22 / 48
Ⅱ章 リリア王都編
6 再会<SIDE:ルーカス>
しおりを挟む
「ルーカス殿下、少しよろしいですか?」
テントの入り口付近に膝をつく護衛隊隊長。チラリと目線だけ向けて、すぐにふて寝の姿勢にもどり背を向ける。
「ここからまだ五キロほど行ったところに一軒の民家があります。念のため聞き込みに向かいますか?」
民家か。時々、森に住みたいとか社会になじめない者が単独生活をしていることがある。五キロか。ケガをしたタクマが歩ける距離じゃない。無駄な情報を持ってくるな、と追い払おうとした、が。
いや、待てよ。もしタクマが歩けないにしても、そこに住む獣人の足なら五キロはほんの十分だ。ガバっと身体を起こす。
止まってしまう寸前かと思うくらいゆっくりと感じていた心臓の拍動が、ドクドクと脈打つ。
もしかして、もしかしたら希望が、ある?
ここ三日、周辺には血の匂いが強い箇所も、タクマの衣服も見つかっていない。興奮で手がぶるぶると震える。
「どこだ!」
「はい! ここから西に真っすぐ向かった……、あ、殿下!」
一気に獅子の姿になり駆け抜けた。
数分で古いコテージ風の小さな民家を見つける。はやる鼓動を落ち着けて、人型に戻ったとき、民家の玄関が開いた。
奇跡が、起きた。
諦めていた、会いたかったタクマ。動いている。生きている。ハラハラと涙が溢れる。頬を伝う涙が温かい。先ほどまでの冷えた涙じゃない。
すぐにタクマに駆け寄る。はっと俺に気が付いて固まるタクマ。タクマの全てを包み込むように抱き込む。
腕の中の温かさ。柔らかさ。タクマの匂い。愛らしい吐息。タクマが「ひっ」と喉を鳴らして涙を流す。堪えきれなかった。
「わあぁぁぁ!」
声を上げて泣き叫んでいた。腕の中から逃さないように抱きしめながら、大声を上げて泣き続けた。
「うるさい!」
パコーン、と頭を叩かれて、あまりの驚きに振り返る。
俺を睨んでいる初老のカバ女性。俺にこんな態度をとる獣人は見たことが無い。ぽかーん、と口を開けて見入ってしまった。
「いや、皇子殿下とは思わんかった。申し訳ありません。何しろ目が悪いのです。歳ですので。トムの意地の悪い家族かと思ったんじゃ」
室内のダイニングテーブルの席についている。
頭パコーン、に驚いたのはタクマも一緒だったようで、「ルーカス殿下です! 王族のルーカス様です!」とタクマが伝えてくれて、ようやくカバ獣人女性が「ひぇぇ」となった。
その様子を見て、タクマと目を合わせて大笑いしてしまった。涙はいつの間にか止まっていた。後から駆け付けたサラたちが、何事か分からないといった様子で呆然と笑う俺たちを見ていた。
「トムは神の子だったのか。そうとは知らず、農作業やら手伝いをさせてしまった。なんてこった……」
大きなショックを受けてしまっているカバ獣人女性。
「いいんです。僕は自分が役に立つ事があって嬉しかったです。助けてもらえて良かったです」
「神の子じゃと知っておれば、出来る限りおもてなししたんじゃが」
がっくりと肩を落とす初老女性。
「神の子と言われても、僕には何もできません。救う力がないと気が付いて、苦しかった。そんな僕を、ただの一人の人として扱ってくれて嬉しかったです。森で死んでいたかもしれない僕を助けてくれて、本当にありがとうございます」
