上 下
9 / 14

Ⅴ 接近②<SIDE:瀬戸>

しおりを挟む
 堀田さんの車に乗って、街中から少し離れた中華店に来ている。

ラーメン系じゃなく繊細な飲茶系。ガッツリ肉系とか考えていたから驚いている。ランチコースを予約してくれていて、個室に通される。

「ちょっと、堀田さん。ココ、高そうですけど」
不安になって聞く。スポーツジム見学と言われていて、財布に一万円しか入れていない。ランチコースっていくらだよ。

「二千九百円っスけど、今日は奢ります。無理に連れ出したし、中華にしてはココ安いんスよ」
値段を聞いて少し安堵する。

「いや、自分の分は払います。車も出してもらっていますし。でも、肉系じゃないんだ」
「実は肉にしようしたんスけど、俺の体形で肉はテンプレすぎかと思って。意外性をついてみたんです」

素直な返事にクスクスと笑いが込み上げる。
「あはは。確かに」

堀田さんが瀬戸をじっと見つめている。

「何?」
「笑った。瀬戸さんが、笑ったよ……」

呟くような言葉に、とうとう噴き出す。
「何だよ。僕だって笑うよ」

「感動っス……」
仕事じゃないせいか変な敬語がイラつかない。

「プライベートだし敬語はいいよ。僕も使わない。苦手なんだろ?」

「あ、普通に話していい? 助かった。敬語って噛みそうになるんだ」
「堀田さんのは、敬語ではないけどな」

「え? どこか変?」
「おい、気づいていないのかよ」

「俺、瀬戸さんには最上級の敬語使っていたよ。だってスッゲー怒った顔して睨むじゃんか」
これこそ笑ってしまった。

「お前、あれが最上級なのかよ。学生時代に何学んできたんだ?」

「学生時代も社会人になっても、敬語にこだわる人に出会っていなかったかも。俺、ダメな人生歩んできたのかな」

真剣に答える堀田さんを見る。どういうことだろう。瀬戸は敬語なんて使えて当然だと思っていたから、堀田さんが瀬戸をバカにしていると思っていたけれど。敬語を使わないんじゃなくて、敬語の使い方を知らない?
 
「俺、何でも直球で会話すれば分かり合える環境にいたと思うんだ。どんなに偉い人も一人の人間だから、対等に話をする。そうやって生きてきて、困る事は無かったんだ」

堀田さんが瀬戸を見つめている。瀬戸も真剣に堀田さんを見た。

「だから、瀬戸さんに対して、俺なりに気を使っていたんだけど。上手く出来なくて、ゴメン」

思いもよらない展開に、頭がついて行けない。変な敬語は、堀田さんなりに努力した結果ってこと?



「失礼します。前菜です」
棒棒鶏とクラゲのサラダ風な小皿。女性店員が運んでくれる。

会話が一度途切れる。何となく沈黙。中華って意外と油っぽくないな、と口に運ぶ。料理が来て助かった。堀田さんの言葉を考える時間が出来た。出来るだけ、ゆっくり咀嚼する。

「早く次、来ないかな。腹が持たない」

先ほどまでと全然違う雰囲気の堀田さんの軽い発言。静かな空気が柔らかいものに変わる。堀田さんの前菜の小皿はすでに空。そうだよな。あれだけ動いていたから腹も減るだろう。

「食べる?」
瀬戸の食べかけを差し出す。目を見開く堀田さん。その顔を見て気が付く。食べかけじゃないか! 自分は何しているんだ。急に恥ずかしくなる。

「ご、ゴメン。失礼だよな。本当、何しているんだか」
さっと小皿を手元に下げようとすると、瀬戸の手を覆う大きな手。

「頂戴」
少し汗ばむ熱い手。コクコクと頷きながら、手を引くタイミングが分からず、顔が熱くなる。ぎゅっと瀬戸の手を握り込まれる。心臓が急にドクドク鳴り出す。


「失礼します。卵スープとカニ餡かけ炒飯です」
店員さんの声をきっかけに、すっと手を引っ込める。

変に熱を持った自分の右手を左手で触る。熱い。そっと堀田さんを見ると、いつものイケメン顔で店員さんに礼を言っている。瀬戸が気にしすぎているだけ? これまでの堀田さん像がぼやける。

 堀田さんは、瀬戸の食べかけ前菜を綺麗に平らげていた。


「旨かった。特に前菜が最高に旨かった」
満足そうな堀田さん。そうだろうか。前菜は普通の味に感じた。瀬戸は、餡かけ炒飯がカニの身が入っていて美味しく感じた。値段以上の満足感だ。

