……っ!
勢いよく顔を上げた。一年生のフロアでは聞こえるはずがない声が、聞こえた。忘れたくても耳が覚えていた、大地の声。声のした方を見てみると、そこには本当に大地がいて、礼奈をいじめていた女子たちとなにやら話をしていた。
「はいはーい♪それあたしのでーす」
「嘘つくなってー! ウチのですウチの!!」
聞かないふりをしたいのに、耳がその会話を拾ってしまう。大地はなにやら手のひらにあるものを、彼女たちに見せているようだった。
「えー嫌だよ。オレ、本物見ないと信じないからね」
「だからぁ、今日は家に忘れたんですってぇ」
気にしない。気にしちゃダメだ。心臓を落ち着かせて、彼らを見ないようにして教室に入る。
「あーあ、どこに居るんだろう。このイヤリングの持ち主」
「……っ!」
思わず足を止めそうになった。振り返りそうになった。それを必死に抑えて、自分の席に着く。なくしたと思っていた片方のイヤリング。大地が拾っていたのだ。そして、それを手掛かりに、礼奈を探そうとしている。
──嬉しい、なんて。思っちゃダメ、なのに。
彼が探しているのは、あの日の変身した礼奈であって、ここにいる新藤礼奈ではない。こんな風にそわそわしても、無駄なのだ。
「だからぁ、あたしそれ持ってるってばぁ」
──違う。あなたじゃない。
そう言ってしまいたくなるが、言えるわけがない。
「証拠がないでしょ、証拠。それにオレ、あの子のこと運命の相手だって思ってるから、そんな口車に乗せられないよ」
「えー、ひっどーい!」
──私も、そう思ったんです。
それが必然だったかのように恋に落ちて、あの一瞬は、心を通じ合わせた。それを運命だと確かに思ったのだ。大地が何かを喋るたび、胸が高鳴る。あなたが探しているのは私ですと、声を張りたくなる。でも、そんなことをしたら、がっかりされる。それが怖くて、動けない。
「ちょっと教室お邪魔していい? このクラスが最後なんだわ。一周したら帰るから」
そう言うと、大地はツカツカと教室の中に入ってきた。クラスの人たちの黄色い声が響く。上級生、しかもイケメンが入って来たのだから、ちょっとしたパニックになるのも無理はない。大地は机と机の間を歩きながら、クラスの女子たちを見つめる。だんだんと礼奈の方に近づいていく。
本当に、運命というものがあるのなら。運命の相手だと、思ってくれているのなら。
──もう一度、私を見つけて。
──……だなんて、思ってしまってもいいですか……?
ピタリ、と大地の動きが礼奈の横で止まった。礼奈はビクリと肩を震わせて、動けないでいる。俯いたままの頭をどうすることも出来ない。
「君……」
大地はしばらく礼奈のことを見つめていた。返事をすることも出来ず、ただただ俯いていた。クラスのざわめきが聞こえて、泣きそうになる。大地はやがてその場にしゃがみこみ、動けないでいた礼奈の髪の毛をかきあげた。
「──ほら、やっぱり」
耳があらわになって、イヤリングが揺れた。髪で隠してたはずなのに──本当に見つけてくれたことへの嬉しさと、見つかってしまった恥ずかしさが同時にこみ上げ、礼奈は咄嗟に両手で顔を隠した。
「!? な、何で隠すの!?」
「あ……あの時の私と、今の私は違います……! 若王子先輩だって、がっかりしたでしょう!?」
違う世界の人だから、この気持ちは、あの時のことは、胸にしまって、それを糧に少しずつ変わっていけたらと思っていた。今ここで彼に「やっぱり違う」と思われたら、今度こそ救われない。
「──どうして?」
「え……?」
質問に質問で返されて、面食らった。思わず顔を隠していた手の力を緩めてしまうと、グッと手首を大地に掴まれた。
「君は君でしょう。どんな姿でも。あの時、オレと楽しい時間を共有した。なのに、なんでがっかりすることがあるの?」
自分自身、あの日の礼奈と今の礼奈は、違う存在だと思っていた。彼が探しているのは魔法がかかっていた礼奈なのだと。でも大地は、“君は君”だとはっきり言った。
「やっと見つけて嬉しかったのに……そんなこと言わないでよ」
──私も、見つけてもらえて嬉しかった。
そんなことさえ素直に言えずに、黙り込んだまま大地を見つめた。
「あの時、楽しくなかった?」
礼奈は懸命に首を横に振った。その気持ちにまで嘘はつきたくなかった。
「オレも、すげー楽しかったよ。それだけじゃ、ダメ?」
