おとぎ日和

天乃 彗

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赤ずきん

04 何も知らない赤ずきんは

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 茜はまだ来ない。ぼんやりと窓の外を眺めていると、さっきの二人が昇降口から出ていくのが見えた。さっきまで少し遠かった二人の距離が、ゆっくりと近づいていく。
 何を話しているのだろう。お互い幸せそうで、暖かい空気が流れているような──。

「……どっちからだろ」 

 ぽつりと独り言を呟いた。あの様子を見る限り、智からだろうか。

──じゃあ、金子は“成功者”ってことか。うらやましい。

 やっぱりそう思わずにはいられない。成功の秘訣を聞いておけばよかった。そう思いながら二人を眺めている。と。

「ぬぁっ!」

 思わず声をあげた。どんどん距離を縮めていると思えば、智が、千花の手をぎこちなく握ったではないか。その、初々しくも幸せそうなこと。
 これ以上見ていたら気がどうにかなりそうだ。慎太郎は黙って窓に背を向けた。──その時だった。

「すみませぇん! 週番やってて遅れちゃって!」

 慌てたような声と共に、扉が開いた。

──!? 

 完全に気を抜いていた。息を切らして教室にやって来た茜は、室内を見渡してから首をかしげた。

「……あれ? 大上くん、ここで委員会やってなかった?」

 尋ねられてドキリとした。そうだ、そう言って呼び出してもらったんだったか。今更ながら騙したことを思い出し、なんといっていいのか分からなかった。

「あ……あの、江頭」
「なぁに?」
「い……委員会あるって、その、う、嘘なんだ。俺が、その、江頭に、用……あって。えと……ごめん」

 しどろもどろになりながら、慎太郎は言った。騙したこと、怒るだろうか。恐る恐る茜を見ると、ふにゃっと笑った。

「なんだ、よかったー!」
「え?」
「委員会、遅刻したかと思ったから。なかったのかぁ、よかったー!」

 えへへと笑う茜に、慎太郎は唖然とした。あぁ──やっぱり、この子はいい子で……かわいい。
 なんて思っている場合じゃない。告白だ。告白をするのだ。

「あのっ……」
「にしても久しぶりだねー? クラス変わってからあんまり話せなくなったもんね?」

 そうだった。茜は自由奔放で、いつもいつも、茜のペースに巻き込んでくれて、それが心地よくもあって。

──でもそれじゃ。

「……だな」
「どぉ? クラス楽しい? うちはね、みんな仲良くて楽しいよー!」
「……そか。よかったな」

──駄目なんだ。

「そっちのクラス、学祭なにやるか決まってる?」
「いや……まだ」
「うちのクラスね、男装・女装喫茶やりたいねって案が出たんだけどね、うらちゃん……あ、生徒会長の鬼村くんね? が、めちゃくちゃ嫌がって、なしになっちゃったんだぁ。なんでだろうね?」
「……へぇ」

──けども。

「だから、普通に喫茶店になりそう──」
「江頭!」
「へ?」

 慎太郎は、ギッと茜を睨み付けた。顔のせいかすごい迫力だが、茜は気にもせず、まあるい瞳で慎太郎を見つめ返した。

「俺がしたいのは、そんな話じゃなくて……」

 言いかけて、また茜が口を挟む。

「あっ、そうだよね! あたしに用事があったんだよね? ごめんね、久しぶりで、つい。何かな? 用事って」

 慎太郎はぐ、と喉を鳴らした。改めて機会を設けられると、なんとも言い出しづらい。茜は慎太郎の気持ちなど露知らず、自然と上目使いになった瞳でじいっと慎太郎を見つめた。慎太郎の顔が、みるみる赤く染まる。

「……大上くん? どうしてそんなに赤い顔してるの?」

 心底不思議そうな顔で、茜は尋ねた。

「それはっ……夕陽が射してるから、」
「何でそんなに汗かいてるの?」

 とっさに答える慎太郎に、間髪いれずに茜は尋ねる。

「それはっ……俺が暑がりだからで、」
「何でさっきから後退りするの?」

 無意識に距離をとっていた慎太郎に、茜はじりじりとにじりよる。背中が窓について、逃げられなくなった。いや、逃げるつもりはないはず、だけれども。

「き……気のせいだ!」
「じゃあ大上くん、何であたしを呼んだりしたの?」

──それは。

「お前にっ……、好きだって言うためだよっ!」

 あぁ、言った。言ってしまった。言ってしまった以上、きっと前のような関係には戻れない。
 もうどうにでもなれと、慎太郎は、目の前の茜を強く強く抱き締めた。体の小さな茜は、大きな慎太郎の腕の中にすっぽりと収まってしまった。──まるで、狼に食べられた、赤ずきんのように。


 * * *
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