「いいよ。トムが耳や尻尾を切られて辛い境遇にいたのかと心が凍える思いをした。あんたを見つけた時に、死なせてくださいって寝言で言っていたんだよ。それも含めて、こんな小さな獣人に何てことをするのか、と哀れに思った。生きたいって思ってくれたなら、それでええよ。心ってのは、波があるからね。辛い時も生きる輝きに満ちる時もある。ただ、大切なものに背を向けないことが大切じゃよ。一時の心の波に囚われて、大切なものを失わないようにな」
女性の言葉に肩を震わせているタクマ。俺もギクリとした。
俺は自分の辛い心に耐え切れず、周囲に当たり散らした。西区の住民の畏怖の顔。兵士たちの困惑の顔が頭をよぎる。
「タクマ、帰って色々話そう。俺と戻るよね?」
「……僕で、いいんでしょうか? 僕は何の力もありません。ルーカス様と違って、誰も救えません。ただの僕は、ルーカス様の横にいていい存在では、ありません」
下を向く頭をそっと撫でる。
「じゃ、タクマは俺が皇子じゃなくなって、ただのルーカスになったら愛してくれないの? 一緒に居てくれない?」
はっと顔を上げて俺を見るタクマ。
「王族とか関係ありません。僕はルーカス様が、大切です。ルーカス様を、好きなんです」
顔を赤くしてハッキリと答えるタクマ。その黒髪をヨシヨシと撫で続ける。欲しい言葉が聞けて心がほっかり温まる。
「同じだよ。タクマが神の子じゃなくても愛している。俺はタクマが大切なんだ」
俺を見たまま、「うわ~ん」とタクマが泣き出す。腕の中に抱き込みながら、タクマを失わなくて良かった、生きていて良かった、と何度も可愛い頭を撫でた。
女性に向き合い、感謝を伝える。
「この度は、俺の恋人を助けてくれたこと、心より感謝申し上げる。後ほど追って謝礼に伺う。あなたの言葉に気が付くこともあった。タクマを助けてくれて、ありがとう」
恐縮している女性に別れを告げて城にもどる。
俺はタクマを二度と手放さない。腕に抱き込んで大切に運んだ。
捜索に当たっていた護衛兵たちが泣いて喜んでくれた。
頭を下げて皆に礼を伝えた。俺の態度についても、申し訳なかったと謝罪した。
皆が頬を染めて「気になさらないでください」と許してくれるのが嬉しかった。王都西区にも謝罪に行こう。
タクマが傍に居るだけで、俺は俺らしく胸を張れる。
腕の中の温かな存在が俺の全てを支えてくれる。
テントの入り口付近に膝をつく護衛隊隊長。チラリと目線だけ向けて、すぐにふて寝の姿勢にもどり背を向ける。
「ここからまだ五キロほど行ったところに一軒の民家があります。念のため聞き込みに向かいますか?」
民家か。時々、森に住みたいとか社会になじめない者が単独生活をしていることがある。五キロか。ケガをしたタクマが歩ける距離じゃない。無駄な情報を持ってくるな、と追い払おうとした、が。
いや、待てよ。もしタクマが歩けないにしても、そこに住む獣人の足なら五キロはほんの十分だ。ガバっと身体を起こす。
止まってしまう寸前かと思うくらいゆっくりと感じていた心臓の拍動が、ドクドクと脈打つ。
もしかして、もしかしたら希望が、ある?
