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2章 失い、そして全てを取り戻す。

88話 王妃殿下は敵か味方か。

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 馬車をおり、私は息を飲んだ。

 カディス宮殿。
 読んで名の如く王の住まう王宮は、凡そ五百年前すでに滅んだ王朝により創建された。
 幾度となく戦火や火災に見舞われ、姿を変えつつも現在までこの国の支配者の住まいとしてこの地に存在している。


(ようやく、ここでまで来たわ。今日で決まるのね)


「フィリィ?」
「あ、ごめん。行きましょう」


 私はレオンの腕を取り、正面玄関へ続く白大理石のアプローチ階段に足をかけた。

 階段を上りきり歩を止めて宮殿を見上げる。

 宮殿正面には玄関を中心にして左右対称に窓が配され完璧なエンタシスの柱が立ち並んでいる。
 両翼にはそれぞれに宮殿が配され、なんと壮大な姿だろう。


(何度見てもカディスには贅沢すぎるほどの仕様……)


 カディスという国の規模からすれば巨大すぎる宮殿だ。
 元々は国勢に見合う程度……俗に言えば「質素」であったようだ。
 だが、二百年前の内乱終結後、セバスティアン・ヨレンテの献言により改築されたのだ。

『ウェステ伯家記録』によれば「カディスは小さいながらも一流の国家だ。それを諸国に示さねばならぬ」とご先祖様セバスティアンが御前会議で上申したのだと記されている。

 王は忠臣からの言葉を疑うことなく受け入れ、それまでの王朝の気配を一切感じさせないように宮殿の全てを改修させたのだ。


 ーーーー国庫と王の私財を使って。


(ほんっと何て狡いのかしら)


 今ならわかる。

 おそらくは。
 自らが王家を御せるように財力を消費させたのだ。
 王の権力を抑えるために。


(我がご先祖様でありながら、いやらしい……。建国の忠臣として知られているけど、どれだけ自分勝手何だか……)


 国を思ってではない。
 自らの保身と財産を守るために行なったことなのだ。
 セバスティアンの考えが分かってしまうのが、血の繋がった子孫の性というものなのだろうか。



 私とレオンは執事に案内されるままに、しばらく粛々と宮殿の廊下を進む。
 宮殿の最奥に着くと執事が足を止め、「こちらでございます」と扉をあけ、そっと横に移動する。


「お入りなさい。リェイダ男爵とアンドーラ子爵」


 扉の前に立つ私とレオンを、落ち着いたやや低めの心地よい女性の声が出迎えた。
 中庭を背に小柄な中年女性が微笑んでいる。


「二人とも、さぁこちらにいらっしゃい」


 レオンは女性の前に跪き、「王妃殿下。お待たせしてしまいましたか?」と手を取り口づけをした。

 私もレオンに倣い最上級のお辞儀をする。


(この方が王妃殿下……)


 歳のころは四十代中程。髪には白いものが混じり、顔《かんばせ》にも年相応の歴史が刻まれている。
 だが、それでも十人並み以上に美しい。

 王妃殿下は鷹揚に空いているソファを勧め、


「待ってはいないわ。ちょうどいい時間よ。さぁお座りなさいな」
「ありがとうございます」


 私は頭を下げながら部屋を見渡した。
 声が届くか届かぬか絶妙に離れた場所でサグント侯爵夫妻、そしてルーゴ伯爵(私の顔を見て随分居心地悪そうだ!)が茶を啜りながら静かにこちらを伺っている。


「リェイダ女男爵……呼びにくいわね。フェリシアでいいわよね。急に呼び立てて悪かったわね」
「いいえ。ご招待いただき光栄に思っております。殿下」


 私はソファに腰をかけ愛らしく無邪気な笑みを作る。
 如何にも王妃に会えて嬉しくてたまらないというように。

 王妃殿下と個人的な対面は初めてだ。
 エリアナ時代でも行事では顔を合わすことはあっても、言葉を交わすことはなかった。

 ただ、部屋の入り口から今まで、このわずかな間でも毒は感じられない。
 王太后殿下ほどは食わせ者ではないことは確かだろう。

(どの程度、王太后様と対立しているのかは、わからないけれど)

 きっと、私が王太后殿下の配下であることは知られているはずだ。
 警戒をしなくては。


 王妃殿下は私とレオンを見比べ、なぜか小さく頷いた。


「後で陛下がいらっしゃるのだけど、その前にあなたたちと話がしたかったの」と執事に茶を淹れるように命じる。

「ヨレンテの瞳、本当に美しいわ。黒髪に碧眼、セナイダと同じね。顔立ちもそっくり」


 それもそうだ。
 フェリシアはお祖父様の子なのだ。


「私はルーゴの庶子ではありますが、実父は……」
「あぁフェリシア。言いづらいことは言わなくてもいいわ。あなたの顔立ちと姿で分かるから」


 王妃殿下はちらりと遠くのお父様を見て、口元をほんの少し歪める。


「ルーゴ伯はいたたまれないでしょうけどね」


 妻を寝取られたのだから……とまでは殿下はおっしゃらなかったが、まぁ同じことだ。


「庶子であろうが何だろうが、結果的にはマンティーノスの唯一の女相続人の権利を手にしたのだから、あなたは自らの生まれを卑しんではいけないわね。図々しいくらいがちょうど良いわ」
「そんな……」


 初対面にしては、ひどい言葉だ。
 思わず言葉に詰まってしまう。


(何故かいちいち刺さってくるんですけど??)


 ここまで見下される必要があるのか?ーーーーあるはずもない。

 身分差もあり言い返すことができないが、このまま言われっぱなしというのも癪に触る。
 私はそっと拳に力を入れた。
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