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Ⅵ もう、死んでもいいから②<SIDE:瀬戸>

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 病院だ。気が付いたら病院にいた。手が温かい。瀬戸の手を包む、知っている大きな手に笑みが漏れる。

「……ありがとう」

休みなのに瀬戸のところに駆けつけてくれた。この手の温かさに心が救われる。本当に頼りになる男だ。瀬戸を見て泣きそうに微笑む堀田さん。胸がドキッとする。初めて見る表情。

「目が覚めて、良かった。本当に、良かったよ」

いつも明るい表情の顔が、歪む。歯を食いしばり、声を漏らさず涙が流れている。驚いて見入ってしまった。

「何やっているんだよ。死んだら、どうするんだ。どうするんだよ……」

泣きながら呟く堀田さん。その心の叫びのような言葉に心がざわめく。身体が震えるほどの衝撃。感動。瀬戸の事を心から心配してくれている。瀬戸の心でキラキラとした気持ちが芽生える。

「失礼します。点滴確認します」
声と共にベッド周囲のカーテンが開く。

入ってくる看護師さん。堀田さんはすぐに下を向き、顔を袖で拭っている。

「あ、気が付きましたね。頭部を打っているので急に起き上がらないで。そのままで居てください。先生を呼びますが、それまでに何かあればナースコールで知らせてください」

手早く点滴チェックをして、すぐに退出していく。瀬戸の左腕には点滴が繋がっていた。

視線を堀田さんに戻すと、いつもの余裕のある顔だ。でも、目に涙が少し残っている。そんな様子に、心が惹きつけられる。

「ごめん、色々巻き込んで……」
「いい。俺は瀬戸さんを守りたいから」

ハッキリと言い切る言葉に心臓がドキッとする。嬉しくて、心の中に小さなキラキラが増えていく。頭を打っておかしくなっているのだろうか。これまで感じたことのない胸のソワソワに戸惑う。

「失礼します。脳外科医の佐藤です。どうですか? 気持ち悪さや眩暈はありますか?」

主治医の先生が来て、目の動きや手足の動きを確認していく。そしてケガの説明を受けた。

右額から側頭にかけて皮下血種(タンコブ)があるが、CTスキャン検査では脳内出血は見られていない。

明日の朝まで入院し、朝にCT画像確認して脳内出血や急性硬膜化血種が無ければ退院。額の傷は三針縫っている。一週間後に抜糸に通院。

また、慢性硬膜下血腫が出来ていないかの確認に三か月後のCTとMRI画像検査。今後の経過も丁寧に話してもらった。

今いるところは救急外来のため、これから入院病棟に移る。全てを堀田さんが一緒に聞いてくれた。

傍に居る堀田さんの一挙一動が気になって意識してしまう。チラチラ見てしまう。心に煌くモノとドキドキと鳴る心臓。

(僕は、頭でも打ったのかな。そうだ。頭打ったんだった)

そう考え、何アホな事考えているのだろうと自分に恥ずかしくなる。


 「一泊ですが、現在個室しか空きが無いため個室入院となります。差額ベッド代が会計時にかかりますがご了承いただけますか? 

もし大部屋希望でしたら、一泊だと救急外来のカーテン仕切りのベッドになります。つまりココのままか、部屋に行くか、どうしましょうか?」

医療事務の方から説明される。一泊くらいなら金銭的に大丈夫。一万円の個室にしようと思った。

「個室でお願いします」
「わかりました。準備出来次第、ご案内します。出来るだけ病棟内しか動かないようにしてください」

入院手続き書類の説明を終えて医療事務の人が立ち去る。

「個室にしてくれてよかった。ちょっと話したいし」
「うん。あの、ついていなくてもいいよ。せっかくの休日なんだし」

「俺が傍に居たいの」
急に頬を手で包まれる。心臓がまたドクリと鳴る。真剣な顔の堀田さんを、ただ見つめる。

「痛かったよな。って、まだ痛むよな」
そっと額のガーゼと、頭部に巻かれたネット包帯をわずかに触る堀田さん。大きな手が瀬戸に触れそうで触れない。

真綿のような触れ方をして、離れる。期待したほどの甘やかすような触れ方じゃなくて、なんで? と疑問が沸き上がる。

「瀬戸さん、何?」
優しい声で聞かれて、顔が赤面する。

自分がオカシイ。そっと布団に潜り込む。瀬戸の背中をポンポンと撫でる堀田さん。大きな手を背中に感じる。
温かい手だ。


 ベッドに寝たまま個室に移動した。楽だなぁと思ったけれど、結構ガタガタして傷に響いた。

何かおかしいことがあれば直ぐにナースコールで知らせるよう言われた。個室にも堀田さんはついてきた。部屋の移動が終わると、看護師さんが立ち去り急に静か。堀田さんと瀬戸だけ。

