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番外編Ⅰ「セレスの結婚式」

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 その日の夕刻には例の子供が捕まってリンとカロール殿下の前に連行された。

「膝をつけ! 頭を低くせよ! アローラ国王太子カロール殿下と婚約者リン様の御前である!」
厳しい警備兵の言葉に身体をビクリと震わせて、泣きそうな顔の少年が膝をつく。少年の手は後ろ手に縛られている。リンは席を立ち、少年の前に行く。

「あの、君の手の拘束を外したら、君は暴れるかな? 話がしたくて呼んだのですが」
少年がリンを睨む。

「俺には話すことなんて無い! あの宝石はもうないからな! 罰したいなら何でもしろよ!」
強がっているが身体が震えている。怖いのだろう。興奮しているから、残念だけれど拘束は外せない。

「君は何歳?」
突然のリンの言葉に驚いた顔の少年。
「……十一才」
リンはまじまじと少年を見た。痩せていて八歳くらいに思っていた。

「そう。学校は行っている?」
「……行っていない。金がないから、行けない」
「そう。君は、一人なの?」
「……弟が、いる」

「ご両親は、いない?」
「死んだ」
少年の目に炎が宿る。

「殺したのはお前ら貴族だろうが! 薬を買う金も全て持っていきやがって! どうやって生きろって言うんだよ! これで弟まで奪ったら許さないぞ!」

青ざめなら怒りを顕わにする少年。少年の言葉にリンは引っ掛かりを覚える。

「弟さん、何歳なの?」
リンの声に少年が応える。
「八歳」
「奪われるってことは、弟さんはマズイ状況なのかな?」

リンの声掛けに少年が目を見開く。少し悩んでから、決意したように少年が話し出した。

「オメガだから、売られそう、なんだ。なぁ、助けて、よ。神の胎ってのにされたら、俺は二度と会えないって。もう、弟しかいないのに」

リンはハッとする。ドーラ殿下が言っていたことを思い出す。

ザザ国では「神の胎」として男性オメガを教会が囲い、アルファの子を産む特別な存在としている。神の胎とされたオメガは、不特定多数のアルファを相手に性交と出産を繰り返すだけの存在になる。

「弟さんは、今どこに?」
「家から出ないように、隠れているように言ってある」
「じゃ、すぐにここに。見つかって攫われたら大変だ!」
慌てるリンの声に、静観していたカロール殿下が指示を出す。

「この者の弟を確保せよ。傷つけずにこの場に連れてくるように。そうだな、警戒されるかもしれん。少年を連れていけ。二人でここに戻るように」
敬礼の姿勢で「はっ」と挨拶をする警備兵が少年と共に退室した。


「お邪魔するよ」
ノックと共にリンとカロール殿下の居室に入ってくるドーラ殿下。

「なんか楽しそうな事してるじゃんか。混ぜろよ」
テーブルのお菓子をつまみながら目をキラキラさせるドーラ殿下。

「まぁ、ザザ国の滞在中の事だからドーラには伝えるよ。隠す事ではないからな。今日、出先でリンのブレスレットが無くなった。まだ見つかっていない。多分、ぶつかって来た子供がスッたのだと思う。それで、その子を罰してほしくないと言うリンの言葉を尊重して、その子供と話す場を設けている。もし少年がスリを行ったのなら、ザザ国の法の下で裁くのが賢明だろう。その時はザザ国に渡すさ。ただ、ちょっと生育環境が気になる」

流れるように説明するカロール殿下は、さすがアルファで頭の回転が早いなぁとリンは思う。

「そうか。あまり見せたくなかったが、我が国は貧困格差が激しくて。一部の貴族が私欲のために過度な税をかけている地域もある。それで孤児が増えているのが悩みだ。孤児院造設や教会での孤児対策を実施しているが、いまだ苦しむ子どもがいるのは現実だ」

ドーラ殿下が行儀悪く足を組んでお茶を飲む。

「今日の少年は、両親と死別したようです。ご両親の薬を買うお金も税として取られたと。唯一の肉親はオメガの弟さんのようです。それを聞いたら、僕はブレスレットを返せとは言えません。そんな苦しい思いをしている十一歳の子どもに、悪いことだとか綺麗ごとを言えません」
リンは気持ちを吐き出すように言葉にした。

あの少年がこれ以上苦しむ現実を思うと、リンの心が苦しくなる。ドーラ殿下とカロール殿下は静かにリンの言葉に耳を傾けてくれた。

「あの子の弟を迎えに行ってもらっています。弟さんは男性オメガだそうです。神の胎にされそうだと言っていました。あのご兄弟を、助けることは出来ませんか?」
リンの言葉にドーラ殿下がニッコリ笑う。

「もちろん助けるよ。元から孤児を救う事はセレスとの約束だ。この国にセレスが来て、はじめに怒ったのは不幸な子どもの存在だ。いや、すごかったぞ。大臣や父王のいる会議で堂々と子どもの大切さを問う姿。もう、セレスが光って見えてさぁ。そこから、孤児を保護する活動と、重税を見直す動きが出ているよ。もう、セレスが最高でさぁ」

