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Ⅲ章 ロンと片耳の神の御使い

4 ロンとミゴ〈side:ロン〉

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 「しばらくロンは神の御使いの世話係だ。隊の仕事はしなくていい。神の御使いが現れた時は、天の川から引き受けた者がしばらく世話をすることになっている」

「はい。わかりました」
「タクマ様以来の神の御使いだ。大切に、丁重に世話をしてくれ。必要な物は何でも用意する」
「はい」

第三区の警備隊長をしているゾウ獣人から指示を受ける。

神の御使いは、短命な事が多い。ルドから流れ着く者がほとんどで、心身ともにボロボロな状態な事が多いからだ。

今回の神の御使いはリス獣人。小型の中でも超人気種族。川から引き受けて丸一日寝ている少年。右動物耳は切られたばかりなのか、流血した状態で傷口も生々しかった。

天の川から助けられる者は怪我が完治している場合もあるが、きっと神の気まぐれだ。

今回の神の御使いは、生傷も背中の奴隷の焼き印もそのままだった。ルドの貴族の奴隷だったのだろう。可哀そうに。

ベッドに横たわる小さな獣人を見つめる。うん。すごく、可愛い。いや、そうじゃなくて、いやいや、愛らしい。そうじゃない。全身の怪我の他に、何か身体的な特徴など詳細確認して報告しなくてはいけない。

神の御使いが目覚めると、ご自分の身体の苦痛を隠してしまうこともあるため覚醒するまでに全身確認。そう、決まりだから、ね。やましいことをするワケじゃない。頭からゆっくり丁寧にチェックする。

髪の毛は柔らかな茶色。ふわりとした少し巻き毛。しっかり乾かしたあとの手触りは最高。指にまとわりつく独特な感覚に、思わず匂いを嗅いでしまう。何だ? この心を突き刺す匂いは。心臓がドクドクおかしい。

そっと小さな顔を触る。少し高い体温。白い肌色。桃色の唇に触れると吐息が手に当たる。心臓が跳ねる! か、可愛い! いやいや、俺、落ち着いて。

そうだ、タクマ様を思い浮かべよう。あの美しい黒髪の神の子様。あの方を思えば、この少年の可愛さには惑わされない。早く全身確認を済ませなければ。美しいタクマ様、を思い浮かべても、ダメだ! 目の前の愛らしい存在に心臓が破裂しそうだ。

顔までを触り、その先に進む前に一息つく。一度、深呼吸しようとドアを開けた。驚いた。外の廊下には隊の獣人が山ほど。

「どうした? 荷が重ければ身体チェック代わってやろう。そうだ。世話係も新人には大変だよな? 俺が代わろう」
「いや、俺が!」

鼻息荒く、一気に部屋に入り込もうとする獣人たち。

「結構です!」
すぐに扉を閉める。ダメだ。俺以外に見せるものか! すぐに窓のカーテンも全て閉じる。この神の御使いは、愛らしい者は、俺のモノだ。俺の、俺だけの。ドクドク鳴る心臓と頭を支配する変な感情。コンコンとドアを叩く音。

「失礼。どうかな?」
第三区隊長だ。

「まだ、入らないでください!」
神の御使いを隠すように立つ。

「やはりな。ロン、お前、小型獣人に会ったことないな。大型獣人は小型獣人への庇護欲が大きいのだよ。小さくて可愛くて、自分だけのモノにしたくて閉じ込めたくなる。それは大型の本能だよ」

え? そうなのか? これほど心ときめく思いが、本能?

「本能に負けそうなら、神の御使いの世話係を降りるか?」
「いえ! 大丈夫です。やらせてください」

「そうか。天の川の神は、神の御使いを守れる者を選んで引き渡す。お前も神に選ばれたのだ。任務だと思ってやるんだ」
静かな声音の隊長を見る。深呼吸して敬礼の姿勢をとる。

「はっ! 任務に取り掛かります」
「うん。それでいい」

にっこり退出していく隊長に感謝した。そうだ。仕事だ。何を浮かれていたんだ、俺は。

そこからは、滑らかな肌触りの感触や、柔らかい肉質や、手に包め込めそうな足のサイズとか、慎ましやかなソコとか、考えないように努力した。書いていいなら、愛らしすぎる存在、と大きく報告書に書きたいよ。ちなみに途中鼻血が出たことは俺の秘密だ。

 背中側をチェックに入り、ぎくりとした。大きな可愛らしい尻尾。これ、腫れてないか? それに、尻尾をそっとどかして背中を見れば大人の手のひらサイズの焼き印。奴隷の印、か。一度布団をかけて、医師に伝達する。ふかふかの感触で分かりにくかったが、確かに腫脹していた。

