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Ⅱ章 リリア王都編

6 再会<SIDE:ルーカス>

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 「ルーカス殿下、少しよろしいですか?」
テントの入り口付近に膝をつく護衛隊隊長。チラリと目線だけ向けて、すぐにふて寝の姿勢にもどり背を向ける。

「ここからまだ五キロほど行ったところに一軒の民家があります。念のため聞き込みに向かいますか?」

民家か。時々、森に住みたいとか社会になじめない者が単独生活をしていることがある。五キロか。ケガをしたタクマが歩ける距離じゃない。無駄な情報を持ってくるな、と追い払おうとした、が。



いや、待てよ。もしタクマが歩けないにしても、そこに住む獣人の足なら五キロはほんの十分だ。ガバっと身体を起こす。

止まってしまう寸前かと思うくらいゆっくりと感じていた心臓の拍動が、ドクドクと脈打つ。

もしかして、もしかしたら希望が、ある? 

ここ三日、周辺には血の匂いが強い箇所も、タクマの衣服も見つかっていない。興奮で手がぶるぶると震える。

「どこだ!」
「はい! ここから西に真っすぐ向かった……、あ、殿下!」

一気に獅子の姿になり駆け抜けた。

数分で古いコテージ風の小さな民家を見つける。はやる鼓動を落ち着けて、人型に戻ったとき、民家の玄関が開いた。

 奇跡が、起きた。

 諦めていた、会いたかったタクマ。動いている。生きている。ハラハラと涙が溢れる。頬を伝う涙が温かい。先ほどまでの冷えた涙じゃない。

すぐにタクマに駆け寄る。はっと俺に気が付いて固まるタクマ。タクマの全てを包み込むように抱き込む。

腕の中の温かさ。柔らかさ。タクマの匂い。愛らしい吐息。タクマが「ひっ」と喉を鳴らして涙を流す。堪えきれなかった。

「わあぁぁぁ!」
声を上げて泣き叫んでいた。腕の中から逃さないように抱きしめながら、大声を上げて泣き続けた。

 「うるさい!」
パコーン、と頭を叩かれて、あまりの驚きに振り返る。

俺を睨んでいる初老のカバ女性。俺にこんな態度をとる獣人は見たことが無い。ぽかーん、と口を開けて見入ってしまった。



 「いや、皇子殿下とは思わんかった。申し訳ありません。何しろ目が悪いのです。歳ですので。トムの意地の悪い家族かと思ったんじゃ」

室内のダイニングテーブルの席についている。
頭パコーン、に驚いたのはタクマも一緒だったようで、「ルーカス殿下です! 王族のルーカス様です!」とタクマが伝えてくれて、ようやくカバ獣人女性が「ひぇぇ」となった。

その様子を見て、タクマと目を合わせて大笑いしてしまった。涙はいつの間にか止まっていた。後から駆け付けたサラたちが、何事か分からないといった様子で呆然と笑う俺たちを見ていた。

 「トムは神の子だったのか。そうとは知らず、農作業やら手伝いをさせてしまった。なんてこった……」
大きなショックを受けてしまっているカバ獣人女性。

「いいんです。僕は自分が役に立つ事があって嬉しかったです。助けてもらえて良かったです」

「神の子じゃと知っておれば、出来る限りおもてなししたんじゃが」
がっくりと肩を落とす初老女性。

「神の子と言われても、僕には何もできません。救う力がないと気が付いて、苦しかった。そんな僕を、ただの一人の人として扱ってくれて嬉しかったです。森で死んでいたかもしれない僕を助けてくれて、本当にありがとうございます」

「いいよ。トムが耳や尻尾を切られて辛い境遇にいたのかと心が凍える思いをした。あんたを見つけた時に、死なせてくださいって寝言で言っていたんだよ。それも含めて、こんな小さな獣人に何てことをするのか、と哀れに思った。生きたいって思ってくれたなら、それでええよ。心ってのは、波があるからね。辛い時も生きる輝きに満ちる時もある。ただ、大切なものに背を向けないことが大切じゃよ。一時の心の波に囚われて、大切なものを失わないようにな」

女性の言葉に肩を震わせているタクマ。俺もギクリとした。

俺は自分の辛い心に耐え切れず、周囲に当たり散らした。西区の住民の畏怖の顔。兵士たちの困惑の顔が頭をよぎる。

「タクマ、帰って色々話そう。俺と戻るよね?」

「……僕で、いいんでしょうか? 僕は何の力もありません。ルーカス様と違って、誰も救えません。ただの僕は、ルーカス様の横にいていい存在では、ありません」

下を向く頭をそっと撫でる。

「じゃ、タクマは俺が皇子じゃなくなって、ただのルーカスになったら愛してくれないの? 一緒に居てくれない?」

はっと顔を上げて俺を見るタクマ。

「王族とか関係ありません。僕はルーカス様が、大切です。ルーカス様を、好きなんです」

顔を赤くしてハッキリと答えるタクマ。その黒髪をヨシヨシと撫で続ける。欲しい言葉が聞けて心がほっかり温まる。

「同じだよ。タクマが神の子じゃなくても愛している。俺はタクマが大切なんだ」

俺を見たまま、「うわ~ん」とタクマが泣き出す。腕の中に抱き込みながら、タクマを失わなくて良かった、生きていて良かった、と何度も可愛い頭を撫でた。

女性に向き合い、感謝を伝える。

「この度は、俺の恋人を助けてくれたこと、心より感謝申し上げる。後ほど追って謝礼に伺う。あなたの言葉に気が付くこともあった。タクマを助けてくれて、ありがとう」

恐縮している女性に別れを告げて城にもどる。

俺はタクマを二度と手放さない。腕に抱き込んで大切に運んだ。

捜索に当たっていた護衛兵たちが泣いて喜んでくれた。

頭を下げて皆に礼を伝えた。俺の態度についても、申し訳なかったと謝罪した。

皆が頬を染めて「気になさらないでください」と許してくれるのが嬉しかった。王都西区にも謝罪に行こう。

タクマが傍に居るだけで、俺は俺らしく胸を張れる。
腕の中の温かな存在が俺の全てを支えてくれる。
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