ヒメとツミビト。

天乃 彗

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Main Story

声をなくしたお姫様

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 風邪をこじらせてぐったりしていた妃芽は、とりあえず楽になるまで少し寝るらしかった。買ってきたゼリーを少し食べさせ、薬を飲ませたあと、寝かしつけた。気休めのノド飴が少しは役に立ったのか──さっき帰って来た時よりも、呼吸は楽そうだ。
 今日が土曜で良かった。平日だったら、帰りが遅くなって──社長になんと説明すればいいのか。とりあえず、夕方には起きるだろうから、その時に一人で立てそうだったら送ってくか。俺は眠る妃芽の顔を見下ろした。

“──ありがと”

 さっきの妃芽の声にならない声が、ふと思い出される。風邪で弱ってるからだろう。珍しく素直な妃芽を、ないがしろに出来るはずもなく。……にしても。

「……間違ったことをした気がする」

俺は自分の両手を眺めて、ひとつため息をついた。


 * * *


 目を覚ました妃芽は、自分で上体を起こした。俺はベッドの脇に屈み込み、妃芽と目線を合わせる。

「頭は? まだふらつくか?」

 すると妃芽は、ふるふると首を横に振った。なるほど、頭の痛みは引いてるらしい。でもまだ声は出ないのだろう。
 俺はゆっくり立ち上がって、冷蔵庫からさっきのゼリーを持って来た。そして、それをスプーンでひとすくいすると、妃芽に向ける。妃芽が目をパチクリさせてそれを見ていた。

「何か食わんと薬飲めんだろ? ……あ、もう一人で食えるか」

 さっきはふらついてたからそうしたが、もう大丈夫そうだしな。俺がスプーンを置こうとすると、妃芽はふるふると首を横に振った。

「はぁ?」

 俺がキョトンとすると、妃芽はおかまいなしにあーん、と口を開ける。……子供か。

「……今日だけだぞ」

 俺は渋々、ゼリーを妃芽に食べさせてやった。ニコニコとゼリーを食べる妃芽を見て、俺は思わずため息をつく。

「……しかし、喋らん妃芽は静かでいいな」

 小さく呟くと、さっきまでニコニコしていた妃芽がキッと俺を睨みつけた。

“それ、どういう意味よ! ヒトシさんのバカ!”

 そんな声が聞こえて来そうな……。

「……怒るなよ」

 俺は誤魔化すように、妃芽の口にゼリーを押し込んだ。

「食って薬飲んだら帰れよ? 送るから」

 俺がそう言うと、妃芽は少しむくれながら、小さく頷いたのだった。


 * * *


 喋らん妃芽は、いつもより幾分素直だった。病人だし、仕方が無いから──いつもより優しくしてやろう。
 そんなことを考えて、俺はベッドに座る妃芽の手をとった。
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