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Main Story
ドレスアップと休日出勤(2)
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「……変じゃない?」
恥ずかしそうにうつむいた妃芽が、様子を伺うようにちらりと俺を見上げた。対する俺は、その姿を見てしばし言葉に迷った。
変か変じゃないか、と聞かれたら、変じゃない。言葉が出なかったのは、カーテンの向こうの妃芽が予想をしていた姿とまるで違ったからだ。スカートなんかヒラヒラで、でっかいリボンが付いているようなドレスしか見たことがなかった。でも妃芽が今着ているのは違う。ピンクはピンクだが、落ち着いた色合いのワンピースだった。強く持ったら折れてしまうんじゃないかと思うほど華奢な腕があらわになったノースリーブ。胸元は広く開いていて、鎖骨がちらりと顔をのぞかせた。腹の部分が締まった形で、自然と妃芽の細いウエストを強調させている。スカート部分には、ヒラヒラなんか一つもない。女らしい体つきのラインに沿ってストンと落ちて、そこから伸びる脚はスラリと長く見える。いつもみたいなリボンやら花やらの余計な装飾は一切ない、シンプルなドレスだった。だからこそ俺はこんなに面食らっている。
「もう18だし、こういう落ち着いた感じのドレスも持っとかないとかなって思って着てみたんだけど、やっぱ初めてだからどうなのかわかんなくて。シンプルすぎてさみしすぎるかな? って、ねぇ、ヒトシさんってば。変じゃないかって聞いてるの!」
声にハッとして我に返った。そうだ、何か言わなければいけなかったのだ。
「変じゃ、ねぇよ」
言いながら顔を背けた。直視出来なかったのは、見慣れない妃芽の様子に頭がついていかなかったからだ。ここにいるのが、あのギャースカやかましい妃芽ではない気がして。
「とか言いながら、こっち見ないんじゃない! やっぱ変なんでしょ!?」
「違う、そうじゃなくて。なんつーか、その……」
「なんなのよ、言いなさいよ!」
言葉に迷って、2、3度瞬きをした。頭をガシガシ掻いて、言うべきか迷う。でも、言わなきゃ言わないでうるさいだろうな。俺は頭を掻いた手で顔を半分覆いながら、観念してポツリと呟いた。
「……もうガキじゃねーんだなって、思っただけだよ……」
リボンとかフリルとか、そういうのが似合う子供だと思っていた。実際、そういうのが似合わないわけではなかったし、妃芽のイメージはそう固まっていた。
こういうドレスが、変じゃない。変じゃないから困るのだ。ドレスがシンプルな分、成長した体に嫌でも目がいって、その事実を突きつけられて。5歳のガキだった妃芽が、こういうドレスを着ても違和感がないほど、大人びてきたということに否が応でも気づかされる。そのことに、俺はなんでこんなに動揺しているのか。それこそ、子供じゃあるまいに。
「……っ、ヒトシさん、それってどういう──」
「いかがでしたか?」
妃芽の言葉は、にこやかにやってきた店員に遮られた。妃芽は勢いよくそちらを振り向く。
「あっ……買う! 買います!」
「ありがとうございます。お色はローズピンクでよろしいですか?」
「はい!」
逃げるなら今しかない。妃芽が店員と会話している間に、俺はそそくさと店を出た。あれ以上あそこに居られる気がしなかったから助かった。ナイスタイミングだったあの店員に心の中でお礼を言いつつ、俺は妃芽が戻ってくるのを待った。
* * *
そろそろ帰るかという雰囲気の中、妃芽が突然「ちょっと待ってて」と言い残し、駆けて行った。今度はなんだよと思いながら、追いかけるのも面倒でその場で待っていると、5分しないくらいの時間で戻ってきた。その手には何やらドリンクのカップが二つ握られている。
「はい、こっちがヒトシさんの」
「? おう」
