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第三十九章
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放課後、涼介はいつも通り二年二組に向かった。次々出て来る生徒に、いつも通り愛想良く挨拶をしながら、圭を待つ。
目の端に、明が二組に入って行くのが見えた。まっすぐ進んで、迷いなく圭の前に立つ。互いに無表情のまま、視線を交わした。
『話がある。ちょっと外に』
良く響く声。明の言葉に、視線が一斉に集まった。
『おかしな話じゃないからな』
圭は考えるような様子を見せたが、単なるポーズであることは、涼介にも分かった。
『分かりました。どちらへ?』
声に、西島への信頼が表れている。
『裏庭に』
許せなかった。涼介の目の前で、圭を奪うなど、許せなかった。
涼介は、明を無視して、圭に明るい声で駆け寄った。
『先輩!』
『申し訳ありませんが、ちょっと用がありますので』
圭は、なんでもないことのように、涼介を制する。
『時間かかるの? 待ってちゃダメ?』
『十五分したら、裏庭に来ればいい』
明はつっけんどんに言うと、行こう。と、小さく、圭に向って発した。
『また後で』
圭は、なんとも思っていない様子だった。一緒に帰る約束をしているわけではないから、当然かもしれないが。
涼介は苛立ち、じっと時計を見つめていた。誰も話しかけて来ない。
何人かは、裏庭の見える廊下に走って行った。ある種の期待をしているのだろう。
明が、圭に興味を示すとは、涼介も思ってはいない。だからこそ、余計に気になると言うものだ。
十五分経って、裏庭に向かった。話しの最中だとしても、邪魔をしてやろう。と考えながら。
『時間だな』
涼介の姿を見つけて、明は安心したような目を向けた。
『手間かけたな』
『いいえ』
涼介が睨み付けても、明は全く、無視して去って行った。
どんな話をしていたのか、圭の表情も浮かない。
『なんの話してたの?』
『大したことではありませんよ』
『大したことないなら、言っても良いでしょ』
『なにを怒っているのですか?』
圭が、気に触ったように、語気を荒らげる。
『怒ってるわけじゃ』
ベンチに座って、わざとらしく大きくため息をついた。
『今の貴方は、隼人といい勝負ですよ』
友人の立場を逸脱していると言いたいのだろう。
『だって先輩、教室以外で話は聞かないじゃない』
『西島さんとは、山上先生の元での作業で一緒になることが多く、信頼しています。妙な輩と一緒にしていませんよ』
『先輩、西島先輩と僕、どっちを信頼してるの?』
『貴方、隼人よりも面倒ですね。
私は行動するのに、貴方の許可を得なければならないのですか?』
『そんなことは……』
『なにが気に入らないのです? 自分以外の人間を信頼したからですか? それとも、西島さんだから、気に入らないのですか?』
どちらもだ。と、答えたかった。涼介以外を信頼しないで欲しかった。中でも、明は特に。
涼介は視線を落とし、黙り込んだ。
隼人の言葉が思い出される。結局、圭を自分だけのものにしようと思ったら、殺すか、愛されるかしかない。そう、殺すしか。
『用があるので、帰ります』
圭が立ち上がった時、待って。と、涼介が呟いた。
圭は聞こえない振りで、離れて行く。
待って、待って、僕から離れないで!
