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Ⅸ リンの生きる場所

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ロングソファーをくっつけて、枕側にローテーブルを置いて、お菓子を並べる。
「なぁ、僕はこっちのアルファとオメガの恋愛小説読む。ソファーに持ち込んでいい?」
「もっちろん。僕も同じ系統にしよ。あ、セレスの持っているドーラ殿下の服って何?」

「ワイシャツ。首元の匂いがいいから」
「わかる。同じだ」
二人でそれぞれワイシャツを抱き込んでソファーに寝転がる。上から薄掛け布団をかけると巣にこもった冬眠熊みたいだ。寝ながら本を読みお菓子をつまむ。

「最高に幸せ」
「まだ夕方だよ。何冊読めるかな?」

「そう言えば、セレスはドーラ殿下が好きなの? 運命の相手だから一緒になるの? 僕が伯爵家に居るころからドーラ殿下と結ばれるって考えていたの?」

「待ってよ。質問が多すぎる。リンはせっかちだなぁ。時間があるし、ゆっくり話すよ」
冷茶をコクコクと飲んでセレスがリンを向く。

「僕はきっとリンにも運命の相手が現れるって気がしていた。それまでは僕も結ばれることが無いだろうって予感がしていた。だってリンはいつも僕の生きる道を示してくれる灯だから。幼い頃、初めて会った時を覚えている? 五歳だったよね。あの時にジャルル伯爵家に出会っていなければ僕は貴族アルファに飼われて過ごすはずだった。三歳の時には僕はオメガで間違いないだろうと診断されていて、王都の伯爵家に縁談が組まれた。当時で二十五歳の伯爵家嫡男アルファだった。子爵のニッゼン家の立場では断れず王都に挨拶に行った。だけど伯爵家に預けられたその数日は忘れられないよ。オメガって恐ろしい扱いを受けると身をもって知った。怖かった」

顔色を白くして無表情でセレスが話す。こんなセレスは見たことが無くてリンは何も言えなかった。

「それから子爵家にもどって、僕は口がきけなくなった。話そうとしても言葉は出ないし手足は震えて身体が動かなくて。そんな時にリンに出会った。リンを見て久しぶりに言葉が話せた。リンが笑うと僕の世界まで照らしてもらえたような幸福感があったんだ。リンが本当に天使に見えたんだよ」

無表情で話すセレスが痛々しくてリンは涙が流れた。セレスの苦しみを少しも知らなかった。いつも笑顔で優しい姿しかリンは知らなかった。

「僕は真剣にオメガであるリンが大好きで生涯を共にしたいと思った。僕に言葉が戻ったことで家族が喜んだ。でも僕の婚約を断ることが出来ずに、リンのジャルル伯爵家に相談した。ジャルル家は特殊な権力を持つ伯爵家だからね。そうしたら、なんとジャルル伯爵公が王都のアルファ貴族と僕との縁談を白紙にしてくれた。驚いたよ。その時に伯爵公が『リンと共に幸せになればいい。オメガは苦しいばかりじゃない』と言ってくれた言葉が忘れられない。それから僕はジャルル伯爵家次男婚約者として守られたんだ。リンがオメガであることは広まっていなかったしね」

「お父様、かっこいいな」
「うん。ジャルル伯爵公は何も言わなかったけれど、僕の婚約破棄にかなり尽力してくれたようなんだ。その恩もあって僕はリンのために生涯を尽くすつもりでいた。リンの事が大切だったしね」

チョコを一粒口に入れるセレスをリンは見ていた。
「あ、このトリュフ美味しい。リンもどう?」
「いや、ちょっと胸がいっぱいだ。今はいらない」

「そっか。重い話でゴメンね。だから、本当に僕はリンと生きて行くつもりだったって事だよ。だけど、偶然運命のアルファに会った。ドーラ殿下の匂いは心臓を射貫くようなものだった。運命ってすぐに分かった。そしてきっとこの人と結ばれるって感じていた。でも僕はリンが幸せになるのを見届けてからって思っていたんだ。だから裏切ったわけじゃないよ」

リンを見てフワリとセレスが笑う。

「セレス、何も知らなくてゴメン。オメガとして辛い思いをしていたんだね。僕は何も知らずに……」
「やめてよ。リンが居たから僕は前を向けた。リンの明るさが僕を照らしたんだ。こんな風に言うとおかしいけれど、ドーラ殿下に抱く想いとは違ってリンが大好きなんだ」

「それは僕も同じ。セレスが大好きだ。でもカロール殿下への想いとは違うんだよね」
「そうそう。だからさ、僕はリンを苦しめる奴は許せないんだ。リンには笑っていて欲しい。幸せでいて欲しいんだ」
セレスがそっとリンの黒髪を撫でる。その仕草が懐かしくてリンが微笑む。

「黒髪の天使だ」
リンもセレスの茶色の髪に触れる。
「ここにも茶髪の天使がいる。僕はセレスにこそ幸せになって欲しいと思っているんだ。僕はもう幸せになる事などできないから、僕の分の幸せをセレスにあげる。どうか幸せになって」

