57 / 57
シンデレラ
09 もし見つけ出してくれたなら
しおりを挟む
振替休日を経て、初めての学校だった。今だに、文化祭の出来事は全部夢だったのではないかと思う。でも、昇降口に飾られた校内新聞は、今年のミスター豊木とミス豊木のツーショット(何故か若王子大海がミス豊木をお姫様抱っこしている)をでかでかと掲載している。
──若王子……。
あの人と、同じ名前だ。心なしか、顔つきも似ている気がする。もしかしたら兄弟なのかもしれないな、と思った。それが分かったところで、礼奈にはどうすることも出来ないのだが。
文化祭での出来事は、確かにあった。それは、校内新聞もだが、耳にしたイヤリングがすでに物語っている。大切にしまっておこうと思ったけれど、迷った末にこっそりして行くことにした。この学校は校則があまり厳しくないから、お咎めはない。
クラスの人たちに謝らなくちゃと思ったが、閉祭式の後散り散りになってしまって、結局叶わなかった。だから今日こそはと思ったのだ。変わりたいと思うなら、自分から踏み出さないといけない。このガラスの靴のイヤリングは、その一歩を踏み出す勇気をくれるはずだ。
教室に近づくにつれ、胃が痛くなる。でも、大丈夫、私にはイヤリングがついてる、と自分を鼓舞した。
「──ねぇ、コレ見たことない?」
──……っ!
勢いよく顔を上げた。一年生のフロアでは聞こえるはずがない声が、聞こえた。忘れたくても耳が覚えていた、大地の声。声のした方を見てみると、そこには本当に大地がいて、礼奈をいじめていた女子たちとなにやら話をしていた。
「はいはーい♪それあたしのでーす」
「嘘つくなってー! ウチのですウチの!!」
聞かないふりをしたいのに、耳がその会話を拾ってしまう。大地はなにやら手のひらにあるものを、彼女たちに見せているようだった。
「えー嫌だよ。オレ、本物見ないと信じないからね」
「だからぁ、今日は家に忘れたんですってぇ」
気にしない。気にしちゃダメだ。心臓を落ち着かせて、彼らを見ないようにして教室に入る。
「あーあ、どこに居るんだろう。このイヤリングの持ち主」
「……っ!」
思わず足を止めそうになった。振り返りそうになった。それを必死に抑えて、自分の席に着く。なくしたと思っていた片方のイヤリング。大地が拾っていたのだ。そして、それを手掛かりに、礼奈を探そうとしている。
──嬉しい、なんて。思っちゃダメ、なのに。
彼が探しているのは、あの日の変身した礼奈であって、ここにいる新藤礼奈ではない。こんな風にそわそわしても、無駄なのだ。
「だからぁ、あたしそれ持ってるってばぁ」
──違う。あなたじゃない。
そう言ってしまいたくなるが、言えるわけがない。
「証拠がないでしょ、証拠。それにオレ、あの子のこと運命の相手だって思ってるから、そんな口車に乗せられないよ」
「えー、ひっどーい!」
──私も、そう思ったんです。
それが必然だったかのように恋に落ちて、あの一瞬は、心を通じ合わせた。それを運命だと確かに思ったのだ。大地が何かを喋るたび、胸が高鳴る。あなたが探しているのは私ですと、声を張りたくなる。でも、そんなことをしたら、がっかりされる。それが怖くて、動けない。
「ちょっと教室お邪魔していい? このクラスが最後なんだわ。一周したら帰るから」
そう言うと、大地はツカツカと教室の中に入ってきた。クラスの人たちの黄色い声が響く。上級生、しかもイケメンが入って来たのだから、ちょっとしたパニックになるのも無理はない。大地は机と机の間を歩きながら、クラスの女子たちを見つめる。だんだんと礼奈の方に近づいていく。
本当に、運命というものがあるのなら。運命の相手だと、思ってくれているのなら。
──もう一度、私を見つけて。
──……だなんて、思ってしまってもいいですか……?