「個室で良かった。頭が痛いかもだけど、施設長が来る前に話せたらと思って」

そうだ。のんびりベッドに寝ている場合じゃない。

「うん。大丈夫。土井さんは?」

「今日はディサービス休みにしている。まさか殴ってしまうとは思っていなかったと青ざめていた。玄関で転んだ瀬戸さんが杖にぶつかった事にしようと話した。

土井さんは苦しそうな顔していたよ。瀬戸さんが転んだところをよく見ていないと言うように伝えた。瀬戸さんも良く覚えていないと言えばいい」

「いいのかな?」

「いいよ。もし土井さんが良心の呵責で真実を言うならそれでもいいし」

「ワザとじゃなかったと思う」

「だろうね。土井さんもそう言っていた。ちょっと杖を振り回せば、驚いて瀬戸さんが帰るって思ったって」

「そっか。僕は土井さんが転んでシャント部分を怪我したら困ると思って、つい前に飛び出しちゃったんだ」

「タイミング悪かったな」

「うん。偶然だったんだ。僕は、土井さんが問題起こしたってなるのが嫌なんだ。

前に、僕が個別外出のサービス案だしただろ? その時に土井さん、お墓参りに行きたいって言っていたんだ。

奥さんのお墓を掃除したいって。息子さんとは仲違いしていて、一緒に行こうとは言えないって。

老人病院に入ったら墓参りが出来ないから困るって。今の家も、奥さんが大切にした家だから出来るだけ住みたいって。

問題行動起こしたら土井さんはあの家に住み続けられないだろ? 土井さん頑固で短気だけど、息子さんとの約束をきっちり守ってきていた。

全部、亡くなった奥さんへの想いだったんだ。奥さんが生きている頃には、よく怒鳴ってしまって悪かったって言っていた。

土井さんなりの深い想いがあったんだ。怒りっぽくて分かりにくい人だけどね。

それなのに、急にディサービス休むって言い出すから。何かあったのだと思う。土井さんのためにも事を大きくしたくない」

瀬戸の話を静かに聞いていた堀田さん。あんまり瀬戸を見つめるから、変な事言ったのか心配になる。心臓だってドキドキするじゃないか。

「な、なに?」

「いや、瀬戸さんがカッコいいな、と思って」

「はぁ?」
堀田さんをまじまじ見る。この筋肉質なデカい堀田さんが、瀬戸をカッコいいと思うか?

「……堀田さんに言われると、からかわれているみたいだ」

「いや、真面目に、すごくカッコいい」

バカにして、と思ったけれど、瀬戸を見る堀田さんの純粋な眼差しと少し頬を染めた照れ笑いに、何も言えなかった。

瀬戸までつられて赤面してしまう。心臓がバクバク鳴り響く。無言の時間に少し焦る。

「あ~~、すっげヤル気出た。個別外出案、絶対実現しような!」
急に満面の笑みで堀田さんが言う。

「いや、それは堀田さんに任せているし……」

「あ、その前に、瀬戸さんが目覚めたって施設と土井さんに連絡してくる。目が覚めたら施設長が見舞いに来るって」

そう言いながら瀬戸の手を握る。そっと手を持ち上げて、手の甲に堀田さんが、キスをした。なんだ!? 

瀬戸にそっと微笑んで、電話のため病室を出ていく堀田さん。ドアが閉まったあと、震える手を自分で握り締める。ここに、キスした、よな。心臓がバクバク鳴り続ける! 

頭痛がひどくなりそうな胸の高鳴りに、自分の手を胸に抱き込むようにして布団に入る。

堀田さんは瀬戸の理解を超えた人間だけど、コレは何の意味があるのだろう。考えていると眠くなってくる。ちょっと寝てしまおう。昼寝なんて贅沢だ。

(あの堀田さんが僕をカッコいい、だって。手にキス、だって)

ふふっと笑う。こみ上げる小さな幸福感とともに、そっと目を閉じる。


人の声に目を開ける。なんだろう?

「あ、瀬戸さん目覚めた」
「おい、大丈夫か? 瀬戸さん?」

近くに施設長と堀田さん。あ、そうだ。施設長が来るかもって話していたんだった。

「ご迷惑かけてすみません、施設長」
うっかり寝入っていた。起き上がろうとすると制される。

「良いよ、寝ていて。利用者送迎中の事故で本社へ報告したよ。労災適応になるって。土井さんにも謝罪訪問したよ。土井さんに怒鳴られるかと思ったのに、気にしなくていいからって。瀬戸さんの心配ばかりしていた。

瀬戸さん、いい関係築いているじゃないか。頭に大きなタンコブできているってね。時間が経ってからの脳障害に注意してって主治医の先生が言っていた。抜糸までは仕事休んでいいよ。労災だから給与も出るし。

ただ、瀬戸さん一人暮らしだから、症状が出た時にすぐ対応できないか。心配だな。そうだ、施設のショートステイに滞在するか?」

笑いながらギョッとする事を言う。

「ショートステイに僕を入れるのは勘弁してください」
これには堀田さんが笑った。

「施設長、瀬戸さんを俺が預かるのはどうっスか」
「そりゃいいな。毎日の状態も報告してくれ」
「了解で~す」

「えぇ? 堀田さん、待って。預かるって、どうするの?」

「俺の家に泊まればいいじゃん。俺ならガーゼ交換や様子見るのも適任っしょ」

「違うよ、迷惑になるって! それに仕事で疲れて帰って、自宅に僕が居たらストレスになる」

「全然、迷惑じゃないよ」
即答する堀田さんに、開いた口が塞がらない。

「仲良くていいね。じゃ、家に世話になるかは別として、休みの間、瀬戸さんの様子見に行って報告してくれるか?」

「もちろんっス。瀬戸さんの介護は任せてください」

「介護って、僕は高齢者かよ」
堀田さんの冗談に笑うと、施設長が真剣な顔で話し始める。

「いや、瀬戸さん、良く聞いて。勤務中の事故だから管理職としては本気で気を使っているんだ。何かあったら施設全体の運営問題になる。真剣にショートステイに泊まっちゃうか、堀田さんに様子見てもらうか、どちらかだと助かる」

この施設長の意見で、退院後は抜糸まで堀田さんのお世話になることに決まった。堀田さんの家に泊まる。考えるとちょっと胸がドキドキした。なぜかガッツポーズする、意味の分からない堀田さん。

そして、できれば早く土井さんのお宅に伺いたい。土井さんの声が耳に残っている。

「わしは、もう死んでもいい」確かに土井さんがそう呟いていた。考えると頭と心がズキズキ痛んだ。
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