「いいお店だね」
「でっしょ。ここの担々麺がまたイケるんだよ。次は麺、頼んでみようよ」

いつの間にか次の話をする堀田さんに笑えてくる。まるで友達みたいだ。

「いいね。辛いのも好きだよ。でも、次も僕と来る、でいいの?」
きっと他の友達と来た方がいいだろ? そんな気持ちでクスクス笑えてくる。

「瀬戸さんが良い。俺、瀬戸さんと過ごしたい」
急に真剣な顔で言う堀田さん。瀬戸が堀田さんを見上げると、急に肩を抱いてくる。密着して厚い身体に潜り込むような感覚。

あぁ、捻挫した足が痛まないように助けてくれているのか。今度は抵抗せず、体重を預ける。まだ石鹸の香りがする。堀田さん、嫌な奴じゃないな。支えてくれる優しさに、心がホカホカ温まるのを感じていた。

 瀬戸は勘違いしていたかもしれない。もう一度、じっくり堀田さんを理解してみようと思った。

「瀬戸さん、おはよ」
月曜日の朝一番ディサービスフロアで堀田さんから声がかかる。

「おはようございます、堀田さん」
「土曜日、付き合ってくれてありがとう」
ふふっと笑いが漏れる。

「どちらかと言えば、堀田さんが僕に気遣ってくれたんでしょう?」
瀬戸を見て、頬を染めて笑う堀田さん。

「違うよ。俺が瀬戸さんと一緒に過ごしてみたかったの。足治ったらジム通い一緒にしようよ」
汗が光る堀田さんを思い出す。頬が緩む。一緒に、か。良いかもしれないけれど。

「う~~ん、僕は運動音痴なんだよ」
ちゃんと伝えておこうと思って口にしたのにワハハと笑われる。失礼だな、おい。

「知っているって。良く躓いてんじゃん。ま、ジムの前に担々麺だな。水曜のノー残業デーの日は?」
「水曜なら大丈夫」

「決まり、な。帰りにスタッフルームにいるよ」
職場で、まるで友達かのような会話。これまでに無い事だからくすぐったい。

土曜日に一緒に出かけて、「堀田」という存在が瀬戸の理解を超えた不思議なモノであると分かった。瀬戸の定規で理解しようとしてはいけない。

そう分かってからは、目の前の堀田さんを否定せずに受け止めるようにしている。堀田さんは自分に嘘が無い、虚勢を張らない。真っ直線な人であることも分かってきた。

苦手意識を取り払ってみると、とても付き合いやすい人物であることも分かった。堀田さんは、これまでに瀬戸が出会ったことが無いタイプなだけだ。


 瀬戸と堀田さんが仲良くなると、介護士さんたちの態度が軟化した。どういうことなのか分からないけれど、あまり刺激せずに流れに任せる日々。堀田さんにイライラしなくなり、前ほどに仕事が辛くない。

担々麺も食べに行ったし、職場の昼飯も一緒に食べる。最近は、なぜか目の前の世界が輝いて見える。堀田さんを目で追うと心がウキウキする。人間関係って大切だなぁと感じている。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

しのぶ想いは夏夜にさざめく

叶けい
BL
看護師の片倉瑠維は、心臓外科医の世良貴之に片想い中。 玉砕覚悟で告白し、見事に振られてから一ヶ月。約束したつもりだった花火大会をすっぽかされ内心へこんでいた瑠維の元に、驚きの噂が聞こえてきた。 世良先生が、アメリカ研修に行ってしまう? その後、ショックを受ける瑠維にまで異動の辞令が。 『……一回しか言わないから、よく聞けよ』 世良先生の哀しい過去と、瑠維への本当の想い。

あの夏をもう一度─大正時代の想ひ出と恋文─

不来方しい
BL
大正時代──本田虎臣が十二歳になる夏、湘南にある別荘へ来ていた。 そこで出会ったのは、八重澤幸一と名乗る少年だった。 元々引き合ったのは、妹の薫子と幸一を結婚相手にと親同士が決めたためであった。虎臣と幸一は同年齢もあってすぐに打ち解け、やがて互いの別荘を行き来したり海辺で長い時間を過ごすようになる。 綺麗だのすぐに褒め言葉を口にする幸一に心乱され、虎臣は心が追いつかないでいた。 ──なあ、口吸いしよっか? 幸一に言われ、虎臣は初めて身体にも変化が訪れた。 短い夏に別れを告げた後は文通をしていたが、いつしか彼から来なくなってしまう。 虎臣は高校生になり、学生寮に入った。同室になったのは、十二歳の夏に出会った幸一だった。彼の大人になった姿に、虎臣は十二歳に初めて唇を合わせた日のことを思い出す。同時に、なぜ手紙の返事をくれなかったのだと、心にわだかまりができてしまい──。

Call My Name

叶けい
BL
ー呼んで、俺の名前。たとえ君が、何も覚えていなくても。 大手芸能プロダクションで人気アイドルグループ『star.b』のマネージャーをしている石黒雅人はある日、想いを寄せていた友人・松岡朝陽の姿を偶然見かける。彼は5年前、何の連絡も無いまま雅人の前から姿を消していた。 突然の再会に動揺する雅人。しかし朝陽は事故に遭い、昔の記憶を無くしていた。 『star.b』の振付師として雅人の前に再び現れた朝陽。かつての記憶を無くしたまま、不思議と雅人へ惹かれていく。 一方の雅人は、自分の事を覚えていない朝陽との接し方に戸惑うしかない。 そんな彼の様子に気づいた『star.b』人気メンバーの藍川瞬は、心の中がざわついて…。