ピタリ、と大地の動きが礼奈の横で止まった。礼奈はビクリと肩を震わせて、動けないでいる。俯いたままの頭をどうすることも出来ない。
「君……」
大地はしばらく礼奈のことを見つめていた。返事をすることも出来ず、ただただ俯いていた。クラスのざわめきが聞こえて、泣きそうになる。大地はやがてその場にしゃがみこみ、動けないでいた礼奈の髪の毛をかきあげた。
「──ほら、やっぱり」
耳があらわになって、イヤリングが揺れた。髪で隠してたはずなのに──本当に見つけてくれたことへの嬉しさと、見つかってしまった恥ずかしさが同時にこみ上げ、礼奈は咄嗟に両手で顔を隠した。
「!? な、何で隠すの!?」
「あ……あの時の私と、今の私は違います……! 若王子先輩だって、がっかりしたでしょう!?」
違う世界の人だから、この気持ちは、あの時のことは、胸にしまって、それを糧に少しずつ変わっていけたらと思っていた。今ここで彼に「やっぱり違う」と思われたら、今度こそ救われない。
「──どうして?」
「え……?」
質問に質問で返されて、面食らった。思わず顔を隠していた手の力を緩めてしまうと、グッと手首を大地に掴まれた。
「君は君でしょう。どんな姿でも。あの時、オレと楽しい時間を共有した。なのに、なんでがっかりすることがあるの?」
自分自身、あの日の礼奈と今の礼奈は、違う存在だと思っていた。彼が探しているのは魔法がかかっていた礼奈なのだと。でも大地は、“君は君”だとはっきり言った。
「やっと見つけて嬉しかったのに……そんなこと言わないでよ」
──私も、見つけてもらえて嬉しかった。
そんなことさえ素直に言えずに、黙り込んだまま大地を見つめた。
「あの時、楽しくなかった?」
礼奈は懸命に首を横に振った。その気持ちにまで嘘はつきたくなかった。
「オレも、すげー楽しかったよ。それだけじゃ、ダメ?」
あの日の礼奈が、幻だったとしても。あの時の思いは、幻なんかじゃない。そして、ここにこうして彼がいることも。彼は『礼奈』を見つけてくれた。“君は君”だと言ってくれた。あの日のことを“楽しかった”と言ってくれた。それだけで、十分すぎるほど──。
礼奈が首を横に振ったのを見て、大地は笑った。あの時と同じくらい幸せそうな笑みで。
「……ねぇ。君の名前、聞いてもいい?」
今なら言える、『自分』の名前。礼奈は震える声で、その名前を口にした。
「──新藤、礼奈ですっ……!」
涙が溢れて見えなくなった笑みが本物であることを、確かめるように大地に触れた。大地もそれに応えて手を握り返してくれて、それが夢じゃないことをようやく実感したのだった。
* * *
華やかな世界に憧れながら、灰色の日々を過ごしていた。彼が彼女を見つけ出した瞬間、その日々はたちまち色づいていく。
灰色の日々とは、もうおさらばだ。
了
──若王子……。
あの人と、同じ名前だ。心なしか、顔つきも似ている気がする。もしかしたら兄弟なのかもしれないな、と思った。それが分かったところで、礼奈にはどうすることも出来ないのだが。
文化祭での出来事は、確かにあった。それは、校内新聞もだが、耳にしたイヤリングがすでに物語っている。大切にしまっておこうと思ったけれど、迷った末にこっそりして行くことにした。この学校は校則があまり厳しくないから、お咎めはない。
クラスの人たちに謝らなくちゃと思ったが、閉祭式の後散り散りになってしまって、結局叶わなかった。だから今日こそはと思ったのだ。変わりたいと思うなら、自分から踏み出さないといけない。このガラスの靴のイヤリングは、その一歩を踏み出す勇気をくれるはずだ。
教室に近づくにつれ、胃が痛くなる。でも、大丈夫、私にはイヤリングがついてる、と自分を鼓舞した。
「──ねぇ、コレ見たことない?」
──……っ!
