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白雪姫
05 差し出された毒リンゴ
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メイド服にもようやく慣れてきた頃、一人の女生徒が模擬店にやって来た。
美しい容姿だった。くっきりとした目鼻立ちに、腰まである長い髪。つり目気味の目に見つめられれば、たちまち背筋が伸びてしまうような気高さを漂わせている。林檎は彼女に少し見とれてしまっていると、目があった彼女にニコリと微笑まれた。
「あなた──白雪林檎さんね?」
「は、はい!」
何で知っているのだろう、と思うとともに、自分も彼女の顔を何処かで見た気がすることを思い出した。
「私は萩間祥子。去年のミス豊木でもあるのだけれど、ご存知かしら?」
「あっ……!」
そうだ、思い出した。あれは去年の校内新聞だ。思い当たって、林檎は大きく頷いた。
「なるほど。とてもお綺麗だと思ったので……」
「ふふ、御上手ね」
そう言って穏やかに笑う祥子に、林檎はまた見惚れた。見た目から受ける印象より、優しい人なのかもしれないな、と思う。
すると、教室の中がざわつき始めた。昨年のミス豊木と今年のミス豊木最有力候補が揃っているのだから無理もない。祥子は少し困ったように眉を下げた。そして、誰にも聞こえないようこっそり耳打ちをする。
「困ったわ。私、コンテストが始まる前にあなたとゆっくりお話がしてみたかったの。これじゃ無理そうね」
「……そうだったのですか?」
こんな美少女に、お話がしてみたかったと言われて林檎は少し動揺する。お話がしてみたいのは林檎も一緒だ。昨年のミスコンテストの話や、優勝の秘訣を聞いてみたり、今年のコンテストの良きライバルとしてお互いを励ましあったりしてみたい。まだシフトの時間は残っているが、どうしようか。
林檎が困ったように執事服の少年に目を向けると、その少年はやれやれといった風に時計を見て「仕方が無い。少し早いけどいいでしょう」と言った。「ありがとう、鬼村くん」とその少年に告げると、林檎は着替えもしないまま教室を出た。
「さっきみたいに騒がれては困るから──そうね、空き教室がいいわ。行きましょう」
「はい!」
ニコリと笑う林檎に、祥子は微笑んだ。やがてその笑みが下卑たものに変わったのを、純粋な姫は知らぬまま。
* * *
「ここがいいかしらね」
そう言って祥子が示したのは、模擬店で使われなかった机や椅子が乱雑に積まれた物置と化した空き教室であった。文化祭会場となってる本校舎から渡り廊下で繋がる西校舎の一室。文化祭である今日、本来は立ち入り禁止となっているため、人気はない。
「ふう……結構歩いたから疲れちゃったわね。暑い……」
「そうですね」
適当な椅子に腰掛けながら言う祥子に、林檎は相槌を打った。確かに、秋とは言え少し暑い。ほんのりと滲む汗を拭っていると、祥子が何かを思い出したように「あっ、そうだわ!」と言った。
「私のクラス、休憩所と飲み物販売をしているのだけれど。さっき飲み物を貰ってきたんだったわ」
「そうなんですか?」
そう言って祥子がカバンから取り出したのは、紙パックのリンゴジュース二つ。
「リンゴジュース、飲めるかしら?」
「はい、好きです」
「なら良かった。はい、どうぞ」
片方を林檎に差し出すと、祥子は自分の分のパックにストローを差し、ゴクゴクと飲んだ。よほど喉が乾いていたのだろう。小さめなリンゴジュースはすぐに空になったようだった。林檎も喉が乾いていたし、遠慮せず頂くことにした。差し口にストローを差し、ゴクゴクと飲む。リンゴジュースの甘酸っぱい味が口の中を支配し、喉を潤していく。
「わぁ、美味しいです」
「そう──」
ニコリと微笑む祥子の顔が、グラリと揺れた。
──あ、れ……?
