38 / 102
38話 あなたとルアーナはちがう。
しおりを挟む
「なんて恥知らずなことでしょうね。ご自身の立場がどんなに危ういものかも自覚せずに、堂々と裏切りを宣言するだなんて」
私は嘲笑いたくなるのを我慢し、いかにも憐れんで同情心から語っているのだと言うように表情を作る。
「は? 裏切りなどしてない!」
ホアキンはさらに声を張り上げた。
(呆けて骨抜きにされたのか、お酒のせいか。こんな反応をするだなんて)
情けない。
「ホアキンさん。婚約者の妹と通じておきながら、それが裏切りはないとなれば何なのでしょうか。それともいつの間にか私の知らない概念でもできたのかしら」
私は皿に残ったマグロのソテーをフォークでつつく。
「そういえばマグロや大型の海魚には体内に虫が巣食っていると聞いたことがあります。ホアキンさんも似ていらっしゃいません? 名前はええとなんと言ったかしら」
しばらく考え「うんそうだわ」と頷いて、
「寄生虫。寄生虫ね」
「き…寄生虫??」
広間の客がわずかに騒めいた。
『わかってはいるけれど、誰も言わなかった』と言うことか。
地域経済に影響を持つウェステ伯爵家に対し空気を読んで面と向かっては言う者もいなかったのだろう。
ただここまでの直接的な言葉は誰も想像もしていなかっただろうが。
(私自身もこんな言葉使うとは思っていなかったわ)
私は小さく息を吐き、ワインに口をつける。
あの19歳の誕生日に飲んだ甘口のマンティーノス産のワインと同じものだ。甘めだがはっきりとした葡萄の風味がする。
雑味は感じられないので今回は毒は入っていないようだ。
私は給仕係の下僕にホアキンの前からワインを下げるように命じ、
「ホアキンさんのご実家は確かウェステ伯爵家のご援助でなんとか持ち直していると噂を聞きました」
ホアキンの実家はカディスの一地方の伯爵家だ。
マンティーノスほどではないが豊かな農地を有する領主だ。
ただウェステ伯爵家と違うのは、投資に失敗し大きな借金があり経済的にはかなり逼迫した状況だということだ。
そこにお父様は目をつけた。
入婿として息子を迎え、恩を売ろうとしたのだ。
そうしてエリアナの婿に選ばれたのがホアキンだった。
ホアキンは長男ではない。
つまり財産は継ぐ権利を持っていない。
貴族の子でも次男以下は“部屋住み”でさほど重要ではない存在ということになる。
全ての条件の揃った都合のいい存在だった。
「ホアキンさんは家業のセンスもなかったのでしょう? それで跡取りに結婚相手が必要だったウェステ伯爵家との取引で入婿が決まったと言うことですよね。なのに伯爵様に養っていただきながらエリアナ様がご健在の頃から妹さんに熱を上げられていたとなれば、ねぇ?」
「セラノ様! あんまりな言い方です」愛する婚約者が詰められていることに我慢の限界なのか、ルアーナが口を挟む。
「あらそうだったかしら。あまりに見苦しかったからつい。でもあなたも同罪ではなくて? ルアーナさん」
「あ、……そんなことは……」
ルアーナは顔を赤くし俯いた。
流石に自分のやったこと(恐らく計画通りの行動だが)に自覚はあるようだ。
(わかっていながら奪ったものね。さぞ楽しかったでしょうね)
異母妹はエリアナを恨んでいたのだから。
「俺だけでなくルアーナにまで言いがかりをつけるとか正気とは思えん。……ルアーナ、大丈夫だよ」
ホアキンは愛する恋人を慰め、広間に響き渡るほどの声で爆笑する。
「ははは、俺が寄生虫ならばフェリシア様、あなたこそどうなのだ」と私を指差す。
「その黒髪と碧眼! あなたはルーゴ伯爵家の姿をしていない。姉妹でありながらカロリーナ様とは似ても似つかないところがあるではないか。ルーゴ伯爵の庶子ではないのか? ルーゴに寄生する卑しい庶子だろうが!」
(うん、庶子ってところは間違ってはいないわね)
お祖父様とルーゴ伯爵夫人との間にできたのがフェリシアなのだから。
けれど今は爵位を授与された貴族だ。
殺人まで犯した者にあれこれ言われるのも癪に触る。
「庶子と言われればそうだとしか言いようがありませんね。事実ですから。ただねぇ、ホアキンさん。あなたの大切なルアーナさんも庶子で平民ではありませんか」
「あなたとルアーナを一緒にするな! ルアーナは純粋で美しい人だ。同じ庶子でもあなたとは違う……!」
「何が違うのです?」
「心根が違う! あなたのように腐ってはいない!」
「心根……?」
えらく抽象的なものを持ってくるものだ。
これはもう私が高笑いしてもいいんじゃないか?