涼介の手には、ナイフが握られていた。
カーテンのない窓から、光が差していた。雲ひとつない晴天。清々しい朝であるが、涼介の心は曇天だった。
「圭」
ナイフを握った形の右手。
「自分で思ってたより、腹立ってたんだな」
現実では、圭は留まり、話を聞いてくれた。本当に用があったらしく、帰りは早歩きだったが、圭の気持ちが嬉しかった。
だからもう、気は済んだと思っていたのだ。
「最近、圭、変わってきたもんな」
文化祭以来、クラスメートとの距離が近づいている。今までは美鈴としか話さなかったくせに、時々、他のクラスメートと軽口をたたいたりもしている。
隼人の家族と会ったとも聞いた。姪や甥に、フランス語を教え始めたとも。
もう一つ、変わったことがあった。今まで、学園内でストーカーのようにコソコソと付き纏っていた高嶋を、意識すれば調子に乗せるだけだと無視していたのに、住所を知られて以来、怯えを見せるようになった。
「怯える圭は、格別綺麗だ」
普段気の強さを隠さないだけに、怯えた時の表情は儚く、壊れそうにすら見える。
最近、圭への執着に、涼介自身が戸惑っていた。殺人を犯したと知っても、態度を変えず、涼介のために涙を流してくれた圭への執着に。
『負けないで下さい』
負けたくはないけど、そろそろ限界が来ているのかもしれない。あの、事件以外の夢を見たのは初めてだった。
目の端に、明が二組に入って行くのが見えた。まっすぐ進んで、迷いなく圭の前に立つ。互いに無表情のまま、視線を交わした。
『話がある。ちょっと外に』
良く響く声。明の言葉に、視線が一斉に集まった。
『おかしな話じゃないからな』
圭は考えるような様子を見せたが、単なるポーズであることは、涼介にも分かった。
『分かりました。どちらへ?』
声に、西島への信頼が表れている。
『裏庭に』
許せなかった。涼介の目の前で、圭を奪うなど、許せなかった。
涼介は、明を無視して、圭に明るい声で駆け寄った。
『先輩!』
『申し訳ありませんが、ちょっと用がありますので』
圭は、なんでもないことのように、涼介を制する。
『時間かかるの? 待ってちゃダメ?』
『十五分したら、裏庭に来ればいい』
明はつっけんどんに言うと、行こう。と、小さく、圭に向って発した。
『また後で』
圭は、なんとも思っていない様子だった。一緒に帰る約束をしているわけではないから、当然かもしれないが。
涼介は苛立ち、じっと時計を見つめていた。誰も話しかけて来ない。
何人かは、裏庭の見える廊下に走って行った。ある種の期待をしているのだろう。
明が、圭に興味を示すとは、涼介も思ってはいない。だからこそ、余計に気になると言うものだ。
十五分経って、裏庭に向かった。話しの最中だとしても、邪魔をしてやろう。と考えながら。
『時間だな』
涼介の姿を見つけて、明は安心したような目を向けた。
『手間かけたな』
『いいえ』
涼介が睨み付けても、明は全く、無視して去って行った。
どんな話をしていたのか、圭の表情も浮かない。
『なんの話してたの?』
『大したことではありませんよ』
『大したことないなら、言っても良いでしょ』
『なにを怒っているのですか?』
圭が、気に触ったように、語気を荒らげる。
『怒ってるわけじゃ』
ベンチに座って、わざとらしく大きくため息をついた。
『今の貴方は、隼人といい勝負ですよ』
友人の立場を逸脱していると言いたいのだろう。
『だって先輩、教室以外で話は聞かないじゃない』
『西島さんとは、山上先生の元での作業で一緒になることが多く、信頼しています。妙な輩と一緒にしていませんよ』
『先輩、西島先輩と僕、どっちを信頼してるの?』
『貴方、隼人よりも面倒ですね。
私は行動するのに、貴方の許可を得なければならないのですか?』
『そんなことは……』
『なにが気に入らないのです? 自分以外の人間を信頼したからですか? それとも、西島さんだから、気に入らないのですか?』
どちらもだ。と、答えたかった。涼介以外を信頼しないで欲しかった。中でも、明は特に。
涼介は視線を落とし、黙り込んだ。
隼人の言葉が思い出される。結局、圭を自分だけのものにしようと思ったら、殺すか、愛されるかしかない。そう、殺すしか。
『用があるので、帰ります』
圭が立ち上がった時、待って。と、涼介が呟いた。
圭は聞こえない振りで、離れて行く。
待って、待って、僕から離れないで!
涼介の手には、ナイフが握られていた。
カーテンのない窓から、光が差していた。雲ひとつない晴天。清々しい朝であるが、涼介の心は曇天だった。
「圭」
ナイフを握った形の右手。
「自分で思ってたより、腹立ってたんだな」
現実では、圭は留まり、話を聞いてくれた。本当に用があったらしく、帰りは早歩きだったが、圭の気持ちが嬉しかった。
だからもう、気は済んだと思っていたのだ。
「最近、圭、変わってきたもんな」
文化祭以来、クラスメートとの距離が近づいている。今までは美鈴としか話さなかったくせに、時々、他のクラスメートと軽口をたたいたりもしている。
隼人の家族と会ったとも聞いた。姪や甥に、フランス語を教え始めたとも。
もう一つ、変わったことがあった。今まで、学園内でストーカーのようにコソコソと付き纏っていた高嶋を、意識すれば調子に乗せるだけだと無視していたのに、住所を知られて以来、怯えを見せるようになった。
「怯える圭は、格別綺麗だ」
普段気の強さを隠さないだけに、怯えた時の表情は儚く、壊れそうにすら見える。
最近、圭への執着に、涼介自身が戸惑っていた。殺人を犯したと知っても、態度を変えず、涼介のために涙を流してくれた圭への執着に。
『負けないで下さい』
負けたくはないけど、そろそろ限界が来ているのかもしれない。あの、事件以外の夢を見たのは初めてだった。
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