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35話 意味不明な思考回路。

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 私は両腕を組み眉を上げた。


「そもそも私はあなたに名で呼ばれるほどに親しい間柄だったかしら?」


 フェリシアとルアーナは同い年ではある。親近感を持ち名で呼び合うこともあるだろう。
 けれど、フェリシアとしてはほぼ初対面だ。
 身分差もある中で、いきなり名前呼びとは……。


(貴族の常識ではあり得ないわね)


 ルアーナが無知なのか、意図的なのか……。


「えっ……」


 ルアーナは想像と違う厳しい反応に子犬のように怯え肩を震わせた。


「私の記憶が違っていたら教えてほしいのだけど、お会いしたのも今日で二度目ですよね。ルアーナさんとは年が近そうですし、まぁ近しい気持ちになるのも理解できます。でも私は爵位がありますけど、あなたは、ねぇ?」


 あえて嫌味っぽく言う。

 ルアーナは正確には貴族でもない。
 お父様はカディスでは爵位を持っていない。隣国の伯爵家の三男だ。
 ウェステ伯爵の地位を簒奪するためにエリアナを殺めたものの『ヨレンテの盟約』のために爵位を受け継ぐことはできていない。
 なのでルアーナはただの平民の娘だ。


「セ……セラノ様。お気を悪くさせてしまったのなら、ごめんなさい。悪気はなかったのです」


 ルアーナは肩をすぼめ上目遣いでこちらを見上げた。

 異母妹は美貌の母を持つだけあり、客観的に見れば可愛い。
 頬に影を落とす長いまつ毛や艶やかな肌は同性でもハッとするほどに美しい。


(まぁ可愛いけれど)


 きっと計算した上でのものだ。
 身内でいる頃は気づかなかったが、今となればよくわかる。
 ルアーナは自分をどう見せる(見える)のかに敏感な子だった。

 この仕草も、こちら側に罪悪感を与える――しかも自然に見せる絶妙な塩梅なのだ!――ように謀ったものだろう。

 過去の自分に無性に苛立つ。
 エリアナの婚約者だったホアキンもきっとこの手で落としたのだろう。


「あの、舞踏会でお会いしてからずっと気になっていたんです。初めてお会いしたのに、昔から知っているような気がして」


 ルアーナは明るい笑顔でぽんっと手を叩いた。


「そうだわ! お姉様に似ていらっしゃるのです。フェリシアさ……セラノ様は、その墓に眠っているお姉様にそっくりで……」

「私がエリアナ様に似ている?」

「ええ。髪の色も瞳も、背格好も……よく似ています。まるで姉妹のようです。それで思わず懐かしくなってしまって」


 そりゃそうだ。
 叔母と姪なのだから。
 公然の秘密であるが。ルアーナは知らされていないのだろうか。

 私は大きく息をつく。


「おかしなことを言うのね。私はルーゴ伯爵家の娘よ。エリアナ様の妹はあなたでしょう?」

「ええ、妹ですが……。私はお姉様とは半分しか血がつながっていません。父が同じですが、母は別です」

「確かに。ヨレンテの血はなさそうね」


 黒髪に碧眼のヨレンテの証を持っているのは私だけだ。
 他はこの墓の下に眠っている。


「そういえばルアーナさんは私に用事があって追ってきたのではなくて?」

「あ、そうでした。私、セラノ様とお話がしたかったのです。」


 ルアーナは口ごもりながら、


「あのセラノ様はエリアナお姉様にそっくりですから、その……男性の好みも似ているかもしれないって……」

「は???」


 意味がわからない。


「高位の貴族の方の結婚は政略的なものですよね? セラノ様とアンドーラ子爵様もそうなのでしょう? 高貴な方々は結婚と恋愛は別とお考えになられますし……。セラノ様が子爵に対してお気持ちがなくて、それでもしも私の婚約者のホアキンのことを好きになられたら困るなって思ったのです。お姉様はホアキンを愛されていらしたので」

「つまりあなたは、私とレオンの間に感情はなく結婚も形式的なもので、エリアナ様に似ている私があなたの婚約者を奪うのではないかっていうのね」


 馬鹿馬鹿しい。
 エリアナはホアキンを愛していたけれど、裏で裏切っていたと知った今、再び魅かれることなどあり得ない。
 それに。


(顔が似ているから、ホアキンを好きになるとか……)


 どう考えたらそうなるのだ。
 ルアーナの思考は残念なのか?
 身内も兄弟もいなかったエリアナにとって、たった一人の妹ルアーナはかけがえの無いものと思っていたが。


(エリアナを亡くしてすぐにルアーナとホアキンを婚約させるというのも意味不明だったけど)


 今回もかなり衝撃的だ。
 もしかして私の元家族は違う常識で生きているのだろうか。


「ルアーナさん。はるばるマンティーノスまで来て、まさかこんなにひどい屈辱を受けることになるとは思わなかったわ」


 この突拍子もない思考をどうしたら良いのか。軽く頭痛もしてきた。
 私はこめかみを押さえる。


「エリアナ様と私が似ているからといって、男性の好みも同じわけないでしょう。それにあなたの婚約者がレオンに優っているとは到底思えないわ。ルアーナさん、あなたの言動はサグント侯爵家をも侮辱したのよ。許されると思っているの?」

「ああ。本当にごめんなさい。セラノ様。お怒りにならないでください。そんなつもりではなかったのです」

「あなたがどういうつもりかは知りたくもありません。……こんな馬鹿げた話、聞きたくないわ」


 しかも墓地で。
 エリアナとお母様の前で、だ。
 祈りを邪魔された上で、これなのか。


「ルアーナさん。そもそも婚約者がありながらその妹とも通じてるっていう浮気男を、私が好きになると思う?」

「え。浮気って?……どうして知ってるの?」

「もしかして本当にお姉様なの」と呟き、ルアーナはすぐにそんなことはないと首を振る。

「申し訳ありません。セラノ様。邪推でした。お許しください」


 私は自分のやらかしに気づき打ち震えるルアーナを見てふと思いつく。


(ルアーナを利用すればいいのでは?)


 思い切り利用して捨てればいい。さぞスッキリすることだろう。
 幸いにもこの場にいるのは私とルアーナの二人だけ。
 誰にも証明できないのだ。


(復讐の術はいくつあってもいいわ)


 そのために戻ってきたのだから。
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