体温が高いと思ったのも尻尾の腫れが続いていたからかも、と。腫れ方からして古い傷らしい。炎症も起こしている。耳の傷と、顔や体の打撲痕、尻尾の腫脹が大きなケガ。治療を進めながら目が覚めるのを待つ。

 目が覚めるまでの間、身体を拭いたり着替えさせたり。これは悩殺的で、確かに自制できないタイプの大型獣人には任せられないと感じた。炎症を起こしている尻尾を丁寧に優しくブラッシングすると、小さく身体を震わせて快感の吐息を漏らすリス獣人。

その瞬間、襲い掛かりたくなる衝動を抑えるのは大変だった。鼻血だけは堪えきれずに何度か垂れてしまったが。


 神の御使いが現れて一週間。これほど目覚めない神の御使いも例がなく、今後ずっと昏睡状態かもしれないと言われた。

この一週間で、鼻血が垂れない程度には世話に慣れていた。

この愛らしい瞳が開いたら、と期待に胸を膨らませていたからガッカリしている。でも、目覚めないなら俺がこのまま世話をする、そう決めていた。

「尻尾の腫れは引いています。全身の打撲痕も綺麗になくなりました。炎症止めはもう中止していきましょう」
先生の診察。鹿獣人の中年の医師と隊長と俺で立ち会っている。先生の所見を聞いていると、視線? 

ふと少年のほうを見ると、目が、開いている。大きな黒目が俺を見ている。黒目の大きなリス、そのものだ! 可愛い! 感激すぎて言葉が出せずに神の御使いに跪いた。

「え? どうしました?」
俺の行動に医師も体調も神の御使いを見る。

「あぁ! 目が覚めましたか! 神に感謝します」
「よかった! すぐに王都に連絡を入れる」

バタバタと動く周囲を黒い目がきょろきょろと追う。

どうしよう。腕の中に抱き込みたい。目が離せない! もう一度、俺に目線を戻した少年。じっと見られると心臓がドキドキうるさくなってしまう。

「……鼻血が……」
小さな声。鈴が鳴るような声。心臓がキュンとする。うんうん、と近寄ると驚かれる。

「まて、ロン、鼻血がでている」
隊長に制止される。

はっと止まる。神の御使いに鼻血がつく距離まで近づいていた。恥ずかしい!

「いや、違うんだ! 決して、やましいことは考えていない。本当だ!」

必死に神の御使いに伝える。隊長がブハっと笑うし、医師は「汚い!」と怒るし。いけない。これでは俺の第一印象が!
 
「違う、俺は、変態ではないから!」
真っ赤になって説明して、焦りすぎて見事に転んだ。隊長が耐えきれないとばかりに大笑いする。医師には「バカ者が」と叱られ、変な汗が止まらない。

必死になっている俺を、ただじっと見ている神の御使い。照れ隠しに一つ咳をして姿勢を正す。もう一度、ベッドサイドに膝をつく。

「初めまして。ロン・ガルシアです。あなた様のお世話を担当しております。ロンと呼んでください」

精一杯カッコつけて、ドキドキしている心臓がバレないように微笑みかける。
「……鼻血」
小さな声にハッと鼻をこすると、また垂れている。ブハハハと更に笑う隊長。もう、カッコつけも何もない。目の前の少年がふわりと柔らかく微笑む。

「あはは。なにこれ。そっか。天国、かな? 僕はルドに戻らなくて済んだんだ。ちゃんと川底に沈んだんだ」
小さな笑いと呟くような声。

心臓がドクンと鳴った。笑いながらほろりと流れる涙。黒い瞳からホロホロ流れる。そっと、少年の頬を撫でて胸に抱き寄せる。
「もう、二度とルドには行かなくていい」
そう伝えると、胸の中で「神さま、ありがとう」と言う声。

もう隊長は笑っていなかった。医師も静止している。この少年を優しく大切に包み込んであげたい、その思いが沸き上がった。



 「ねぇ、ロン。コレは何?」
「それはゼリーです。昨日のプリンとは違うデザートです」

「デザート、美味しい。リスなのにこんなに食べていいなんて、さすが天国だ」

これには微笑みを返す。出入りする獣人も驚いて手を止めて聞き耳を立てている。

「ルドでは、僕はドングリとかの木の実を食べていたよ。城の庭で拾うんだ。リスは食事を食べてはいけないって」

細い身体の線を見て、何と言葉を返していいか分からない。獣人は獣じゃない。木の実で命を繋いでいたなんて。痛む心がバレないように精一杯優しく伝える。

「もっと、もっと食べていいですよ。デザートはアイスでもケーキでも、山ほど用意しましょう」
「そんなに食べられないよ。でも、アイスにケーキかぁ。全部、食べてみたい」