あの日の礼奈が、幻だったとしても。あの時の思いは、幻なんかじゃない。そして、ここにこうして彼がいることも。彼は『礼奈』を見つけてくれた。“君は君”だと言ってくれた。あの日のことを“楽しかった”と言ってくれた。それだけで、十分すぎるほど──。
礼奈が首を横に振ったのを見て、大地は笑った。あの時と同じくらい幸せそうな笑みで。
「……ねぇ。君の名前、聞いてもいい?」
今なら言える、『自分』の名前。礼奈は震える声で、その名前を口にした。
「──新藤、礼奈ですっ……!」
涙が溢れて見えなくなった笑みが本物であることを、確かめるように大地に触れた。大地もそれに応えて手を握り返してくれて、それが夢じゃないことをようやく実感したのだった。
* * *
華やかな世界に憧れながら、灰色の日々を過ごしていた。彼が彼女を見つけ出した瞬間、その日々はたちまち色づいていく。
灰色の日々とは、もうおさらばだ。
了
──若王子……。
あの人と、同じ名前だ。心なしか、顔つきも似ている気がする。もしかしたら兄弟なのかもしれないな、と思った。それが分かったところで、礼奈にはどうすることも出来ないのだが。
文化祭での出来事は、確かにあった。それは、校内新聞もだが、耳にしたイヤリングがすでに物語っている。大切にしまっておこうと思ったけれど、迷った末にこっそりして行くことにした。この学校は校則があまり厳しくないから、お咎めはない。
クラスの人たちに謝らなくちゃと思ったが、閉祭式の後散り散りになってしまって、結局叶わなかった。だから今日こそはと思ったのだ。変わりたいと思うなら、自分から踏み出さないといけない。このガラスの靴のイヤリングは、その一歩を踏み出す勇気をくれるはずだ。
教室に近づくにつれ、胃が痛くなる。でも、大丈夫、私にはイヤリングがついてる、と自分を鼓舞した。
「──ねぇ、コレ見たことない?」
──……っ!
勢いよく顔を上げた。一年生のフロアでは聞こえるはずがない声が、聞こえた。忘れたくても耳が覚えていた、大地の声。声のした方を見てみると、そこには本当に大地がいて、礼奈をいじめていた女子たちとなにやら話をしていた。
「はいはーい♪それあたしのでーす」
「嘘つくなってー! ウチのですウチの!!」
聞かないふりをしたいのに、耳がその会話を拾ってしまう。大地はなにやら手のひらにあるものを、彼女たちに見せているようだった。
「えー嫌だよ。オレ、本物見ないと信じないからね」
「だからぁ、今日は家に忘れたんですってぇ」
気にしない。気にしちゃダメだ。心臓を落ち着かせて、彼らを見ないようにして教室に入る。
「あーあ、どこに居るんだろう。このイヤリングの持ち主」
「……っ!」
思わず足を止めそうになった。振り返りそうになった。それを必死に抑えて、自分の席に着く。なくしたと思っていた片方のイヤリング。大地が拾っていたのだ。そして、それを手掛かりに、礼奈を探そうとしている。
──嬉しい、なんて。思っちゃダメ、なのに。
彼が探しているのは、あの日の変身した礼奈であって、ここにいる新藤礼奈ではない。こんな風にそわそわしても、無駄なのだ。
「だからぁ、あたしそれ持ってるってばぁ」
──違う。あなたじゃない。
そう言ってしまいたくなるが、言えるわけがない。
「証拠がないでしょ、証拠。それにオレ、あの子のこと運命の相手だって思ってるから、そんな口車に乗せられないよ」
「えー、ひっどーい!」
──私も、そう思ったんです。
それが必然だったかのように恋に落ちて、あの一瞬は、心を通じ合わせた。それを運命だと確かに思ったのだ。大地が何かを喋るたび、胸が高鳴る。あなたが探しているのは私ですと、声を張りたくなる。でも、そんなことをしたら、がっかりされる。それが怖くて、動けない。
「ちょっと教室お邪魔していい? このクラスが最後なんだわ。一周したら帰るから」
そう言うと、大地はツカツカと教室の中に入ってきた。クラスの人たちの黄色い声が響く。上級生、しかもイケメンが入って来たのだから、ちょっとしたパニックになるのも無理はない。大地は机と机の間を歩きながら、クラスの女子たちを見つめる。だんだんと礼奈の方に近づいていく。
本当に、運命というものがあるのなら。運命の相手だと、思ってくれているのなら。
──もう一度、私を見つけて。
──……だなんて、思ってしまってもいいですか……?
