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二人の約束
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他サイトでですが、本編の投稿開始3周年に合わせた記念投稿です。
楽しんでいただけましたら幸いです。
* * * * *
――文久三年、一月中旬。
上洛を来月に控え、多摩での挨拶参りを済ませて試衛館へと戻る道すがら、一緒に出向いた総司が俺の袖を引っ張った。
「見ました!? 今、魚が跳ねましたよ~」
そう言って指をさすのは、今さっき渡り終えたばかりの多摩川だ。
魚が跳ねたくらいではしゃぐあたり、こいつもまだまだ餓鬼みてぇだと思えば無邪気に覗き込んでくる。
「あれ獲って帰ったら、今晩のおかずの足しになりますよね?」
「釣り道具なんざ持ってきてねぇぞ」
「問題ないですよ~」
そう言うと、総司は俺の腕を引っ張り川縁へと歩を進める。
さっきよりも邪気に満ちた笑顔を向けたかと思えば、大げさに首を傾げた。
「ほら、いつでしたっけ~。釣りしてたら女性が寄って来たとか何とか、やたら自慢げにほざ……困ったって言ってたじゃないですか~」
「おい……」
言い間違えたふりしてさらっと毒づくんじゃねぇ。
いったいいつの話だ。
「あ、また跳ねた!」
「あぁ? ……ったく、いつまでたっても中身は宗次郎だな」
皮肉を込めて幼名を口にしてやれば、総司が俺の腕を更に強く掴む。
こんな所で油売ってねぇでとっとと帰りたいんだが。
「歳さんの魅力があれば、魚も寄ってくるかもしれませんよ~?」
「は?」
「試しにちょっと入ってみてください!」
「はぁ!? って、おい、総司っ!!」
さっきまで俺の腕を掴んでいたはずの手で勢いよく背中を押され、危うく川へ突っ込みかけた。
が、俺を既の所で引き戻したのも総司だった。
反動で揃って尻をつけば、隣でケラケラと笑い出す。
「もう、僕まで巻き込まないでくださいよ~」
「お前のせいだろうが!」
「いつまでも僕を子供扱いする歳さんがいけないんですよ~?」
そういうとこが餓鬼だと言ってるんだが……。
余りにも楽しそうに大笑いしやがるから、腹を立てるのも馬鹿らしくなりそのまま寝そべった。
同じように足を投げ出して寝転ぶ総司が、やれ饅頭だのやれ欠けた煎餅だの、雲を指さし同意を求めてくるから適当に相槌を打つ。
「ねぇ、歳さん」
「ん」
「京へ行くの楽しみですね~」
「ああ」
将軍警護が目的とは言え、今や天誅などと称した人斬りが跋扈する京へ行くんだ。功績が認められれば、幕臣に取り立ててもらえるという話もある。
「おいしい甘味がたくさんありそうですしね~」
「何だ、食いもんの話か。そりゃあるだろうよ」
……ったく、遊びに行くわけじゃねぇんだけどな。
「ねぇ、歳さん」
「ん」
「京で名をあげたいですか~?」
「そりゃあな」
男なら、この天下の一大事にどこまでやれるか試してみてぇじゃねぇか。
「近藤さんも、良い機会だって張り切ってましたしね~」
「そういうお前はどうなんだ? その気になりゃあ、近藤さんですら軽く越えていけるだろう」
「何言ってるんです。まぁ、歳さんが相手なら余裕ですけどね~?」
うるせ、と総司の頭を小突けば再びケラケラと笑い出す。
「僕は、おいしい甘味と剣術があればそれでいいです」
「お前らしいな」
「どういう意味です、それ~」
ふくれっ面しているであろう不満気な声のあと、ひょいと起き上がった総司は片手を後ろにつき、もう一方の手は雲でも掴むかのように天に掲げた。
「ねぇ、歳さん」
「ん?」
「歳さんも近藤さんも、武士になりたいんですよね?」
「まぁな」
「じゃあ、いつか歳さんが武士になったら、僕らで近藤さんを大名にしてあげるなんてどうです?」
「そいつはまた随分と大きく出たな」
将軍と言い出さなかっただけマシか?
