おとぎ日和

天乃 彗

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白雪姫

01 白雪姫と悪い魔女

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 一年に一度きりの、豊木高校文化祭の日がだんだん近づいてきていた。その日の昼休み、豊木高校の廊下に、勇ましい声が響き渡った。

「我々ェ! 白雪林檎親衛隊はァ!」
「「我々ェ! 白雪林檎親衛隊はァ!」」
「我らがアイドル、白雪林檎ちゃんのォ! ミス豊木コンテストの出場をォ!」
「「我らがアイドル、白雪林檎ちゃんのォ! ミス豊木コンテストの出場をォ!」」
「命を懸けてェ! 応援するゥ!」
「「命を懸けてェ! 応援するゥ!」」

 赤い法被を着た男子生徒が、計7人。野太い声を響かせたかと思うと、目の前に立つ女子生徒に向かって敬礼をして見せた。相対する女子生徒はというと、にこりと笑みを浮かべながら、

「ありがとうございます。でも、他の方の迷惑になりますから、大きな声を出すのは控えてくださいね?」

と言った。その笑みの実に朗らかなこと。
 7人の男子生徒は諌められたというのにたちまち見とれてしまい、少し遅れてまた敬礼をした。
 笑みを浮かべたその少女こそが、白雪林檎だ。雪のように白い肌。その肌と対照的に、ぷっくりとして赤い唇。真っ黒な髪の毛は、肩より上で切り揃えられていた。赤いカチューシャは、その髪型によく似合っている。髪の毛と同じく黒々とした瞳は彼らを優しく見つめている。長いまつげはまばたきをするたびに揺れた。美少女、という言葉は彼女のために存在しているのではないかと思うほど、その言葉が似合う少女であった。

「しかし……、去年は学年の壁のせいで、こんなにもミス豊木にふさわしい林檎ちゃんの出場が阻まれたことが悔しくてならなかった……」
「一ノ瀬さん、それは決まりですから、仕方がないですよ」

 林檎は、親衛隊のリーダー格である一ノ瀬に、苦笑して見せた。
 豊木高校のミスコンテストは、二年生からエントリーできるようになっている。出場者の自薦他薦は問われないが、毎年の決まりであるから昨年も例外なく執り行われた。当時一年生であった林檎を、親衛隊がいくら推薦しても、彼女の出場は叶わなかったのだ。林檎としては、出ても出なくてもどちらでもよかったのだが。

「今年は、こんなに皆さんが応援してくださってますから、私、頑張ります。私なんかが、優勝出来るか分かりませんが」
「そんな! 林檎ちゃんは絶対優勝だよ!」
「おいぃ! 七峰、口を慎め! 林檎ちゃんにタメ口とはなんたることだ!」
「一ノ瀬さん……、私は大丈夫ですから」

 林檎が微笑むと、一ノ瀬は口をつぐんだ。そこでちょうどよく昼休み終了を告げるチャイムが鳴ったため、彼らに会釈をして教室に入った。

「すごいねー、白雪林檎親衛隊!」
「茜ちゃん!」

 教室に入ると、クラスメイトであり友人の江頭茜に声をかけられた。茜は興味深そうに扉の小窓から彼らを眺めた。

「一年生の頃からだもんねー! 林檎ちゃん可愛いし優しいから、みんな慕ってくれるんだろうね!」
「茜ちゃんまで……恥ずかしいです」

 林檎ははにかみながら両頬を手で隠した。本来彼女は大人しく、恥ずかしがりやなのだ。

「でも、応援してくれるのは本当に嬉しいんです。私、精一杯頑張りたい」

 林檎の言葉に、茜はにっこりと笑った。

「うん! あたしも、応援してるね!」

 茜の言葉と笑顔には嘘はなく、林檎は何だかとても安心できた。林檎は誰にも分からないよう、小さく拳を握りしめた。


 * * *


 時同じくして、そこは、部室棟。本来なら使われていないその教室を、好き勝手使っている女がいた。
 部員はたった二人。そして活動が承認されていないため非公式であるその部活は──黒魔術部。

「ねぇ……鏡?」

 女の呼ぶ声に、鏡と呼ばれた男子生徒はびくりと体を震わせた。
 名は、鏡健人。この黒魔術部の唯一の部員である。線が細く、弱々しく見える彼は、その女をおどおどと見つめた。

「はい……祥子さん」

 鏡に祥子さんと呼ばれた女は、何処から持ってきたのか、やたらと豪勢な椅子に腰かけていた。腰まである色素の薄い髪の毛は、綺麗にウェーブがかかっている。高い鼻や厚い唇、切れ長の目はどこか妖艶ささえも感じられる。
 祥子──この黒魔術部の部長である萩間祥子は、足を組み直しながら、ひじ掛けにもたれ掛かって鏡に尋ねた。

「ねぇ、今年のミス豊木は誰になる? この学校で、一番美しいのは?」
「……それは、」

 鏡は気まずそうに目線をそらした。その様子を、祥子は見逃さなかった。

「何? 言いなさい、鏡」

 鏡はおずおずと、持っていた校内新聞を差し出した。そこには、今年のミス豊木の出場者決定の文字と、新聞部が勝手に行った、優勝者予想アンケート。そこで大きく取り上げられているのは、白雪林檎という少女だった。

「……なん、ですって?」

 祥子は、わなわなと体を震わせた。

──あり得ない。

 祥子にとって、自分以外が優勝することなど、あり得ないのだ。

「……許さないわ」

 鏡は、その祥子の声音に動けなくなった。毒も、闇も潜むその声。彼女の本気がかいま見える。

「今年も、優勝するのは私よ。ねぇ、鏡?」
「……はい」
「じゃあ、あなたが何をすべきか、分かっているわよね、鏡?」
「……はい、祥子さん」

 祥子は、ビリビリと新聞を破り始めた。細かに、細かに。そんなもの、始めからなかったかのように。

「見てなさい、白雪林檎。この私が、あなたを──潰してあげるから」

 こらえきれなかった笑いが、口から漏れた。だんだんとそれは大きくなり、祥子の高笑いが、その場に響いたのだった。


 * * *
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