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侯爵令嬢の思いは。
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「こちらの部屋?」
アデリーナ様らしき可愛らしい声が聞こえる。
「はい。ですがお止めになった方が…。」
いつも毅然とした印象のパトリックが珍しく言い淀んでいた。
どういう事?具合が悪いから休むために客室に案内したのに?
階段を上がりきった所から廊下を覗き込んでみる。
二人が立っているのは、客室ではなく私とシエルの部屋の方向だった。
「あら、何故止めるの?」
アデリーナ様の声が聞こえて慌てて隠れる。
それに対するパトリックの答えは良く聞こえなかったけど、アデリーナ様はどうやらシエルの書斎を訪ねようとしているらしい。
それを、パトリックが止めている?
扉をノックする音の後、一呼吸置いて、今度は扉が開く音がした。
一体、シエルの書斎に何の用事があるのかしら?
さっきまで具合が悪そうだったのに、今は元気そう。
この場合私は1階に戻るべきなのか、アデリーナ様を追ってシエルの書斎に行くべきなのか...。
でも、一体何のために?パトリックが付いているし。
そんなことを悶々と壁に隠れて考えていると、書斎の方から悲鳴が上がった。
「きゃー‼」
「お嬢様!」
さすがに私も隠れていた壁から飛び出して慌ててシエルの書斎に向って廊下を走った。
「アデリーナ様?!」
パトリックに庇われる形でアデリーナ様が書斎から転がり出てくるのが見えた。
「どうされました?!」
いったい書斎で何があったのだろう?
「リリアナ様?!」
パトリックがこちらに気が付く。
「パトリック、一体何があったの?」
「猫がっ!」
パトリックではなくアデリーナ様が気丈に開けっ放しの扉の中を指さした。
マティがシエルの書斎机の上で毛を逆立て威嚇していた。
どうやら、マティの昼寝の邪魔をして機嫌を損ねてしまったらしい。
「こら!マティ。そんなに怒らないの!」
とりあえず、マティをなだめるべく怒るマティにそーっと近づいていく。
私が近づいていく行くと、知っている顔が近づいて来るのが分かってやっと威嚇するのを止めた。
きっと寝ぼけていたに違いない。
「おいで。もう、寝ぼけてお客様を驚かせては駄目よ?」
そう言ってこれ以上アデリーナ様を恐がらせてはいけないと、マティを抱き上げた。
開け放った扉から廊下を振り替えると、廊下に座り込んでしまったアデリーナ様をパトリックが隣に膝をついて気遣っている。
「大丈夫ですか?お嬢様?」
いつも、冷静沈着なパトリックが珍しく焦った声を出していた。
私も近寄ってお客様に怪我がないか確かめたかったけど、マティを抱いたまま近付いたら恐がらせてしまうかもと躊躇する。
「何だ?騒がしい。」
その時、廊下の突き当たりの部屋からシエルが顔を出した。
あれ?と思う。てっきりシエルは書斎の奥にでも居るのかと思っていたのに。何で書斎の扉が開いたのかしら?
突き当たりは、ほぼシエルの蔵書がぎっしり詰まった我が家の図書室だった。
「シエル様!」
アデリーナ様が慌ててパトリックに支えられ起き上がると顔を赤くしてドレスの裾を直す。
「何事だ?」
もう一度シエルが聞きながら近付いてくる。
「その、シエル様に父からの手紙をお渡ししようと思って書斎をお訪ねしたら、机の上で寝ていた猫がいきなり襲ってきて。」
アデリーナ様が泣きそうな顔をしながらも必死になって説明する。
ドルトン侯爵様からの手紙?
確かに、アデリーナ様は真っ白い封書を握りしめていた。
シエルがアデリーナ様の横まで来ると顔を覗き込んだ。
「怪我は?」
アデリーナ様の顔が更に赤くなるのが分かった。
「あ、あの、大丈夫です。驚いて転んでしまっただけですので。」
腕の中でマティがみぎゃっと苦しそうに泣いたので、初めてマティを強く抱きしめすぎていたのだと気が付く。
ああ、お父様に再婚をお勧めしていたけど、お相手はもっと年上の方だと勝手に思い込んでいた。
シエルにとって年齢なんて関係ない。前世で結婚したのだって私が10代の時だったし、今のシエルの姿は20代にしか見えないのだから、アデリーナ様とお似合いだと思っても何にも可笑しくない。
可笑しくないけど...。あれ?
