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68話 結婚しましょう。
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――そして。
初夏の日差しの下、お父様達は鉄格子のついた馬車に詰め込まれ粛々と屋敷を発った。
サグント家の騎士団が護衛につき、砂埃を上げながら王都へ向かう。
十日間かけてカディス全土に恥を撒き散らしながら……。
(今年の社交界の話題を独占しそうね……)
見栄を張って開催したハウスパーティの最中に、主宰一家が拘束され更迭される。
悪夢としか言いようがない。
他人の不幸ほど蜜の味というもの。
招待された客はほぼ全員帰宅して行ったが、彼らからも醜聞として伝えられるだろう。
前ウェステ女伯爵の婿が不正で私腹を肥やした上に当主の座を先々代の隠し子に奪い取られた、と。
(おかげでヨレンテの家名も地に落ちるでしょうね)
だが、落ち切ってしまえばあとは登るだけだ。
どんなに高い山だとしても頂は見えている。一歩一歩ゆっくりでも進んで行けばいい。
(大丈夫。私ならできるわ)
成し遂げてみせる。
二度目の人生を授けられた私の義務だから。
「フィリィ。これできみの当主への道が開けたわけだ。感慨深い?」
小さくなって行く馬車を見送っていた私にレオンが声をかけた。
オヴィリオを駆逐することには成功した。
当主への第一歩だ。
私は親指に光るサファイヤの指輪を握りしめる。
「多少はね……。でもこれからを考えると喜んではいられないわ。ヨレンテを立て直さなきゃいけないから」
「そうだね。あと何年かはしんどいだろうね。マンティーノスの柱の農業は上手くいっているとは言えない。オヴィリオが密輸に手を出さねばならなかったのには稼業不振も理由の一つだろうからね」
レオンの言う通りだ。
マンティーノスは一次産業がメインの領だが頼みの綱の農業生産額は年々下がってきている。
早急に別の産業を育てないといけない。
「課題は山積みね」
(こうなってしまったのは私の責任でもあるわ。エリアナの時も年若いというだけで実務にはあまり関わってこなかったんだもの)
私の怠慢なのだ。
甘やかされてお父様の良いように使われていたことに疑問ももたなかった。
お父様を盲信していなければ裏家業も暗殺も防げていたに違いない。
「フィリィ。思い詰めなくてもいいよ。僕も手伝うよ」
「ありがとう。嬉しいわ」
「それでね、相談があるんだけど?」
「ん? 何?」
「僕らの結婚についてだよ」
結婚?
(このタイミングで?)
『結婚』という言葉に後ろに控えていた使用人がざわめく。
(使用人達の前で言う事ないのに……)
唖然とした表情のレオンの部下にキラキラとした眼差しを向ける年若い下女たち……。
主人の慶事を喜ばない使用人はいない。
ただ高貴な人は恥の意識が違うことは知られているが、これは勘弁してほしかった。
私は慌ててレオンの腕をひき屋敷に入る。
周りに人がいないことを確認しドアに鍵をかけた。
「レオン、結婚本当にするの?」
「ん? ずっと言ってるじゃないか。まさか冗談だと思ってたの?」
冗談、とは思ってはいない。
婚約した以上、結婚はあるだろうとも思っている。
ただそれはもう少し先の未来であるべきなのだ。
(心の準備ってものが必要なの……)
悲しいことに不意に訪れるこういう場面にどうしたらいいのか分からない。
恋愛の駆け引きの腕前はルアーナ以下だ。
「……あの、えっと……そんなことないわ。考えなかったわけではないの」
「僕はウェステ女伯爵叙位と同時が一番良いと思うけどね」
「ええ……急がなくてもいいんじゃない? 落ち着いてからじっくりとね?」
レオンが私の唇をなぞる。
「フィリィ。わかっているだろ。爵位を継ぐならば絶対に必要だよ。僕との結婚」
サグント侯爵家と婚姻関係にあれば、相手が誰であろうとヨレンテにも私にも手を出せなくなる。
「マンティーノスだけでなく、きみを社交界から守るためにもね。急いだ方がいい」
確かに。
サグント家を敵に回そうという貴族はいない。
社交界においても私を軽んじるということは起こらないだろう(裏では散々に言われるだろうが。視界に入らなければ問題はない)
ただし。
個人的には……。
「その結婚は普通の、その……政略結婚だけど夫婦としての義務は……」
「何言ってるの、フィリィ。夫婦なんだから。もちろんあるだろ」
「ですよね……」
あぁもう。
観念するしかないようだ。
ルアーナに言った通りだ。
私にとってレオン以上の相手などどこにもいない。
それにフェリシアも喜んでいるのだ。
(フェリシアからの縁ならば切れないわ)
それに私は……。
「レオン、分かった。結婚しましょう」
初夏の日差しの下、お父様達は鉄格子のついた馬車に詰め込まれ粛々と屋敷を発った。
サグント家の騎士団が護衛につき、砂埃を上げながら王都へ向かう。
十日間かけてカディス全土に恥を撒き散らしながら……。
(今年の社交界の話題を独占しそうね……)
見栄を張って開催したハウスパーティの最中に、主宰一家が拘束され更迭される。
悪夢としか言いようがない。
他人の不幸ほど蜜の味というもの。
招待された客はほぼ全員帰宅して行ったが、彼らからも醜聞として伝えられるだろう。
前ウェステ女伯爵の婿が不正で私腹を肥やした上に当主の座を先々代の隠し子に奪い取られた、と。
(おかげでヨレンテの家名も地に落ちるでしょうね)
だが、落ち切ってしまえばあとは登るだけだ。
どんなに高い山だとしても頂は見えている。一歩一歩ゆっくりでも進んで行けばいい。
(大丈夫。私ならできるわ)
成し遂げてみせる。
二度目の人生を授けられた私の義務だから。
「フィリィ。これできみの当主への道が開けたわけだ。感慨深い?」
小さくなって行く馬車を見送っていた私にレオンが声をかけた。
オヴィリオを駆逐することには成功した。
当主への第一歩だ。
私は親指に光るサファイヤの指輪を握りしめる。
「多少はね……。でもこれからを考えると喜んではいられないわ。ヨレンテを立て直さなきゃいけないから」
「そうだね。あと何年かはしんどいだろうね。マンティーノスの柱の農業は上手くいっているとは言えない。オヴィリオが密輸に手を出さねばならなかったのには稼業不振も理由の一つだろうからね」
レオンの言う通りだ。
マンティーノスは一次産業がメインの領だが頼みの綱の農業生産額は年々下がってきている。
早急に別の産業を育てないといけない。
「課題は山積みね」
(こうなってしまったのは私の責任でもあるわ。エリアナの時も年若いというだけで実務にはあまり関わってこなかったんだもの)
私の怠慢なのだ。
甘やかされてお父様の良いように使われていたことに疑問ももたなかった。
お父様を盲信していなければ裏家業も暗殺も防げていたに違いない。
「フィリィ。思い詰めなくてもいいよ。僕も手伝うよ」
「ありがとう。嬉しいわ」
「それでね、相談があるんだけど?」
「ん? 何?」
「僕らの結婚についてだよ」
結婚?
(このタイミングで?)
『結婚』という言葉に後ろに控えていた使用人がざわめく。
(使用人達の前で言う事ないのに……)
唖然とした表情のレオンの部下にキラキラとした眼差しを向ける年若い下女たち……。
主人の慶事を喜ばない使用人はいない。
ただ高貴な人は恥の意識が違うことは知られているが、これは勘弁してほしかった。
私は慌ててレオンの腕をひき屋敷に入る。
周りに人がいないことを確認しドアに鍵をかけた。
「レオン、結婚本当にするの?」
「ん? ずっと言ってるじゃないか。まさか冗談だと思ってたの?」
冗談、とは思ってはいない。
婚約した以上、結婚はあるだろうとも思っている。
ただそれはもう少し先の未来であるべきなのだ。
(心の準備ってものが必要なの……)
悲しいことに不意に訪れるこういう場面にどうしたらいいのか分からない。
恋愛の駆け引きの腕前はルアーナ以下だ。
「……あの、えっと……そんなことないわ。考えなかったわけではないの」
「僕はウェステ女伯爵叙位と同時が一番良いと思うけどね」
「ええ……急がなくてもいいんじゃない? 落ち着いてからじっくりとね?」
レオンが私の唇をなぞる。
「フィリィ。わかっているだろ。爵位を継ぐならば絶対に必要だよ。僕との結婚」
サグント侯爵家と婚姻関係にあれば、相手が誰であろうとヨレンテにも私にも手を出せなくなる。
「マンティーノスだけでなく、きみを社交界から守るためにもね。急いだ方がいい」
確かに。
サグント家を敵に回そうという貴族はいない。
社交界においても私を軽んじるということは起こらないだろう(裏では散々に言われるだろうが。視界に入らなければ問題はない)
ただし。
個人的には……。
「その結婚は普通の、その……政略結婚だけど夫婦としての義務は……」
「何言ってるの、フィリィ。夫婦なんだから。もちろんあるだろ」
「ですよね……」
あぁもう。
観念するしかないようだ。
ルアーナに言った通りだ。
私にとってレオン以上の相手などどこにもいない。
それにフェリシアも喜んでいるのだ。
(フェリシアからの縁ならば切れないわ)
それに私は……。
「レオン、分かった。結婚しましょう」
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