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12.「モブにドレスは似合わない」

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 グレンロセス王立学園の文化祭は生徒主動ではあるが、実は教職員によるご褒美も用意されている。

 
 “後夜祭”と銘打った大晩餐会パーティである。


 晩餐会は一流の料理と一流のエンターテイナーが奏でる音楽そして複数のダンスフロアで構成される。
 いつもは味気ない体育館といくつかの講堂がプロの手により晩餐会会場と仕立てられ、夢のような世界が再現されるのである。


 労働者階級で社交界に縁のなかった生徒も、この日ばかりは上流階級の雰囲気が味わえるとあって、学園の生徒の大部分がこぞって参加する人気のイベントだ。


 ただ王族・政財界の重鎮、保護者等も招待される正式フォーマルな晩餐会であるためドレスコードも設定されている。

 生徒も盛装しなければならないのだが……経済的に余裕のない下級貴族や特待生、奨学金を受給して通っている労働者階級出身者には、大きなネックでもあった。


――ドレスどうしよ……。


ということである。


 男子生徒は毎年タキシードで済むが、女子生徒はそうもいかない。
 流行を押さえたドレスを着ておかないと色々面倒なのだ。


 女子はマウントとるからさ……前世でもよく見たよね……。


 西日の差し込み始めた教室で、エマは1人頭を抱えていた。


 異世界デイアラでは階級制度は廃止されていない。

 王族を頂点に貴族・労働者階級の三つの階級に分かれている。
 もちろん立憲君主制に近い制度をとる現在、貴族や労働者階級の境目は昔に比べてはっきりしなくなっている場合も多いが、それでも存在している。


 学園では生徒であるうちは出身階級を意識させられることは無い。
 が、階級とは関係の無いスクールカーストは存在するのだ。


 前世でも散々悩んできた女子のヒエラルギー。


 29歳・優奈からしてみては学生時代限定のそれは気にすることは無いとは思う。
 ただ現実の中等学校にいきるエマには大問題で、なるべく波風立てず乗り切りたいのが本音だ。


「入学のときに作ったドレスはもう入らないし、今年はレンタルかなぁ……レンタルも高いなぁ」


 エマはレンタル業者から送られたカタログをめくりながら呟いた。


 どれも庶民&社交界に縁のない貧乏貴族の女子の心を射抜くデザインでかわいいのだが、わずか2泊3日のレンタルで1か月分の寮費と同等の金額がかかる。

 
 こんなかわいいの十人並モブの私が着ても不釣合いかなぁ。
 ドレスが浮いちゃう?


 首の根元から脇の下まで斜めにカットされ肩のラインが綺麗なデザイン、前世でいうアメリカンスリーブの深い青色のイブニングドレスを見てため息をついた。


「あら、そのドレス。エマに似合いそう!」


 帰り支度をしていたカレンがカタログに見入った。


「えー、似合うかなぁ。顔が地味なのに派手すぎない?」

「何言ってるの? エマはかわいいから大丈夫よ」


 女子の「かわいい」は信用できないって前世の記憶が警鐘を鳴らした。
 男子のかわいいと女子のかわいいは基準が違うらしい。


「まぁドレスもだけどさ、私、エスコート役が居ないからどうしようかなぁ。イビス兄さまには断られちゃった。テオも無理だし……。カレンはどうするの? お兄さんといくの? それともキースさん?」


 晩餐会にはソロで参加しないというルールがある。
 大きな理由が無い限り男女のペアが一般的だ。


「キースは実行委員だから一緒にいけないの。まぁパパも招待されてるし、どっちにしろキースとは一緒にはいられないんだけどね。お兄さまはお付き合いしてる方がいるから、その方といくと思う。……いっそのこと相手いないもの同士、二人でいっちゃおうか。学園のパーティなんだから構わないでしょ」

「それいいね! 楽しそう」


 エマはカタログのページをめくった。
 オフショルダーのすみれ色のロングドレスを着たモデルが微笑んでいる。


 めっちゃかわいい!!
 んんんん、高いなぁぁ。
 お父さまにお願いするのもなぁ。
 今年は麦の出来があまりよくないって言ってたし……。
 どうしようかなぁ……。


「ねぇ、エマ。私のドレスでよければ、貸そうか? 背丈もそう変わらないし着れると思うよ」


 眉間にしわを寄せカタログのモデルを睨むエマを見て、カレンは遠慮がちに提案した。


「ほんと?! わぁ助かるよ。ほんとうれしい!」


 エマは目をキラキラさせてカレンに抱きついた。
 

 エマは知らないことだが、モーベン男爵家の経済状況についてはヴァーノン商会の方で調べ上げさせ、カレンはすでに把握済みだった。
 

 カレンは元々学園の晩餐会になど価値を感じていなかった。
 例え一流といえど一流が常のヴァーノン家にしては新鮮味もなく、無理に社交をしてまでツテもコネも新たに作る必要が無い。
 

 それでも参加するのはエマがいるからだ。


 ただ唯一の心許せる友達が参加したいというのなら、そのためにドレスを貸し出すくらいなんて事は無い。
望むならオーダーメイドで新調してもいいくらいだ。


「エマが良いなら作らせてもいいよ?」

「いや、それはやりすぎ。レンタルでお願いします」

 


 文化祭まで時間も無い。


 そのままドレスを選ぶことになり、今日は雑用お休みするとテオフィルスにメールを入れ、さっそくカレンの帰宅に同行した。


 学園から車で15分。
 首都有数の高級住宅街の一角、うっそうとした木々に囲まれたヴァーノン本宅に着いた。


 あいかわらずすごいお家!!


 政財界の支配者の邸宅だ。
 当然ながら門から家屋が見えることは無い。


 しばらく行くと正面玄関と車寄せに待機する従僕フットマンの姿が見えた。

 風格のある大豪邸マンションはもしかしたら王宮より立派な建物かもしれない。
 今までに何度か訪れたこともあり、その壮大さに圧倒されることもなく、最近では平静を装えるまでにはなった。
 それでもソロだと絶対に挙動不審になれる自信がある。


 これを見ると、カレンはお嬢様だよねぇ。
 貴族といっても最下層のうちとは格が違うわ~。


「エマ、入って」


 カレンが突き当たりの部屋のドアを開け、エマを招き入れた。


「好きなの選んでいいよ」


 軽い調子で案内されたのはカレンのクローゼットである。

 ただし前世でいう50畳位は広さがありそうだ。
 壁に沿う形で全面にワードローブが設置してあり、それぞれに整然とアイテムが納まっている。


 ブランドなんぞに縁のないエマでもわかる上流階級御用達ブランドが、こともなげに床に直置きされており、庶民の身では恐れ多すぎて身動きもとれなかった。
 もしも汚してしまったらとんでもない事になりそうだ。

「と……とりあえずこれかな……」


 エマは一番近いワードローブから適当にドレスを手に取った。




 1時間後。


 カレンの着せ替え人形化しながらもレンタルするドレスが決まり、エマはイビスとテオフィルスにドレス姿の写真添付してメールを送った。
 間を置かずしてイビス兄からは『まともに見える』の一言が返ってきた。


 これは合格ってことだね!
 イビス兄さまらしいわ。


 そしてテオフィルスからも速攻で返ってきた返事は、


『すごくかわいい』


 かわいいって!!
 空気読んだ女子的かわいい??
 えー、どっちよ?!

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