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Ⅲ章 ロンと片耳の神の御使い

7 ルドの王族〈side:ロン〉

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 羽があるというのは少し厄介でもある。何しろ、ふわりと飛んでしまうと追いかけようがない。

 一週間前に突然「王族の白き羽」を得たミー。王の子でありながら獅子で生まれないなど、リリアでも前例がない。ミーの中の王族の血がこんな形で出現するなんて。

王都の警備局調査でミゴがルドの王族かもしれない事が分かっていた。交流が無くても、互いの国の構成は知っている。川越しに監視し合っている。

十五年ほど前。かつてルド王の妾だった女性リス獣人が、神の御使いとしてリリアに流れ着いた。残念ながら二年で枯れるように亡くなった。王家の事、貴族の事は、その御使いが教えてくれていた。

 「ミー、食事にしようよ」
声をかけると、返事がない時と、木の上から降りてくるときがある。羽が生えてからのミーは精神的に不安定。優しく見守ろう、と基地の全員で決めている。

時折、ふわりと部屋から飛び立って高い木の上でぼんやり過ごすミー。何が気になっているのだろう。ココが天国じゃなくて怒ったのかな。

木の下で待っていると、バサッと急に降りてくる。俺にしがみ付くように抱きついて顔をうずめて離れない。何を抱えているのだろう。何も言わず、小さな体を丸めて俺にしがみ付くミーを優しくなでる。

「大丈夫だから、大丈夫」
小さな声で囁いて抱き留める。

昔、父の口癖だった『大丈夫』を思い出す。母の病状が悪くなるほどに、母と自分を励ますように繰り返していた言葉。

獣耳や尻尾を切られた神の御使いは短命。その記録も見た。涙が出た。ミーは、長く生きて。お願いします、神様。ミーを母のところに連れて行かないで。もう、俺から奪わないで。心の底に渦巻く不安。それを覆い隠すように「大丈夫」と繰り返す。


 「ロン君、大きくなったね」
「ありがとうございます」
優しい微笑み。黒い髪のタクマ様。相変わらず美しい。けれど心がときめかない。それより布団に丸まって出てこないミーが心配で仕方ない。

挨拶もそこそこにミーの傍で膨らむ布団を撫でる。背中の羽に大きな尻尾。本体はどこかな。優しく探り当て『大丈夫』と気持ちを込めてトントンする。

「ミー、神の子タクマ様だよ。ルーカス殿下もお見えだよ」
身体がモゾリと丸くなる。これは、拒否の姿勢、かな?

「構わない。無理に顔を出さなくていい。声は聞こえているだろう。神の御使い、ミー。我が国リリアに来てくれてありがとう。天の川の神に感謝するよ」

「僕からも。同じ神の御使いとして、ミー君の命が助かったことを嬉しく思います。その、会えて嬉しい、です」
優しい二人の言葉に、布団がモゾっと動く。

「さて、馬車は疲れるんだよ。少し休んでいいか?」
ドカリとソファーに座るルーカス殿下。

「獅子に獣化してくれば三日だってうるさく言っていましたよね」
「うるさくは言っていない。俺はただ、早く着いた方がいいかなって思っただけだ」

「そうしたら僕は馬車で一人旅じゃないですか。ルーカス様は身勝手です」
「いやいや、待て。そんなつもりはなくて、だな。あ、そうだな。馬車は良いな。どこがいいかは全く一言も言えないが、いいよな」

「言っている意味が分かりません」
クスクス笑うタクマ様。ちょっと困った顔のルーカス様。この二人は、どこに居ても相変わらずだ。

「お変わりなく元気そうで何よりです」
「変わりあるよ。タクマにイジメられて泣きそうだ。ロン、助けろ」
「そ、そんな! 僕がルーカス様を、イジメるなんて」
真っ赤になって慌てているタクマ様。幸せそうな二人に少し癒されて、いつの間にかミーから手を離していた。

 一瞬だった。ベッドから走り出て、窓からミーが飛び立つ。すぐに方角を確かめようと、外を見た。そこに見えた、信じられない光景。

窓の外に、大きな羽のある獅子が三頭、飛んでいる。

その中の、一頭の口に、咥えられたミー。ぐったりと動かず、ミーの白い羽が、血に、染まる。

「貴様らぁ!! ミーを離せ!!」

怒りに任せた、咆哮のような叫びが俺から出ていた。すぐにバラバラと隊の者が出てくる。空から一頭が話しかけてくる。

「リリアの王族がいるだろう。交渉をしようじゃないか。ココでは分が悪いな。河川敷まで移動する。ついてこい」

「ルーカス様! 嫌だ! 行かないで!」
タクマ様が必死に止める。

「大丈夫。獣化せずに地上を追う。一人ではいかない。警備隊を三区沿岸に召集! 森を追う。見失うな! ついてこい! タクマはここで待機! 副隊長一名はタクマの護衛に付け」