それでも充分突飛な言葉に吹き出せば、総司は餓鬼みてぇな笑顔で振り向いた。
「約束ですよ?」
「わかったわかった」
「それじゃあ、まずは歳さんが武士になれるよう、僕も力を尽くしますね」
ついと視線を逸らした。
いつもひねくれてるくせに、時折、前触れもなく見せる真っ直ぐなその目は眩しくてかなわねぇ。
「歳さん?」
「何でもねぇよ」
ったく、素直じゃねぇのはお互い様か。
俺も起き上がり、満面の笑みで応えてやる。
「精々励めよ、宗次郎」
「ああ、また~」
そうやって、いちいち反応するところだよ。
まぁこいつの場合、全部わかったうえでやってそうだがな。
「土方さん」
「何だ、急に」
「ほら、いつか近藤さんがお殿様になったら、僕らは家臣として支えてあげるわけじゃないですか? ちゃんと“土方さん”て呼んであげないと、土方さんの威厳が保てそうにないじゃないですか~」
「余計なお世話だ、馬鹿野郎」
何がそんなにおかしいのか、総司は笑いを収めることなく言葉を次ぐ。
「それに、あれですよ。としさ……土方さんは僕よりもずっと年上ですからね。年長者は敬わないといけないですし~」
「てめっ。七つしか違わねぇだろうが」
「七つもですよ~」
「んなこと言ったら、俺より一つ上の近藤さんはどうすんだ。よっぽど爺じゃねぇか」
「嫌だな~。近藤さんは土方さんと違って徳がありますからね。年なんて関係ないんですよ。誰かさんと違ってフラフラもしてないですし~」
相変わらず口の減らねぇ奴め。
だが……。
「多摩の農民から大名誕生……か。すげぇ話になりそうだな」
「子供っぽいとか思ってます~?」
「宗次郎の気のせいだろ」
「ほら、また~」
不満をもらしながらもケラケラ笑う総司が、一足先に立ち上がるなり、西日を背に眩しい笑みで振り返った。
「約束ですよ、土方さん」
「……ああ」
楽しんでいただけましたら幸いです。
* * * * *
――文久三年、一月中旬。
上洛を来月に控え、多摩での挨拶参りを済ませて試衛館へと戻る道すがら、一緒に出向いた総司が俺の袖を引っ張った。
「見ました!? 今、魚が跳ねましたよ~」
そう言って指をさすのは、今さっき渡り終えたばかりの多摩川だ。
魚が跳ねたくらいではしゃぐあたり、こいつもまだまだ餓鬼みてぇだと思えば無邪気に覗き込んでくる。
「あれ獲って帰ったら、今晩のおかずの足しになりますよね?」
「釣り道具なんざ持ってきてねぇぞ」
「問題ないですよ~」
そう言うと、総司は俺の腕を引っ張り川縁へと歩を進める。
さっきよりも邪気に満ちた笑顔を向けたかと思えば、大げさに首を傾げた。
「ほら、いつでしたっけ~。釣りしてたら女性が寄って来たとか何とか、やたら自慢げにほざ……困ったって言ってたじゃないですか~」
「おい……」
言い間違えたふりしてさらっと毒づくんじゃねぇ。
いったいいつの話だ。
「あ、また跳ねた!」
「あぁ? ……ったく、いつまでたっても中身は宗次郎だな」
皮肉を込めて幼名を口にしてやれば、総司が俺の腕を更に強く掴む。
こんな所で油売ってねぇでとっとと帰りたいんだが。
「歳さんの魅力があれば、魚も寄ってくるかもしれませんよ~?」
「は?」
「試しにちょっと入ってみてください!」
「はぁ!? って、おい、総司っ!!」
さっきまで俺の腕を掴んでいたはずの手で勢いよく背中を押され、危うく川へ突っ込みかけた。
が、俺を既の所で引き戻したのも総司だった。
反動で揃って尻をつけば、隣でケラケラと笑い出す。
「もう、僕まで巻き込まないでくださいよ~」
「お前のせいだろうが!」
「いつまでも僕を子供扱いする歳さんがいけないんですよ~?」
そういうとこが餓鬼だと言ってるんだが……。