何か自分の中に釈然としない気持ちを感じて、マティをまた抱きしめる。
今度は力の加減をしてぎゅっと抱きしめたので、マティから文句は出なかった。その代わりにゃ~と甘えるような声がしてマティの顔を見ると気のせいか金の目がキラっといつもより光ったような気がした。
シエルがつかつかと私のところに来ると私の腕の中に納まっていたマティを取り上げる。
「ふん、どうせ寝ぼけて夢でも見ていたんだろう。全く、役に立たない奴だ。」
まあ、恐らくそうなんでしょうけど、いつにもましてマティに対して辛らつだわ。飼い猫が役に立つのはネズミを獲ってくれるくらいだと思うけど。
マティも私に甘えるようにはシエルに決して甘えないのに、よく書斎でシエルと一緒に過ごしているから、不思議。猫ってそういうところがあるのかしら。
シエルがマティを床に置くと、マティは少し開いていた窓に飛び乗り、プイッと出て行ってしまった。
「あの、我が家の飼い猫が驚かせてしまって申し訳ございませんでした。」
さっきより落ち着きを取り戻したアデリーナ様に頭を下げる。
アデリーナ様に怪我がなくて本当に良かった。
「いいえ、こちらこそ勝手に書斎にお邪魔してしまって申し訳ございませんでした。シエル様にお会いできて舞い上がってしまい、父から預かってきた手紙を渡し忘れてしまっていたものですから。必ず直接お渡しするように言われていたのに。」
アデリーナ様は、そう言ってシエルを熱い目で見つめた。
お茶会の残りの時間、シエルはアデリーナ様の希望で初めてお茶会に参加した。
アデリーナ様らしき可愛らしい声が聞こえる。
「はい。ですがお止めになった方が…。」
いつも毅然とした印象のパトリックが珍しく言い淀んでいた。
どういう事?具合が悪いから休むために客室に案内したのに?
階段を上がりきった所から廊下を覗き込んでみる。
二人が立っているのは、客室ではなく私とシエルの部屋の方向だった。
「あら、何故止めるの?」
アデリーナ様の声が聞こえて慌てて隠れる。
それに対するパトリックの答えは良く聞こえなかったけど、アデリーナ様はどうやらシエルの書斎を訪ねようとしているらしい。
それを、パトリックが止めている?
扉をノックする音の後、一呼吸置いて、今度は扉が開く音がした。
一体、シエルの書斎に何の用事があるのかしら?
さっきまで具合が悪そうだったのに、今は元気そう。
この場合私は1階に戻るべきなのか、アデリーナ様を追ってシエルの書斎に行くべきなのか...。
でも、一体何のために?パトリックが付いているし。
そんなことを悶々と壁に隠れて考えていると、書斎の方から悲鳴が上がった。
「きゃー‼」
「お嬢様!」
さすがに私も隠れていた壁から飛び出して慌ててシエルの書斎に向って廊下を走った。
「アデリーナ様?!」
パトリックに庇われる形でアデリーナ様が書斎から転がり出てくるのが見えた。
「どうされました?!」
いったい書斎で何があったのだろう?
