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Ⅳ章 リリアに幸あれ

11  ルド国へ②

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 大広間に用意された場所。ロンのために用意されたであろう豪華な椅子に座る。

正面には空席が一つ。両サイドに精悍な獅子獣人たちが座っている。

全部で九名。多分、ミーの兄弟皇子たちだ。ルドの王族。これほど獅子獣人が揃うのは初めて見る。不機嫌な彼らに睨まれると、さすがに震えがくる。負けるものかと膝の上の拳を握り締める。

 「リリアの使者よ。我らはルド王家の者だ。私は第一皇子のサエル。ルド王陛下は本日会えるか分からん。まず話を聞きたい。よろしいか?」

皇子たちの中で一番上座の者が発言した。彼がルド国の王位継承者であると直感で分かった。

「構いません。私は熊獣人のロン・ガルシアです。リリアでは神の御使いとして国の象徴であるとともに、国防軍参謀を務めています。この度、リリア国ルーカス国王陛下より名代を拝命し、ルド国に親書を預かってまいりました」

「ほう、神の御使いであったか。知っていればもてなしたものを。まぁ、良い。ロン殿、リリアの者である証拠をお持ちとか」

「はい。ルド国には生息していない草花『太陽花』です。どうぞご覧ください」
目の前に開花している太陽花を差し出す。これに皇子たちが魅入る。

「なぜ、これをお持ちになったか、聞いても良いか?」

「はい。ルド国にはリリアと決定的に違う点があります。ルドには草花が、ない。ここ数年の調査で把握しています。木は育っていますが、なぜか草花が見当たらない。だから木に実る食物が取れても、草花として育つ穀物や大地に根付く食物が不足している。だからこそ、ルドでは民の反乱や争いを防ぐために厳しい身分制度が必要である、違いますか?」

「ふむ。よく把握されている。それで?」

「この太陽花はどんな土地でも花を咲かせます。太陽花は土地を潤し栄養価を高める恵みの花です。土地を改良できれば穀物や草花の育成に繋がるでしょう。どうでしょう? 飢えた土地を潤すために太陽花を育てませんか?」
「これは、わがルド国として喉から手が出るほど欲しいものだ。だが、わざわざコレを届けに来たわけではないだろう? そもそも、天の川をどのようにして越えてきた?」

「空を、飛んできました」
「羽が無い熊獣人が?」

「リリアは空を駆ける術を得ました。それがどのような物かお伝えすることは避けます。私がルドに来た目的はひとつ。ミーを、神の子ミゴを返して欲しい。太陽花をお分けする対価としてミーを返してくれ。ミーに会わせていただきたい」

「ミー? あぁ、お前はミゴの恋人の熊獣人か。そういう事か」
納得したような、やや困ったような顔をするサエル皇子。

「これがルーカス陛下の親書です。『これまでリリアに届いたルドからの不敬な親書に対し、全てを水に流す。そして互いに自国の繁栄に尽力していくことこそ互いの国のためである』とのルーカス陛下の意向が記されております」

親書を目の前に示す。目の前の獅子獣人皆が興味深そうに太陽花と親書を交互に見る。
「我らに川を渡る術は教えられぬか?」

「それは、できません。知らないほうが互いの国のためです。それより、ミーは?」

王族が話の通じる方たちで少し安堵するとともにミーを連れてきてもらえないことに焦りを感じる。政治的な話より、先にミーに会いたい。そんなロンの様子を察してか、サエル皇子が話し出す。

「ここに居る皇子たちは、どちらかというと温厚派なのだ。以前リリアに侵入した皇子たちは国王陛下寄りの支配欲の強い者たち。そして現国王陛下は力こそが支配の源と考えている方だ。だからミゴは『王の子であっても弱ければ虐げられる』と見せしめのように扱われていた。支配のため国王陛下は獅子化して獰猛な面を貴族や周囲に見せつけていた。獅子の姿で小型獣人を痛めつけたりして、な」

聞いているロンの手が震える。ミーは大丈夫なのか? 心臓がドクドク鳴り響く。

「リリアの使者よ。王族が獅子化しすぎたらどうなるか知っているか?」
ロンの頭にルーカス様が以前話していた内容が思い浮かぶ。

「獅子の姿から獣人に戻れなくなり、ただの獣になる?」

「その通り。そうなると国王としての存在価値がなくなり廃位となる」
姿を現さないルド国王の席を見て、まさか、と皇子たちを見る。

「いや、まだギリギリ獣人だ。しかし、獣化して数日獣人に戻れない事がある。そのような状況となってから、陛下は神の御使いを食べることで自らが神化し、獣に陥ることなく永遠の国王でいられると思い込み始めて、な」

ハッとする。食べる? 神の御使いを? 

「ミーは!? 俺のミーは!? 無事だろうな!!」

怒鳴りつけて席を立っていた。途端に獅子皇子たちに取り押さえられる。力では全く敵わないと実感する。

「落ち着け。生きている。ただ、最近は国王陛下の行為に神が怒ったのか、神の御使いになれる者がいない。そんな中でのミゴの出現だ。これまでの御使いのように食い殺すわけにはいかず、生かしておくためにも、ミゴの血を、糧にしているようだ」

は? 言われた意味が分からず、頭の中で反芻する。ミーの血を、糧に?
 
「生きてはいるが、無事では、ない。そこを理解してもらえるか? そして、お前の交渉がミゴを取り戻す事であるなら、このままでは失敗に終わるだろう。国王陛下はミゴを手放さないだろうな。さらに神の御使いであるお前を食い殺し、太陽花をも手中にするだろう。それがリリアとの戦争になろうが、そこまで深く考える陛下ではないからな。すでに思考が獣になりかけている」

ロンは震える身体を抑えることが出来なかった。ミーを、ミーを助けなくては。

「ミーに、会わせてくれ。俺は、ミーを助けたい。ミーを返してくれ」
震える身体を獅子皇子に抑えられながら何度もミーを呼んだ。

「リリアの使者よ。落ち着くのだ。お前はミゴを取り戻したいだろう? 俺たちこの場に居る皇子たちは、現国王を倒したいのだ。このまま圧政だけを継続すればルドは滅びる。だから、俺たちと協力しないか? 互いのために」

ロンは荒い息を繰り返しながらサエル皇子を見た。ミーを救うにはどうすればいい? ここで殺されるわけにはいかない!

「分かった。俺はミーをリリアに連れて帰る。死ぬわけにはいかない。俺とミーが天の川対岸に現れなければ、リリアが川を越えて総攻撃を仕掛ける事になっている。それも覚悟しておいてくれ」

「用意周到だな。それほどミゴがリリアで愛されていたのなら、嬉しく思う。ルドではミゴは不幸なままだ」

初めてルド国皇子から人間味のある言葉が聞けたように思った。信用してもいいと思えた。だけど、ロンはどうしても確認したいことがあった。

「……ミーの状態を教えてくれ」

「俺たちにも分からない。ミゴが来てすぐに陛下がミゴを手元に閉じ込めた。ミゴの血を飲んでいる、というのは陛下本人が言っていたことだ。すまないが、俺たちはミゴに会っていない」

ルド国王に対して炎のような怒りが燃え上がった。

「ひとつ、こちらからも伝えておく。現国王陛下は最強の獅子獣人だ。倒す、といっても一筋縄ではいかない相手だ。正面から倒せる相手ではない。神の御使いであるリリアの使者が来たとなれば、陛下はお前を欲しくてたまらないはずだ。だからこそ、今回は大きなチャンスなのだ」

これほど精悍な獅子獣人皇子が揃っても倒せない、ということか。ロンはブルリと身震いがした。
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