「サグント家嗣子の婚約者であり王太后殿下を後見に持つ私が、訳のわからないことで中傷された……その意味、わからないはずはないですよね? ホアキンさん」
私は嘲笑いたくなるのを我慢し、いかにも憐れんで同情心から語っているのだと言うように表情を作る。
「は? 裏切りなどしてない!」
ホアキンはさらに声を張り上げた。
(呆けて骨抜きにされたのか、お酒のせいか。こんな反応をするだなんて)
情けない。
「ホアキンさん。婚約者の妹と通じておきながら、それが裏切りはないとなれば何なのでしょうか。それともいつの間にか私の知らない概念でもできたのかしら」
私は皿に残ったマグロのソテーをフォークでつつく。
「そういえばマグロや大型の海魚には体内に虫が巣食っていると聞いたことがあります。ホアキンさんも似ていらっしゃいません? 名前はええとなんと言ったかしら」
しばらく考え「うんそうだわ」と頷いて、
「寄生虫。寄生虫ね」
「き…寄生虫??」
広間の客がわずかに騒めいた。
『わかってはいるけれど、誰も言わなかった』と言うことか。
地域経済に影響を持つウェステ伯爵家に対し空気を読んで面と向かっては言う者もいなかったのだろう。
ただここまでの直接的な言葉は誰も想像もしていなかっただろうが。
(私自身もこんな言葉使うとは思っていなかったわ)
私は小さく息を吐き、ワインに口をつける。
あの19歳の誕生日に飲んだ甘口のマンティーノス産のワインと同じものだ。甘めだがはっきりとした葡萄の風味がする。
雑味は感じられないので今回は毒は入っていないようだ。
私は給仕係の下僕にホアキンの前からワインを下げるように命じ、
「ホアキンさんのご実家は確かウェステ伯爵家のご援助でなんとか持ち直していると噂を聞きました」
ホアキンの実家はカディスの一地方の伯爵家だ。
マンティーノスほどではないが豊かな農地を有する領主だ。
ただウェステ伯爵家と違うのは、投資に失敗し大きな借金があり経済的にはかなり逼迫した状況だということだ。
そこにお父様は目をつけた。
入婿として息子を迎え、恩を売ろうとしたのだ。
そうしてエリアナの婿に選ばれたのがホアキンだった。
ホアキンは長男ではない。
つまり財産は継ぐ権利を持っていない。
貴族の子でも次男以下は“部屋住み”でさほど重要ではない存在ということになる。
全ての条件の揃った都合のいい存在だった。
「ホアキンさんは家業のセンスもなかったのでしょう? それで跡取りに結婚相手が必要だったウェステ伯爵家との取引で入婿が決まったと言うことですよね。なのに伯爵様に養っていただきながらエリアナ様がご健在の頃から妹さんに熱を上げられていたとなれば、ねぇ?」
「セラノ様! あんまりな言い方です」愛する婚約者が詰められていることに我慢の限界なのか、ルアーナが口を挟む。
「あらそうだったかしら。あまりに見苦しかったからつい。でもあなたも同罪ではなくて? ルアーナさん」
「あ、……そんなことは……」
ルアーナは顔を赤くし俯いた。
流石に自分のやったこと(恐らく計画通りの行動だが)に自覚はあるようだ。
(わかっていながら奪ったものね。さぞ楽しかったでしょうね)
異母妹はエリアナを恨んでいたのだから。
「俺だけでなくルアーナにまで言いがかりをつけるとか正気とは思えん。……ルアーナ、大丈夫だよ」
ホアキンは愛する恋人を慰め、広間に響き渡るほどの声で爆笑する。
「ははは、俺が寄生虫ならばフェリシア様、あなたこそどうなのだ」と私を指差す。
「その黒髪と碧眼! あなたはルーゴ伯爵家の姿をしていない。姉妹でありながらカロリーナ様とは似ても似つかないところがあるではないか。ルーゴ伯爵の庶子ではないのか? ルーゴに寄生する卑しい庶子だろうが!」
(うん、庶子ってところは間違ってはいないわね)
お祖父様とルーゴ伯爵夫人との間にできたのがフェリシアなのだから。
けれど今は爵位を授与された貴族だ。
殺人まで犯した者にあれこれ言われるのも癪に触る。
「庶子と言われればそうだとしか言いようがありませんね。事実ですから。ただねぇ、ホアキンさん。あなたの大切なルアーナさんも庶子で平民ではありませんか」
「あなたとルアーナを一緒にするな! ルアーナは純粋で美しい人だ。同じ庶子でもあなたとは違う……!」
「何が違うのです?」
「心根が違う! あなたのように腐ってはいない!」
「心根……?」
えらく抽象的なものを持ってくるものだ。
これはもう私が高笑いしてもいいんじゃないか?
「サグント家嗣子の婚約者であり王太后殿下を後見に持つ私が、訳のわからないことで中傷された……その意味、わからないはずはないですよね? ホアキンさん」
0
お気に入りに追加
226
あなたにおすすめの小説
「お前を妻だと思ったことはない」と言ってくる旦那様と離婚した私は、幼馴染の侯爵から溺愛されています。
木山楽斗
恋愛
第二王女のエリームは、かつて王家と敵対していたオルバディオン公爵家に嫁がされた。
因縁を解消するための結婚であったが、現当主であるジグールは彼女のことを冷遇した。長きに渡る因縁は、簡単に解消できるものではなかったのである。
そんな暮らしは、エリームにとって息苦しいものだった。それを重く見た彼女の兄アルベルドと幼馴染カルディアスは、二人の結婚を解消させることを決意する。
彼らの働きかけによって、エリームは苦しい生活から解放されるのだった。
晴れて自由の身になったエリームに、一人の男性が婚約を申し込んできた。
それは、彼女の幼馴染であるカルディアスである。彼は以前からエリームに好意を寄せていたようなのだ。
幼い頃から彼の人となりを知っているエリームは、喜んでその婚約を受け入れた。二人は、晴れて夫婦となったのである。
二度目の結婚を果たしたエリームは、以前とは異なる生活を送っていた。
カルディアスは以前の夫とは違い、彼女のことを愛して尊重してくれたのである。
こうして、エリームは幸せな生活を送るのだった。
【完結】殿下、自由にさせていただきます。
なか
恋愛
「出て行ってくれリルレット。王宮に君が住む必要はなくなった」
その言葉と同時に私の五年間に及ぶ初恋は終わりを告げた。
アルフレッド殿下の妃候補として選ばれ、心の底から喜んでいた私はもういない。
髪を綺麗だと言ってくれた口からは、私を貶める言葉しか出てこない。
見惚れてしまう程の笑みは、もう見せてもくれない。
私………貴方に嫌われた理由が分からないよ。
初夜を私一人だけにしたあの日から、貴方はどうして変わってしまったの?
恋心は砕かれた私は死さえ考えたが、過去に見知らぬ男性から渡された本をきっかけに騎士を目指す。
しかし、正騎士団は女人禁制。
故に私は男性と性別を偽って生きていく事を決めたのに……。
晴れて騎士となった私を待っていたのは、全てを見抜いて笑う副団長であった。
身分を明かせない私は、全てを知っている彼と秘密の恋をする事になる。
そして、騎士として王宮内で起きた変死事件やアルフレッドの奇行に大きく関わり、やがて王宮に蔓延る謎と対峙する。
これは、私の初恋が終わり。
僕として新たな人生を歩みだした話。
嫌われ者の側妃はのんびり暮らしたい
風見ゆうみ
恋愛
「オレのタイプじゃないんだよ。地味過ぎて顔も見たくない。だから、お前は側妃だ」
顔だけは良い皇帝陛下は、自らが正妃にしたいと希望した私を側妃にして別宮に送り、正妃は私の妹にすると言う。
裏表のあるの妹のお世話はもううんざり!
側妃は私以外にもいるし、面倒なことは任せて、私はのんびり自由に暮らすわ!
そう思っていたのに、別宮には皇帝陛下の腹違いの弟や、他の側妃とのトラブルはあるし、それだけでなく皇帝陛下は私を妹の毒見役に指定してきて――
それって側妃がやることじゃないでしょう!?
※のんびり暮らしたかった側妃がなんだかんだあって、のんびりできなかったけれど幸せにはなるお話です。
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
運命の歯車が壊れるとき
和泉鷹央
恋愛
戦争に行くから、君とは結婚できない。
恋人にそう告げられた時、子爵令嬢ジゼルは運命の歯車が傾いで壊れていく音を、耳にした。
他の投稿サイトでも掲載しております。
深窓の悪役令嬢~死にたくないので仮病を使って逃げ切ります~
白金ひよこ
恋愛
熱で魘された私が夢で見たのは前世の記憶。そこで思い出した。私がトワール侯爵家の令嬢として生まれる前は平凡なOLだったことを。そして気づいた。この世界が乙女ゲームの世界で、私がそのゲームの悪役令嬢であることを!
しかもシンディ・トワールはどのルートであっても死ぬ運命! そんなのあんまりだ! もうこうなったらこのまま病弱になって学校も行けないような深窓の令嬢になるしかない!
物語の全てを放棄し逃げ切ることだけに全力を注いだ、悪役令嬢の全力逃走ストーリー! え? シナリオ? そんなの知ったこっちゃありませんけど?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる