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【 花の章 】―弐―
204 帰京
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このまま広島へ残り、情報収集を続ける山崎さんと吉村さんに見送られながら、近藤さん、尾形さんとともに広島をあとにした。
新幹線も車もない旅は、来た時同様、数日をかけてようやくの帰京となるけれど、見慣れた景色が見えてくれば不思議と足取りは軽くなり、すぐにでも駆け出したくなる。
そんな私を察したかのように、近藤さんが大きな笑窪で苦笑した。
「春、先に行って帰還を伝えてきてくれ」
「はいっ!」
近藤さんの気遣いに甘え、返事をした時にはもう走り出していた。
屯所へつけば、すれ違う隊士全員に近藤さんの帰還を告げながら、真っ直ぐに部屋を目指して外廊下を走る。
そのままの勢いで最後の角も曲がれば、直後、ぼすっと音を立てて誰かにぶつかった。
「ッ! いったぁ……」
「おい」
まともにぶつけた鼻を押さえながら上向けば、私を受け止めた人の驚きに満ちた顔と目が合った。
「土方さんっ!!」
思わず抱きついてしまった。
およそ三ヶ月ぶりに見るその顔は、懐かしさのあまり無事に帰って来られたのだと実感出来たから、つい……。
とはいえ、いい年して幼すぎる行動に恥ずかしくなり、慌てて離れようとしたけれど、僅かに離れた身体はまたすぐにピタリとくっついた。
どういうわけか、土方さんの両腕が私の背中に回っていて、閉じ込められていた。
「えと……土方さん?」
「……おせぇんだよ、馬鹿」
「す、すみません……」
「毎度毎度、余計な心配ばっかりさせやがって……」
そこに関しては、ひたすら謝ることしか出来ないけれど……。今は、先に伝えたい言葉がある。
ちゃんと目を見て言いたくて、身動ぎしながら顔を上げた。至近距離で交わる視線は照れくさいけれど、溢れる嬉しさを隠すことなく笑顔に乗せた。
「ただいまです!」
「おう」
ほんの少し私を開放して、おかえり……と微笑むその言葉に、土方さんの後ろから聞こえた声が重なった。
「まるで親子の再会ですね~」
声の主は気配を消していたらしく、土方さんが少し慌てたように私を放して勢いよく振り返る。
つられて自由になった身体を傾けて見れば、土方さんの向こうからやって来た人物が、満面の笑みで私の頭をよしよしと撫でた。
「春くん、おかえりなさい」
「沖田さん! はい、ただいまです!」
「近藤さんも、もう戻りましたか?」
「あっ、そろそろです」
「じゃ、一緒に出迎えに行きますよ~」
そう言って私の手を取ると、返事も待たずに歩き出す。
私も一応、出迎えられる立場なのだけれど……ま、いっか。
自由気ままで猫のような沖田さんも、今にもため息をつきそうな顔で立ち尽くす土方さんも、改めて無事に帰って来れたのだと実感出来るから。
頬が緩むのを感じながら、大きな声で呼びかけた。
「土方さん、早くしないと近藤さん帰って来ちゃいますよ!」
「わかってる」
今行く、と結局はため息を一つこぼすも、どこか嬉しそうな顔で歩き出すのだった。
翌日の昼下がり。
暖かな陽気と青空の下、土方さんと一緒に首途八幡宮へお礼参りに行ったその帰り。
心なしか普段よりもゆっくりな土方さんの隣を歩きながら、昨日は早めに寝てしまい、あまり出来なかった話を今改めてする。
ちなみに、昨夜は屯所にいた幹部らの前で長州の様子について報告をした。
来たるべき時に向け着々と準備を進めていて、幕府軍よりも遥かに士気も高そうだったこと。
私が屯所を離れていたのは、一月下旬から四月中旬までのおよそ三ヶ月近く。
バカ杉晋作に会えばすぐ帰れると思っていただけに、想像以上に長くなってしまった滞在中の話をすれば、これでもかと眉間に皺が寄った。
「なめた真似しやがって」
「まさか、家まで用意してあるとは思いませんでした」
「全部奴らの思惑通りだったってわけか。気に入らねぇな」
確かに今思い出しても腹が立つけれど、その気になればあのまま留置くことも出来たのにそうしなかったことは、素直に感謝している。
