上 下
13 / 47
Ⅳ 嫌われ作戦は成功? 失敗?

しおりを挟む
「ん?」
薄っすらと目を開ければ窓から洩れる光。しまった、寝過ごした。そう思って身体を起こすとリンの全身に走る痛み。

「いったぁ」
小さく声に出せば、ベッドでモゾリと何かが動く。驚いてリンが振り返るとカロール殿下が居た。

「あ、リン。おはよう。もう少し休もうか」
起きようとしていたリンを逞しい腕が布団の中に引き戻す。密着する素肌に驚いてリンは身体を固くする。『夢じゃないよな?』と何度も考える。自分を見て、リンも裸であることに悲鳴をあげたくなる。現実を理解できずに上掛け布団で身体を隠す。

情交のあとが色濃く見えるリンの肌。リンの動きにカロール殿下が目を覚まし、起き上がる。リンは呆けたようにカロール殿下を見た。困ったように微笑む殿下。

「リン。起きるのなら避妊薬を飲もう。発情期途中から俺もラットに入ってしまった。負担ばかりかけてゴメン」
カロール殿下の言葉をリンは青ざめて聞いた。裸の自分。裸の殿下。身体の痛み。それらが意味するところ。身体の震えが隠せなかった。

 用意された避妊薬を内服しようとしたが、リンは手が震えて上手く飲めなかった。するとカロール殿下が薬を口移しでリンに飲ませた。水も口移しで与えられた。

発情期後だからか、アルファフェロモンが身体に染みこむ感覚が気持ち良かった。カロール殿下のフェロモンに包まれると幸福感以外は全て吹き飛んでしまう。リンは抗えないオメガの本能が幸せであり、怖くも感じた。

 ベッドの上で柔らかいゼリーや飲み物をカロール殿下から与えられた。食べ物が胃に入ると頭が少しクリアになった。そのまま抱き上げられてお風呂に向かった。

「リン、また噛んでしまった。保護帯があるから番にはなっていない。でも、痛むよね。ごめん。」
リンの身体を柔らかい泡で洗いながらカロール殿下が問いかける。リンは全てを任せて首をフルフルと横に振る。

「そうか。今はまだ痛い感覚が鈍いのかも、な。頭がクリアになったら辛いかもしれない。リン、これまで発情期は来たことある?」
ゆっくり話す殿下を見つめながらリンは首を横に振る。

「初めての発情期だったのか。こんなつもりじゃなかったのに。リン、ごめん。本当は優しく大切に抱きたかった。ラットに入って獣のように襲ってしまった。ごめん。俺はこれまで全てを上手くこなせるアルファだった。世の中でコントロールできないモノはないと思って生きてきた。アルファの中のアルファだと自負していた。でも、リン相手だと上手く行かない。毎日後悔と反省ばかりで、情けない。リンを幸福で包み込んであげたいのに。こんなに大切なのに。どうして俺はうまくできないのだろう。本当に、ごめん」

リンの身体を洗いながらカロール殿下がボロボロと涙を流す。落ちてくる涙がリンの顔を伝う。

 自信に満ちているはずのカロール殿下の泣き顔。眉を下げて悲しそうに嗚咽を溢す姿。リンはそっと手を伸ばしてカロール殿下の涙を拭った。泣かないで。そう伝えたいのに喉から声が出ない。

そっと殿下の頬を手で包む。堪えきれないように殿下が声を上げる。逞しい殿下がリンの目には小さな子供の様に映った。カロール殿下の膝から降りて、自信無げに背中を丸める殿下をリンの両腕で包み込む。腕が回らないほどの殿下の大きな身体。

「泣かないでください。カロール殿下は、優しいアルファです。泣き顔もラットの殿下も、全部含めて僕が抱きしめます。カロール殿下の全ては、僕が許します」

リンは心のままに言葉を発していた。リンの心には小さな灯がともっていた。セレスを裏切るわけではない。だけど、この逞しく脆いカロール殿下を支えていきたい。心の中でセレスに謝りながら、殿下を包み込むようにリンは腕に力をこめた。

