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第二十五章
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圭と隼人の住んでいた部屋には、カーテンが下がっていない。ポストを確認したが、名前が消されていた。良いタイミングで階段から降りてきたマンションの住人に聞いてみると、一月前に出て行った。とのこと。
一月前と言えば、涼介が東京に帰って来た頃と一致する。
(僕が帰ってきたと、知るわけが無い。偶然か)
圭と別れて二年九ヶ月。一月前まで住んでいた事の方が不思議か。
(まぁいい。圭に会うならもう一つ方法があるんだからね)
高校時代の習慣が続いていれば。であるが。
変わっていないだろうと思った。圭はあの頃と変わっていない。
もし、涼介が東京に戻っていることを知ったとしても、誰にも言わず、穏やかに暮らせるよう諮ってくれるだろうとも。
引っ越したと教えてくれた男が、じっと涼介を見つめている。
涼介は男の方に向くと、会釈をした。笑顔で。男が顔を赤くしたのがわかった。
駅に向かう。長めのスカートがふくらはぎの辺りでヒラヒラしているのが、可愛らしいと思った。
間近で見ても、男とは気付かれなかった事に気を良くして、涼介は次に、立花総合病院に行ってみることにした。隼人に会う可能性もあるが、まさか、涼介が女装してうろついているとは思うまい。
若い子にありがちな、金に近い茶色に染めたウィッグをつけているから、印象はかなり変わっている。
スマートフォンを取り出し、時間を確認する。まだ昼前。慌てなくても良い。
背後から、車がゆっくりと近づき、横付けした。
「どこ行くの? 送ってあげようか?」
さっきの男だった。よほど気に入られたらしい。
「ありがとうございます。でも、大丈夫。彼と駅で待ち合わせしてるから」
彼と言えば、さすがにしつこくはできなくなったのだろう。迂闊なことをすれば、男同士のけんかに発展する可能性があるのだ。そう。じゃぁ、気を付けて。と、逃げるように走って行ってしまった。
「あ、昼ご飯奢らせればよかった。
いや、車持ってる奴じゃ、奢らせるだけじゃすまないか。ホテルに連れ込まれちゃったら、危ないもんね、あの男」
こそりと心の中で笑って、駅に向かった。
久しぶりに使うと、スマートフォンの便利さが身に染みる。事件以降、通話機能しかない携帯電話しか持たされていない。ポジティブからネガティブまで調べ物が可能で、不特定多数と繋がれるスマートフォンは、持つことを禁じられている。
六月に戻って来てから、ほとんど家から出なかった。まずは、家族の信頼を得る必要があったのだ。家族の誰かと一緒に図書館へ出掛け、本を借りては名作と呼ばれる物を読みあさっていた。
ようやく一昨日、一人で出掛ける事が許されたのだが、涼介はしおらしく、本当にいいの? と、何度も確認した。僕が外に出ても、皆に迷惑は掛からない?
父親は答えた。心配しなくてもいい。お前は自分の考えで出掛ける自由があるのだから。と。
自由とは言っても、涼介は小学生の小遣い程度の金額しか持っていない。涼介自身が、貰った小遣いの八割を母親に預けたのだ。必要になったら言うから。と。
外出はせいぜい図書館と散歩程度の小遣いしか持たない涼介は、家族にとって不安の要素が極めて少ない存在となったことだろう。
では、こうして出掛ける為の資金と、スマートフォンはどうやって手に入れたのか?
精神病院では、多くのスタッフと親しくしていたが、中でも精神科医の一人が、涼介に対して並々ならぬ興味を示しているのに気付いた。てっきり、涼介の過去を知っているものと思っていたが、その医師は全く知らなかった。担当医以外がカルテを読むのは、違反だと言った。
話をしている内に、医師が涼介に恋愛感情を持っていると気付いた。だから、こう言った。僕は人を殺した。と言うことになっている。と。
涼介は医師を言葉巧みに、東京に行かせることに成功した。できる限り圭に近い場所に潜り込ませることもできた。
連絡を取り合うためのスマートフォンと、時々渡される小遣いは、涼介の行動範囲を広げた。
涼介は続けた。明を殺したのは圭だった。圭は殺した後、僕に連絡をしてきた。僕は圭を助けたかった。自分の一生をだめにしても。
初めて足を踏み入れた立花総合病院では、まっすぐ内科を目指した。女性看護師の名札を確認し、山上を見付ける。明るい笑顔に好感が持てる。山上には似合いだと思った。
確認が済むと、急いで病院を後にした。うっかり隼人と会ってしまったら大変だ。涼介が東京にいると知れれば、隼人はどんな行動に出るか。まず、圭に会うことは叶うまい。
初めて隼人を見た時から、ずっと、憎んでいたような気がする。隼人はなにも悪くないはずだけど、圭を独り占めしているのは、ずるいとずっと思い続けている。
隼人から圭を奪い取れば、どんなに気持ち良いだろう。しかし、圭が簡単に心変わりするとは思えない。そんな人間であれば涼介も、執着したりはしなかった。
圭を殺したならば、隼人は容易く犯罪者になるだろう。
