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第五十四章
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圭は、意志の強い瞳を涼介に向けた。
「無理です。
貴方だって分かるでしょう? 私がその条件を呑むとして、隼人や山上先生をどう説得すればいいのですか?」
「二人だけなの?」
「え?」
「圭の傍には、僕の知らない男がもう一人、増えてるんじゃないの? フリーライターだっけ?」
圭はなにかを考えている様子だった。なぜ、勇一郎を知っているのかを分析しているのだろう。涼介の知識のほとんどは、緑がもたらしたもの。しかし、緑といえど、圭の身の回りを全て知っているわけではない。
一分もしない内に、圭は合点のいった様子で笑った。
「刑事から聞いたのですね。中里さんは深谷徹の第一発見者。私は、深谷を知っている人物を聞かれて、貴方の名前も出しました。刑事が訪れていても不思議はありませんものね」
「第一発見者が圭とあの男なら、理解できるんだ。あるいは、山上とかね。でも、僕の知らない名前の人間だった。
当然、深谷徹の所には、二度と関わり合わないよう約束させるために行ったんだろう? だとすればその場にいたのは、それなりに事情を知っている人間で無ければならない。
僕は悔しいんだ。僕の知らない間に知らない人間が圭に近づいている。山上の奥さんだからって、いきなり家に行っても許されるなんて、ずるいよ」
「私を殺したいのですか?」
言葉とは裏腹に、圭の目は穏やかだった。
「分からないんだ。僕は、圭を抱きたいのか、殺したいのか、それとも、近くに繋ぎ止めるだけで満足なのか、それすら分からなくなっちゃったんだ」
ポケットの中で、スマートフォンが震えた。着信を告げている。画面には、長瀬隼人。と、表示されていた。
圭は相変わらずだった。脱いだジャケットのポケットにスマートフォンを入れたまま、席を離れる無防備さ。
「ちょっと、ごめん」
涼介は席を立つと、店の隅に移動した。スマートフォンが圭から見えないような角度で立つと、通話に切り替える。
『圭! 今すぐ帰って来い!』
隼人の怒鳴り声が頭に響いた。
「どうしたの? 長瀬さん」
涼介があの頃と変わらぬ口調で問いかけると、隼人は絶句したらしかった。
『水野君……どうして君が……』
「約束を破ったね。どうして圭から目を離したりしたの?
もう、圭は僕の手の中。諦めて」
隼人はまだ、なにか怒鳴っていたが、無視する。ついでに電源も切っておいた。
「ごめんね。
ねぇ、圭、今日は誰にも内緒で来たんでしょう? だったらこのまま、二人でどこかに行こうよ」
「駆け落ちのお誘いですか?」
「そう」
「お断りします。
ここに来たのは賭けでした」
圭はポケットから、革の栞を取り出し、テーブルの上に置いた。
「本当なら、相談すべきだったのですが、私には貴方を信じたい気持ちもあった。私の考え通り、貴方が罪を重ねているのならば、せめて自首して欲しかった。
考えてみれば、愚かな考えですよね。
私と二人だけで会いたいのならば、電話を掛けるという方法もある。引っ越して間もないのだから、以前の住所に送れば、手紙だって届く。そんな当たり前の方法では無く、わざわざ、私が大事に思っている、それも、力の弱い人達を調べて接触を図る時点で、悪意が存在するのに、私は貴方を信じたいと……」
「圭は相変わらずお坊ちゃんだよね」
「貴方は私を憎んでいたのでしょう?」
思いも寄らぬ言葉に、涼介は少なからず驚かせられた。
「おそらく、私の私生活を知ってから、貴方は私を慕う反面、憎んでいた」
「どういう理由で?」
「私が常に、隼人と山上先生に守られていたから。
誰からも守られなかった貴方は、二人の大人に守られる私を羨み、憎んでさえいた。
でも、過去を告白した際、人を殺めた過去に拘らない私の態度に、貴方は執着し始めた。
だから、西島さんを殺したのでしょう?
西島武からの愛情を求めながらも、得られなかった貴方は、ずっと、西島武に執着し続けた。
しかし、私に対して執着の矛先を変えた為、西島武と別れる必要があった。
貴方の愛は、血生臭い行為が付き纏う。
一度殺し、別れたはずの西島武は、西島明として貴方を惑わせた。
断ち切れない西島武への思いに、貴方はさぞかし、苦しんだことでしょうね」
やっぱり。心の中で呟く。やっぱり圭は、誰よりも僕の気持ちを理解してくれる。と。
「武の名前を知った時、初めて本気で忘れられると思ったんだ。なんて言えばいいのかな。なにか一つでも謎があると、いつまでも気になるものでしょう?