美味しいものをたくさんご馳走してもらったことも報告するけれど、あれはきっと、バカ杉晋作なりの気遣いだったのだろう。
「なかでも、ふぐは絶品でした」
「河豚って、おまっ……はぁ!? 無鉄砲にもほどがあるだろうがっ!」
「さすがにもう食べませんよ! って、“てっぽう”にかけた駄洒落のつもりですか!?」
「ちげぇよ、馬鹿!」
そもそも私の時代では禁止もされていないし、お店でなら資格を持った人が捌いてくれて安心安全に食べられるのだと力説してみるものの、いまいちピンとこないのかため息とともにいつもの台詞が飛び出した。
「どんな生活してたんだよ……」
「ふぐを安心して食べられる生活です。あっ、でも高級魚扱いですけ――」
「うるせぇ! 河豚の話はもういい」
餌付けされてんじゃねぇ、と睨んでくるから、咄嗟におでこを隠して話題を変えた。
不満そうに舌打ちされた気がするけれど、どうやら屯所でも色々なことがあったらしい。
新選組が壬生浪士組だった頃からいる勘定方の河合耆三郎さんや、去年、江戸での募集で入隊したばかりの隊士が切腹をしたこと。
谷三兄弟長男の三十郎さんが祇園石段下で頓死し、それを受け次男の万太郎さんが脱退、大坂の道場経営に戻ったこと。
突然の訃報に落ちかけた視線を無理やり上げれば、そこに広がるのは晴れ渡る空だった。
同じように空を見上げた横顔が、嬉しい知らせもあるぞ、と苦笑する。
およそ一ヶ月前の三月の中旬、去年八月に内々で祝言を挙げた島田さんに、元気な男の子が生まれたのだと。
少し驚いたのは、まだ生まれて一ヶ月しか経っていないのにもう家督を譲ったこと。これで新選組の任務に専念出来る、みたいなことまで言っていたらしい。
脱走してしまう隊士も少なくない中、島田さんは新選組に骨を埋める覚悟でいるのかもしれない。
よっぽど新選組が好きで、隊士であることに誇りを持っているのだろうと思えば、何だか私まで嬉しくなった。
ところで……。
島田さんは土方さんより七つ上の数えで三十九才だけれど、たった一つ年上の近藤さんや伊東さんですらすでに結婚している。……と言っても、伊東さんはもう離縁してしまったけれど。
ちらりと土方さんを見やれば思いっきり睨み返された。
まだ口にはしていないのに、どうしてバレたのか!
それどころか、ふんと鼻で笑われた。
「俺の心配する前に自分の心配しろ」
「私はまだ二十一です」
「充分行き遅れてるじゃねぇか」
いやいやいや、遅れているどころか早いくらいだから!
私の時代ではまだまだ勉学に励む人もたくさんいるし、所帯を持っていない人の方が遥かに多い年齢だから!
……と訴えてみるものの、聞いているのかいないのか、土方さんがにやりと言い放つ。
「そんな成りして勇ましく刀まで振るってりゃ、誰も寄り付きゃしねぇか」
「おかげさまで、誰かさんと違って浮いた話の一つもありませんよーだ」
わざとらしく舌まで出してみせれば、またしても笑われた。
そりゃあね、いつかは好きな人と……そんな憧れはあるけれど。こればっかりは一人でどうにかなることではないし、好きな人すらいた試しがない私には、完全に憧れ止まりなわけで。
そもそもの話、こんな面倒で厄介な私を好きになる物好きがいるとは思えない。
だから……。
「このまま一人で生きていきます」
だいぶ幕末の生活にも慣れてきたことだし、何とかなるだろう。
無茶なことを言ったつもりはないのに、今度は呆れたようにため息をつかれた。
「前にも言っただろう。お前一人の面倒見てやるくらいどうってことねぇよ」
それは……こんな格好で新選組にいることに少なからず責任を感じている土方さんが、最後まで面倒をみるということだろうか。
世話焼きで、責任感の強い土方さんらしいとは思うけれど。何だかまるで、不出来な娘を持ってしまった父親みたいだ。
「おい。お前がどんな想像してるのかおおよそ見当がつくんだが……」
相変わらず、その目は何でもお見通しらしい。
とはいえ、やたら不満そうな顔は何でだろう? 心配しているのだろうか。
「安心してください。それなら老後の面倒はちゃんとみてあげま――」
「爺扱いすんじゃねぇ!」
「いえ、さすがにおじいちゃんは言い過ぎです。せめてお父――ッ!?」
「親父でもねぇよ、馬鹿餓鬼がっ!」
何だかよくわからないけれど、とてつもなく痛いデコピンが飛んできたのだった。
新幹線も車もない旅は、来た時同様、数日をかけてようやくの帰京となるけれど、見慣れた景色が見えてくれば不思議と足取りは軽くなり、すぐにでも駆け出したくなる。
そんな私を察したかのように、近藤さんが大きな笑窪で苦笑した。
「春、先に行って帰還を伝えてきてくれ」
「はいっ!」
近藤さんの気遣いに甘え、返事をした時にはもう走り出していた。
屯所へつけば、すれ違う隊士全員に近藤さんの帰還を告げながら、真っ直ぐに部屋を目指して外廊下を走る。
そのままの勢いで最後の角も曲がれば、直後、ぼすっと音を立てて誰かにぶつかった。
「ッ! いったぁ……」
「おい」
まともにぶつけた鼻を押さえながら上向けば、私を受け止めた人の驚きに満ちた顔と目が合った。
「土方さんっ!!」
思わず抱きついてしまった。
およそ三ヶ月ぶりに見るその顔は、懐かしさのあまり無事に帰って来られたのだと実感出来たから、つい……。
とはいえ、いい年して幼すぎる行動に恥ずかしくなり、慌てて離れようとしたけれど、僅かに離れた身体はまたすぐにピタリとくっついた。
どういうわけか、土方さんの両腕が私の背中に回っていて、閉じ込められていた。
「えと……土方さん?」
「……おせぇんだよ、馬鹿」
「す、すみません……」
「毎度毎度、余計な心配ばっかりさせやがって……」
そこに関しては、ひたすら謝ることしか出来ないけれど……。今は、先に伝えたい言葉がある。
ちゃんと目を見て言いたくて、身動ぎしながら顔を上げた。至近距離で交わる視線は照れくさいけれど、溢れる嬉しさを隠すことなく笑顔に乗せた。
「ただいまです!」
「おう」
ほんの少し私を開放して、おかえり……と微笑むその言葉に、土方さんの後ろから聞こえた声が重なった。
「まるで親子の再会ですね~」
声の主は気配を消していたらしく、土方さんが少し慌てたように私を放して勢いよく振り返る。
つられて自由になった身体を傾けて見れば、土方さんの向こうからやって来た人物が、満面の笑みで私の頭をよしよしと撫でた。
「春くん、おかえりなさい」
「沖田さん! はい、ただいまです!」
「近藤さんも、もう戻りましたか?」
「あっ、そろそろです」
「じゃ、一緒に出迎えに行きますよ~」
そう言って私の手を取ると、返事も待たずに歩き出す。
私も一応、出迎えられる立場なのだけれど……ま、いっか。
自由気ままで猫のような沖田さんも、今にもため息をつきそうな顔で立ち尽くす土方さんも、改めて無事に帰って来れたのだと実感出来るから。
頬が緩むのを感じながら、大きな声で呼びかけた。
「土方さん、早くしないと近藤さん帰って来ちゃいますよ!」
「わかってる」
今行く、と結局はため息を一つこぼすも、どこか嬉しそうな顔で歩き出すのだった。
翌日の昼下がり。
暖かな陽気と青空の下、土方さんと一緒に首途八幡宮へお礼参りに行ったその帰り。
心なしか普段よりもゆっくりな土方さんの隣を歩きながら、昨日は早めに寝てしまい、あまり出来なかった話を今改めてする。
ちなみに、昨夜は屯所にいた幹部らの前で長州の様子について報告をした。
来たるべき時に向け着々と準備を進めていて、幕府軍よりも遥かに士気も高そうだったこと。
私が屯所を離れていたのは、一月下旬から四月中旬までのおよそ三ヶ月近く。
バカ杉晋作に会えばすぐ帰れると思っていただけに、想像以上に長くなってしまった滞在中の話をすれば、これでもかと眉間に皺が寄った。
「なめた真似しやがって」
「まさか、家まで用意してあるとは思いませんでした」
「全部奴らの思惑通りだったってわけか。気に入らねぇな」
確かに今思い出しても腹が立つけれど、その気になればあのまま留置くことも出来たのにそうしなかったことは、素直に感謝している。
美味しいものをたくさんご馳走してもらったことも報告するけれど、あれはきっと、バカ杉晋作なりの気遣いだったのだろう。
「なかでも、ふぐは絶品でした」
「河豚って、おまっ……はぁ!? 無鉄砲にもほどがあるだろうがっ!」