「リン、愛している」
腕の中のカロール殿下の言葉。心が込められた言葉だと分かる。

「はい」
カロール殿下を抱き締めながらリンは涙をこぼした。少しの間、セレスのことを考えずに目の前のカロール殿下に向き合いたいとリンは思った。


 その日からリンはカロール殿下の居室に移った。

カロール殿下が一緒に過ごして分かり合おうと提案してくれた。カロール殿下の居室は、リンの居室の隣だった。リンはデスクの鍵付き引き出しにセレスの書いてくれた『王子殿下に嫌われるための十の作戦』の紙をしまった。鍵を閉めて、心でセレスに声を掛けた。
ーー少しの間だけ、ごめんね。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

どうやら俺は悪役令息らしい🤔

osero
BL
俺は第2王子のことが好きで、嫉妬から編入生をいじめている悪役令息らしい。 でもぶっちゃけ俺、第2王子のこと知らないんだよなー

エリートアルファの旦那様は孤独なオメガを手放さない

小鳥遊ゆう
BL
両親を亡くした楓を施設から救ってくれたのは大企業の御曹司・桔梗だった。 出会った時からいつまでも優しい桔梗の事を好きになってしまった楓だが報われない恋だと諦めている。 「せめて僕がαだったら……Ωだったら……。もう少しあなたに近づけたでしょうか」 「使用人としてでいいからここに居たい……」 楓の十八の誕生日の夜、前から体調の悪かった楓の部屋を桔梗が訪れるとそこには発情(ヒート)を起こした楓の姿が。 「やはり君は、私の運命だ」そう呟く桔梗。 スパダリ御曹司αの桔梗×βからΩに変わってしまった天涯孤独の楓が紡ぐ身分差恋愛です。

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

キンモクセイは夏の記憶とともに

広崎之斗
BL
弟みたいで好きだった年下αに、外堀を埋められてしまい意を決して番になるまでの物語。 小山悠人は大学入学を機に上京し、それから実家には帰っていなかった。 田舎故にΩであることに対する風当たりに我慢できなかったからだ。 そして10年の月日が流れたある日、年下で幼なじみの六條純一が突然悠人の前に現われる。 純一はずっと好きだったと告白し、10年越しの想いを伝える。 しかし純一はαであり、立派に仕事もしていて、なにより見た目だって良い。 「俺になんてもったいない!」 素直になれない年下Ωと、執着系年下αを取り巻く人達との、ハッピーエンドまでの物語。 性描写のある話は【※】をつけていきます。

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

夢見がちオメガ姫の理想のアルファ王子

葉薊【ハアザミ】
BL
四方木 聖(よもぎ ひじり)はちょっぴり夢見がちな乙女男子。 幼少の頃は父母のような理想の家庭を築くのが夢だったが、自分が理想のオメガから程遠いと知って断念する。 一方で、かつてはオメガだと信じて疑わなかった幼馴染の嘉瀬 冬治(かせ とうじ)は聖理想のアルファへと成長を遂げていた。 やがて冬治への恋心を自覚する聖だが、理想のオメガからは程遠い自分ではふさわしくないという思い込みに苛まれる。 ※ちょっぴりサブカプあり。全てアルファ×オメガです。

【完結】あなたの恋人(Ω)になれますか?〜後天性オメガの僕〜

MEIKO
BL
この世界には3つの性がある。アルファ、ベータ、オメガ。その中でもオメガは希少な存在で。そのオメガで更に希少なのは┉僕、後天性オメガだ。ある瞬間、僕は恋をした!その人はアルファでオメガに対して強い拒否感を抱いている┉そんな人だった。もちろん僕をあなたの恋人(Ω)になんてしてくれませんよね? 前作「あなたの妻(Ω)辞めます!」スピンオフ作品です。こちら単独でも内容的には大丈夫です。でも両方読む方がより楽しんでいただけると思いますので、未読の方はそちらも読んでいただけると嬉しいです! 後天性オメガの平凡受け✕心に傷ありアルファの恋愛 ※独自のオメガバース設定有り

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

処理中です...