途中から思い出したかのように身体をくねくねさせて話すドーラ殿下。リンはこの姿が苦手で苦笑いしてしまう。
「おい、ドーラ。正気になれ」
カロール殿下の言葉に半目になって睨むドーラ殿下。この二人は相変わらずだとリンは心で笑う。

「どうする? 少年は弟を神の胎にされると心配していた。孤児院は教会が仕切っているなら預けられないかもしれないな」
カロール殿下が発言すると、ドーラ殿下が真剣な顔に戻る。

「ま、城の中に使用人として雇うのもありだが、十一歳では無理があるなぁ。教育も受けさせるなら孤児院や教会がいいんだがな」
そんな話をするうちに、警備兵が少年たちを連れて戻った。

少年の縄はほどかれ、弟を後ろに隠すように震えながら膝をつく姿勢をとらされている。
「名は?」
ドーラ殿下が声をかける。
「イット、です」
少年が震えながら答えた。

「そうか、イット。では、弟の名は?」
「キー、です」
二人をしげしげと見たドーラ殿下が言う。

「お前は盗みを働いたか?」
ずばりと聞くドーラ殿下にリンが驚いた。だが、リンが助けてもらった時にも、ドーラ殿下は「お前は罪を犯したのか?」と直球で聞いてきたのを思い出して、ドーラ殿下らしいと思った。

「はい。宝石が目について、そこの人から、盗みました」
弟が傍にいることで落ち着きを取り戻しているイット。キーはイットに隠れるようにして震えている。

「そうか。それは、返せるか?」
ドーラ殿下の言葉に全身をビクリとさせたイットが、ポケットに手を入れる。イットが差し出した手の上に、リンのエメラルドのブレスレットがあった。リンは歓喜に胸が躍ったが、それを受け取って良いのか迷った。

「リン、受け取るべきだ」
カロール殿下から声がかかる。リンは一度カロール殿下を見て、イットからブレスレットを受け取った。そして、聞きたかったことを、聞いた。

「どうして、盗みをしているの? 何にお金がいるの?」

リンの問いに、イットの後ろから可愛らしい声が答えた。

「お金がいるのは、僕がいるから、です。僕がオメガだから。大人が売ってしまえって言うんだ。お金を渡さないと、僕を売るぞって。だけど、僕はお兄ちゃんと離れるのが嫌だから、売られたくないって泣いた、から。僕の、せいです……。僕が、オメガだから、お兄ちゃんが悪いことをしなくちゃいけなくて、苦しいんだ……」

キーの言葉に泣いたのはイットだった。兄弟の泣き声が室内に響いた。その時。

「じゃ、この二人は僕が引き受ける。ドーラ、いいよね?」
ガチャリと入室したのは、リンと口を利いてくれなくなっていたセレスだ。

ドーラ殿下が「もちろん、いいよ」と答えている。リンは驚いて、イットたちにいたわりの声をかけるべきか、セレスに向き合うべきか悩んでしまい、視線が右往左往した。

「イット、とキーと言ったね。君たちは僕の小姓になる。小姓になるには教育が必要だ。城内から学校に通うように。そして、身分を僕付きにすることでキーは教会に売られる危険はなくなる。盗みについては、リンにブレスレットを返したからいいとしよう。そして、反省文を書くように。使用人室の空きがあれば、二人一部屋で用意してあげて」
毅然とした態度で話すセレスに何と言って良いのか分からず、リンはただ目線を動かして会話を追った。

「キー、良く聞くんだ。君がオメガだからイットが苦しいんじゃない。イットは君が大切だから、守りたくて苦しいんだよ。君はお兄ちゃんの愛情に包まれているんだね」

セレスの言葉にイットとキーが号泣した。リンはセレスの毅然とした態度に終始圧倒されていた。

イットとキーは手続きや説明のために侍従に任せて退出させた。リンはあの子たちが罰を受けることなく、生きる道が見つかって安堵した。盗みは悪いけれど、あのように苦しい状況に居る子どもを罰するのは心が痛い。

「ドーラ、街の大人はどうなってんの? あの子たちを脅していた大人は罰を受けるべきだよね」
セレスの言葉にドーラ殿下が頷く。
「もちろんだよ、愛しいセレス。警備兵に、あの兄弟の住んでいた辺りの元締めを調査するよう指示するよ」

「あとは、リン。いつの間にかトラブルに巻きこまれて。まったく目を離せないなぁ」
セレスが普通に笑いかけてくれることにリンは嬉しくなる。

「いや、不可抗力だって。というか、体調は? 具合は、大丈夫?」
恐る恐るリンはセレスに話しかける。

「うん? 体調は悪くないよ。あ、そうだ。もう明日から一緒に遊べるよ。それを言いに来たんだ」
セレスの言葉にリンは口をポカンと開けてしまった。

「え? セレス、何か怒っていたんじゃないの?」
「全然。こんなに可愛い愛らしいリンに怒るわけがないだろう?」
いつものようにリンの頬を撫でるセレス。

「ほらな、リン。気にしすぎだ。マタニティブルーとマリッジブルーのダブルパンチなのだから」
カロール殿下がリンの肩を抱く。リンは一つ深呼吸してカロール殿下に笑いかけた。

「そうかもしれません。カロール様のおっしゃる通りでした」
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