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Ⅳ章 リリアに幸あれ

10 ルド国へ

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  乗り物の開発に三か月を要した。

毎日、天の川の向こうを見つめて胸に下げた袋を握りしめて過ごした。ミーが苦しんでいませんように。ミーが無事でいますように。そう願うときは流れてしまう涙。ミーに会いたくて抱き締めたくて。

抑えることのできない辛さが涙と共に流れる日々。この時間は誰もロンの邪魔をせず、そっとしてくれる。そんな周囲の優しい気づかいが嬉しかった。

 乗り物は、風の力を利用したパラグライダーに決まった。これはブランコのように乗りながら操作できるためすぐに慣れることができた。タクマ様に聞いて設計したが、発想さえわかればリリアの技術で現物化できた。

風を起こすための送風機をつければ、自然風だけに頼らない安定さがでた。あとはルドに入国する時間帯。そして入国後、どうやってルド王に接触するか。計画は密に練られた。

 ミーがルドに渡って以降、ルドからの書状は流れついていない。目的のミーが手に入り満足しているのだろう。このことから、ルドの目的はリリア侵略ではなく神の子だけだったと判断できた。だが、なぜそこまでミーにこだわる? 真意はわからないままだ。

 ルド国は沿岸警備の強化をしていない。リリアで羽のある王族は現王と前王の二人だけ。だから絶対にリリアからは侵入してこないという慢心がうかがえる。その警備の薄さを狙い夜間にルドに入る。

 ルド王都までの距離、ルド国の様子、状況を各沿岸基地から超望遠映像鏡で図に起こしながら調査した。王都までの道と、天の川までの帰路は最善なものを頭に入れた。

 あとはルーカス国王からの使者であり国王名代という肩書きでルド国王に会う。こちらには川を渡る技術があると匂わせておくこと。それこそがロンの命綱にもなる。

ロンに危害を加えた時点で、ルドがリリアへの宣戦布告をしたことになり、リリアから攻め込まれる可能性を示唆すれば、ロンの安全が守られる。

今回の目的はミーを取り戻すこと。そのための交渉手段が『太陽花』だ。上手くいくといい。リリアに咲き溢れる大衆花。リリアの国花。どうかリリアを、ミーを救ってくれ。願いを込めて小さな花を握り締めた。



 「ロン君、どうか、どうか無事で戻ってきて。天の川の神様、お願いします。ロン君とミー君を助けてください」
夜更け。出発準備の整ったロンにタクマ様がボロボロに泣きながら話しかける。美しく落ちる涙を目で追う。

「ロン、必ず戻れ。国王命令だ。ミーを連れて、このリリアの地に」
真っすぐにロンを見るルーカス陛下。ロンは背筋を伸ばして最敬礼をする。

「御意!!」
尽力してくださったルーカス様とタクマ様、見守る皆に感謝を込めて深く礼をする。

もしかしたら最期の別れになるかもしれない。涙が上ってきそうになり自分を戒める。すぐに意識をルドに向ける。今は泣いている場合じゃない。

 天の川に片手を差し入れ心から祈る。天の川の神様、天国の母さん。どうか力を貸してください。どうか神のご慈悲を。皆が見守る中、少しの間祈りを捧げた。温かな水からそっと手を抜き、深呼吸をして前を向く。

「行ってまいります!」

風が強くて都合がいい。風の音が送風機のモーター音を誤魔化してくれる。自然風と送風機で方向のコントロール。

天の川の神に『頭上を通り申し訳ありません』と挨拶をする。『どうかお怒りにならずルドまで見守ってください』そう願い空を飛んだ。心臓がドクドクと鳴り続けている。緊張で手が震える。ミー。会いたい。もう一度、抱きしめたい。

 闇を映して漆黒の天の川は穏やかに流れていた。渡りきるまで穏やかなままでいてくれて心から安堵した。警備の薄い第九十区対岸。配置人数も把握している。予想通りだ。周囲に見張りの気配がない。

