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Ⅴ 突然の転落

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 それから毎日、午前の時間に温室でのお茶会にお誘いいただいた。毎日城内を歩くとリンの体力が徐々に戻ってきた。

不思議な事に活動量が増えるとともに傷の痛みも気にならなくなった。もちろん激しい動きや傷の部分を触ると痛みが生じるけれど。

 午後にはザザ国の歴史や国土、貴族階級についての学習をしている。リンはザザで生涯を生きて行くかもしれない。そうなるのなら気持ちを切り替えてザザのことを学ぼうと思っている。それに何か自分に課していないと辛い気持ちに押しつぶされそうになる。ザザ国で生きる道を考え、行動するほうがリンの心が楽だった。


 時折リンは寂しくなる。優しいカロール殿下の微笑みが頭に浮かび涙が溢れる。そんな時は、アローラ国の方角を見つめ一人で泣く。
(会いたい。抱き締めて欲しい。大きな身体に包まれたい。神経を全て溶かすようなカロール殿下の匂いを嗅ぎたい……)
心の中に巡る想い。

 リンに膝をつき手にキスをする殿下を思い出す。カロール殿下を真似て、自分の手の甲にキスをしてみる。自分でしてみて虚しくなる。全然ドキドキしない。全然キラキラもしない。悲しくて声を殺してリンは泣いた。

(僕は、愛されていたんだ。僕は、幸せだったんだ)
そんな思いがリンの心を占める。



 リンがザザ国に来て一か月が経過した。背中の傷の回復と共に城内の自由散歩許可が下りた。それに伴い敷地内の案内をドーラ殿下がしてくれている。

「この城は広くない。何しろ国境近くの特別警備区域に無理に建てたから」
「分かります。外見上は城ですが、規模的には上流貴族の別荘地といったところでしょうか」

「正解。そうなんだ。反対もあったけれど、運命のオメガを見つけたから! と押し切った」
「真剣にセレスに会う拠点にするために建てたのですね」

「まあね。啖呵きって、自分の金で建てるって騒いだよ。それで、父王に『馬鹿息子!』って怒られた。そんで、もう殴り合いしそうになって、大臣たちが『これ以上無駄な話は勘弁してくれ! 建てるなら勝手にしろ』とキレてさ。俺の粘り勝ちだ。結果、城ゲット。イェーイ」

笑いながら話すドーラ殿下の言葉にリンは頭が痛くなってくる。こんな王子殿下でいいのかと疑問が湧く。

「それは、大変なご苦労だったと想像します」
「そうだろ? 始めから俺の意見を通せば良いだけの話だろ?」
「いや、周囲の皆さんに同情いたします」
「はぁ? 意味が分からん。お前、さては父王の回し者か」

半目になるドーラ殿下に吹き出して笑いながら庭を散歩する。

「城から出てこちら側が裏庭園と、馬小屋、菜園だ。そして、こちらが警備兵舎。反対が正門に警備門。侍女侍従は城内が宿舎で、当直の警備兵が城内にいる。周囲は城壁で囲っている。出入りは正門と裏門だけ。各門に警備兵を配置して管理している。出入りは勝手に出来ないからね。リンに何かあっても困る。しばらくは敷地内だけにしてくれ」

「わかりました。でも僕に何かあっても大丈夫ですよ? 僕は亡命者ですし」
「いや、それは違う」
歩みを止めて真剣な顔でリンを見るドーラ殿下。

「リンは自分の立場を分かっていない。リンは俺にとって希望なのだ! セレスが我が国に嫁ぎたくなるための希望だ!」
ガッツポーズで空に叫ぶドーラ殿下。

リンはそんな事であろうと思っていたので、乾いた笑いを返した。最近、ドーラ殿下の扱いが分かってきた。傍に控える執事の爺と目線を合わせて苦笑する。

「そうそう、リン。最近オメガのフェロモンが強くなっている。抑制剤を増やすか? 我が国のオメガ用抑制剤はアローラ国の物より格段効力が高いはずだ。医療の進歩は自信ある。それに身体の負担が少ない薬だぞ」

「そうですね。お願いします。そう言えばセレスはアルファに会ってから発情期が来るようになって苦しいと言っていました」

「はぁ? 何? セレスは俺に会ったことで発情期が来ているのか? 何てことだ……。よし! 爺、馬をここへ! セレスを攫う! 俺が発情をおさめる。誰にも渡すものか!」

「ドーラ殿下、相手はアローラ国の貴族です。戦争になってしまいます。落ちついてください」
「爺! 聞いていなかったのか? 俺の運命のオメガだぞ? 自分のオメガが苦しんでいるのに護れないなど、アルファとして情けないじゃないか!」