勢いよく顔を上げた。一年生のフロアでは聞こえるはずがない声が、聞こえた。忘れたくても耳が覚えていた、大地の声。声のした方を見てみると、そこには本当に大地がいて、礼奈をいじめていた女子たちとなにやら話をしていた。
「はいはーい♪それあたしのでーす」
「嘘つくなってー! ウチのですウチの!!」
聞かないふりをしたいのに、耳がその会話を拾ってしまう。大地はなにやら手のひらにあるものを、彼女たちに見せているようだった。
「えー嫌だよ。オレ、本物見ないと信じないからね」
「だからぁ、今日は家に忘れたんですってぇ」
気にしない。気にしちゃダメだ。心臓を落ち着かせて、彼らを見ないようにして教室に入る。
「あーあ、どこに居るんだろう。このイヤリングの持ち主」
「……っ!」
思わず足を止めそうになった。振り返りそうになった。それを必死に抑えて、自分の席に着く。なくしたと思っていた片方のイヤリング。大地が拾っていたのだ。そして、それを手掛かりに、礼奈を探そうとしている。
──嬉しい、なんて。思っちゃダメ、なのに。
彼が探しているのは、あの日の変身した礼奈であって、ここにいる新藤礼奈ではない。こんな風にそわそわしても、無駄なのだ。
「だからぁ、あたしそれ持ってるってばぁ」
──違う。あなたじゃない。
そう言ってしまいたくなるが、言えるわけがない。
「証拠がないでしょ、証拠。それにオレ、あの子のこと運命の相手だって思ってるから、そんな口車に乗せられないよ」
「えー、ひっどーい!」
──私も、そう思ったんです。
それが必然だったかのように恋に落ちて、あの一瞬は、心を通じ合わせた。それを運命だと確かに思ったのだ。大地が何かを喋るたび、胸が高鳴る。あなたが探しているのは私ですと、声を張りたくなる。でも、そんなことをしたら、がっかりされる。それが怖くて、動けない。
「ちょっと教室お邪魔していい? このクラスが最後なんだわ。一周したら帰るから」
そう言うと、大地はツカツカと教室の中に入ってきた。クラスの人たちの黄色い声が響く。上級生、しかもイケメンが入って来たのだから、ちょっとしたパニックになるのも無理はない。大地は机と机の間を歩きながら、クラスの女子たちを見つめる。だんだんと礼奈の方に近づいていく。
本当に、運命というものがあるのなら。運命の相手だと、思ってくれているのなら。
──もう一度、私を見つけて。
──……だなんて、思ってしまってもいいですか……?
ピタリ、と大地の動きが礼奈の横で止まった。礼奈はビクリと肩を震わせて、動けないでいる。俯いたままの頭をどうすることも出来ない。
「君……」
大地はしばらく礼奈のことを見つめていた。返事をすることも出来ず、ただただ俯いていた。クラスのざわめきが聞こえて、泣きそうになる。大地はやがてその場にしゃがみこみ、動けないでいた礼奈の髪の毛をかきあげた。
「──ほら、やっぱり」
耳があらわになって、イヤリングが揺れた。髪で隠してたはずなのに──本当に見つけてくれたことへの嬉しさと、見つかってしまった恥ずかしさが同時にこみ上げ、礼奈は咄嗟に両手で顔を隠した。
「!? な、何で隠すの!?」
「あ……あの時の私と、今の私は違います……! 若王子先輩だって、がっかりしたでしょう!?」
違う世界の人だから、この気持ちは、あの時のことは、胸にしまって、それを糧に少しずつ変わっていけたらと思っていた。今ここで彼に「やっぱり違う」と思われたら、今度こそ救われない。
「──どうして?」
「え……?」
質問に質問で返されて、面食らった。思わず顔を隠していた手の力を緩めてしまうと、グッと手首を大地に掴まれた。
「君は君でしょう。どんな姿でも。あの時、オレと楽しい時間を共有した。なのに、なんでがっかりすることがあるの?」
自分自身、あの日の礼奈と今の礼奈は、違う存在だと思っていた。彼が探しているのは魔法がかかっていた礼奈なのだと。でも大地は、“君は君”だとはっきり言った。
「やっと見つけて嬉しかったのに……そんなこと言わないでよ」
──私も、見つけてもらえて嬉しかった。
そんなことさえ素直に言えずに、黙り込んだまま大地を見つめた。