「はっ」
外にいた警備隊たちが、地上から空の獅子を追っている。警備隊探知機で居場所特定しながら追いかける。

 
 河川敷に立つ三人の獅子獣人。足元に倒れているミー。怒りで目の前の獅子獣人たちを殴り倒したい衝動。

「おっと、近づくな。下品なクマなどが我々王族に近寄るなど不愉快だ」
獣人差別を含む言動に、リリア獣人がグルルと怒りを滲ませる。

「ミーを、神の御使いを、返せ!」
「こいつか。悪いが、こいつはルドに返してもらう。羽があるならルドで飼っておけばよかった。飛ぶところを望遠画像で確認したルド国王が、愛玩用に欲しいそうだ」
地面のミーを足で転がすようにする獅子獣人。

怒りで獅子獣人に飛びかかろうとして、先輩隊員に止められる。「近づくな。獅子には敵わないし、神の御使い様にこれ以上何かされたら困る。落ち着くんだ」そっとかけられる言葉に深呼吸する。

そうだ。ミーの安全を、考えなくては。地面に横たわる血を流すミーから目が離せない。ルーカス様がスッと前に出る。

「リリアの第一皇子ルーカスだ。その神の御使いはリリアに流れ着いた御使い。ルドに渡すことはない」

「そうか。リリアの皇子よ。お前はルドの王族を殺害した罪があるだろう。忘れていないよな。八年前、たまたまリリアに入ってしまった兄弟皇子を天の川に落とした罪を」

「何を言っている! タクマを誘拐しようと侵入した者たちだ! あれは神の裁きだ!」

「いや、リリアに殺されたんだよ。迷い込んだだけで王族殺害したとなると、リリア国家の罪だよなぁ。ルドへの敵意だ。しかし、我が国王は寛大だからな。神の御使いになったミゴを返せば、全て水に流そうとおっしゃっている」

「……なんだと?」
「このゴミひとつで皇子三人殺害をチャラにしようってワケだ。リリアにとっても都合が良いだろう?」
一人の獅子獣人がミーの尻尾を掴んで、身体を吊るすように持ち上げる。だらりと下がる手足。

「なんてことを! 降ろせ! すぐに手を離せ!」
大声で怒鳴っていた。

「ミー様!」
隊からも悲鳴のような声が上がる。

途端にパッと手を離す獅子獣人。ドサッと地面に落ちるミー。小さな唸り声に、震える身体。駆け寄ろうとして、ルーカス様に制される。一歩前に出るルーカス様。

「いいだろう。交渉しようじゃないか。ルドの王族よ。お前たちには罪がある。お前たちの罪は、俺への不敬罪だ。天の川を超えて互いの国に入った時点で、その者は入った国に帰属する。つまり、お前たちの命も身体も全てが今、俺のモノだ。貴様らがルドの王族だろうが関係ない。以前侵入したルド皇子たちも、死のうが俺の罪にはならん。リリアに入った時点で、俺にどう扱われようがルドがどうこう言う権利は、ない!」

凛と響く咆哮のような言葉。怒りが混ざっている。ルーカス様の言葉に気圧されているルドの皇子たち。

「ただ、俺は寛大だからな。お前たちと交渉してやろう。その神の御使いを返せば、お前たちを罪に問わず、ルドに帰ることを許可する。どうする?」
怒りを滲ませたルドの皇子たちが反論する。

「ふざけるな! 我々ルドの王族に向かってその言いぐさ! 交渉などどうでもいい! ここに居るお前ら全てを食い散らして殺してやる!」

「そうか! 交渉決裂だ! 狙いを定めよ!」
ルーカス様の号令と共に、どこから現れたのか四方八方から銃を構えた兵士がアリの軍隊の如く皇子たちを包囲する。

「なに? いつの間に!」
「どこから湧いて出た!」
明らかに焦って怯んでいる皇子たち。

「いくら獅子獣人とはいえ、これだけの数を相手に生き残れるか? リリアもバカじゃない。以前の侵入があって対策は練ってある。もう一度、チャンスをやろう。このまま、ルドへ帰れ。ミーを、ミゴを置いていけ」
ジリジリと距離を詰めるリリアの兵士。

「くそう! 手ぶらで帰っても父王に罰せられる。それなら、一か八かだ!」
一瞬で獣化した三人の皇子。あっという間にミーを咥えて、飛び立つ! 

「だめだ! 撃ってはいけない! 神の御使い様がいる」そんな声が飛び交う。

いやだ! ミーを失いたくない! 俺の、俺のミー!!

考えるより身体が動いていた。

川の上に飛び去ろうとする獅子たち。ミーを咥えた一体めがけて思いっきり飛びかかった。悲鳴が後ろに聞こえていた。絶対に、俺が守る! 

ギリギリ獅子の尻尾を掴む。そのまま、川に引きずり落とす。川に入りパニックになりミーを離す獅子。俺がすぐにミーを抱きかかえる。目を閉じたままのミー。痛かったね。もう大丈夫だよ。大丈夫。そっと背中を撫でる。

不思議と苦しくない水の中。でも浮上できずに、ミーを抱えて沈んでいく。

遠くには、もがきながら沈んでいく獅子。天の川の神様。お願いします。ミーを、助けてください。母さん、俺の願いを聞いて。俺、ワガママ言わなかったよね。一個だけ、お願い聞いて。ミーを助けて。何より大切なんだよ。守ってあげたいんだ。ミーだけでいいから。お願い、助けて!

 薄れていく意識のなかで「よく、頑張ったわね。大丈夫、大丈夫よ」そう言って微笑む母の顔が見えた気がした。

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