 降り立ってリリアとの違いを肌で感じる。リリアに比べて殺風景だと感じるルド。岩肌が多い。空気が重い。そう感じてしまうのはロンの緊張のせいだろうか。

緊張と恐怖と不安が織り交じり、リリアを見つめる。暗闇で対岸など見えないが、それでもリリアから励ましてもらえるような気がする。深呼吸して気持ちを切り替える。絶対に失敗出来ない。感傷に浸る時間はない。

 すぐにパラグライダー一式を天の川に流す。沈んでいく様子を眺め、心臓がバクバクと鳴りだす。これでもう後戻りは出来ない。一人でやり切らなければならない。恐怖が沸き上がってきそうになり自分を励ます。

ミーの事だけを考えて進め! そう自分を鼓舞して地面を蹴った。ロンは全速で駆け出した。出来るだけ計画通りにルド首都に向かわなくてはいけないから。

 ルドの首都は静かだ。賑わいが無い。立派な美しい邸宅の並びに冷たさを感じる。リリアの店舗や商店が並ぶ街との違いに寂しさを感じる。一週間駆け抜けて沿岸から首都に来た。街の中心にあるルド城を見る。ここに、ミーが居る。



 ロンは城の正門から堂々と城に入った。すぐに門番と衛兵が駆け付ける。
「何者!?」
「誰だ?」

いくつかの質問が飛ぶ。ロンは堂々と立ち、声を張り上げた。

「我が名はロン・ガルシア! リリア国王名代としてリリアよりお伺いした! 本日はリリア国よりルド王へ、親書の返事を持参した。天の川に何通もルド国王からリリア国に親書が届いていた。リリアからも返事を届けなくては無礼であろう。国王陛下に謁見を申し入れる!! 早急に取次ぎ願う!!」

周囲の獣人が皆、驚きでざわついている。「リリアから?」「どうなっているのだ?」「「ありえないだろう?」混乱で気が緩んでいるルド衛兵に再度促す。

「私はリリア国王名代である。私に害をなせばリリアに宣戦布告したとみなす! 川を越す技術をリリアは得ている! リリアから来たという証拠がコレだ」

ルドには存在しない太陽花を高く掲げる。

「なんと!」
「花だ! これは、草花だ!」

「すぐに陛下に連絡を入れる! お前、リリアの者、そのまま待て! おい、こいつから目を離すな。上の指示があるまで絶対に危害を加えてはならん!」

衛兵が数名城内に駆けていく。その場に残ったロン。一定の距離でロンを囲む衛兵としばらくの間にらめっこが続いた。


 「陛下が謁見される! リリアの者! 城内へ案内する!」
衛兵とは違い明らかに身分の高そうな近衛兵たちがロンを取り囲む。ロンに害をなすことはないだろうが緊張する。

 「こちらで待たれよ。ここで身体の検査を行うが、よろしいか?」

「承知した。しかし荷物にはリリア国王陛下の親書がある。預けることはできない。危険物が無いかの確認なら目の前で行ってほしい。それでなければ受け入れない」

「危険物の目視確認だけで結構」

機械的にロンの身体確認、荷物確認をされた。やはり近衛兵たちの興味は太陽花だった。苗も本日開花の花も、種も沢山持参している。まるで幻の宝物でも見るかのような憧れの視線に、作戦は成功しそうだと嬉しくなった。

 小一時間ほど控室で待機。飲み物や茶菓子を出されたが手をつけなかった。ルドの皇女たちがリリアで死んだ際の毒、あれは即効性だった。あんなものを盛られていたら、と考えるとゾッとする。室内には見張り役として豹獣人と虎獣人の監視。力では熊獣人のロンはかなわないだろう。ピリピリした空気。

 「では、ご案内します」
近衛兵に囲まれて移動。城内に居合わせた者が物珍しそうに見てくる。石造りの冷たい城内を見て、ミーが寝ていたと言っていた石の床を思う。この冷たい石材の上でミーが震えて寝ていたかと思うと胸が痛んだ。

ミー、絶対に連れて帰る。

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