僕はいつまでもあいつが忘れられないのに、あいつは最期まで、僕を知ろうとはしなかった。永遠の片思いかな。
僕が愛を欲しても、相手は僕に愛をくれない。くれるのは、僕がなんとも思っていない人間ばかり」
涼介は、バッグの中から折りたたみナイフを取り出し、テーブルの上に置いた。
「無理です。
貴方だって分かるでしょう? 私がその条件を呑むとして、隼人や山上先生をどう説得すればいいのですか?」
「二人だけなの?」
「え?」
「圭の傍には、僕の知らない男がもう一人、増えてるんじゃないの? フリーライターだっけ?」
圭はなにかを考えている様子だった。なぜ、勇一郎を知っているのかを分析しているのだろう。涼介の知識のほとんどは、緑がもたらしたもの。しかし、緑といえど、圭の身の回りを全て知っているわけではない。
一分もしない内に、圭は合点のいった様子で笑った。
「刑事から聞いたのですね。中里さんは深谷徹の第一発見者。私は、深谷を知っている人物を聞かれて、貴方の名前も出しました。刑事が訪れていても不思議はありませんものね」
「第一発見者が圭とあの男なら、理解できるんだ。あるいは、山上とかね。でも、僕の知らない名前の人間だった。
当然、深谷徹の所には、二度と関わり合わないよう約束させるために行ったんだろう? だとすればその場にいたのは、それなりに事情を知っている人間で無ければならない。
僕は悔しいんだ。僕の知らない間に知らない人間が圭に近づいている。山上の奥さんだからって、いきなり家に行っても許されるなんて、ずるいよ」
「私を殺したいのですか?」
言葉とは裏腹に、圭の目は穏やかだった。
「分からないんだ。僕は、圭を抱きたいのか、殺したいのか、それとも、近くに繋ぎ止めるだけで満足なのか、それすら分からなくなっちゃったんだ」
ポケットの中で、スマートフォンが震えた。着信を告げている。画面には、長瀬隼人。と、表示されていた。
圭は相変わらずだった。脱いだジャケットのポケットにスマートフォンを入れたまま、席を離れる無防備さ。
「ちょっと、ごめん」
涼介は席を立つと、店の隅に移動した。スマートフォンが圭から見えないような角度で立つと、通話に切り替える。
『圭! 今すぐ帰って来い!』
隼人の怒鳴り声が頭に響いた。
「どうしたの? 長瀬さん」
涼介があの頃と変わらぬ口調で問いかけると、隼人は絶句したらしかった。
『水野君……どうして君が……』
「約束を破ったね。どうして圭から目を離したりしたの?
もう、圭は僕の手の中。諦めて」
隼人はまだ、なにか怒鳴っていたが、無視する。ついでに電源も切っておいた。
「ごめんね。
ねぇ、圭、今日は誰にも内緒で来たんでしょう? だったらこのまま、二人でどこかに行こうよ」
「駆け落ちのお誘いですか?」
「そう」
「お断りします。
ここに来たのは賭けでした」
圭はポケットから、革の栞を取り出し、テーブルの上に置いた。
「本当なら、相談すべきだったのですが、私には貴方を信じたい気持ちもあった。私の考え通り、貴方が罪を重ねているのならば、せめて自首して欲しかった。
考えてみれば、愚かな考えですよね。
私と二人だけで会いたいのならば、電話を掛けるという方法もある。引っ越して間もないのだから、以前の住所に送れば、手紙だって届く。そんな当たり前の方法では無く、わざわざ、私が大事に思っている、それも、力の弱い人達を調べて接触を図る時点で、悪意が存在するのに、私は貴方を信じたいと……」
「圭は相変わらずお坊ちゃんだよね」
「貴方は私を憎んでいたのでしょう?」
思いも寄らぬ言葉に、涼介は少なからず驚かせられた。
「おそらく、私の私生活を知ってから、貴方は私を慕う反面、憎んでいた」
「どういう理由で?」
「私が常に、隼人と山上先生に守られていたから。
誰からも守られなかった貴方は、二人の大人に守られる私を羨み、憎んでさえいた。
でも、過去を告白した際、人を殺めた過去に拘らない私の態度に、貴方は執着し始めた。
だから、西島さんを殺したのでしょう?
西島武からの愛情を求めながらも、得られなかった貴方は、ずっと、西島武に執着し続けた。
しかし、私に対して執着の矛先を変えた為、西島武と別れる必要があった。
貴方の愛は、血生臭い行為が付き纏う。
一度殺し、別れたはずの西島武は、西島明として貴方を惑わせた。
断ち切れない西島武への思いに、貴方はさぞかし、苦しんだことでしょうね」
やっぱり。心の中で呟く。やっぱり圭は、誰よりも僕の気持ちを理解してくれる。と。
「武の名前を知った時、初めて本気で忘れられると思ったんだ。なんて言えばいいのかな。なにか一つでも謎があると、いつまでも気になるものでしょう?
僕はいつまでもあいつが忘れられないのに、あいつは最期まで、僕を知ろうとはしなかった。永遠の片思いかな。
僕が愛を欲しても、相手は僕に愛をくれない。くれるのは、僕がなんとも思っていない人間ばかり」
涼介は、バッグの中から折りたたみナイフを取り出し、テーブルの上に置いた。
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