夏夜の涼風に想い凪ぐ

叶けい
BL
コーヒー、タバコ、栄養ゼリーだけで生きている『医者の不養生』を地で行く心臓外科医・世良貴之。そんな不摂生極まりない彼を心配して、何かと世話を焼く看護師の片倉瑠維。貴之が主治医を務める幼なじみ・桃瀬朔也への、貴之の特別な想いに気づいた瑠維は。

晴れ空と太陽と桜の花に想いを馳せて

小池 月
BL
 高校二年の男子高校生「影山修」は、幼少期に潔癖症から友達の服の汚れや匂いを指摘し、周囲から嫌悪され孤立した経験がある。それ以降人付き合いが怖くなり友達がいない。そんな影山の唯一の味方は介護施設に入所している祖母。  ある日、祖母の施設にいる高齢男性が同級生「和田学」の曽祖父と判明。認知症の和田の曽祖父が、悲しい手の入れ墨について話したことをきっかけに二人は急速に仲良くなる。  一方、クラスでは底辺の存在だったはずの影山が、クラスの中心人物である和田と話すようになったことで面白くないと思う井上。 影山は井上に階段から落とされケガを負う。和田に助けられて学校生活を送るうちに、影山と和田は互いに気になる存在になっていく。  井上は影山にした暴力でクラスメイトから疎外される。影山はこれまで存在感のなかった自分がクラスの空気を変えてしまったかのような不安が沸き上がる。 影山はそれが苦しくなり、和田と協力し井上と和解をしていく。自分一人では出来ないことを和田と乗り越えていくことで、影山にとって和田が周囲を照らす太陽のようだと感じる。空と太陽に自分たちを重ね、ずっと一緒に居たいと空に思いを馳せる。   高校三年になり、クラスが離れた和田と影山。クラスが離れてもお互いに惹かれ合う特別な関係が続いていた。 しかし、影山に想いを寄せる甲斐の存在が二人の関係を徐々に冷えたものにしていく。そんな時、和田の曽祖父の状態が悪化し……。 人の人生、生き方に触れて、自分の生き方を考えていく高校生二人の青春ストーリー。

輝夜坊

行原荒野
BL
学生の頃、優秀な兄を自分の過失により亡くした加賀見亮次は、その罪悪感に苦しみ、せめてもの贖罪として、兄が憧れていた宇宙に、兄の遺骨を送るための金を貯めながら孤独な日々を送っていた。 ある明るい満月の夜、亮次は近所の竹やぶの中でうずくまる、異国の血が混ざったと思われる小さくて不思議な少年に出逢う。彼は何を訊いても一言も喋らず、身元も判らず、途方に暮れた亮次は、交番に預けて帰ろうとするが、少年は思いがけず、すがるように亮次の手を強く握ってきて――。 ひと言で言うと「ピュアすぎるBL」という感じです。 不遇な環境で育った少年は、色々な意味でとても無垢な子です。その設定上、BLとしては非常にライトなものとなっておりますが、お互いが本当に大好きで、唯一無二の存在で、この上なく純愛な感じのお話になっているかと思います。言葉で伝えられない分、少年は全身で亮次への想いを表し、愛を乞います。人との関係を諦めていた亮次も、いつしかその小さな存在を心から愛おしく思うようになります。その緩やかで優しい変化を楽しんでいただけたらと思います。 タイトルの読みは『かぐやぼう』です。 ※表紙イラストは画像生成AIで作成して加工を加えたものです。

若頭と小鳥

真木
BL
極悪人といわれる若頭、けれど義弟にだけは優しい。小さくて弱い義弟を構いたくて仕方ない義兄と、自信がなくて病弱な義弟の甘々な日々。

Innocent Noise

叶けい
BL
アイドルグループ『star.b』のメインボーカルを務める牧野碧生。気が強く皮肉屋な性格だが、伸びやかな優しい歌声の持ち主。恋愛経験ほぼナシにも関わらず、ラブソングの歌詞を書く事になり悩んでいた。 私立大学で中国語の非常勤講師をしている英亮。『star.b』のダンストレーナーを務める友人の松岡朝陽に頼まれ、『star.b』メンバーに中国語を教える事に。 アイドルに全く興味が無かった亮だが、透明感ある優しい碧生の歌声を聞き、心を動かされる。 一方の碧生も、クールな雰囲気のせいで近寄り難く感じていた亮の優しい一面を知り、段々と心を開いていく。 …知らない内に惹かれて、気づいたら笑顔になっていた。 些細な事で不安になって、嫉妬したり、すれ違ってしまったり…。 二人は少しずつ、恋する気持ちを知っていく。

処理中です...