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第033話 ドライアドの頼み

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 巨大な投石器をロロの能力でゴミとして処分したあと、リシュアとチグサを連れ立って、エデンの奥、湖の近くまでやってきた。

 するとそこには、すでに数人の人影が集まっていた。

 武器を構えた冒険者が、周囲を警戒しながら声を張っている。

「まだ凶暴化したモンスターの残党がいるかもしれねぇから、気ぃ抜くなよ! 逃げてくモンスターは放っておけ!」

 集まっている人混みは、皆一様に悲しそうに眉をひそめている。

 そしてそのうちの一人、腕に包帯を巻いた女性がこちらに気づくと、驚いたように目を見開き、すぐさま駆け寄ってきた。

「幸太郎様、町へ逃げたモンスターはどうなりましたか?」

 この人はたしか、冒険者ギルドの……。

「マギアさん……でしたっけ? 怪我は大丈夫ですか?」

「えぇ。幸太郎様が置いていってくださった〈全快薬〉のおかげで、この通り」

「そうですか。こっちも無事、飛蜘蛛の討伐に成功しました」

 ギリギリだったけど……。

「それはよかった……。ドライアド様の話では、どうやらエデンの異常の原因は、全てあのモンスターの仕業だったようなので……」

「ドライアドは無事ですか?」

「それが……」

 マギアは悲しそうに眉をひそめながら、さっきまで自分がいた方を振り返った。

 こちらもそれに倣い、視線を送ると、上半身だけになったドライアドがぐったりとした状態で横たわっているのが目に留まった。

 見るからにさっきよりも弱っていて、焦点も定まっておらず、息苦しそうに呼吸が乱れている。

 後ろにいたリシュアが、ドライアドの姿を見て、はっと息を呑んだ。

「ドライアド様……」

 ドライアドの視線が、ぎょろりと俺の方を向く。

「お前はたしか、さっきの……。あの〈全快薬〉とやら、とてもよく効いたぞ。礼を言う。だいぶ体が楽になった」

「あれはこのリシュアが作った薬だよ」

「そうか……」

 ドライアドは、今度はリシュアに目を配り、

「よい腕を持った調合師だ……」

「い、いえ、そんな……」

 ドライアドの口から、がはっ、といううめき声と共に、緑色の体液が飛び散った。

 その痛ましい姿に、近くにいた者たちは思わず目を背けた。

 ドライアドは弱弱しい声で、

「我は、もう死ぬ……。エデンを守れずに、すまなかったな……」

 その時、横の茂みの奥で、枯れ木を背にして座っている男が、ボロボロと涙をこぼして声を張り上げた。

「違う! あんたは何も悪くねぇ! あんたはあの化け物をずっと足止めしてくれていた! それなのに、ガマの野郎が斧であんたをぶった切ったから、化け物が自由になっちまったんだ! うぅ……。すまねぇ、みんなぁ……。金に目がくらんで、あんな奴とパーティーを組んじまうなんて……」

