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第十五章

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 新学期の始まった当初は、精神的な疲れのために休みが多く、どうなることかと心配したが、人との関わりを諦めることでどうにか落ち着き、夏休みを迎えた。
 「幸の奴、夏休みだからって、家庭教師を週二回にしろって」
 土曜日の夜、一月前に自宅アパートに戻った山上を呼び出して、隼人はお気に入りのカフェで、可愛い姪の愚痴をこぼしていた。
「良いじゃないか。仲良くしてくれりゃ、君だって嬉しいだろう」
「嬉しいけどさぁ」
「まさか、幸子ちゃんが麻上を狙ってるなんて思っちゃいないだろう?」
「思っちゃいないさ。
 けどね、なんていうか、うん、なんていうか」
「相変わらず嫉妬深いな」
 さらりと言ってのけると、フルーツパフェを平らげた。
「自覚してるよ。でも、人間簡単には変わらないものだからなぁ」
「自分以外の人間の為に、麻上が一生懸命になってるのが気に入らないんだろう? 可愛い姪なんだから、心を広く持てよ」
 メニューを広げて、アイスコーヒーを追加する。隼人はついでに桃のタルトを頼んだ。
「君はうまくいってるみたいでなによりだね」
  山上は笑顔で、唇を指先で触れる。
「おかげさまで。今日、久しぶりにデートだったんだよ。お昼だけだったけど」
「お昼だけ?」
「夕方から彼女、看護学校時代の友達と食事の予定が入ってたからね。だから、それまでの時間、会ってたんだ」
 もしも圭が、友達と約束があるからそれまでの時間、お茶でも。等と言われたなら、嬉しいよりも先に、嫉妬するに違いなかった。
 隼人も山上も自分の性格に対して、相応しい相手を選んでいたのだろう。
「君は気付いていないだろうけどね、デートの後、指先で唇を触っているんだよ」
 にやりと笑うと、山上は肩を竦めた。
「君の癖が移ったか」
「移ったってよりは、影響を受けたんだろう。俺みたいにばれないようにしないと。って思えば思うほど、気になって、やっちゃうものだろうからね」
 また、メニューを開く。色とりどりのケーキは、美味しそうだとは思うが、いつものように心が弾まない。それなのに、食べたくて仕方がなかった。
「どうした? ストレスがたまってるみたいだけど」
 山上の指摘に、隼人は戸惑った。まさしく今、隼人はストレスの波に飲み込まれ、息をするのも苦しい状態なのだ。
「どうして?」
「君、麻上と同居を始めた頃、禁酒のストレスでやっぱり、ケーキをそんな風に食べてたよ。味わいもせずに、流し込むみたいにね」
 酒に酔って、我を忘れたことは一度もないが、念の為、間違いが起こらぬようにと、圭との同居をきっかけに、禁酒をした。休みの前の晩に、本を読みながら、あるいは映画を観ながら飲む程度だったが、ストレス発散の手段を封じたため、最初の三ヶ月位は辛かった。
「実は、君を呼び出した理由は、そのストレスなんだよ」
 圭は、子供達の家庭教師をした後は、立花の家で食事をし、隼人が迎えに行くまで、紀夫達と話をしたり、子供達の宿題をみたりして時間をすごしているらしい。
 実家とも言える立花家にいるのだから、心配する必要もなく、隼人は自由にできる時間を手に入れた。
「麻上のことか」
 隼人ははっきりと頷いた。
「君の悩みの九割りは麻上だよな。
 どうした? またおかしくなりかけてんじゃ、ないだろうな」
「おかしいと言えば、おかしいんだけどね」
 ちょうど、頼んだケーキが届いたので、店員が立ち去るまで待った。
「最近、迫り方が露骨になってきたんだよ」
 山上が、ストローから口を離して、軽く噎せた。
「いきなりなんだ?」
「君がいる間は、いつも通りだっただろう? ソファで隣り合わせて座ってても、いつも一人分のスペースを空けている。
 二人の時も、いつもそうしてるんだけど、少しずつ間を狭めてきて、ここ四五日は密着状態なんだ。
 だからといって、体を離せば意識していると気付かれるから、じっとしていたんだけど、昨日、両手で俺の手を握ってきて」
「ごめん、なんの相談なのかわからないんだけど」
「理性が切れそうなんだよ。ずっと我慢いてるのに挑発されたら……。
 だから、君に止めて欲しいと思って。教育者として、俺を諫めて欲しい」
 山上の目に、呆れが見えた。そんな態度は、想定内だった。
「俺が止めれば、我慢できるのか?」
「我慢できるっていうか、友人としての君を失いたくないから」
「残念だが、期待には応えられない。
 もう、さ、やせ我慢は止めて、誘惑にのれよ」
 耳を疑った。山上がまさか……。
「麻上ももう、十八なんだし、そんなに堅苦しく考える必要もないだろう?」
「けど、まだ高校生だし」
「そうは言うけど、どうせ、高校卒業したら今度は、まだ未成年だから。って言うんだろう? 結局君は、麻上を傷付けるのが怖いんだよな。
 で、それ以上に、麻上との関係が変わるのが怖い。
 いつまでも麻上も子供じゃないんだから、どこかで覚悟決めないと」
 図星だった。出会った時、圭は子供だった。ずっと、子供として扱ってきた。子供でいて欲しかった。
 愛情のないセックスしか経験のない隼人にとって、圭を抱くのがなによりも怖かった。
 怯えるかも知れない。傷付けるかもしれない。考えれば考えるほど、恐怖は募る。
「麻上は今、強いストレスを抱えている状態なんだよ」
「ストレス発散がしたいってこと?」
「麻上は、水野のことを忘れられないんだと思う。それこそ、寝てても夢に見たりしてる可能性もあるだろう。ほんのわずかな時間でもいいから、忘れさせてやれば、多少は楽になるんじゃないのか?」
「刹那的すぎやしないか?」
「相手をとっかえひっかえなら問題だけど、ずっと君だけなんだから、問題はないだろ。
 それに、夏休みはチャンスだよ。
 どうしてもさ、そういうことって周りは勘付くもんなんだよ。高校生なんて、そういうことばっかり考えてるもんだろう? 同級生の変化に聡く勘付く。だから、誰とも会わないうちに、しれっとだませるようになる時間が必要なんだ」
「なる……ほど……。
 でも、逆に水野君を思い出したりはしないだろうか?」
 涼介が罪を犯した原因は、セックスだったのだから。
「だから、麻上に考えさせない時間を作れって言ってんだよ。
 君の腕次第だ。頑張れよ」
 これほど気恥ずかしく、無責任な応援は初めてだ。と。心の中で独り言ちた。
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