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Ⅳ 嫌われ作戦は成功? 失敗?

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 自室でソワソワしながらリンは待った。午後のお茶の時間のあと、一人で過ごしたいとハカルに伝えて侍女を下がらせた。もう二度と殿下に襲われないために、今日は抑制剤を倍量内服している。

リンは脳内シュミレーションをする。『僕は可愛いからね』とか『僕が可愛いのは当然だ』と言うタイミングはどうしたら良いのだろう。急に唐突に言うわけにはいかない。

殿下から『リンは可愛い』と言われたら、当然だという顔をして言うのが良いかもしれない。それが一番スムーズだ。そのためには、可愛いとか綺麗とか、誉め言葉を引き出さなくてはいけない。

リンは鏡の前に行き自分を見る。褒められるためにいつもと違う雰囲気を作るほうがいい。髪にオイルをつけて手触りをよくする。セレスと髪の毛のいじり合いをしていたから編み込みも綺麗にできる。片側だけ耳にかけるように編み込めば、リンの顎のラインが見えて少しは見栄えが良い。大きな猫の様な瞳が目立つ。リンは化粧が苦手だから顔は軽くパウダーをするだけ。唇だけ薄いピンクの紅を塗る。そうするとリンの黒髪とピンクの艶唇が肌の白さを際立出せる。

首の金製保護帯を磨いてストールで隠す。鏡で服装の乱れをチェックする。派手過ぎず、清楚なのに華やかさをまとい完璧だと思う。鏡に映る自分を見て、自分はオメガなのだな、とリンは思う。もしリンが筋肉ムキムキのベータならばこんな苦労は無かっただろうな、と溜息をつく。

『ピンコーン』
独特の訪室を知らせるチャイム音。侍女が不在のためリンが自室玄関の扉を開ける。扉の先に平服の殿下。黒いボトムと白クルーネックTシャツにアクセサリーを合わせて、街の若者風だ。まるで舞台俳優のようだ。カッコよさに圧倒されてリンは見惚れてしまった。

カロール殿下の顔を見れば、真っ赤になり目線を泳がせている。あまり殿下と目を合わせないようにリンは下を見る。
「リン、すごく、可愛い。良く似合っているね。髪型も素敵だ」
真っ赤な顔をした殿下の誉め言葉につられてリンも顔が熱を持つ。熱い。

「カロール殿下も、素敵です」
つい正直に感想を伝えてしまった。リンは自画自賛ナルシストオメガを演じるのだ、と思い出す。

「ま、まぁ、僕が可愛いのは、いつもの事ですけど」
頬が熱いままで言葉にしてみて、恥ずかしい様な変な気持ちが沸き上がる。自画自賛するって照れることなのだと知った。リンはまたしても『これは失敗だ……』と思った。

「うん。リンはいつも可愛いよ。愛らしくて綺麗だ」
少しかがんだカロール殿下がリンの手を恭しく手に包み込む。そのまま膝をつきリンの手にキスをする殿下。その行為にリンは心臓が止まりそうになる。

「いけません! 殿下、僕などに膝をついてはいけません! 臣下の僕が跪くのならまだしも、僕にこのようなことをなさらないで下さい!」

見られていないか周囲を確認する。廊下に誰もいない。侍女たちの姿はない。こんな場面を見られたらハカルに叱られてしまう。誰にも見られていないことにリンはホッと胸を撫でおろす。

「俺がしたいからいい。俺が膝をつく相手は国王陛下とリンだけだ」
膝をついたままの殿下に見上げられて目線が外せない。殿下がキラキラ輝いて見える。息が止まりそうなほどの心臓のドキドキ。たまらずにリンの膝がカクリと折れそうになる。その直前で殿下が立ち上がりリンの背を支えてくれる。

「体調が万全ではないのだろう? 熱が出たあとで、怪我も負わせているし。いつも気が回らなくて俺はダメだな。今日は俺が全て支える。酒は無理に飲まなくていい。酒場にこだわるのは止めよう。夜のお忍びデートだと思えば気が楽だろう?」

リンはカロール殿下の発言に驚いた。昨日朝食を一緒に食べたときにはこんな気遣いは無かった。どうしたのだろうか。いつ、リンの体調に気が付いたのだろう。

「さぁ、行こう」と背中を支えられて移動する。城内を歩くと、どこに行くのか気を張ることに精一杯になり、リンの小さな疑問は消え去っていた。

 城の中を歩いているのに城内で誰とも会っていない。静かさに不安になる。
「誰も、いないです」
「使用人の城内会議かな?」

「そんなのがあるのですね。これほど人が居ない城内は初めてです」
「だから今日は脱走日和だ」
支えられた背中から殿下が楽しそうに笑う振動が伝わってくる。

「もしかして、殿下はお忍びでお出かけすることがあるのですか?」
「う~~ん、そこは想像に任せるよ」

「あ、リンは馬には乗れる?」
「すみません。乗馬はできません」

「そうか。では、俺と一緒でいいよね」
鼻歌でも歌い出しそうなカロール殿下。伯爵領ではリンの移動は全て馬車だった。幼い頃に兄や父に馬に乗せてもらったことがあるが一人で乗ったことはない。

「はい。お願いします」
そう答えてチラリとカロール殿下を見上げる。直ぐに殿下と目が合う。間近で殿下の顔を見てしまいリンの顔が火照る。すぐに目線を前に戻し、顔の熱が引くようにひたすら願った。

 抑制剤を倍量飲んで良かったと胸を撫でおろす。今日は心臓を射貫くような良い匂いがしない。きっとあの匂いはアルファのフェロモンだ。
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