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10.スベン

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 夜、俺は隙間風が寒い地下牢に入れられていた。

 薄い毛布にくるまり、寒さに震えていた。
 冷たい石畳みの床が容赦なく俺の体温を奪ってゆく。

 「はぁ……」

 かじかむ手に息を吹きかけ少しでも熱を得ようとするが、焼け石に水だった。

 「はは……今頃、エマのやつ怒ってるだろうなぁ……」

 俺は、ただ一人で帰りを待つエマの姿を思い浮かべて謝罪の念を込める。
 まさか2日連続で、しかも今日は帰ってこれないとなると多大な心配をかけることだろう。
 1週間後に戻ったらどんな目に遭うか、今からでも震えが出てくる。

 エマは怒ったら途轍もない力で頭を叩いてくるので、なるべくそこまで怒らせないよう配慮していた。
 これは確実にヤバいパターンだな……

 まぁ……

 俺は暗黒の地下空間を照らす松明の火を見て考えに耽る。

 そういった面も含めて彼女は優しいし、何よりそんな彼女が好きだ。

 幼い頃から一緒に過ごしてきたからこそ、彼女に心配をかけている現状に申し訳なさが溢れてくる。

 今の俺は、冒険者規則の違反者として冒険者ギルド地下にある牢屋に拘留されていた。
 冒険者ギルドにこのような空間があるとは噂で聞いていたが、想像よりもその環境は過酷だ。

 あの後、スベンに連れられ冒険者ギルドにて取り調べを受けた。
 その結果、俺に非はなくドンク達が一方的に因縁つけ更に武器まで取り出したので、彼らに咎が及ぶだろうと聞いた。
 ただ俺も護身とはいえ街中でナイフを抜いたので、その点に関してはたっぷりとお叱りを受けた。

 そして、ドンク達の処分が決まるまでの間、俺は1週間の拘留処分を受けた。
 スベンが多少庇ってくれたが、これくらいが限界だったと悔しそうな表情で言っていた。

 「あー……寒い……」

 俺は寒さに耐えきれずついに立ち上がり、構えをとる。
 体を動かす分には、牢屋の中でも十分な広さがある。
 それに体を動かせば段々体が温まってくるし、何より体を動かさないとせっかく鍛えた体も無駄になるからな。

 俺は《体術》の恩恵を受けたキレのあるパンチを放ちつつ考えた。
 
 とは言っても……

 まさか、あのスベンがギルドナイトだったなんてな……

 俺とスベンの差が開く一方だ……





 俺はスベンに連れられ冒険者ギルドに向かっていた時、ずっと気になっていたことを尋ねた。

 「なぁ、聞いてもいいか?」

 「何がだ?」

 スベンが疑問符を浮かべて答えるので率直に聞いた。

 「お前、いつの間にギルドナイトになっていたんだ?それに、今はCランク冒険者だったはずだろ?」

 そう聞くと、スベンは真面目な、寂しげな顔つきになって話し出す。

 「なぁ、ディラン。俺たちが冒険者になりたいと言って村を飛び出してきたのは、どうしてだったよ?」
 
 遠い晴れた青空を眺めてディランは問いかけてきた。

 「迷宮都市で誰よりも強くなって、国の中で有名になることだ。そして……」

 「ああ、あいつを見つけ出して、必ず倒すことだ」

 途端にスベンの目の色に憎悪が渦巻く。
 それに思わず臆してしまい、冷や汗を流す。
 スベンがここまで怒り、憎しみを抱くほどの相手。

 脳裏に浮かぶ怨敵の姿。
 黒髪に白のメッシュが入った特徴的な髪型。
 黒いスーツを纏い肘まで届く白い手袋。
 そして、人を小馬鹿にしたような声色で脳を揺さぶってくる醜悪な声。

 そいつは人に仇する魔物の中でも最悪の存在、『魔人』だ。

 俺は、今でもあいつの、あの日の夢を見る。
 大切な存在が次々と壊され殺されていく瞬間を。

 そう思い浮かべていると、スベンが続ける。

 「俺ぁ、強くなるためにとにかく戦い続けた。いつの間にかCランクまで上がった時によ、ギルドマスターに呼ばれてな……」

 「……」

 俺は無言で頷いて続きを促した。

 「そしたらよぉ、いきなり模擬戦をやらされてな? テキトーに勝つかって思って手を抜いたら、あっさり投げ飛ばされてな。すぐに再戦を申し込んだら、そいつ今までの強敵が霞むくらい強かったんだ。なんとかそいつに勝ったら、ギルドマスターに鎧を渡されてこう言われた」

 スベンは話を区切って、困ったように笑みを浮かべた。

 「お前が倒したのはギルドナイトだ。よって、お前にはギルドナイツに入る義務があるってな、そう言って強引にギルドナイトにならされたんだ、Cランクなのは俺が昇格を蹴ったからだな!」

 「そ、そんな理由だったんだ……」

 俺は予想だにしなかった返答に呆れていると、スベンはニカっと笑う。

 「けどよ、俺はなってよかったと思うぜ、ギルドナイト」

 スベンは空を見上げて胸の内を真剣な声色で語り出した。

 「ギルドナイトとしてやってるとよぉ……嫌でも魔物の脅威を感じらされる。周辺の町村が魔物襲撃にあったって報告を受けてすぐに駆けつけても、犠牲は必ず存在するんだ。だから、俺は少しでも助けられるように強くなろうとした。そしたら、この辺での大規模な魔物による被害は少なくなったんだ」

 「俺は強くなれた。形は違えど本来の目的以上のことをできるようになった。今ならあいつが来ても誰も死なさずに守ることができるだろうぜ」

 「だから、ギルドナイトってのは堅苦しいけどよ、結局はなってよかったぜ!」
 
 スベンはニッコリと笑った。

 「そうか……」

 だが、俺にはスベンが生き急いでいるように見えた。
 何故なら、いつもボロボロになって冒険者ギルドに戻ってきていたから。

 この蟠りはどう消化すればいいのだろうか……





 「んっ、朝か……」

 鉄格子のガチャガチャと言う音で俺の意識は覚醒した。
 布団もなく硬い石の上で寝たので、非常に寝覚めが悪い。
 頭がボーッとする中、俺はなんとか起き上がる。
 見張りが朝飯を持ってきたのだろう、と目を向ければそこには。

 「よう!相変わらずお前は寝起きが悪そうだなー!」

 スベンが牢屋を開けて入ってきながら話しかけてきた。
 朝から元気に動けるのは羨ましい限りだ。
 昨日とは違い、革鎧に外套のマントといった見慣れた冒険者姿だ。

 「お前は今日で釈放だ!出ていいぞー」

 「は?ちょっ、まっ…」

 俺は寝ぼけた頭の中で必死に思考する。
 今日で釈放な訳ないのだから。
 スベンはそんなことも露知らず俺の腕をガシッと掴んで走り出した。

 「お前に会いたいっていう人がいるんだ。さっさと行くぞー!!」

 「う、うわああああああ!?」

 スベンは笑いながら猛烈な勢いで走り出した。
 絶対わざとだろこいつ!
 俺はギュンギュンと景色が変わっていく様を視界に収めながら恐怖で叫び続けた。
 凄まじい勢いで流れていく鉄格子の流れを見ていたら、次は螺旋階段に差し掛かった。

 「ぐおおおお!?」

 俺の膝スレスレを階段が流れていく。
 擦れる、擦れるってえええええ!!

 「す、スベン!止まれええええ!!」

 俺の脳は完全に覚醒し、必死に叫んでスベンに訴えた。

 だが……

 「ぐはははは!!やなこった!!」

 幼い頃から全く変わらない暴君っぷりを発揮して、それを良しとしない。
 かなり楽しげな様子なのが非常に腹立つ。

 「ば、バカ野郎ぉぉぉぉおおお!!!!」

 縦に長い螺旋階段の空間に、悲鳴じみた俺の叫び声が響いた。
 ダダダッと駆け上がっていくスベン。
 あっという間に地上近くまで上がっていた。

 「さあ!そろそろ外だぞ!」

 スベンがいけしゃあしゃあと叫ぶが、そんなことはどうでもいい。

 「何でもいいから止まれえええええ!!」

 

 「うっ、眩しいな」

 ついに地下牢を抜け日の光を浴びた。
 暗闇から外に出たので、目に強烈な光を襲う。
 慣れるまできついな、これは。

 ここは、冒険者ギルド近くの広場だった。
 大通りに面しており目の前に人の流れがゾロゾロとあった。

 外に出たことでようやく失速するかと思いきや、スベンはさらに加速した。
 爆走するスベンとそれに引き摺られる俺は周囲の人々の目を引いた。

 「うわああああああ!?」  

 ぐんぐんと冒険者ギルドに近づいていく俺たち。

 「とおおおおおおう!!」
 「どわああああああ!?」

 ガシャアアアアン!!!

 そして、スベンは冒険者ギルドの上の階の窓へと飛び上がり、なんと窓ガラスを蹴破った。

 「しゃあああああ!!!」

 「うわああ!?」
 「ふぉおおおおお!?」
 「きゃああああああ!?」

 スベンの気合の乗った掛け声に、ここまで引き摺られた俺と中にいた女の子と老人の悲鳴。
 突然の侵入者に驚いた中にいた人は非常に驚いた様子だった。

 なんと、昨日会ったソフィアの姿もあった。
 今回ばかりは驚いたのか目を見開いて、端正な顔立ちの口元を押さえていた。

 その時、掴まれていた腕の感触が無くなり、その勢いのまま俺は床に転がった。

 「ギルドマスター!連れてきたぜー」

 スベンはそんな状況を気にした様子もなく元気にお茶の入ったコップをひっくり返し、頭にかぶった老人に話しかけた。

 ニカっと笑いピースサインのおまけ付きだ。

 ギルドマスターと呼ばれた老人は俯いてガタガタ震え始めた。
 震えと一緒にとても長い顎髭が揺れるので見ていて面白かったが、すぐにその考えも改まった。

 途端に老人から凄まじいオーラが溢れ出し、一瞬でこの空間を支配した。
 いつの間に取り出したのか、大きな杖を握っていた。
 体が圧迫されるような気迫と巨大津波のように感じられる魔力。
 魔力が収縮し、魔法が構築され始めた。

 「あっ、やべ!やっちった!」

 「バカ野郎おおおお!!」
 「スベン様何やってるんですか!!?」
 
 「ハハハハハ……」

 スベンがようやく事の重大さに気づいたのか、顔を青くし乾いた笑みを浮かべる。
 無神経なスベンの言葉にブチっと血管が切れる音。

 「あ、えーと、すみません!」


 「ーースベン!貴様、何故普通に入ってこないのじゃぁぁぁ!!」


 瞬間、ギルドマスターの怒号が響くと同時に巨大な爆発が起きた。


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