ピタリ、と大地の動きが礼奈の横で止まった。礼奈はビクリと肩を震わせて、動けないでいる。俯いたままの頭をどうすることも出来ない。
「君……」
大地はしばらく礼奈のことを見つめていた。返事をすることも出来ず、ただただ俯いていた。クラスのざわめきが聞こえて、泣きそうになる。大地はやがてその場にしゃがみこみ、動けないでいた礼奈の髪の毛をかきあげた。
「──ほら、やっぱり」
耳があらわになって、イヤリングが揺れた。髪で隠してたはずなのに──本当に見つけてくれたことへの嬉しさと、見つかってしまった恥ずかしさが同時にこみ上げ、礼奈は咄嗟に両手で顔を隠した。
「!? な、何で隠すの!?」
「あ……あの時の私と、今の私は違います……! 若王子先輩だって、がっかりしたでしょう!?」
違う世界の人だから、この気持ちは、あの時のことは、胸にしまって、それを糧に少しずつ変わっていけたらと思っていた。今ここで彼に「やっぱり違う」と思われたら、今度こそ救われない。
「──どうして?」
「え……?」
質問に質問で返されて、面食らった。思わず顔を隠していた手の力を緩めてしまうと、グッと手首を大地に掴まれた。
「君は君でしょう。どんな姿でも。あの時、オレと楽しい時間を共有した。なのに、なんでがっかりすることがあるの?」
自分自身、あの日の礼奈と今の礼奈は、違う存在だと思っていた。彼が探しているのは魔法がかかっていた礼奈なのだと。でも大地は、“君は君”だとはっきり言った。
「やっと見つけて嬉しかったのに……そんなこと言わないでよ」
──私も、見つけてもらえて嬉しかった。
そんなことさえ素直に言えずに、黙り込んだまま大地を見つめた。
「あの時、楽しくなかった?」
礼奈は懸命に首を横に振った。その気持ちにまで嘘はつきたくなかった。
「オレも、すげー楽しかったよ。それだけじゃ、ダメ?」
あの日の礼奈が、幻だったとしても。あの時の思いは、幻なんかじゃない。そして、ここにこうして彼がいることも。彼は『礼奈』を見つけてくれた。“君は君”だと言ってくれた。あの日のことを“楽しかった”と言ってくれた。それだけで、十分すぎるほど──。
礼奈が首を横に振ったのを見て、大地は笑った。あの時と同じくらい幸せそうな笑みで。
「……ねぇ。君の名前、聞いてもいい?」
今なら言える、『自分』の名前。礼奈は震える声で、その名前を口にした。
「──新藤、礼奈ですっ……!」
涙が溢れて見えなくなった笑みが本物であることを、確かめるように大地に触れた。大地もそれに応えて手を握り返してくれて、それが夢じゃないことをようやく実感したのだった。
* * *
華やかな世界に憧れながら、灰色の日々を過ごしていた。彼が彼女を見つけ出した瞬間、その日々はたちまち色づいていく。
灰色の日々とは、もうおさらばだ。
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