進まない時間 前編

岡倉弘毅

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第一章

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 知らない道を歩いていた。迷ったのだろうと見当はついたが、自分の他は誰も歩いておらず、仕方なくひたすら歩き続けた。
 一方通行の道で、白い車が隣に停まる。
『どうしたの?』
 車の中から声を掛けてきたのは、ずっと年上の男だった。
『え、あの』
『迷った?』
『そうみたい』
『中学生?』
 男は、真剣に顔を覗き込んできて、関係のない質問をしてくる。
『はい。二年です』
 聞かれてもいない学年まで律儀に答えて、ニコリと笑った。優しそうな風貌と声に、助けてもらえそうだと、ホッとしたのだ。
『どこに行きたいの?』
 住所を見せると、あぁ。と、呆れたような声を出した。
『正反対だよ。歩きだと一時間はかかる。
 乗りなよ。送ってあげる』
 助手席の鍵を外し、乗るように手で示す。
 やった。と、心の中で叫び、助手席に座ると、ありがとうございます。と、明るい声で伝えた。
 一方通行を抜けた時、男は小さく悲鳴を上げた。
『いけない! 免許証を忘れた。取りに戻っても良い?』
 駄目だなどと言える立場ではない。もちろん。と答えると、男は、ごめんね。と、優しく言った。お詫びにコーヒーをご馳走するよ。と。
 男の部屋は広く、壁はほぼ全面、本に埋め尽くされていた。医学書が多く、見るだけでため息が出るほど難しそうな物ばかり。
『お医者さん?』
 本を見ながら問うと、耳元で金属音がした。
『動くなよ。死にたくは無いだろう?』
 目の端に、鋭い光を放つナイフが見える。
『言うことを聞くか?』
 掠れた声で、はい。と答える。
『服を脱げ。全部だ』
 命令でありながら、声は優しかった。助けて欲しい一心で、男に従う。
 さすがに下着を取る時には戸惑ったが、男の視線が許さなかった。
 知らなかったのだ、この瞬間まで。男を性愛の対象にする男がいることを。
 両手を後ろ手に縛られて、ベッドに転がされた。狂った目が全身を舐め回す。いたたまれなくなって目を逸らすが、男に、顔を上げさせられた。
『どうしてこんなことするの?』
 震えながらの問いに、男はやはり、優しい声で答える。
『お前が誘うからいけないんだよ』
『誘ってなんか』
『いないって言うのか?』
 突然、男の声が変わった。
 なにかに耐える声だった。苦しさに耐えきれぬ、低い声だった。それは殺意と紙一重の。
 今ならわかる。殺したいほど誰かを愛していたのだ。
『もう耐えきれない。お前を抱きたくて狂いそうだ』
 いや、狂っていた。男はもう、狂っていたのだ。そうでなければ、この行為をどう説明する?
 男の手を離れながらも、ベッド脇に置かれたナイフは、怯えさせるには十分な力を持っていた。
 そして、男の目。狂気に満ちたその目に見られる度、心臓は恐怖で止まりそうになる。
『仰向けになれ。そうだ。腰を上げろ。言う通りにするんだ』
 言い方は乱暴でも、声は優しい。それはきっと、似た誰かを思っているからなのだろう。
 仕方なく言われた通りの体勢になり、なにをされるのだろうかと、不安に思いながら目を瞑ると、足の間に男の手を感じた。左の太腿をするりと撫でると、そのまま奥深く指を挿し入れた。
『痛い!』
 ショックと痛みに、悲鳴をあげる。
『大人しくしろ』
 耳元で囁かれ、背筋が凍りつく。喉が渇く。体が強張る。男の指が、身体の中で乱暴に動く。
 乾いた指を、身体は受け入れようとはしなかった。しかし、男は乱暴にねじ込み、無闇に出し入れする。
 恐ろしさに、悲鳴も上げられず、これから待っているだろう恐怖が脳裏を過ぎり、気が遠くなった。
 男の乱暴な行為は終わらない。それどころか、指を増やして蠢く。耳に届く息は荒くなり、足に当たっている欲望は、布を通してさえ、この熱を伝えた。
 男がベルトを外そうとしている。興奮のために不器用になった手は、それを容易にはさせようとしない。
 いっそ、外れなければいいのに。
 考えることさえおぞましい行為を、男が服を脱ぎ捨てたことで、現実のものとして受け入れざるを得ないのだと、自分自身に言い含める。死にたくは無いだろう? と。
『力を抜け』
 言われる通りにしようとしても、身体は言うことをきいてはくれない。それでも男はお構いなしに、両足に手をかける。
『綺麗な足だな』
 うっとりと呟き、脹脛にキスをすると、肩に担ぎ上げた。
 そして、欲望を身体に、指よりも、乱暴に、ねじ込む。
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