僕とあの娘

第０３章. ライブがはねたら

【猫】

　そして迎えた学園祭
ライブ当日、四畳半の狭い部屋で

夏よりも少し伸びた金髪を
いかにもバンドマン、って感じに逆立てて
会場となる大学に向かった。

例のスプレーの影響からか
他のメンバーからは「お前、髪が臭いよ」と
かなりひんしゅくを買ったけど

僕はこれで有香との約束は果たせたな、と
半ばホッとしていた。

しかし何で有香はあんなムキになって
髪を立たせるように仕向けたのだろう？

有香本人が望んでいる、と言うよりは
まるで誰かのために代弁したようにも思える

「ま、考えてわかるようなことじゃないか…」

そんな性格なのは何となくわかっていた。

ひとり、考えごとをしながら歩いていると
いつしか大学の正門前に着いていた。

ここをくぐると一気にお祭りムードになる。

個人的に祭りの喧騒は子供の頃から苦手だ
しかもこんなに目立ちやすい髪型をしている、

こそこそ逃げるように会場へと歩を進めた。


　僕たちのバンドのライブは夕方16時から、
しかも盛り上げ役となるオープニングアクト

聞こえはいいがいわゆる "前座" である。

ライブの持ち時間は約20分、
ここで次回も観に来てくれそうな
いわゆる固定ファンを掴まなければ

次回のライブでもまたチケットを
売りさばくのに苦慮することになる。

趣味感覚のようなサークルに見えるが、
実はその裏でなかなかシビアな世界が展開している。

　そんなライブ直前の独特な緊張感が漂う中
ライブに先だって別会場の28番教室で
ディスコのダンスパーティーが始まった。

レザージャケットに襟元や袖をカットしたTシャツ
ブラックスリムのジーンズに黒のロングブーツ…

明らかにこの格好の僕には不釣り合いな場所だ。

木陰で休憩でもしよう、と
ディスコ会場に背を向けてウロウロしていたら

「あ、ムラコウ見つけたー！」

声の先を振り返ると有香だった。

「お！雰囲気あるじゃない？やっぱりバンドマン！」

「そう？俺、普段からこんなだよ」

「…だよね？でさ、何かKATZEのボーカルの人みたい」


KATZEカッツェ…

それは昨日、学園祭初日にゲストで出演した
地元出身のバンドだった。

僕たちが通う大学のあるこの街では
バンド好きの人で彼らの名前を知らない人はいない

数年前いきなり上京宣言をしてこの街を去り
メジャーデビューして凱旋してきた

正に雲の上の存在、

そしてカリスマ的存在でもある
この『KATZE』のボーカリスト中村敦さんは…

僕と同じ名字でもあった。

有香や美波がすぐに僕の名前を覚えたのは
中村さんの恩恵にあやかったのかも知れない。

メジャーデビューしてアルバムを2枚出し
昨日は故郷で錦を飾った。

当然、僕も知っているバンドだし
高校の頃はカバーしたこともあるくらい
好きだった。

"夢の欠片でつけた 胸の傷さえ見えず
傷つけ傷つくだけの不器用な恋が終われば…♪"

ふとKATZEの曲を口づさんだ時
僕は何故か高校時代の大失恋を思い出した。

そう、竹橋たけはし沙弥香さやかの顔が
何故か頭に浮かんだのだった。