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シンデレラ
05 魔法にかけられて
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そこからは早かった。普段化粧なんてしない礼奈にとって、法子が礼奈に何をしたのかは全くわからなかった。何やら液を顔に塗ったり、マッサージをされたり。クリームや粉を塗られたり、目付近にいろいろされたり。やっと化粧が終わり、一息つこうと思ったのもつかの間、今度は髪の毛をいじりはじめた。目の前に鏡はないため、自分が今どんな状態なのかがわからない。不安になって法子を見上げると、上機嫌で礼奈の髪の毛を巻いている。
“私があなたに魔法をかけてあげる”
そう法子は言った。その言葉自体が、まるで魔法のように響いた。鞄から魔法のように礼奈を『変身』させる道具を取り出した。本当に魔法使いみたいだな、と、法子に髪を触られながら思う。彼女なら、私を『輝かせる』ことが出来るのかもしれない、と思えるくらいに。
「──さぁ、ご覧なさい」
声をかけられてはっとする。法子の方を見てみると、裏側にされた手鏡を差し出されているところだった。どうやら、今度こそちゃんと終わったらしい。
変わりたい、と確かに願った。そう強く願ったのは今日が初めてだった。それまで、そんなことを願うことすら、自分にはおこがましいことであると決めつけていたからだ。──その願いが、やっぱり自分には不相応だったとしたら? 礼奈は、その鏡を受け取ることを躊躇した。鏡を見ることが、怖い。
「……仕方のない子ね」
法子は少し呆れたように笑った。怒られる、と思った礼奈は思わず肩をすくめたが、法子は怒るでもなく、自身がつけていたイヤリングを外し始めた。さっき気になった、こぶりのイヤリングだ。ガラスの靴モチーフのかわいらしいデザインの物で、動作の度にチャームの先のガラスの靴が揺れる。
どうしていきなりそんなことをしたのかと思っていると、法子はそのイヤリングを礼奈の耳につけた。片方をつけ終わると、同じように、もう片方。両耳をつけ終えて、法子は礼奈の肩に手を置いた。
「あなたは素敵よ。今、とっても輝いている」
法子の言葉はやはり魔法のように心に響いた。その魔法の言葉を、もう一度自分で頭の中でゆっくり唱える。
──私は、今、素敵。とても、輝いている。
変わりたいと強く願った。それが今、手に入っているなら。礼奈は鏡を受け取って、そっとそれを覗き込んだ。そこに、映っていたのは──。
「……っ! これ、」
思わず法子の顔を仰ぐ。法子は何も言わずににこりと頷いてみせた。その笑顔のせいで、「これ、本当に私ですか?」という声は消え失せてしまった。もう一度鏡を見る。頬をぺちぺちと叩いてみる。確かに痛いと感じる。ここに映っているのは、どうやら本当に礼奈自身らしい。
髪の毛は全体的に緩く巻かれており、普段流しっぱなしのストレートヘア(学校では、それを後ろでまとめているだけの髪型)しか自分で見たことがない礼奈にとっては、その変化だけでも大きな物であった。いつも目を隠すように前に流している髪の毛は、法子の手によって真ん中から分けられ、普段出していない額が丸出しになっている。いつもならそれだけで恥ずかしくなってしまうが、今の礼奈には恥ずかしくなる理由なんてなかった。目元はぱっちりとするようにラインが引かれ、マスカラが塗られている。ピンク系のシャドーは目元をより華やかにさせ、暗かったもとの印象はもはやない。目元だけではなく、全体的にピンク系でまとめられたメイクは、大人っぽさとかわいらしさをほどよく調和したものとなっていた。何より目についたのは、さっき法子につけてもらったイヤリング。礼奈が動くたびにゆらゆらと揺れて、その度に胸が高鳴った。
「制服も乾いたようだし、お着替えなさい」
鏡を初めて見たかのような反応をしてしまったことを少しだけ恥ずかしく思いつつ、差し出された制服を受け取った。確かにそれはもうすっかり乾いていて、もう着ても醜い姿にはならない。礼奈は着ていた白衣を脱いで法子に差し出し、代わりにワイシャツに袖を通した。いつもと同じ制服のはずなのに、なぜかそうは感じない。
「せっかく綺麗な脚をしているんだから、出したらどう?」
「え、でも……」
「この学校、校則厳しくないんだし、いいじゃない。今日くらいは」
法子にそう言われて、スカートに脚を通しながらしばし悩む。スカートなんて折ったことのない礼奈である。ホックを止めてから少しして、意を決したように一回、二回と外側に折った。裾が膝より上に来る感覚が初めてで、なんだか落ち着かない。
《発表します。今年のミスター豊木は──若王子大海さんです!》
外からのマイクの音声が聞こえたかと思うと、黄色い声が一斉に響き渡った。どうやら、今年のミスター豊木が決定したらしい。ということは、午前の出し物がそろそろ終わりに近づいている。いつの間にか、そんなに時間が経っていたらしい。外からは相変わらず、女子たちのはしゃぐ声と、司会者と優勝者のやり取りが聞こえてきている。
「見違えたわね」
法子は満足げに笑った。礼奈がこんなにも満足しているのだ、法子も満足のいく『魔法』がかけられたのだろう。
「約束して」
法子の顔が急にまじめになって、礼奈もぐっと息を飲んだ。
「私がこうして魔法をかけてあげるのは今日だけよ。だから……そうね。16時30の閉祭式に間に合うように、16時に、ここへ来なさい」
魔法はとけるものなのだ。それははじめからわかっていたことだ。わかってはいたが、実際に言われると、胸が痛む。法子の手がかからなければ、ただのあか抜けないいじめられっこで。
