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閑話「カレン・ヴァーノンの独白」

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このお話は閑話(番外編)になります。
エマの親友カレン目線のお話です。





私、カレン・ヴァーノンは完璧でなければならなかった。

 

この国、否、このエシルディア大陸有数の大財閥ヴァーノン家の本家の娘は、全てが一流であることを求められた。

外見は当然のこと、実業の才覚もだ。



ゆえに物心付く頃には最高の教育を施されていた。


淑女教育はもちろんのこと、どれだけの報酬を支払っているのかおそろしくなる高レベルの家庭教師が日々私の教育を担っていた。
同世代が絵本をようやく一人読みできるようになる頃には、私は古典を読まされていたのである。



――つまらない。つまらない。


子供の頃の私はいつもそう思っていた。


家業が忙しい父母は首都でも有数の豪奢な屋敷に戻ってくることもほとんどなかった。

私の相手は二つ上の兄か使用人、もしくはたまに現れる“お友達”、つまりヴァーノン家の恩恵に与りたい大人の思惑があけすけな躾けられた子供しかいなかった。



このまま父母の思うがままの人生を送るのだろう。
なんとつまらない人生であろうか。



幼年学校に上がるころには、そう私は悟っていた。



諦めに近い感情を抱いたままグレンロセス王立学園に入学したのは、12歳になる2ヶ月前だった。



グレンロセス王立学園はデイアラ王国の最高峰の学校だ。

ヴァーノン一族の子供はこの学校に通う。
学問のレベル・人脈・セキュリティ全ての面で最高、故に選択肢は無かった。



本家跡取りの2歳年上の兄も通っており、私の入学も順当に決まっていた。


グレンロセスの授業レベルは高く、教師陣も優秀で面白かった。



――それだけだ。

それ以外は最悪だった。



入学式当日から私の周りに集まるのはヴァーノンの名前に惹かれた野心を隠そうともしない小者ばかり。
私が行くとこに金魚の糞のように付いて回る。


ヴァーノンの侍従の方がもっと優秀なのに、このとりまき連中は無能のくせに振り払いもできない位粘着してきた。



よって学園の敷地内をゆっくりすごした事は、ない。


『とりまき』は常にいるし、授業が終われば迎えの車が来る。
校内で過ごす時間でさえ自由な時間はなかったのだ。


その日の昼休み、たまたま「とりまき」達がいなかった。


一人になれた開放感で気持ちは踊った。


いつもは校舎から一番近く規模の大きなカフェテリアで昼食を取るところだが、そこは人気のカフェテリア。
全校生徒近い人数が集まっている。あまり気が進まなかった。


天気もいい。
校庭を散歩でもして、適当なカフェで食べよう。


歴史の在る学校だ。
見て回るところも多いだろう。


創立当時は没落貴族の一邸宅程度であったが、時代が下るにつれ周囲の土地を買収し、さらに広大な敷地になっていた。


見事な庭園も整備され、グラウンドの芝も最高の状態に整えられていた。
グラウンドの向こうには生徒の寄宿舎が立ち並んでいる。


木々は丁寧に剪定され、花壇にもコスモスやデイジーが咲き乱れる。
時折やわらかく吹く風は髪を揺らしなんとも心地良い。



石畳をぶらぶらと歩いていると、いつの間にか職員宿舎の側まで来てしまったようだった。



小さなカフェが見えた。
落ち着いた雰囲気なのに、客の姿は少ない。



――昼食はここで食べよう。


テラス席に女子生徒が1人で食事をとっているのが見えた。
とても美味しそうにサンドイッチを食べている。


暖かい日の差すテラスで食べるのもいいかもしれない。


カウンターで本日のおすすめサンドイッチを注文し、トレイを持って外のテラス席へ出た。


女子生徒がこちらを見て微笑む。


制服は真新しくリボンの色が赤い。
赤は1年生の証だ。
同級生か。


「こんにちは。1人ならいっしょにたべません?」


やさしい声音だ。
なんとも心地がいい。
話してみたい、と思った。


明るい茶色い髪の女子生徒は、


「私、エマ・アイビンです。1年生ですよね? はじめまして!」


と自己紹介をしながら、自分の荷物を移動させ席をあけた。

ここに座れということか。
私は素直に従った。


アイビン……モーベン男爵家の人間か。
東部穀倉地帯の筆頭領主だ。確か兄がこの学園にいるはずだが……。


「はじめまして。1年3組のカレン・ヴァーノンよ。よろしく」

「3組なのね~。会ったことないと思った! 私は5組だよ」


屈託なく笑う。
 
エマ・アイビンはヴァーノンの名を出しても、動揺もせず態度も変えない。


何か腹に一物あるのか?
それともヴァーノンを知らないとでも?? 


まさかそんなことありえない。


「突然さそってごめんなさい。ここのサンドイッチ、とても美味しくて! せっかくだからいっしょに食べたら、もっと美味しいかもって」

「そう」


私も釣られて笑った。


「あ、そうだ。うちの農園で採れたブドウ、いかがですか? ほんとはカフェテリアで持ち込むなんてマナー違反だけど、まぁ内緒で?」


エマ・アイビンは唇に右手の人差し指を当てながら、プラスチックの器に入れられた美しいベリドット色のブドウをトレイの上に置いた。


一粒とり口に含むと、皮はサクサクした歯ごたえなのに中身はジューシーでとても甘い。


「あまいわ。おいしい。こんなブドウ食べたことない」


思わず言うと、エマ・アイビンはその快晴の空の様に明るい碧眼をきらめかせ、


「ありがとう。そう言ってもらえるとうれしい。最近栽培始めた品種なんです。生産量少なくて、未だ首都グレンロセスには出荷されてないの。でもカレンさんが美味しいって思ってくれたなら、きっと都会の人の口に合うはずね。よかった。父も喜びます」


全身から喜びがあふれ出さんばかりのはしゃぎようだった。

こんなに喜ぶなんて。


私の周りにはいなかった。
如何に自分を売り込むか、胸のうちを秘すかが大事な人間ばかりだった。


自分の感情を隠さず出す人間なんて……!



――なんて眩しい。


そして……羨ましい。


「アイビンさんって面白いのね」

「ええ?? それって変わってるって事ですか?! わぁ、ちょっとショックですよ?」

「そうではないわ、とっても素敵ねってこと」


なぜかエマ・アイビンにはヴァーノン家に取り入ろうなど、野心はないだろうという確信があった。
きっとヴァーノン家のことも全く知らないだろう。

そのような人間は幻想ファンタジーだと思っていたが、現実にいたのだ。


私は心の澱が少し溶け出すのを感じた。



「あなたのことエマって呼んでもいいかな? 友達になりたい」


エマ・アイビンとならば自分の背景や野心などは関係なく“友達”になれそうな気がした。




本で読むしかなかった本当の友達に。
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