意識が遠のく。瞼が、重くて、重くて。
ガタリ、と椅子から落ちた林檎の体は、床に叩きつけられ動かなくなった。
* * *
大成功だった。死んだように眠る林檎を見下ろしながら、祥子は笑った。
差し込み口から小さな注射器で睡眠薬を入れた。こんなにうまくいくとは思わなかったため、笑いが止まらない。
──バカな子。人は疑うものよ。
ここなら、人も来ない。ミスコンが終わるまでの間、ここでぐっすり眠ってもらおう。そうすれば祥子は不戦勝となる。もはや優勝は祥子のものだった。
「この学校で一番美しいのは私よ? ねぇ──」
高笑いが教室に響く。
「おやすみなさい? お姫様」
そう言い残して、祥子は教室を後にしたのだった。
* * *
ミスコンテスト開催まであと数分。ステージ裏では、すでに騒ぎは起きていた。
「白雪さんが来てないってどう言うことだ!?」
「集合時間は伝えてあります! クラスの人に聞いても、少し前に出たとしか……」
「探したか!? おい、何人か校内回れ!」
「ダメです、人が多すぎて!」
「呼び出しの放送はさっきいれて来ました!」
「もう一回いれて来い!」
「はい!」
「委員長! 客席からブーイングが……時間がかなり押してます!」
「──仕方ない、始めるぞ!」
その喧騒の中、祥子は静かにほくそ笑む。
* * *
《皆様! 大変長らくお待たせいたしました! それではいよいよ、ミス豊木コンテストを始めたいと思います──!》
司会者から高らかにその宣言がなされると観客席からうおおおお! と野太い声が湧き上がった。
《それでは、出場者の入場です!》
ステージに、各々勝負服に身を包んだ女生徒たちが上がってくる。友人の雄姿を見ようとやって来た茜であったが、観客の壁のせいでちっともステージが見えない。ぴょこぴょこと跳ねていると、慎太郎が頬を掻きながら「……おぶろうか?」と言って来た。
「ふぇ!? だだだ大丈夫!」
「でも、見たいんだろ? あれ……」
「でも! 悪いし!」
「……わかった。じゃあ、江頭。ちょっとだけ我慢しといて」
「え?」
そう言うと、慎太郎は茜の手を引いて観客の中へ突き進む。男たちを押しのけ進んでいく。
「おい! お前、割り込んでんじゃ」
「あ゛?」
慎太郎が上からひと睨みすると、相手は何も言えず道を譲った。強面の特権である。茜が数秒息苦しく思ってる間に、二人は列の先頭までやって来ていた。
「大上くん、ありがと!」
「……おう」
赤い顔を背ける慎太郎に笑みを浮かべて、ステージを見る。そこで、茜は異変に気づいた。
「──あれ?」
「どうした?」
「林檎ちゃんが──いない?」
そのことに気づいたのは茜だけでもなかったようで、前から先頭を陣取っていた白雪林檎親衛隊の面々も、ざわつき始めていた。
* * *
美しい容姿だった。くっきりとした目鼻立ちに、腰まである長い髪。つり目気味の目に見つめられれば、たちまち背筋が伸びてしまうような気高さを漂わせている。林檎は彼女に少し見とれてしまっていると、目があった彼女にニコリと微笑まれた。
「あなた──白雪林檎さんね?」
「は、はい!」
何で知っているのだろう、と思うとともに、自分も彼女の顔を何処かで見た気がすることを思い出した。
「私は萩間祥子。去年のミス豊木でもあるのだけれど、ご存知かしら?」
「あっ……!」
そうだ、思い出した。あれは去年の校内新聞だ。思い当たって、林檎は大きく頷いた。
「なるほど。とてもお綺麗だと思ったので……」
「ふふ、御上手ね」
そう言って穏やかに笑う祥子に、林檎はまた見惚れた。見た目から受ける印象より、優しい人なのかもしれないな、と思う。
すると、教室の中がざわつき始めた。昨年のミス豊木と今年のミス豊木最有力候補が揃っているのだから無理もない。祥子は少し困ったように眉を下げた。そして、誰にも聞こえないようこっそり耳打ちをする。
「困ったわ。私、コンテストが始まる前にあなたとゆっくりお話がしてみたかったの。これじゃ無理そうね」
「……そうだったのですか?」
こんな美少女に、お話がしてみたかったと言われて林檎は少し動揺する。お話がしてみたいのは林檎も一緒だ。昨年のミスコンテストの話や、優勝の秘訣を聞いてみたり、今年のコンテストの良きライバルとしてお互いを励ましあったりしてみたい。まだシフトの時間は残っているが、どうしようか。
林檎が困ったように執事服の少年に目を向けると、その少年はやれやれといった風に時計を見て「仕方が無い。少し早いけどいいでしょう」と言った。「ありがとう、鬼村くん」とその少年に告げると、林檎は着替えもしないまま教室を出た。
「さっきみたいに騒がれては困るから──そうね、空き教室がいいわ。行きましょう」
「はい!」
ニコリと笑う林檎に、祥子は微笑んだ。やがてその笑みが下卑たものに変わったのを、純粋な姫は知らぬまま。
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「ここがいいかしらね」
そう言って祥子が示したのは、模擬店で使われなかった机や椅子が乱雑に積まれた物置と化した空き教室であった。文化祭会場となってる本校舎から渡り廊下で繋がる西校舎の一室。文化祭である今日、本来は立ち入り禁止となっているため、人気はない。
「ふう……結構歩いたから疲れちゃったわね。暑い……」
「そうですね」
適当な椅子に腰掛けながら言う祥子に、林檎は相槌を打った。確かに、秋とは言え少し暑い。ほんのりと滲む汗を拭っていると、祥子が何かを思い出したように「あっ、そうだわ!」と言った。
「私のクラス、休憩所と飲み物販売をしているのだけれど。さっき飲み物を貰ってきたんだったわ」
「そうなんですか?」
そう言って祥子がカバンから取り出したのは、紙パックのリンゴジュース二つ。
「リンゴジュース、飲めるかしら?」
「はい、好きです」
「なら良かった。はい、どうぞ」
片方を林檎に差し出すと、祥子は自分の分のパックにストローを差し、ゴクゴクと飲んだ。よほど喉が乾いていたのだろう。小さめなリンゴジュースはすぐに空になったようだった。林檎も喉が乾いていたし、遠慮せず頂くことにした。差し口にストローを差し、ゴクゴクと飲む。リンゴジュースの甘酸っぱい味が口の中を支配し、喉を潤していく。
「わぁ、美味しいです」
「そう──」
ニコリと微笑む祥子の顔が、グラリと揺れた。
──あ、れ……?
意識が遠のく。瞼が、重くて、重くて。
ガタリ、と椅子から落ちた林檎の体は、床に叩きつけられ動かなくなった。
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大成功だった。死んだように眠る林檎を見下ろしながら、祥子は笑った。
差し込み口から小さな注射器で睡眠薬を入れた。こんなにうまくいくとは思わなかったため、笑いが止まらない。
──バカな子。人は疑うものよ。
ここなら、人も来ない。ミスコンが終わるまでの間、ここでぐっすり眠ってもらおう。そうすれば祥子は不戦勝となる。もはや優勝は祥子のものだった。
「この学校で一番美しいのは私よ? ねぇ──」
高笑いが教室に響く。
「おやすみなさい? お姫様」
そう言い残して、祥子は教室を後にしたのだった。
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ミスコンテスト開催まであと数分。ステージ裏では、すでに騒ぎは起きていた。
「白雪さんが来てないってどう言うことだ!?」
「集合時間は伝えてあります! クラスの人に聞いても、少し前に出たとしか……」
「探したか!? おい、何人か校内回れ!」
「ダメです、人が多すぎて!」
「呼び出しの放送はさっきいれて来ました!」
「もう一回いれて来い!」
「はい!」
「委員長! 客席からブーイングが……時間がかなり押してます!」
「──仕方ない、始めるぞ!」
その喧騒の中、祥子は静かにほくそ笑む。
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《皆様! 大変長らくお待たせいたしました! それではいよいよ、ミス豊木コンテストを始めたいと思います──!》
司会者から高らかにその宣言がなされると観客席からうおおおお! と野太い声が湧き上がった。
《それでは、出場者の入場です!》
ステージに、各々勝負服に身を包んだ女生徒たちが上がってくる。友人の雄姿を見ようとやって来た茜であったが、観客の壁のせいでちっともステージが見えない。ぴょこぴょこと跳ねていると、慎太郎が頬を掻きながら「……おぶろうか?」と言って来た。
「ふぇ!? だだだ大丈夫!」
「でも、見たいんだろ? あれ……」
「でも! 悪いし!」
「……わかった。じゃあ、江頭。ちょっとだけ我慢しといて」
「え?」
そう言うと、慎太郎は茜の手を引いて観客の中へ突き進む。男たちを押しのけ進んでいく。
「おい! お前、割り込んでんじゃ」
「あ゛?」
慎太郎が上からひと睨みすると、相手は何も言えず道を譲った。強面の特権である。茜が数秒息苦しく思ってる間に、二人は列の先頭までやって来ていた。
「大上くん、ありがと!」
「……おう」
赤い顔を背ける慎太郎に笑みを浮かべて、ステージを見る。そこで、茜は異変に気づいた。
「──あれ?」
「どうした?」
「林檎ちゃんが──いない?」
そのことに気づいたのは茜だけでもなかったようで、前から先頭を陣取っていた白雪林檎親衛隊の面々も、ざわつき始めていた。
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