「はい……」
「そのかわり」
法子は耳にかかった礼奈の髪をかきあげた。イヤリングがあらわになって、きらりと光る。
「思う存分、楽しんできなさい」
──でも、今だけは。魔法がかかった今だけは。
「……はい!」
──楽しい夢を見させて。
* * *
“私があなたに魔法をかけてあげる”
そう法子は言った。その言葉自体が、まるで魔法のように響いた。鞄から魔法のように礼奈を『変身』させる道具を取り出した。本当に魔法使いみたいだな、と、法子に髪を触られながら思う。彼女なら、私を『輝かせる』ことが出来るのかもしれない、と思えるくらいに。
「──さぁ、ご覧なさい」
声をかけられてはっとする。法子の方を見てみると、裏側にされた手鏡を差し出されているところだった。どうやら、今度こそちゃんと終わったらしい。
変わりたい、と確かに願った。そう強く願ったのは今日が初めてだった。それまで、そんなことを願うことすら、自分にはおこがましいことであると決めつけていたからだ。──その願いが、やっぱり自分には不相応だったとしたら? 礼奈は、その鏡を受け取ることを躊躇した。鏡を見ることが、怖い。
「……仕方のない子ね」
法子は少し呆れたように笑った。怒られる、と思った礼奈は思わず肩をすくめたが、法子は怒るでもなく、自身がつけていたイヤリングを外し始めた。さっき気になった、こぶりのイヤリングだ。ガラスの靴モチーフのかわいらしいデザインの物で、動作の度にチャームの先のガラスの靴が揺れる。
どうしていきなりそんなことをしたのかと思っていると、法子はそのイヤリングを礼奈の耳につけた。片方をつけ終わると、同じように、もう片方。両耳をつけ終えて、法子は礼奈の肩に手を置いた。
「あなたは素敵よ。今、とっても輝いている」
法子の言葉はやはり魔法のように心に響いた。その魔法の言葉を、もう一度自分で頭の中でゆっくり唱える。
──私は、今、素敵。とても、輝いている。
変わりたいと強く願った。それが今、手に入っているなら。礼奈は鏡を受け取って、そっとそれを覗き込んだ。そこに、映っていたのは──。
「……っ! これ、」
思わず法子の顔を仰ぐ。法子は何も言わずににこりと頷いてみせた。その笑顔のせいで、「これ、本当に私ですか?」という声は消え失せてしまった。もう一度鏡を見る。頬をぺちぺちと叩いてみる。確かに痛いと感じる。ここに映っているのは、どうやら本当に礼奈自身らしい。
髪の毛は全体的に緩く巻かれており、普段流しっぱなしのストレートヘア(学校では、それを後ろでまとめているだけの髪型)しか自分で見たことがない礼奈にとっては、その変化だけでも大きな物であった。いつも目を隠すように前に流している髪の毛は、法子の手によって真ん中から分けられ、普段出していない額が丸出しになっている。いつもならそれだけで恥ずかしくなってしまうが、今の礼奈には恥ずかしくなる理由なんてなかった。目元はぱっちりとするようにラインが引かれ、マスカラが塗られている。ピンク系のシャドーは目元をより華やかにさせ、暗かったもとの印象はもはやない。目元だけではなく、全体的にピンク系でまとめられたメイクは、大人っぽさとかわいらしさをほどよく調和したものとなっていた。何より目についたのは、さっき法子につけてもらったイヤリング。礼奈が動くたびにゆらゆらと揺れて、その度に胸が高鳴った。
「制服も乾いたようだし、お着替えなさい」
鏡を初めて見たかのような反応をしてしまったことを少しだけ恥ずかしく思いつつ、差し出された制服を受け取った。確かにそれはもうすっかり乾いていて、もう着ても醜い姿にはならない。礼奈は着ていた白衣を脱いで法子に差し出し、代わりにワイシャツに袖を通した。いつもと同じ制服のはずなのに、なぜかそうは感じない。
「せっかく綺麗な脚をしているんだから、出したらどう?」
「え、でも……」
「この学校、校則厳しくないんだし、いいじゃない。今日くらいは」
法子にそう言われて、スカートに脚を通しながらしばし悩む。スカートなんて折ったことのない礼奈である。ホックを止めてから少しして、意を決したように一回、二回と外側に折った。裾が膝より上に来る感覚が初めてで、なんだか落ち着かない。
《発表します。今年のミスター豊木は──若王子大海さんです!》
外からのマイクの音声が聞こえたかと思うと、黄色い声が一斉に響き渡った。どうやら、今年のミスター豊木が決定したらしい。ということは、午前の出し物がそろそろ終わりに近づいている。いつの間にか、そんなに時間が経っていたらしい。外からは相変わらず、女子たちのはしゃぐ声と、司会者と優勝者のやり取りが聞こえてきている。
「見違えたわね」
法子は満足げに笑った。礼奈がこんなにも満足しているのだ、法子も満足のいく『魔法』がかけられたのだろう。
「約束して」
法子の顔が急にまじめになって、礼奈もぐっと息を飲んだ。
「私がこうして魔法をかけてあげるのは今日だけよ。だから……そうね。16時30の閉祭式に間に合うように、16時に、ここへ来なさい」
魔法はとけるものなのだ。それははじめからわかっていたことだ。わかってはいたが、実際に言われると、胸が痛む。法子の手がかからなければ、ただのあか抜けないいじめられっこで。
「はい……」
「そのかわり」
法子は耳にかかった礼奈の髪をかきあげた。イヤリングがあらわになって、きらりと光る。
「思う存分、楽しんできなさい」
──でも、今だけは。魔法がかかった今だけは。
「……はい!」
──楽しい夢を見させて。
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