半ば無理やり握らされたカップには、店名らしきアルファベットの羅列がある。どこかで見たような単語だった。何で見たんだっけなと必死に考えて、一時期話題になった高級なチョコレートの店の名前だ、と思い当たる。ん? チョコレート? 持たされたのは明らかに液体だ。
「これ、チョコレートの店の名前じゃないか?」
「そうよ? 今、ドリンクも売ってるの」
「チョコってことはクソ甘いんじゃ」
想像しただけで口の中に甘みが広がる。甘いものは飲めないわけではないが好んでは飲まない。果たして飲みきれるかどうか。
「ヒトシさんのは、店員さんオススメの甘くないやつにしたから大丈夫! 今日のお礼なのに、苦手なもの押し付けたりしないわよ」
「……そうか、ありがとな」
正直、お礼などされるとは思わなかったから驚いた。なおかつ、俺の好みに気を使うなんて、珍しいことこの上ない。さっきもびっくりしたけど、精神的にも、人に気を使えるくらいには成長してきたんだな。素直に礼を言って、渡されたドリンクを一口飲んでみた。確かにチョコレートの味はするが、コーヒーメインで作られたドリンクらしく、俺にも飲める。むしろうまい。適度な糖分が疲れた体に廻るような気さえする。こんな洒落た飲みもんがあるんだな。
「今日はありがと、ヒトシさん」
「おう」
動き回って体は疲れてるし、考えなくてもいいことまで考えさせられて頭も疲れている。やっぱりこれは休日出勤以外の何物でもない。だがまぁ、この甘くないチョコドリンクと、出会った頃は5歳のクソガキだったはずの、妃芽の成長ぶりに免じて今日のところはよしとするかな。
「……そういえば、あのドレスさ」
「……なに?」
言い忘れていたことをひとつ思い出す。妃芽は神妙な面持ちで俺を見上げた。ごくり、と生唾を飲み込むような雰囲気で。
「上になんか羽織れよな。肩丸出しで風邪ひくぞ」
「……丸出……っ!? ~~っ、わかってるわよ、バカ!」
「え? あ、おい……」
忠告してやったのになぜ怒鳴られたんだ、俺は。少し大人になったと思ったのに、怒りっぽいところは変わらない。訳はわからなかったが、ずんずんと地面が割れんばかりの勢いで歩いて行ってしまう妃芽のことを、ため息混じりに追いかけた。
恥ずかしそうにうつむいた妃芽が、様子を伺うようにちらりと俺を見上げた。対する俺は、その姿を見てしばし言葉に迷った。
変か変じゃないか、と聞かれたら、変じゃない。言葉が出なかったのは、カーテンの向こうの妃芽が予想をしていた姿とまるで違ったからだ。スカートなんかヒラヒラで、でっかいリボンが付いているようなドレスしか見たことがなかった。でも妃芽が今着ているのは違う。ピンクはピンクだが、落ち着いた色合いのワンピースだった。強く持ったら折れてしまうんじゃないかと思うほど華奢な腕があらわになったノースリーブ。胸元は広く開いていて、鎖骨がちらりと顔をのぞかせた。腹の部分が締まった形で、自然と妃芽の細いウエストを強調させている。スカート部分には、ヒラヒラなんか一つもない。女らしい体つきのラインに沿ってストンと落ちて、そこから伸びる脚はスラリと長く見える。いつもみたいなリボンやら花やらの余計な装飾は一切ない、シンプルなドレスだった。だからこそ俺はこんなに面食らっている。
「もう18だし、こういう落ち着いた感じのドレスも持っとかないとかなって思って着てみたんだけど、やっぱ初めてだからどうなのかわかんなくて。シンプルすぎてさみしすぎるかな? って、ねぇ、ヒトシさんってば。変じゃないかって聞いてるの!」
声にハッとして我に返った。そうだ、何か言わなければいけなかったのだ。
「変じゃ、ねぇよ」
言いながら顔を背けた。直視出来なかったのは、見慣れない妃芽の様子に頭がついていかなかったからだ。ここにいるのが、あのギャースカやかましい妃芽ではない気がして。
「とか言いながら、こっち見ないんじゃない! やっぱ変なんでしょ!?」
「違う、そうじゃなくて。なんつーか、その……」
「なんなのよ、言いなさいよ!」
言葉に迷って、2、3度瞬きをした。頭をガシガシ掻いて、言うべきか迷う。でも、言わなきゃ言わないでうるさいだろうな。俺は頭を掻いた手で顔を半分覆いながら、観念してポツリと呟いた。