「あの時、楽しくなかった?」
礼奈は懸命に首を横に振った。その気持ちにまで嘘はつきたくなかった。
「オレも、すげー楽しかったよ。それだけじゃ、ダメ?」
あの日の礼奈が、幻だったとしても。あの時の思いは、幻なんかじゃない。そして、ここにこうして彼がいることも。彼は『礼奈』を見つけてくれた。“君は君”だと言ってくれた。あの日のことを“楽しかった”と言ってくれた。それだけで、十分すぎるほど──。
礼奈が首を横に振ったのを見て、大地は笑った。あの時と同じくらい幸せそうな笑みで。
「……ねぇ。君の名前、聞いてもいい?」
今なら言える、『自分』の名前。礼奈は震える声で、その名前を口にした。
「──新藤、礼奈ですっ……!」
涙が溢れて見えなくなった笑みが本物であることを、確かめるように大地に触れた。大地もそれに応えて手を握り返してくれて、それが夢じゃないことをようやく実感したのだった。
* * *
華やかな世界に憧れながら、灰色の日々を過ごしていた。彼が彼女を見つけ出した瞬間、その日々はたちまち色づいていく。
灰色の日々とは、もうおさらばだ。
了
0
お気に入りに追加
2
この作品の感想を投稿する
あなたにおすすめの小説
女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。
矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。
女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。
取って付けたようなバレンタインネタあり。
カクヨムでも同内容で公開しています。
ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました
宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。
ーーそれではお幸せに。
以前書いていたお話です。
投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと…
十話完結で既に書き終えてます。
【完結保証】R-15 信じられるのは貴方だけ
遥瀬 ひな《はるせ ひな》
恋愛
イェイツ帝国の宮廷貴族、ハークト侯爵家の長女として生を受けたレフィア・ハークト。
シーヴァス王国で【王国の盾】と呼ばれるアーガン伯爵家の嫡男として生を受けたオレイアス・アーガン。
異なる国で同じ年に産まれ、それぞれの人生を歩んできた二人。やがて避けようもない時代のうねりに巻き込まれたレフィアとオレイアス。二人が望み掴む未来とは。
*エロいシーンは力入れて書いてます。(当社比)
*全ての性描写には、☆もしくは★が表示されております。
*同意を得ないケースは★で表示してありますので苦手な方はご自衛下さい。
《完結まで書き終えています》
《今作は初回予約投稿から毎日毎時間予約投稿します》
《物語は大きく二部構成となっております》
《一部終了後二部開始までインターバルを頂きます》
《二部開始から完結まで毎日毎時間予約投稿します》
♯♯♯!いいね&エール祭り開催します!♯♯♯
なんじゃそら?とお思いの皆様へ。
試験的に❤️と🎉の数で二部開始の予約投稿を早めようと思います。次の投稿をお待ち頂けてるの?だったらもう始めちゃおうかしら?と言う指標にしたいと思います。早く続きが読みたい!と思って頂けると嬉しいです。その時は是非、ポチッとお願いします。作者が小躍りして早めることがあります。(注:他の作品に❤️と🎉を付けて下さった場合も早めるかも?知れません。あまり反応が無ければ予定通りインターバルを置きます。)
♪ こちらは【私はお兄様を愛している】の完結から十三年後を描いた《次世代編》です。その為、本編と番外編未読の方はネタバレに繋がる描写があります。何卒ご注意下さい♪
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる