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18.「宵闇に憂う。」
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12月の宵の口。早い時間であるが、すでに外は暗い。
つい数時間前まで石畳の上を帰路につく生徒達が行きかうざわめきで賑やかだったこの界隈。
だが、今は文化祭関係者が時折通り過ぎるのみである。
ここは教職員棟近くのカフェテリア。
昼は絶品のケーキと軽食、夜はアルコールも提供されるレストランになる隠れ家的な場所だ。
間接照明で雰囲気のある店内に着信音が響く。
窓際の端のテーブルに陣取った二人組、その1人ライオネル・ヴァーノンはズボンのポケットにいれていたスマホを取り出した。
着信の在ったメッセージの内容を確認する。
今学園を震わせている渦中の二人のゴシップメールのようだ。
「やるよね、ソーン。あんなことができるやつとは思わなかったわ。正直見直した。昨日も寮でしでかしたんだろ?」
「らしいね。寮生から聞いた」
ライオネルの向かいに座り、もくもくと肉を口に運んでいたイビスは秀麗な眉をゆがめた。
文化祭直前のここ数日。
当然実行委員であるイビスも遅くまで作業をしている。
昨夜もどろどろに疲れて寮に戻るとすぐに寮生たちの報告会が始まったのである。
「僕も疲れてるんだからね、勘弁して欲しいわ」
「同情するよ、イビス」
ライオネルは芝居がかった仕草でイビスを慰めると、「麗しのイビス・アイビン卿に乾杯!」と一気にエールを飲み干した。
デイアラでは18歳で成人だ。
成人になることで色々な権利が許され義務もまた課せられる。
納税の義務、参政権、そして結婚……飲酒。
グレンロセス王立学園は中等教育学校ではあるが、自己責任を基に生徒の自立と自制を尊重している。
よって最高学年で成人に達する生徒の権利施行に対しては寛容だ。
飲酒も然り(ただし敷地内の飲酒に関しては許可の在るカフェテリアでのみ認めている。)
――とはいえ法令で定められていても、本音と建前があるわけで。
貴族階級や労働者階級でも富裕層が大半の生徒にとって、特に7年生となるとアルコールはもう飲みなれた物である。
イビスよりも一足先に成人を迎えたライオネルの前には2杯目のエールが置かれた。
「マジで絶妙なタイミングだったな。事が起こる前に全校に宣言したわけだから。あれやられて手だそうなんて奴いないよな。守護者も絶賛してたわ」
テオフィルスのことだ。
あれは計算ずくだよね。
全ての条件をそろえた上での結果だよね。
当然。
イビスはそう確信していた。
雑談ついでに殿下にエマの写真を見られたと洩らしただけだが、その情報だけでも機運が高まったと判断したのだろう。
「テオフィルスは昔からエマしか見てなかったからね。何かきっかけがあれば動くだろうとは思ってた。……きっかけが殿下だってことは、ちょっとため息しか出ないけど」
「まぁこれであの殿下も下手には動けない。よかったじゃん、妹が殿下の女性遍歴の1ページになる事もなくなったし。ソーンやカレンがデイアラ王家相手に暴れることもない」
「そこはね、安心したけどさ」
イビスは心底うんざりした顔をした。
「……テオフィルスは僕にとっても幼馴染なんだよね。気心しれた幼馴染が、全力で妹を口説いているのを眼前で見せられる地獄って、レオ分かる?」
「あ~それ、わかりたくもない……イビス、ほら“妹夫妻”だ」
ライオネルの指の動きに合わせて窓の外に視線を動かすと、エマとテオフィルスが紙筒をいくつか持ち――文化祭実行委員の事務室に向かうのだろうか――事務所の入った棟に向かい歩いていた。
空いた手はしっかり繋がれている。
ゴシップの発端となった例のカフェテラス案件のように密着はしておらず、今夜は適度な距離があった。
エマが怒ったように小声で何か言うとテオフィルスは意に介さない様子で笑いかけた。
ますます逆上しつっかかっていき、一言二言返される。
と今度は街灯の明かりしかない中でも判別できるほど派手に赤面した。
二人は兄が覗いていることなど気づいていないようだ。
……きっとクソ恥ずかしいやつ言われたな。
てかさ、あいつらには節度というものはどこいったんだ。
イビスは頭を抱えた。
その姿にライオネルは大爆笑する。
「やばい、まさに地獄だな」
笑いが止まらない親友を、イビスは肉を突き刺したままのフォークを向け、
「明日は我が身だ。レオ」
「お前、カレン口説くの?」
「は? お前の妹を? 見た目は可愛いけどあんな猛獣趣味じゃないよ。残念だったね」
外見は誰もが振り返るたおやかな美少女のカレンは、実のところ実業界を牛耳るヴァーノン商会で鍛えられたサラブレットである。
並大抵のことでは揺るがない胆力は賞賛に値するほどだ。
「猛獣然りだな!! カレンなら殿下程度なら手のひらで転がせるのになぁ。カレンの見た目、殿下の好みじゃん?」
ライオネルは心にも無いことをさも残念そうに言った。
付け合せのサラダを食べながらイビスは胸がチリつくのを感じる。
――いや。殿下はこれで引き下がるお方だったか?
イビスとウィンダム第二王子との付き合いは学園に入学して以来になる。
もう7年だ。
ライオネルと共に他のどの学友よりも近くで殿下と向き合ってきた。
殿下の性格も性癖も、おそらく王室の殿下付き従者《ヴァレット》よりも見知ってるはずだ。
幾多の恋愛(といえるのか分からないが)を経て確信した事があるじゃないか。
――殿下は他人のモノを奪うのがお好きだ。
誰かの妻、誰かの婚約者、誰かの恋人。
フリーの相手よりも、より制約がかかり大きな罪になる恋の方が、明らかに殿下は盛り上がっていた。
週末に迫る文化祭と後夜祭。
イビスは何か不吉な予感がしてならない。
エマの身に何も起こらなきゃいいけどな……。
つい数時間前まで石畳の上を帰路につく生徒達が行きかうざわめきで賑やかだったこの界隈。
だが、今は文化祭関係者が時折通り過ぎるのみである。
ここは教職員棟近くのカフェテリア。
昼は絶品のケーキと軽食、夜はアルコールも提供されるレストランになる隠れ家的な場所だ。
間接照明で雰囲気のある店内に着信音が響く。
窓際の端のテーブルに陣取った二人組、その1人ライオネル・ヴァーノンはズボンのポケットにいれていたスマホを取り出した。
着信の在ったメッセージの内容を確認する。
今学園を震わせている渦中の二人のゴシップメールのようだ。
「やるよね、ソーン。あんなことができるやつとは思わなかったわ。正直見直した。昨日も寮でしでかしたんだろ?」
「らしいね。寮生から聞いた」
ライオネルの向かいに座り、もくもくと肉を口に運んでいたイビスは秀麗な眉をゆがめた。
文化祭直前のここ数日。
当然実行委員であるイビスも遅くまで作業をしている。
昨夜もどろどろに疲れて寮に戻るとすぐに寮生たちの報告会が始まったのである。
「僕も疲れてるんだからね、勘弁して欲しいわ」
「同情するよ、イビス」
ライオネルは芝居がかった仕草でイビスを慰めると、「麗しのイビス・アイビン卿に乾杯!」と一気にエールを飲み干した。
デイアラでは18歳で成人だ。
成人になることで色々な権利が許され義務もまた課せられる。
納税の義務、参政権、そして結婚……飲酒。
グレンロセス王立学園は中等教育学校ではあるが、自己責任を基に生徒の自立と自制を尊重している。
よって最高学年で成人に達する生徒の権利施行に対しては寛容だ。
飲酒も然り(ただし敷地内の飲酒に関しては許可の在るカフェテリアでのみ認めている。)
――とはいえ法令で定められていても、本音と建前があるわけで。
貴族階級や労働者階級でも富裕層が大半の生徒にとって、特に7年生となるとアルコールはもう飲みなれた物である。
イビスよりも一足先に成人を迎えたライオネルの前には2杯目のエールが置かれた。
「マジで絶妙なタイミングだったな。事が起こる前に全校に宣言したわけだから。あれやられて手だそうなんて奴いないよな。守護者も絶賛してたわ」
テオフィルスのことだ。
あれは計算ずくだよね。
全ての条件をそろえた上での結果だよね。
当然。
イビスはそう確信していた。
雑談ついでに殿下にエマの写真を見られたと洩らしただけだが、その情報だけでも機運が高まったと判断したのだろう。
「テオフィルスは昔からエマしか見てなかったからね。何かきっかけがあれば動くだろうとは思ってた。……きっかけが殿下だってことは、ちょっとため息しか出ないけど」
「まぁこれであの殿下も下手には動けない。よかったじゃん、妹が殿下の女性遍歴の1ページになる事もなくなったし。ソーンやカレンがデイアラ王家相手に暴れることもない」
「そこはね、安心したけどさ」
イビスは心底うんざりした顔をした。
「……テオフィルスは僕にとっても幼馴染なんだよね。気心しれた幼馴染が、全力で妹を口説いているのを眼前で見せられる地獄って、レオ分かる?」
「あ~それ、わかりたくもない……イビス、ほら“妹夫妻”だ」
ライオネルの指の動きに合わせて窓の外に視線を動かすと、エマとテオフィルスが紙筒をいくつか持ち――文化祭実行委員の事務室に向かうのだろうか――事務所の入った棟に向かい歩いていた。
空いた手はしっかり繋がれている。
ゴシップの発端となった例のカフェテラス案件のように密着はしておらず、今夜は適度な距離があった。
エマが怒ったように小声で何か言うとテオフィルスは意に介さない様子で笑いかけた。
ますます逆上しつっかかっていき、一言二言返される。
と今度は街灯の明かりしかない中でも判別できるほど派手に赤面した。
二人は兄が覗いていることなど気づいていないようだ。
……きっとクソ恥ずかしいやつ言われたな。
てかさ、あいつらには節度というものはどこいったんだ。
イビスは頭を抱えた。
その姿にライオネルは大爆笑する。
「やばい、まさに地獄だな」
笑いが止まらない親友を、イビスは肉を突き刺したままのフォークを向け、
「明日は我が身だ。レオ」
「お前、カレン口説くの?」
「は? お前の妹を? 見た目は可愛いけどあんな猛獣趣味じゃないよ。残念だったね」
外見は誰もが振り返るたおやかな美少女のカレンは、実のところ実業界を牛耳るヴァーノン商会で鍛えられたサラブレットである。
並大抵のことでは揺るがない胆力は賞賛に値するほどだ。
「猛獣然りだな!! カレンなら殿下程度なら手のひらで転がせるのになぁ。カレンの見た目、殿下の好みじゃん?」
ライオネルは心にも無いことをさも残念そうに言った。
付け合せのサラダを食べながらイビスは胸がチリつくのを感じる。
――いや。殿下はこれで引き下がるお方だったか?
イビスとウィンダム第二王子との付き合いは学園に入学して以来になる。
もう7年だ。
ライオネルと共に他のどの学友よりも近くで殿下と向き合ってきた。
殿下の性格も性癖も、おそらく王室の殿下付き従者《ヴァレット》よりも見知ってるはずだ。
幾多の恋愛(といえるのか分からないが)を経て確信した事があるじゃないか。
――殿下は他人のモノを奪うのがお好きだ。
誰かの妻、誰かの婚約者、誰かの恋人。
フリーの相手よりも、より制約がかかり大きな罪になる恋の方が、明らかに殿下は盛り上がっていた。
週末に迫る文化祭と後夜祭。
イビスは何か不吉な予感がしてならない。
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