「……もうガキじゃねーんだなって、思っただけだよ……」
リボンとかフリルとか、そういうのが似合う子供だと思っていた。実際、そういうのが似合わないわけではなかったし、妃芽のイメージはそう固まっていた。
こういうドレスが、変じゃない。変じゃないから困るのだ。ドレスがシンプルな分、成長した体に嫌でも目がいって、その事実を突きつけられて。5歳のガキだった妃芽が、こういうドレスを着ても違和感がないほど、大人びてきたということに否が応でも気づかされる。そのことに、俺はなんでこんなに動揺しているのか。それこそ、子供じゃあるまいに。
「……っ、ヒトシさん、それってどういう──」
「いかがでしたか?」
妃芽の言葉は、にこやかにやってきた店員に遮られた。妃芽は勢いよくそちらを振り向く。
「あっ……買う! 買います!」
「ありがとうございます。お色はローズピンクでよろしいですか?」
「はい!」
逃げるなら今しかない。妃芽が店員と会話している間に、俺はそそくさと店を出た。あれ以上あそこに居られる気がしなかったから助かった。ナイスタイミングだったあの店員に心の中でお礼を言いつつ、俺は妃芽が戻ってくるのを待った。
* * *
そろそろ帰るかという雰囲気の中、妃芽が突然「ちょっと待ってて」と言い残し、駆けて行った。今度はなんだよと思いながら、追いかけるのも面倒でその場で待っていると、5分しないくらいの時間で戻ってきた。その手には何やらドリンクのカップが二つ握られている。
「はい、こっちがヒトシさんの」
「? おう」
半ば無理やり握らされたカップには、店名らしきアルファベットの羅列がある。どこかで見たような単語だった。何で見たんだっけなと必死に考えて、一時期話題になった高級なチョコレートの店の名前だ、と思い当たる。ん? チョコレート? 持たされたのは明らかに液体だ。
「これ、チョコレートの店の名前じゃないか?」
「そうよ? 今、ドリンクも売ってるの」
「チョコってことはクソ甘いんじゃ」
想像しただけで口の中に甘みが広がる。甘いものは飲めないわけではないが好んでは飲まない。果たして飲みきれるかどうか。
「ヒトシさんのは、店員さんオススメの甘くないやつにしたから大丈夫! 今日のお礼なのに、苦手なもの押し付けたりしないわよ」
「……そうか、ありがとな」
正直、お礼などされるとは思わなかったから驚いた。なおかつ、俺の好みに気を使うなんて、珍しいことこの上ない。さっきもびっくりしたけど、精神的にも、人に気を使えるくらいには成長してきたんだな。素直に礼を言って、渡されたドリンクを一口飲んでみた。確かにチョコレートの味はするが、コーヒーメインで作られたドリンクらしく、俺にも飲める。むしろうまい。適度な糖分が疲れた体に廻るような気さえする。こんな洒落た飲みもんがあるんだな。
「今日はありがと、ヒトシさん」
「おう」
動き回って体は疲れてるし、考えなくてもいいことまで考えさせられて頭も疲れている。やっぱりこれは休日出勤以外の何物でもない。だがまぁ、この甘くないチョコドリンクと、出会った頃は5歳のクソガキだったはずの、妃芽の成長ぶりに免じて今日のところはよしとするかな。
「……そういえば、あのドレスさ」
「……なに?」
言い忘れていたことをひとつ思い出す。妃芽は神妙な面持ちで俺を見上げた。ごくり、と生唾を飲み込むような雰囲気で。
「上になんか羽織れよな。肩丸出しで風邪ひくぞ」
「……丸出……っ!? ~~っ、わかってるわよ、バカ!」
「え? あ、おい……」
忠告してやったのになぜ怒鳴られたんだ、俺は。少し大人になったと思ったのに、怒りっぽいところは変わらない。訳はわからなかったが、ずんずんと地面が割れんばかりの勢いで歩いて行ってしまう妃芽のことを、ため息混じりに追いかけた。
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