余りにも楽しそうに大笑いしやがるから、腹を立てるのも馬鹿らしくなりそのまま寝そべった。
同じように足を投げ出して寝転ぶ総司が、やれ饅頭だのやれ欠けた煎餅だの、雲を指さし同意を求めてくるから適当に相槌を打つ。
「ねぇ、歳さん」
「ん」
「京へ行くの楽しみですね~」
「ああ」
将軍警護が目的とは言え、今や天誅などと称した人斬りが跋扈する京へ行くんだ。功績が認められれば、幕臣に取り立ててもらえるという話もある。
「おいしい甘味がたくさんありそうですしね~」
「何だ、食いもんの話か。そりゃあるだろうよ」
……ったく、遊びに行くわけじゃねぇんだけどな。
「ねぇ、歳さん」
「ん」
「京で名をあげたいですか~?」
「そりゃあな」
男なら、この天下の一大事にどこまでやれるか試してみてぇじゃねぇか。
「近藤さんも、良い機会だって張り切ってましたしね~」
「そういうお前はどうなんだ? その気になりゃあ、近藤さんですら軽く越えていけるだろう」
「何言ってるんです。まぁ、歳さんが相手なら余裕ですけどね~?」
うるせ、と総司の頭を小突けば再びケラケラと笑い出す。
「僕は、おいしい甘味と剣術があればそれでいいです」
「お前らしいな」
「どういう意味です、それ~」
ふくれっ面しているであろう不満気な声のあと、ひょいと起き上がった総司は片手を後ろにつき、もう一方の手は雲でも掴むかのように天に掲げた。
「ねぇ、歳さん」
「ん?」
「歳さんも近藤さんも、武士になりたいんですよね?」
「まぁな」
「じゃあ、いつか歳さんが武士になったら、僕らで近藤さんを大名にしてあげるなんてどうです?」
「そいつはまた随分と大きく出たな」
将軍と言い出さなかっただけマシか?
それでも充分突飛な言葉に吹き出せば、総司は餓鬼みてぇな笑顔で振り向いた。
「約束ですよ?」
「わかったわかった」
「それじゃあ、まずは歳さんが武士になれるよう、僕も力を尽くしますね」
ついと視線を逸らした。
いつもひねくれてるくせに、時折、前触れもなく見せる真っ直ぐなその目は眩しくてかなわねぇ。
「歳さん?」
「何でもねぇよ」
ったく、素直じゃねぇのはお互い様か。
俺も起き上がり、満面の笑みで応えてやる。
「精々励めよ、宗次郎」
「ああ、また~」
そうやって、いちいち反応するところだよ。
まぁこいつの場合、全部わかったうえでやってそうだがな。
「土方さん」
「何だ、急に」
「ほら、いつか近藤さんがお殿様になったら、僕らは家臣として支えてあげるわけじゃないですか? ちゃんと“土方さん”て呼んであげないと、土方さんの威厳が保てそうにないじゃないですか~」
「余計なお世話だ、馬鹿野郎」
何がそんなにおかしいのか、総司は笑いを収めることなく言葉を次ぐ。
「それに、あれですよ。としさ……土方さんは僕よりもずっと年上ですからね。年長者は敬わないといけないですし~」
「てめっ。七つしか違わねぇだろうが」
「七つもですよ~」
「んなこと言ったら、俺より一つ上の近藤さんはどうすんだ。よっぽど爺じゃねぇか」
「嫌だな~。近藤さんは土方さんと違って徳がありますからね。年なんて関係ないんですよ。誰かさんと違ってフラフラもしてないですし~」
相変わらず口の減らねぇ奴め。
だが……。
「多摩の農民から大名誕生……か。すげぇ話になりそうだな」
「子供っぽいとか思ってます~?」
「宗次郎の気のせいだろ」
「ほら、また~」
不満をもらしながらもケラケラ笑う総司が、一足先に立ち上がるなり、西日を背に眩しい笑みで振り返った。
「約束ですよ、土方さん」
「……ああ」
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