おとぎ日和

天乃 彗

文字の大きさ
上 下
43 / 57
白雪姫

05 差し出された毒リンゴ

しおりを挟む
 メイド服にもようやく慣れてきた頃、一人の女生徒が模擬店にやって来た。
 美しい容姿だった。くっきりとした目鼻立ちに、腰まである長い髪。つり目気味の目に見つめられれば、たちまち背筋が伸びてしまうような気高さを漂わせている。林檎は彼女に少し見とれてしまっていると、目があった彼女にニコリと微笑まれた。

「あなた──白雪林檎さんね?」
「は、はい!」

 何で知っているのだろう、と思うとともに、自分も彼女の顔を何処かで見た気がすることを思い出した。

「私は萩間祥子。去年のミス豊木でもあるのだけれど、ご存知かしら?」
「あっ……!」

 そうだ、思い出した。あれは去年の校内新聞だ。思い当たって、林檎は大きく頷いた。

「なるほど。とてもお綺麗だと思ったので……」
「ふふ、御上手ね」

 そう言って穏やかに笑う祥子に、林檎はまた見惚れた。見た目から受ける印象より、優しい人なのかもしれないな、と思う。
 すると、教室の中がざわつき始めた。昨年のミス豊木と今年のミス豊木最有力候補が揃っているのだから無理もない。祥子は少し困ったように眉を下げた。そして、誰にも聞こえないようこっそり耳打ちをする。

「困ったわ。私、コンテストが始まる前にあなたとゆっくりお話がしてみたかったの。これじゃ無理そうね」
「……そうだったのですか?」

 こんな美少女に、お話がしてみたかったと言われて林檎は少し動揺する。お話がしてみたいのは林檎も一緒だ。昨年のミスコンテストの話や、優勝の秘訣を聞いてみたり、今年のコンテストの良きライバルとしてお互いを励ましあったりしてみたい。まだシフトの時間は残っているが、どうしようか。
 林檎が困ったように執事服の少年に目を向けると、その少年はやれやれといった風に時計を見て「仕方が無い。少し早いけどいいでしょう」と言った。「ありがとう、鬼村くん」とその少年に告げると、林檎は着替えもしないまま教室を出た。

「さっきみたいに騒がれては困るから──そうね、空き教室がいいわ。行きましょう」
「はい!」

 ニコリと笑う林檎に、祥子は微笑んだ。やがてその笑みが下卑たものに変わったのを、純粋な姫は知らぬまま。


 * * *


「ここがいいかしらね」

 そう言って祥子が示したのは、模擬店で使われなかった机や椅子が乱雑に積まれた物置と化した空き教室であった。文化祭会場となってる本校舎から渡り廊下で繋がる西校舎の一室。文化祭である今日、本来は立ち入り禁止となっているため、人気はない。

「ふう……結構歩いたから疲れちゃったわね。暑い……」
「そうですね」

 適当な椅子に腰掛けながら言う祥子に、林檎は相槌を打った。確かに、秋とは言え少し暑い。ほんのりと滲む汗を拭っていると、祥子が何かを思い出したように「あっ、そうだわ!」と言った。

「私のクラス、休憩所と飲み物販売をしているのだけれど。さっき飲み物を貰ってきたんだったわ」
「そうなんですか?」

 そう言って祥子がカバンから取り出したのは、紙パックのリンゴジュース二つ。

「リンゴジュース、飲めるかしら?」
「はい、好きです」
「なら良かった。はい、どうぞ」

 片方を林檎に差し出すと、祥子は自分の分のパックにストローを差し、ゴクゴクと飲んだ。よほど喉が乾いていたのだろう。小さめなリンゴジュースはすぐに空になったようだった。林檎も喉が乾いていたし、遠慮せず頂くことにした。差し口にストローを差し、ゴクゴクと飲む。リンゴジュースの甘酸っぱい味が口の中を支配し、喉を潤していく。

「わぁ、美味しいです」
「そう──」

 ニコリと微笑む祥子の顔が、グラリと揺れた。

──あ、れ……? 