「さすがにもう食べませんよ! って、“てっぽう”にかけた駄洒落のつもりですか!?」
「ちげぇよ、馬鹿!」
そもそも私の時代では禁止もされていないし、お店でなら資格を持った人が捌いてくれて安心安全に食べられるのだと力説してみるものの、いまいちピンとこないのかため息とともにいつもの台詞が飛び出した。
「どんな生活してたんだよ……」
「ふぐを安心して食べられる生活です。あっ、でも高級魚扱いですけ――」
「うるせぇ! 河豚の話はもういい」
餌付けされてんじゃねぇ、と睨んでくるから、咄嗟におでこを隠して話題を変えた。
不満そうに舌打ちされた気がするけれど、どうやら屯所でも色々なことがあったらしい。
新選組が壬生浪士組だった頃からいる勘定方の河合耆三郎さんや、去年、江戸での募集で入隊したばかりの隊士が切腹をしたこと。
谷三兄弟長男の三十郎さんが祇園石段下で頓死し、それを受け次男の万太郎さんが脱退、大坂の道場経営に戻ったこと。
突然の訃報に落ちかけた視線を無理やり上げれば、そこに広がるのは晴れ渡る空だった。
同じように空を見上げた横顔が、嬉しい知らせもあるぞ、と苦笑する。
およそ一ヶ月前の三月の中旬、去年八月に内々で祝言を挙げた島田さんに、元気な男の子が生まれたのだと。
少し驚いたのは、まだ生まれて一ヶ月しか経っていないのにもう家督を譲ったこと。これで新選組の任務に専念出来る、みたいなことまで言っていたらしい。
脱走してしまう隊士も少なくない中、島田さんは新選組に骨を埋める覚悟でいるのかもしれない。
よっぽど新選組が好きで、隊士であることに誇りを持っているのだろうと思えば、何だか私まで嬉しくなった。
ところで……。
島田さんは土方さんより七つ上の数えで三十九才だけれど、たった一つ年上の近藤さんや伊東さんですらすでに結婚している。……と言っても、伊東さんはもう離縁してしまったけれど。
ちらりと土方さんを見やれば思いっきり睨み返された。
まだ口にはしていないのに、どうしてバレたのか!
それどころか、ふんと鼻で笑われた。
「俺の心配する前に自分の心配しろ」
「私はまだ二十一です」
「充分行き遅れてるじゃねぇか」
いやいやいや、遅れているどころか早いくらいだから!
私の時代ではまだまだ勉学に励む人もたくさんいるし、所帯を持っていない人の方が遥かに多い年齢だから!
……と訴えてみるものの、聞いているのかいないのか、土方さんがにやりと言い放つ。
「そんな成りして勇ましく刀まで振るってりゃ、誰も寄り付きゃしねぇか」
「おかげさまで、誰かさんと違って浮いた話の一つもありませんよーだ」
わざとらしく舌まで出してみせれば、またしても笑われた。
そりゃあね、いつかは好きな人と……そんな憧れはあるけれど。こればっかりは一人でどうにかなることではないし、好きな人すらいた試しがない私には、完全に憧れ止まりなわけで。
そもそもの話、こんな面倒で厄介な私を好きになる物好きがいるとは思えない。
だから……。
「このまま一人で生きていきます」
だいぶ幕末の生活にも慣れてきたことだし、何とかなるだろう。
無茶なことを言ったつもりはないのに、今度は呆れたようにため息をつかれた。
「前にも言っただろう。お前一人の面倒見てやるくらいどうってことねぇよ」
それは……こんな格好で新選組にいることに少なからず責任を感じている土方さんが、最後まで面倒をみるということだろうか。
世話焼きで、責任感の強い土方さんらしいとは思うけれど。何だかまるで、不出来な娘を持ってしまった父親みたいだ。
「おい。お前がどんな想像してるのかおおよそ見当がつくんだが……」
相変わらず、その目は何でもお見通しらしい。
とはいえ、やたら不満そうな顔は何でだろう? 心配しているのだろうか。
「安心してください。それなら老後の面倒はちゃんとみてあげま――」
「爺扱いすんじゃねぇ!」
「いえ、さすがにおじいちゃんは言い過ぎです。せめてお父――ッ!?」
「親父でもねぇよ、馬鹿餓鬼がっ!」
何だかよくわからないけれど、とてつもなく痛いデコピンが飛んできたのだった。
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