 あの男、ガマに裏切られて重傷を負ってた奴か。

 ドライアドは、ふっ、と小さく笑うと、

「……ま、これだけ大勢の人間に見守られながら死ぬと言うのも、そう悪いものではないかもしれんな」

 リシュアや、この場に集まった者たちが、悲しそうにドライアドを見つめている。

 そんな中俺はポケットから蜜玉を取り出し、ドライアドの目の前に掲げた。

「なぁ、これ……。一度飛蜘蛛に取り込まれたんだが、まだ効力は残ってるだろう? これを使えば、まだ死なずに済むんじゃないか?」

 ドライアドは、じっと蜜玉を見つめ、

「……それは、我の蜜玉か? 一度気配が消えたから、奴に完全に吸収されたものだと思っていたが……」

「あいつを殺したあと、死体の中に残ってた」

「そうか……。我はもう、自分の蜜玉の気配すらわからんほどに弱っておったのか……」

「で、どうなんだ? もう一度取り込めるか?」

 ドライアドはじろりと俺を睨むと、

「……我の蜜玉は、凡人に天賦の才を与えることも、生涯で使い切れぬほどの富を手に入れることもできる代物じゃぞ……。それをお前は、我に返すというのか?」

「あぁ、もちろん」

「……何故じゃ?」

「ここにいるみんなの顔を見てれば、どうするべきかなんてすぐにわかる」

 ドライアドは、自分を心配して不安そうな顔をしている周囲の人間を見渡すと、ふっと小さく微笑んだ。

「……これじゃから、人間を愛でることはやめられんのじゃ」

 ドライアドはあんぐりと口を開け、

「それを、我の体内へ」

 言われるがまま、蜜玉をドライアドの口の中へ入れると、ごくりとそれが喉を通るのがわかった。

 ドライアドの全身が、ほんのり光に包まれていくと、傷が癒え、失われていた下半身が、まるで植物が伸びるように生えだしてきた。

 けれど、全身を取り戻したドライアドの姿は、まるで子どものように幼くなっていた。

 ドライアドは自分自身の姿を手で触って確認すると、

「ふむ……。どうやら相当エネルギーを消費されたようじゃな」

 リシュアが心配そうに、

「あの……。だ、大丈夫なんですか?」

「問題ない。すでに命の危機は免れた」

 周囲の人たちが安堵の息をつくと、ドライアドは改めて言った。

「これより、エデンの守護者として、我から伝えておかねばならんことがある」


     ◇  ◇  ◇


 その後、ドライアドの指示を受け、この場には俺、リシュア、チグサ、マギア、ロロの五人だけが残り、他は全員コータスの町へ帰された。

 ドライアドは言う。

「すでに毒の影響を受けたモンスターの気配は感じん。エデンの脅威は完全に去ったと言えるじゃろう」

「それはよかったけど……。俺たちに伝えておかないといけないことって、なんなんだ?」

 ドライアドは、俺たち一人一人の顔を見比べてから、

「そもそも、今回のことの発端は、我の蜜玉を欲し、エデンを襲撃した飛蜘蛛を、我が抑えられんかったことにある。普段の我であれば、あんな雑魚に苦戦をしたりはせん」

「そうなのか? だったらどうして……」

「世間に知られてはいないが、ドライアドには『休眠期』と呼ばれる期間が存在する」

「休眠期?」

「うむ。数百年に一度、自身の力を極限まで抑え込み、肉体を休ませる期間のことじゃ」

 話を聞いていたマギアが、緊張した面持ちでたずねた。

「そんな話、聞いたことがありません……」

「当然じゃ。我らの肉体は、大地との契約を結び、膨大な魔力で満たされておる。ゆえに、我らは相応の戦闘力を持ち、己を守ることが可能になる。しかし、休眠期の存在が世に知られれば、必ず我らの肉体を欲する者が現れる。……そこのお前は見たんじゃろう? 我の蜜玉を体内に取り込み、理外の成長を遂げた飛蜘蛛の姿を」

 たしかに、蜜玉を食った飛蜘蛛は、急に土の中に潜る能力を手に入れたり、全身が異常に硬質化したり、恐ろしいまでの進化を遂げた……。

 もしかしたら、放っておいたらまだ成長を続け、さらに強くなったかもしれない……。

「その休眠期ってやつは、どのくらい続くんだ?」

「わからん。少なくとも数年はかかるじゃろう」

「数年……」

 マギアが、ごくりと唾を飲み込んで、

「つまり、その間に、また今回のようなことが起こるかもしれない……と?」

「うむ。そうじゃ」

 悲観に暮れ、顔色を曇らせるマギアに、ドライアドは、にっ、と小さく微笑んだ。

「そんな顔をするでない。休眠期の間、我の代わりにエデンを守護できそうな奴を見つけた」

「そ、それは……?」

 ドライアドは、たったった、と俺の目の前まで来ると、びしっとこちらを指差して、

「これよりお前を、エデンの守護者代理に任命する!」

「……はい?」

「あっはっは。ありがたく思え」

「……い、いやいやいや。守護者代理とか、どうして俺がそんな面倒臭そうなことを――」

 ドライアドは、にたっと悪そうに微笑むと、

「森の精霊たちから話は聞いたぞ。お前、どうやらここに拠点を作る場所を探し求めてきたらしいではないか」

「……?」

「我はお前が求めておる場所を知っておる。じゃが、その場所には我の許可がなければ絶対に入れん。つまり、お前はこの条件を呑むしかないということじゃ!」

 くっ! こ、こいつ、せっかく助けてやったのに脅す気か!

「べ、別に、俺はまた他の場所を探したって――」

 そう言いかけたところで、リシュアが何やら興奮したように俺の手を握ってきた。

「それはいけません!」

「リ、リシュア……?」

「幸太郎さんはここにいるべきです! 幸太郎さんしか、エデンを守れる人は存在しません!」

「な、何を……」

「当然私もお手伝いします! 雑用でもなんでも構いません!」

「いや、ちょっと……」

「だからお願いです! 幸太郎さん! どこにも行かないでください!」

 リシュアがどうしてそんなに必死になるのか、俺にはよくわからなかった。

 けれど、その気迫に押され、俺は一言、ポツリとこぼしてしまった。

「……は、はい」

 ドライアドはまるでこうなることを予期していたように、もう一度、にたっと微笑んだ。


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