 意識が遠のく。瞼が、重くて、重くて。
 ガタリ、と椅子から落ちた林檎の体は、床に叩きつけられ動かなくなった。


 * * *


 大成功だった。死んだように眠る林檎を見下ろしながら、祥子は笑った。
 差し込み口から小さな注射器で睡眠薬を入れた。こんなにうまくいくとは思わなかったため、笑いが止まらない。

──バカな子。人は疑うものよ。

 ここなら、人も来ない。ミスコンが終わるまでの間、ここでぐっすり眠ってもらおう。そうすれば祥子は不戦勝となる。もはや優勝は祥子のものだった。

「この学校で一番美しいのは私よ? ねぇ──」

 高笑いが教室に響く。

「おやすみなさい? お姫様」

 そう言い残して、祥子は教室を後にしたのだった。


 * * *


 ミスコンテスト開催まであと数分。ステージ裏では、すでに騒ぎは起きていた。

「白雪さんが来てないってどう言うことだ!?」
「集合時間は伝えてあります! クラスの人に聞いても、少し前に出たとしか……」
「探したか!? おい、何人か校内回れ!」
「ダメです、人が多すぎて!」
「呼び出しの放送はさっきいれて来ました!」
「もう一回いれて来い!」
「はい!」
「委員長! 客席からブーイングが……時間がかなり押してます!」
「──仕方ない、始めるぞ!」

 その喧騒の中、祥子は静かにほくそ笑む。


 * * *


《皆様! 大変長らくお待たせいたしました! それではいよいよ、ミス豊木コンテストを始めたいと思います──!》

 司会者から高らかにその宣言がなされると観客席からうおおおお! と野太い声が湧き上がった。

《それでは、出場者の入場です!》

 ステージに、各々勝負服に身を包んだ女生徒たちが上がってくる。友人の雄姿を見ようとやって来た茜であったが、観客の壁のせいでちっともステージが見えない。ぴょこぴょこと跳ねていると、慎太郎が頬を掻きながら「……おぶろうか?」と言って来た。

「ふぇ!? だだだ大丈夫!」
「でも、見たいんだろ? あれ……」
「でも! 悪いし!」
「……わかった。じゃあ、江頭。ちょっとだけ我慢しといて」
「え?」

 そう言うと、慎太郎は茜の手を引いて観客の中へ突き進む。男たちを押しのけ進んでいく。

「おい! お前、割り込んでんじゃ」
「あ゛?」

 慎太郎が上からひと睨みすると、相手は何も言えず道を譲った。強面の特権である。茜が数秒息苦しく思ってる間に、二人は列の先頭までやって来ていた。

「大上くん、ありがと!」
「……おう」

 赤い顔を背ける慎太郎に笑みを浮かべて、ステージを見る。そこで、茜は異変に気づいた。

「──あれ?」
「どうした?」
「林檎ちゃんが──いない?」

 そのことに気づいたのは茜だけでもなかったようで、前から先頭を陣取っていた白雪林檎親衛隊の面々も、ざわつき始めていた。


 * * *
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

壁の薄いアパートで、隣の部屋から喘ぎ声がする

サドラ
恋愛
最近付き合い始めた彼女とアパートにいる主人公。しかし、隣の部屋からの喘ぎ声が壁が薄いせいで聞こえてくる。そのせいで欲情が刺激された両者はー

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

ずぶ濡れで帰ったら彼氏が浮気してました

宵闇 月
恋愛
突然の雨にずぶ濡れになって帰ったら彼氏が知らない女の子とお風呂に入ってました。 ーーそれではお幸せに。 以前書いていたお話です。 投稿するか悩んでそのままにしていたお話ですが、折角書いたのでやはり投稿しようかと… 十話完結で既に書き終えてます。

美少女幼馴染が火照って喘いでいる

サドラ
恋愛
高校生の主人公。ある日、風でも引いてそうな幼馴染の姿を見るがその後、彼女の家から変な喘ぎ声が聞こえてくるー

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

処理中です...