ドーラ殿下の言葉にリンの心がドキリとする。カロール殿下もリンの事を護りたい、と言っていた。その優しい腕を思い出す。

「セレスは一度だけ会ったアルファの匂いが忘れられないと言っていました。本当に運命の相手なのだと思います。発情期は誰とも過ごさず一人でおさめていると言っていました。セレスとドーラ殿下が会えるといいのですが」

「そうだな。絶対にもう一度セレスに会う。俺は決めたことは実行するアルファだからな!」
頬を染めてニッカリと笑うドーラ殿下。その明るさにリンも微笑んだ。

 もうリンはカロール殿下と結ばれない。せめてセレスとドーラ殿下が結ばれて欲しい。自分が果たせない夢を託してみたくなる。幸せになって欲しいと願う。

国を超えてセレスとドーラ殿下が番になれたらリンの心が救われる気がする。そして、カロール殿下は新しい相手を見つけて前に進んでいくのだろう。リンではない相手を愛するカロール殿下を想像し、悲しい様な切ない気持ちでリンは空を見上げた。いつかリンの胸の痛みが軽くなりますように。唇を噛みしめて空に願った。

「リン、時間が解決することもある。大丈夫だ」
何かを察したのかドーラ殿下が声をかける。普段ふざけている方だが時々鋭いところがある。頭の回転が速いのだと思う。

「そういえば、リンが持っていた『アルファ王子に嫌われるための十の作戦』の紙は、セレスが書いたのだろう? 薄っすらセレスの匂いがした。それに字がリンの字体ではない」

「よく分かりましたね。その通りです。僕が王子殿下の婚約者に指名されて困惑していた時に一緒に考えた作戦です。セレスが書いてくれました。セレスが書いたものならば見つかっても僕が罰せられないからって。結局、罰せられましたけど」

「こんな遊びのような物で反逆罪となるのか。アローラ国は心が狭いなぁ」
「いえ、通常はこんなことでは罪になりません。侯爵家が僕を陥れたかっただけに思います」

「そうか。となると、カロール王子は怒っているだろうな。自分の不在に愛する者が勝手に処罰されているのだから。怒り狂う王子の姿を見てみたいなぁ。今、アローラ国で何が起きているだろうね?」
ドーラ殿下は楽しそうにクスっと笑う。

「カロール殿下が怒り狂おうと、僕が国外追放された事実は消えません。背中の罪人の印がある限り僕は『罪人』です」
「ふうん。どうだろうね」
意味ありげなドーラ殿下。言いたい事が理解できずリンは首を傾げた。



 気候はアローラ国と変わらないザザ国。雪が降り始めた。夜になりリンは窓の外を見た。ザザで与えられた客室にはベランダがない。アローラ国での夜のお茶会を懐かしく思い、窓の外を眺めた。

すると窓の外に大きな鳥の飛ぶ姿が見える。まさか、と思いリンが窓を全開にする。冷たい空気が流れ込む。
「ルー!」
鳥に声をかければ、空を大きく旋回しリンの部屋の窓枠に降り立つ大フクロウ。首を左右に傾けて『ホウ?』と鳴く。間違いない。ルーだ!

「ルー、会いたかったよ。こんな遠くまで飛んで来たの? 僕が倒れた時、人を連れてきてくれたのはルーだよね? ありがとう。助けてくれてありがとう!」

出会えたことが嬉しくて早口でルーに話しかけてしまう。リンの心がほわりと温かくなる。

「ルーはカロール殿下のところに戻るのかな? そうだ! これ、これをカロール殿下に届けてもらえるかな? 未練がましいかもしれない。でも、生きているよって伝えて欲しい。きっとカロール殿下なら気が付く」

リンは左腕に嵌めていたブレスレットを外す。それをルーに渡そうとして、掴みにくいことに気が付く。何かに包んだ方が良い。とっさにテーブルに置いていたハンカチで包む。しっかりと結べば嘴に挟んだとしても爪で掴んでも運ぶのに苦労しないはずだ。ルーに顔を近づけてお願いをする。

「ルー、君にはいつも助けられてばかりだ。感謝しかないよ。そんな利口な君にお願いだ。これをカロール殿下のもとに届けて」

目を合わせて話しかければ、いつものように首を左右にかしげる仕草。窓枠にそっと包みを置く。リンをじっと見つめてから、ルーが包みを足爪で掴んで飛び立つ。夜空に映える美しいルーの姿を見送った。

(どうかカロール殿下に届きますように)
そう願って、寂しくなった左手首を撫でた。


 それからリンは、ルーがまた来てくれないかと期待を込めて毎晩外を眺めた。しかしルーがリンのもとに再度来ることは無かった。獣に襲われたのかもしれない。リンが頼んだ包みに気をとられて事故に会ったのかもしれない。ルーに何かあったらどうしよう。そんな不安がリンの心を占めた。

(僕が大切に思うものは、全て僕から無くなってしまう)

そんな悲しい考えがリンの心を苦しめた。
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