「僕が、圭と無理心中したら、あいつ、どうなっちゃうんだろう」
この思いつきは涼介を静かに興奮させ、しばらくは妄想で楽しめそうだと、ほくそ笑んだ。
一月前と言えば、涼介が東京に帰って来た頃と一致する。
(僕が帰ってきたと、知るわけが無い。偶然か)
圭と別れて二年九ヶ月。一月前まで住んでいた事の方が不思議か。
(まぁいい。圭に会うならもう一つ方法があるんだからね)
高校時代の習慣が続いていれば。であるが。
変わっていないだろうと思った。圭はあの頃と変わっていない。
もし、涼介が東京に戻っていることを知ったとしても、誰にも言わず、穏やかに暮らせるよう諮ってくれるだろうとも。
引っ越したと教えてくれた男が、じっと涼介を見つめている。
涼介は男の方に向くと、会釈をした。笑顔で。男が顔を赤くしたのがわかった。
駅に向かう。長めのスカートがふくらはぎの辺りでヒラヒラしているのが、可愛らしいと思った。
間近で見ても、男とは気付かれなかった事に気を良くして、涼介は次に、立花総合病院に行ってみることにした。隼人に会う可能性もあるが、まさか、涼介が女装してうろついているとは思うまい。
若い子にありがちな、金に近い茶色に染めたウィッグをつけているから、印象はかなり変わっている。
スマートフォンを取り出し、時間を確認する。まだ昼前。慌てなくても良い。
背後から、車がゆっくりと近づき、横付けした。
「どこ行くの? 送ってあげようか?」
さっきの男だった。よほど気に入られたらしい。
「ありがとうございます。でも、大丈夫。彼と駅で待ち合わせしてるから」
彼と言えば、さすがにしつこくはできなくなったのだろう。迂闊なことをすれば、男同士のけんかに発展する可能性があるのだ。そう。じゃぁ、気を付けて。と、逃げるように走って行ってしまった。
「あ、昼ご飯奢らせればよかった。
いや、車持ってる奴じゃ、奢らせるだけじゃすまないか。ホテルに連れ込まれちゃったら、危ないもんね、あの男」
こそりと心の中で笑って、駅に向かった。
久しぶりに使うと、スマートフォンの便利さが身に染みる。事件以降、通話機能しかない携帯電話しか持たされていない。ポジティブからネガティブまで調べ物が可能で、不特定多数と繋がれるスマートフォンは、持つことを禁じられている。
六月に戻って来てから、ほとんど家から出なかった。まずは、家族の信頼を得る必要があったのだ。家族の誰かと一緒に図書館へ出掛け、本を借りては名作と呼ばれる物を読みあさっていた。
ようやく一昨日、一人で出掛ける事が許されたのだが、涼介はしおらしく、本当にいいの? と、何度も確認した。僕が外に出ても、皆に迷惑は掛からない?
父親は答えた。心配しなくてもいい。お前は自分の考えで出掛ける自由があるのだから。と。
自由とは言っても、涼介は小学生の小遣い程度の金額しか持っていない。涼介自身が、貰った小遣いの八割を母親に預けたのだ。必要になったら言うから。と。
外出はせいぜい図書館と散歩程度の小遣いしか持たない涼介は、家族にとって不安の要素が極めて少ない存在となったことだろう。
では、こうして出掛ける為の資金と、スマートフォンはどうやって手に入れたのか?
精神病院では、多くのスタッフと親しくしていたが、中でも精神科医の一人が、涼介に対して並々ならぬ興味を示しているのに気付いた。てっきり、涼介の過去を知っているものと思っていたが、その医師は全く知らなかった。担当医以外がカルテを読むのは、違反だと言った。
話をしている内に、医師が涼介に恋愛感情を持っていると気付いた。だから、こう言った。僕は人を殺した。と言うことになっている。と。
涼介は医師を言葉巧みに、東京に行かせることに成功した。できる限り圭に近い場所に潜り込ませることもできた。
連絡を取り合うためのスマートフォンと、時々渡される小遣いは、涼介の行動範囲を広げた。
涼介は続けた。明を殺したのは圭だった。圭は殺した後、僕に連絡をしてきた。僕は圭を助けたかった。自分の一生をだめにしても。
初めて足を踏み入れた立花総合病院では、まっすぐ内科を目指した。女性看護師の名札を確認し、山上を見付ける。明るい笑顔に好感が持てる。山上には似合いだと思った。
確認が済むと、急いで病院を後にした。うっかり隼人と会ってしまったら大変だ。涼介が東京にいると知れれば、隼人はどんな行動に出るか。まず、圭に会うことは叶うまい。
初めて隼人を見た時から、ずっと、憎んでいたような気がする。隼人はなにも悪くないはずだけど、圭を独り占めしているのは、ずるいとずっと思い続けている。
隼人から圭を奪い取れば、どんなに気持ち良いだろう。しかし、圭が簡単に心変わりするとは思えない。そんな人間であれば涼介も、執着したりはしなかった。
圭を殺したならば、隼人は容易く犯罪者になるだろう。
「僕が、圭と無理心中したら、あいつ、どうなっちゃうんだろう」
この思いつきは涼介を静かに興奮させ、しばらくは妄想で楽しめそうだと、ほくそ笑んだ。
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