「リン……」
「話してくれてありがとう。セレスに出会えて良かった」
セレスを抱き締めたくてセレスのソファーに近づいた時。

「ぎゃぁぁ! 神降臨! カロール、見ろ!」
「分かっている。これは、神。世界よ、ありがとう」
聞きなれたドーラ殿下の声。陶酔するようなカロール殿下の声。せっかく感動の流れだったのに、この人たちは空気を読めないのか、と笑えてくる。

「もう晩餐会は終了ですか?」
モゾモゾと布団から出ると、殿下二人は真っ赤な顔をしてリンとセレスを見ている。意味が分からずにリンとセレスは顔を見合わせる。

「これ、二人で巣作りしていたの?」
カロール殿下の目線の先にはリンが抱きしめているカロール殿下のシャツ。ドーラ殿下はキラキラした目でセレスを見ている。途端に恥ずかしくなりリンはシャツを背中に隠す。
「ちが、違います! これは、ちょっと巣作りもどきと言うか、いや、そうじゃなくて……」

「か・わ・い・い」
急に接近したドーラ殿下が鼻の下を伸ばした顔でリンとセレスの間に入ろうとする。驚いて距離をとるリンを保護するように動くカロール殿下。

「ドーラ! 貴様、切り捨てるぞ! せっかくのオメガ萌えを!」
「俺もオメガになるぅ。ここに入りたいぃ」
「気持ち悪いんだよ! サイズがオメガの規格外だ! ぶりっ子するな!」

ドーラ殿下とカロール殿下の言い合いは面白い。気が合う殿下二人を見ていると今後の二国間国交はうまく行くだろうとリンは思う。

「ドーラ殿下、晩餐会はどうでしたか? 正装の上掛けを脱ぎますか?」
「いや、まだ途中。小休憩で抜けて来ただけ。だから待っていてね。早く戻って俺もセレスと巣作りするから」

「あはは。では皆様がご心配されると大変です。主賓ですから早くに戻ったほうが良いと思います」
「うん。セレスがそう言うなら戻る。堅苦しい集まりだ。頑張れるようにキスして」
「僕がキスしなくてもドーラ殿下なら楽勝でしょう」

セレスが伸びをしてドーラ殿下が少しかがんで、二人が触れるだけのキスをした。頬を染めた愛らしいセレスが美しくてリンは見惚れた。ドーラ殿下は先ほどの変態顔は消えて、光でも放っていそうなイケメン顔でセレスを見ている。
「よし! ヤル気出た。一発ファイト決めてくる!」
「ファイトはダメです。友好交流でお願いします」
セレスが頬を染めて笑った。

「リン」
カロール殿下の声に振り向くと、カロール殿下がリンの左手に触れる。そっと持ち上げてブレスレットをひと撫でしてから手の甲にキスをした。途端にリンの心臓がドキドキ鳴りだす。
「行ってくる」
間近で見るカロール殿下が、先ほどのドーラ殿下より輝いて見えた。「はい」と放心状態でリンが応えた。「急げ」「お前が急げ!」と言いあいながら退室する殿下二人を見送った。

「嵐だな」
「本当に。何しに来たのかな?」
「リンが心配で仕方なかったんだろうな」

「そっかなぁ。僕は信用がないのか」
「いやいや。カロール殿下はリンが王城から消えてしまった経験があるから不安なんだと思うよ。リン、お茶を入れ替えようか」
「いや、こっちの果実水にする。ハチミツ入りの」
「じゃ、僕はレモン果実水にしよ」

飲み物を飲むついでにサンドイッチを口に入れる。ソファーに胡坐をかいて座る。
「セレス、ここで僕に何があったのかな?」
先ほどの『城から消えた』の言葉がリンには引っかかっていた。

「その話はダメ。気になるならカロール殿下に聞いた方が良い。僕じゃ役不足だ。でも、これだけは分かっている。カロール殿下は本気でリンを愛しているよ」

「う~~ん、どうだろう。カロール殿下が愛しているのは王城に居たリンだと思う。今の僕じゃない気がする」
リンはブレスレットを指でいじる。カロール殿下もこのブレスレットに触れる。カロール殿下はコレを触っている時、リンの忘れてしまった思い出を愛でている気がする。そんな時はカロール殿下が少し遠くに感じる。

「バカだな。リンは僕の過去を知ったら僕を嫌いになるか? 知らない部分があったら僕の事を好きじゃない?」
「そんなわけない! 知らない部分があってもセレスはセレスだ。僕の大切な幼馴染で親友だ」
「同じだよ。記憶がなくても、リンはリンだ。カロール殿下だって同じなんだ」

セレスの優しい微笑みにリンの心が救われた気がした。夜遅くになってもカロール殿下とドーラ殿下は戻らず、リンとセレスはそのままソファーで寝た。
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