ささやかに笑う。左の耳がピクピク動く。可愛い! 次から毎食必ずデザートをつけようと心に決めた。


リス少年はミゴと名乗った。

「ゴミのミゴです」

そう言われた時には、何を言っているのか分からなかった。詳しく聞くと、家族の中で一人だけ小型獣人で生まれ、ゴミと呼ばれていたと。名前は本当にゴミから名付けられた、と。

それを聞いた隊長は「貴方様はここでは崇拝される神の御使いです。ここでは呼び名をミー様にしましょうか」と提案した。

「女性みたいな呼び方ですね。様はつけないでください。慣れていません」と笑った顔が可愛らしかった。少年の名前が「ゴミのミゴ」であることは、俺と隊長と医師だけの秘密。その境遇を考えると胸が苦しい。王都への報告書に詳細を書いておく。


 ミーはここを天の川の底だと思っている。幸せな天国だと。しばらくそれでもいいか、と隊長たちと決めている。

耳はいつ切られたのか問うと、「生贄になる儀式で大きな熊獣人に切られた」とミーが答えた。殴られながら切られて、身体が頭から千切られるような痛みだったと言った。

聞いていて背筋が凍る思いをした。自分の耳が切られたら、と想像してゾッとしたのはその場にいた全員だ。廊下で聞いていた獣人からは泣き声が漏れていた。

それから、この基地の獣人はミーを喜ばせたくて必死だ。

ちょっと掃除に部屋に入っては、花を届けたり、小さなお菓子を渡したり、声をかけたり。

そんな獣人に「天国って大型獣人が優しいんですね。怖くない獣人なんて初めてだ」と感動するミー。そうだよ、ここで、リリアで生きて行けばいいよ、そんな思いを込めて、そっと背中をさする。

本当はフワフワした髪の毛を撫でたいが、切られた耳が痛むと困るから背中。背中を撫でるとモフモフの尻尾がユラユラ揺れる。これが猛烈に可愛い。俺のナデナデに合わせてユラユラ。可愛らしすぎて心臓がバクバクと身体中を駆け巡る。

「ブラッシングしましょうか?」
「いいの?」
尻尾がブンブンと揺れる。嬉しさが溢れている。

コレを見ると頬が緩みっぱなしになってしまう。通常の獣人の尻尾なら些細な感情の揺れは隠せるが、ミーの大きな尻尾だと心が丸わかりで愛らしい。これはマントでも隠せないだろうな、と微笑ましく思う。

「天国は良いところですね。僕これまでブラッシングってしてもらったこと無かったです。こんなに気持ちいいんだね」

「俺がいつでもやりますよ」

「ロンは優しいね。僕の耳を切り落とした獣人は、同じ熊でも怖かった。天国の獣人と比べたらいけないでしょうけど」

ベッドに横になり背中を丸めて尻尾を預けてくるミー。柔らかくてモフモフの尻尾。少しオイルをつけて丁寧に毛並みを整える。全身の力を抜いて時折快感に身体をブルリと震わす可愛さ。俺の膝の上に抱き込めてしまうのではないかと思う小ささ。

こうやって尻尾を触り合うのは恋人や伴侶の者同士だけだという認識のないミー。恥ずかしがることもなく俺に全てを委ねてくる愛おしさ。守りたい。俺が、全てから守って、俺の腕の中に閉じ込めてずっと愛でていたい。心に渦巻く欲望が徐々に大きくなってくるのを感じていた。呼吸が安定してきて、寝てしまうだろうな、と思っていた時。

「僕の尻尾……みんな掴んで、僕を引きずるんだ……ゴミ掃除、だって。城中みんな笑うんだ。尻尾って息が詰まるくらい痛いんだよ……耳を切る時も、僕を天の川に放り込む時も、僕が苦しいと、みんな嬉しそうなんだ……」

半分寝ぼけているような、呟くような言葉。ブラシをかけていた手が止まる。手が震える。腫れていた尻尾。この、愛らしい尻尾を掴んで、引きずる? 心に燃えるような怒りが芽生える。ルド、なんて国だ! 

「大丈夫ですよ。もう、苦しいことは起こりません。俺が、幸せにします」

すやすや寝てしまったミーに毛布を掛ける。そっと柔らかい髪にキスをする。ゆっくり休んでいい。俺が、守るから。

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