ここ三日、周辺には血の匂いが強い箇所も、タクマの衣服も見つかっていない。興奮で手がぶるぶると震える。
「どこだ!」
「はい! ここから西に真っすぐ向かった……、あ、殿下!」
一気に獅子の姿になり駆け抜けた。
数分で古いコテージ風の小さな民家を見つける。はやる鼓動を落ち着けて、人型に戻ったとき、民家の玄関が開いた。
奇跡が、起きた。
諦めていた、会いたかったタクマ。動いている。生きている。ハラハラと涙が溢れる。頬を伝う涙が温かい。先ほどまでの冷えた涙じゃない。
すぐにタクマに駆け寄る。はっと俺に気が付いて固まるタクマ。タクマの全てを包み込むように抱き込む。
腕の中の温かさ。柔らかさ。タクマの匂い。愛らしい吐息。タクマが「ひっ」と喉を鳴らして涙を流す。堪えきれなかった。
「わあぁぁぁ!」
声を上げて泣き叫んでいた。腕の中から逃さないように抱きしめながら、大声を上げて泣き続けた。
「うるさい!」
パコーン、と頭を叩かれて、あまりの驚きに振り返る。
俺を睨んでいる初老のカバ女性。俺にこんな態度をとる獣人は見たことが無い。ぽかーん、と口を開けて見入ってしまった。
「いや、皇子殿下とは思わんかった。申し訳ありません。何しろ目が悪いのです。歳ですので。トムの意地の悪い家族かと思ったんじゃ」
室内のダイニングテーブルの席についている。
頭パコーン、に驚いたのはタクマも一緒だったようで、「ルーカス殿下です! 王族のルーカス様です!」とタクマが伝えてくれて、ようやくカバ獣人女性が「ひぇぇ」となった。
その様子を見て、タクマと目を合わせて大笑いしてしまった。涙はいつの間にか止まっていた。後から駆け付けたサラたちが、何事か分からないといった様子で呆然と笑う俺たちを見ていた。
「トムは神の子だったのか。そうとは知らず、農作業やら手伝いをさせてしまった。なんてこった……」
大きなショックを受けてしまっているカバ獣人女性。
「いいんです。僕は自分が役に立つ事があって嬉しかったです。助けてもらえて良かったです」
「神の子じゃと知っておれば、出来る限りおもてなししたんじゃが」
がっくりと肩を落とす初老女性。
「神の子と言われても、僕には何もできません。救う力がないと気が付いて、苦しかった。そんな僕を、ただの一人の人として扱ってくれて嬉しかったです。森で死んでいたかもしれない僕を助けてくれて、本当にありがとうございます」
「いいよ。トムが耳や尻尾を切られて辛い境遇にいたのかと心が凍える思いをした。あんたを見つけた時に、死なせてくださいって寝言で言っていたんだよ。それも含めて、こんな小さな獣人に何てことをするのか、と哀れに思った。生きたいって思ってくれたなら、それでええよ。心ってのは、波があるからね。辛い時も生きる輝きに満ちる時もある。ただ、大切なものに背を向けないことが大切じゃよ。一時の心の波に囚われて、大切なものを失わないようにな」
女性の言葉に肩を震わせているタクマ。俺もギクリとした。
俺は自分の辛い心に耐え切れず、周囲に当たり散らした。西区の住民の畏怖の顔。兵士たちの困惑の顔が頭をよぎる。
「タクマ、帰って色々話そう。俺と戻るよね?」
「……僕で、いいんでしょうか? 僕は何の力もありません。ルーカス様と違って、誰も救えません。ただの僕は、ルーカス様の横にいていい存在では、ありません」
下を向く頭をそっと撫でる。
「じゃ、タクマは俺が皇子じゃなくなって、ただのルーカスになったら愛してくれないの? 一緒に居てくれない?」
はっと顔を上げて俺を見るタクマ。
「王族とか関係ありません。僕はルーカス様が、大切です。ルーカス様を、好きなんです」
顔を赤くしてハッキリと答えるタクマ。その黒髪をヨシヨシと撫で続ける。欲しい言葉が聞けて心がほっかり温まる。
「同じだよ。タクマが神の子じゃなくても愛している。俺はタクマが大切なんだ」
俺を見たまま、「うわ~ん」とタクマが泣き出す。腕の中に抱き込みながら、タクマを失わなくて良かった、生きていて良かった、と何度も可愛い頭を撫でた。
女性に向き合い、感謝を伝える。
「この度は、俺の恋人を助けてくれたこと、心より感謝申し上げる。後ほど追って謝礼に伺う。あなたの言葉に気が付くこともあった。タクマを助けてくれて、ありがとう」
恐縮している女性に別れを告げて城にもどる。
俺はタクマを二度と手放さない。腕に抱き込んで大切に運んだ。
捜索に当たっていた護衛兵たちが泣いて喜んでくれた。
頭を下げて皆に礼を伝えた。俺の態度についても、申し訳なかったと謝罪した。
皆が頬を染めて「気になさらないでください」と許してくれるのが嬉しかった。王都西区にも謝罪に行こう。
タクマが傍に居るだけで、俺は俺らしく胸を張れる。
腕の中の温かな存在が俺の全てを支えてくれる。
361
お気に入りに追加
785
あなたにおすすめの小説
虐げられオメガ聖女なので辺境に逃げたら溺愛系イケメンアルファ辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)
美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!
エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!
たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった!
せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。
失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。
「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」
アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。
でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。
ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!?
完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ!
※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※
pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。
https://www.pixiv.net/artworks/105819552
【完結】白い塔の、小さな世界。〜監禁から自由になったら、溺愛されるなんて聞いてません〜
N2O
BL
溺愛が止まらない騎士団長(虎獣人)×浄化ができる黒髪少年(人間)
ハーレム要素あります。
苦手な方はご注意ください。
※タイトルの ◎ は視点が変わります
※ヒト→獣人、人→人間、で表記してます
※ご都合主義です、あしからず
雪狐 氷の王子は番の黒豹騎士に溺愛される
Noah
BL
【祝・書籍化!!!】令和3年5月11日(木)
読者の皆様のおかげです。ありがとうございます!!
黒猫を庇って派手に死んだら、白いふわもこに転生していた。
死を望むほど過酷な奴隷からスタートの異世界生活。
闇オークションで競り落とされてから獣人の国の王族の養子に。
そこから都合良く幸せになれるはずも無く、様々な問題がショタ(のちに美青年)に降り注ぐ。
BLよりもファンタジー色の方が濃くなってしまいましたが、最後に何とかBLできました(?)…
連載は令和2年12月13日(日)に完結致しました。
拙い部分の目立つ作品ですが、楽しんで頂けたなら幸いです。
Noah
腐男子ですが、お気に入りのBL小説に転移してしまいました
くるむ
BL
芹沢真紀(せりざわまさき)は、大の読書好き(ただし読むのはBLのみ)。
特にお気に入りなのは、『男なのに彼氏が出来ました』だ。
毎日毎日それを舐めるように読み、そして必ず寝る前には自分もその小説の中に入り込み妄想を繰り広げるのが日課だった。
そんなある日、朝目覚めたら世界は一変していて……。
無自覚な腐男子が、小説内一番のイケてる男子に溺愛されるお話し♡
幽閉王子は最強皇子に包まれる
皇洵璃音
BL
魔法使いであるせいで幼少期に幽閉された第三王子のアレクセイ。それから年数が経過し、ある日祖国は滅ぼされてしまう。毛布に包まっていたら、敵の帝国第二皇子のレイナードにより連行されてしまう。処刑場にて皇帝から二つの選択肢を提示されたのだが、二つ目の内容は「レイナードの花嫁になること」だった。初めて人から求められたこともあり、花嫁になることを承諾する。素直で元気いっぱいなド直球第二皇子×愛されることに慣れていない治癒魔法使いの第三王子の恋愛物語。
表紙担当者:白す(しらす)様に描いて頂きました。
性悪なお嬢様に命令されて泣く泣く恋敵を殺りにいったらヤられました
まりも13
BL
フワフワとした酩酊状態が薄れ、僕は気がつくとパンパンパン、ズチュッと卑猥な音をたてて激しく誰かと交わっていた。
性悪なお嬢様の命令で恋敵を泣く泣く殺りに行ったら逆にヤラれちゃった、ちょっとアホな子の話です。
(ムーンライトノベルにも掲載しています)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる