上 下
42 / 102

42話 夜の静寂と揺らぐ気持ち。

しおりを挟む
 婚約者といえども未婚の娘が男性と同じ部屋で過ごすことは忌諱されるべきことだとカディスでは考えられている。

 とはいえ。

 ハウスパーティは郊外の個人宅ということと非日常の開放感から羽目を外す客も多い(というかこちらがメインだったりもする)。
 王都や自領では到底できないことも許容されてしまうのが、ハウスパーティの代名詞でもあるのだ。

 私達までもその悪習に倣わなくてもいいのではないかと思うのだが。


(同じ部屋で同じベッドとか、後々の評判が怖いわ)


 社交界はゴシップに飢えている。
 婚約しているとはいえ、他の客もいるこの空間で同じ部屋でレオンと朝まで過ごすこと。
 若い世代は気にもしないだろうが、社交界の重鎮たちには注目のカップルの痴態をよく思わない人も多いだろう。


(社交界で嫌われたくない。マンティーノスを取り戻した後も噂されるなんて最悪よ)


 それにこの婚約もお互いに思惑があってのことだ。目標を達成した後に破談にならない保障はない。



 ということを割り当てられた客間のベッドの上でぼやいた。
 
 すでに寝支度はし終わり、お互い寝巻き姿である。
 蝋燭の淡い光がベッドサイドに灯るだけの薄暗い中にレオンの白い部屋着が浮かぶ。
 だらりと着崩した姿が妙に色っぽい。


「フィリィ、今更何言ってるの? 僕ときみ、婚約しているわけだしね。一緒に寝ることなんて大したことじゃない」

「そうは言っても……。レオン、これからどうなるかわからないわけだし。破談になるかもしれないでしょう?お互い面倒臭いことになるわ」


 人生は長いのだ。
 今回の人生では老衰で死ぬと決めている。
 たった一度のスキャンダルで、一生身持ちが悪いと思われるのも癪だ。


「はぁ……。婚約破棄とか言わないでくれる? 将来どうなるかなんて誰にもわからないことだ。とりあえず今のところ僕はきみを手放す予定はないってことは確かだよ」


 レオンはするりとベッドに潜り込んだ。


「それにね。誤解していると思うんだけど、僕が誰とでも寝るって思ってない? 僕は嫌がる人に強行する趣味はないよ。だからね、きみと同じベッドで休んでも触れない。きみが望むなら別だけど」


 と私の頬を撫でる。
 レオンのヘーゼルの瞳に何か少し熱がこもっているような気がするが……。
 私はあえて無視し、


「……望まないわ。そうね。同じベッドで朝まで睡眠をとるだけよ。それ以上はなし」
「わかった」


 レオンは私の胸元まで上掛けを引き上げて、切なそうにこちらを見つめる。


「でもおやすみのキスくらいはしてもいいかな?」
「……まぁいいけど」


(これ位は許してあげる。どうせ額でしょう?)


 いつも通りのスキンシップだ。
 二人しかいない部屋でまでする必要があるのかなとは思わないでもないけど。

 レオンは体を捩り、私に覆いかぶさるとそっと顔を寄せた。


「ねぇフィリィ。目閉じてもらえないかな?」
「目??」


 なぜ?……と訊く暇もなく、レオンは唇を重ねる。
 セージとスペアミントの香りとともに押し寄せる柔らかでほんの少し湿った唇の感触が気恥ずかしい。


(って唇ですか!!)


 私は慌ててレオンの胸を押し離した。


「聞いてない……レオン……」
「え、忘れた? 許可はもらったよ。それにね婚約者だからね、これ位は許されるだろ」
「う……」


(こんな時、どう答えればいいのかしら……)


 エリアナとしてもフェリシアとしても恋愛経験がほぼない私だ。
 そもそもホアキンとはキス……もしていなかった。ごく稀に頬や額に軽く唇を当てるだけだったのだ。


(あれは愛情からではなかったわ。ただのご機嫌取りなだけだったのね。ルアーナとはもっと感情のこもった関係だっただろうし)


 かわいそうなエリアナ。
 しかし過去の過ちというのは、こうも心を削るものなのか。


「やっぱりかわいいね。フィリィ」


 レオンはひとしきり笑うと真顔に戻る。


「このまま聞いて。この部屋の扉の外と窓の下にね、サグント騎士をつけている。隣の従者控室にも僕付きの侍従と戦闘訓練を受けた侍女がいる。何もないと思うけど、もしも僕がきみの側にいない時は彼らを頼るんだ。オヴィリオはきみを殺しにかかるよ。エリアナ様と同じようにね」

「ありがとう。気をつけるわ」
「きみは誰よりも大切なんだよ。忘れないで」


 レオンの大切だという言葉の真意はわからない。
 私はレオンの野心の為の道具に過ぎないのだ。

 でも心が熱くなるのは錯覚だろうか。


「さぁ寝よう。フェリシア。昼間無理したせいかな、実は限界なんだ……。おやすみ、僕の婚約者殿」
「うん。ゆっくり休んで。おやすみなさい。レオン」


 やがて隣から穏やかな寝息が漏れ始めた。
 窓の外からフクロウの鳴き声がする。
 

 夜は更け、そして朝を迎えた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。

木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。 因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。 そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。 彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。 晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。 それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。 幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。 二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。 カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。 こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。

嫌われ者の側妃はのんびり暮らしたい

風見ゆうみ
恋愛
「オレのタイプじゃないんだよ。地味過ぎて顔も見たくない。だから、お前は側妃だ」 顔だけは良い皇帝陛下は、自らが正妃にしたいと希望した私を側妃にして別宮に送り、正妃は私の妹にすると言う。 裏表のあるの妹のお世話はもううんざり! 側妃は私以外にもいるし、面倒なことは任せて、私はのんびり自由に暮らすわ! そう思っていたのに、別宮には皇帝陛下の腹違いの弟や、他の側妃とのトラブルはあるし、それだけでなく皇帝陛下は私を妹の毒見役に指定してきて―― それって側妃がやることじゃないでしょう!? ※のんびり暮らしたかった側妃がなんだかんだあって、のんびりできなかったけれど幸せにはなるお話です。

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

運命の歯車が壊れるとき

和泉鷹央
恋愛
 戦争に行くから、君とは結婚できない。  恋人にそう告げられた時、子爵令嬢ジゼルは運命の歯車が傾いで壊れていく音を、耳にした。    他の投稿サイトでも掲載しております。

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

深窓の悪役令嬢~死にたくないので仮病を使って逃げ切ります~

白金ひよこ
恋愛
 熱で魘された私が夢で見たのは前世の記憶。そこで思い出した。私がトワール侯爵家の令嬢として生まれる前は平凡なOLだったことを。そして気づいた。この世界が乙女ゲームの世界で、私がそのゲームの悪役令嬢であることを!  しかもシンディ・トワールはどのルートであっても死ぬ運命! そんなのあんまりだ! もうこうなったらこのまま病弱になって学校も行けないような深窓の令嬢になるしかない!  物語の全てを放棄し逃げ切ることだけに全力を注いだ、悪役令嬢の全力逃走ストーリー! え? シナリオ? そんなの知ったこっちゃありませんけど?

そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。

しげむろ ゆうき
恋愛
 男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない  そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった 全五話 ※ホラー無し

【完結】ヤンデレ設定の義弟を手塩にかけたら、シスコン大魔法士に育ちました!?

三月よる
恋愛
14歳の誕生日、ピフラは自分が乙女ゲーム「LOVE/HEART(ラブハート)」通称「ラブハ」の悪役である事に気がついた。シナリオ通りなら、ピフラは義弟ガルムの心を病ませ、ヤンデレ化した彼に殺されてしまう運命。生き残りのため、ピフラはガルムのヤンデレ化を防止すべく、彼を手塩にかけて育てる事を決意する。その後、メイドに命を狙われる事件がありながらも、良好な関係を築いてきた2人。 そして10年後。シスコンに育ったガルムに、ピフラは婚活を邪魔されていた。姉離れのためにガルムを結婚させようと、ピフラは相手のヒロインを探すことに。そんなある日、ピフラは謎の美丈夫ウォラクに出会った。彼はガルムと同じ赤い瞳をしていた。そこで「赤目」と「悪魔と黒魔法士」の秘密の相関関係を聞かされる。その秘密が過去のメイド事件と重なり、ピフラはガルムに疑心を抱き始めた。一方、ピフラを監視していたガルムは自分以外の赤目と接触したピフラを監禁して──?

処理中です...