「リリアナ様?!」
パトリックがこちらに気が付く。
「パトリック、一体何があったの?」
「猫がっ!」
パトリックではなくアデリーナ様が気丈に開けっ放しの扉の中を指さした。
マティがシエルの書斎机の上で毛を逆立て威嚇していた。
どうやら、マティの昼寝の邪魔をして機嫌を損ねてしまったらしい。
「こら!マティ。そんなに怒らないの!」
とりあえず、マティをなだめるべく怒るマティにそーっと近づいていく。
私が近づいていく行くと、知っている顔が近づいて来るのが分かってやっと威嚇するのを止めた。
きっと寝ぼけていたに違いない。
「おいで。もう、寝ぼけてお客様を驚かせては駄目よ?」
そう言ってこれ以上アデリーナ様を恐がらせてはいけないと、マティを抱き上げた。
開け放った扉から廊下を振り替えると、廊下に座り込んでしまったアデリーナ様をパトリックが隣に膝をついて気遣っている。
「大丈夫ですか?お嬢様?」
いつも、冷静沈着なパトリックが珍しく焦った声を出していた。
私も近寄ってお客様に怪我がないか確かめたかったけど、マティを抱いたまま近付いたら恐がらせてしまうかもと躊躇する。
「何だ?騒がしい。」
その時、廊下の突き当たりの部屋からシエルが顔を出した。
あれ?と思う。てっきりシエルは書斎の奥にでも居るのかと思っていたのに。何で書斎の扉が開いたのかしら?
突き当たりは、ほぼシエルの蔵書がぎっしり詰まった我が家の図書室だった。
「シエル様!」
アデリーナ様が慌ててパトリックに支えられ起き上がると顔を赤くしてドレスの裾を直す。
「何事だ?」
もう一度シエルが聞きながら近付いてくる。
「その、シエル様に父からの手紙をお渡ししようと思って書斎をお訪ねしたら、机の上で寝ていた猫がいきなり襲ってきて。」
アデリーナ様が泣きそうな顔をしながらも必死になって説明する。
ドルトン侯爵様からの手紙?
確かに、アデリーナ様は真っ白い封書を握りしめていた。
シエルがアデリーナ様の横まで来ると顔を覗き込んだ。
「怪我は?」
アデリーナ様の顔が更に赤くなるのが分かった。
「あ、あの、大丈夫です。驚いて転んでしまっただけですので。」
腕の中でマティがみぎゃっと苦しそうに泣いたので、初めてマティを強く抱きしめすぎていたのだと気が付く。
ああ、お父様に再婚をお勧めしていたけど、お相手はもっと年上の方だと勝手に思い込んでいた。
シエルにとって年齢なんて関係ない。前世で結婚したのだって私が10代の時だったし、今のシエルの姿は20代にしか見えないのだから、アデリーナ様とお似合いだと思っても何にも可笑しくない。
可笑しくないけど...。あれ?
何か自分の中に釈然としない気持ちを感じて、マティをまた抱きしめる。
今度は力の加減をしてぎゅっと抱きしめたので、マティから文句は出なかった。その代わりにゃ~と甘えるような声がしてマティの顔を見ると気のせいか金の目がキラっといつもより光ったような気がした。
シエルがつかつかと私のところに来ると私の腕の中に納まっていたマティを取り上げる。
「ふん、どうせ寝ぼけて夢でも見ていたんだろう。全く、役に立たない奴だ。」
まあ、恐らくそうなんでしょうけど、いつにもましてマティに対して辛らつだわ。飼い猫が役に立つのはネズミを獲ってくれるくらいだと思うけど。
マティも私に甘えるようにはシエルに決して甘えないのに、よく書斎でシエルと一緒に過ごしているから、不思議。猫ってそういうところがあるのかしら。
シエルがマティを床に置くと、マティは少し開いていた窓に飛び乗り、プイッと出て行ってしまった。
「あの、我が家の飼い猫が驚かせてしまって申し訳ございませんでした。」
さっきより落ち着きを取り戻したアデリーナ様に頭を下げる。
アデリーナ様に怪我がなくて本当に良かった。
「いいえ、こちらこそ勝手に書斎にお邪魔してしまって申し訳ございませんでした。シエル様にお会いできて舞い上がってしまい、父から預かってきた手紙を渡し忘れてしまっていたものですから。必ず直接お渡しするように言われていたのに。」
アデリーナ様は、そう言ってシエルを熱い目で見つめた。
お茶会の残りの時間、シエルはアデリーナ様の希望で初めてお茶会に参加した。
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