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31話 理由を教えて。
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身分制度のあるカディスで、自分よりも高位にある者の圧に耐えられる者はそうはいない。
無爵位のお父様はなおさらだ。
声にならない呻き声をあげ、お父様はただ承諾するしかなかった。
項垂れるお父様を尻目に、レオンと私は再びホールに戻る。
わたしたちの到着を見計らったかのようにホールに曲が流れ始めた。
さっきと同じワルツだが、今回はより滑らかでゆっくりとした曲調だ。最初の曲がワルツにしては軽快だったので客を休ませる意図もあるのかもしれない。
(フェリシアの足はヒールに慣れていないから助かったわ)
エリアナは社交界に出始める前から高いヒールのついた靴に慣れ親しんでいた。なので足に優しくなくても耐えることができたが……。
フェリシアは冷遇されてきたために日常生活を送るために必要な最低限の靴しか履くことができなかった。
つまりはおしゃれとは無縁だったのだ。
舞踏会に出るということと踵の高い靴はセット。
急遽履くことになったのだが、おかげでダンス一曲踊るのでさえも足が悲鳴をあげる始末だ。
(中身がエリアナでも体はフェリシアだものね。これは仕方ないわ)
「レオン、ごめん。足が痛くて踊れないわ」
レオンは「ビカリオ夫人はきみの足まで鍛えてくれなかったんだね」と笑う。
そして嫌な顔ひとつせずにダンスを終え、「痛みが治るまで休んだらいいよ」と下僕に指示してテラス席を確保すると、優しくエスコートしてくれたのだった。
テラスはホールの熱気から逃れてきた客たちで混み合ってはいたが、屋外であるぶん夜風が通りとても涼しい。
(ホアキンはこんなことしてくれなかったわ……)
レオンの優しさが嬉しい。
「フィリィ。どうぞ。アルコールよりはこっちの方がいいよ」
レオンからレモネードの入ったグラスを受け取ると私は一気に飲み干した。
疲れた体に染み入る。
(王太后殿下との入場、お父様との初対面。やってのけたわ)
これまでの穏やかな(そして何もない)生活とはかけ離れた刺激的なイベントだ。
想像以上に疲れていた。
心ではなく体が、だが。
「フィリィ、きみはずいぶん度胸が据わってるんだね。驚いたよ。デビュタントのはずが百戦錬磨の淑女のようだった」
二度目だから……という言葉はグッと飲み込む。
初めてじゃないので余裕はある。
「頑張ったんだけど、ダメだったかな? レオン目線だと不合格?」
「不合格どころか、優秀すぎて困るくらいだよ。堂々としているけれど、初々しさもあった。いつの間にこんな手練れになったの?」
「すごく気合い入れただけよ? レオンのために」
半分は嘘だが、半分は真実だ。
いや、割合は違うか。八割は自分のためだ。
「うれしいこと言ってくれるね」
レオンは『人前ルーティーン』であるスキンシップ……今回は頬にキスらしい……をする。
円満なことをアピールするためなのだが、人前では忘れずに必ず行っている。
(今日っていう大舞台でも忘れずに実行するって)
律儀な性格だ。
いつもならばこれで終わりだが、ふと思いつき今回は私からも返してみることにした。
たまにはサプライズもいいかもしれない。
(お返ししなくちゃね)
私はレオンの首に手を回し体と顔を寄せて、レオンの唇……の横に頬を軽く当てる。
あえて唇どころか頬にさえキスはしなかった。
しても良かったが、理由もなく腹が立つのでやめたのだ。
(どうせフリだけなんだし……)
もっと親密になれば違ってくるのだろうが……。
「フィリィ」
レオンはあからさまに失望したと肩を落とす。
「この流れだと唇にキスしてくれると思ったんだけど? しかもさ、キスですらなく頬を当てただけとか。がっかりだ」
「十分でしょ? レオンも私もお互いに夢中だって周りからは見えてるわ」
「……足りないと思うけどな」
「え、そうかな??」
風向きが悪くなりそうだ。私は話題を変える。
「さっきのお父……オヴィリオさんに対する態度、すごく強引すぎるように思えたけど?」
お父様への態度は強引どころか脅迫だ。
自分の立場を利用して諾と言わせるなんて。
「んー、でもあっさり引き受けてくれただろ。オヴィリオは娘を亡くしもう2ヶ月経つというのに未だに爵位を引き継げずにいる。代理としての実績も十分なのに、だ。めちゃくちゃ焦っている時に、正面からぶつかってもフィリィを客として迎え入れてくれないさ」
「確かにそうだけど」
「使えるものは遠慮せずに使えばいいんだよ」
こんなことに時間を取られることはないとレオンは私の前髪を直した。
「それにきみの望みに比べたら立場を利用するぐらい大したことないだろ」
なんていい人なんだろう。
もしもお芝居ではなく本当に私を思っていてくれたら素晴らしいだろうな……そんな思いが脳裏に浮かぶ。
(違う。レオンが私に親切なのは思惑があるから。目的を叶えるために私が必要だからここまでしてくれるだけよ)
決して私個人に思い入れがあるわけではない。
レオンはレオンの願望を叶えるために、私と婚約をしているだけだ。
無条件で愛してくれる素敵な恋人ではなく、目的を果たすための相棒なのだ。
(このまま一緒にいるのも、きっと辛くなる。そろそろ訊いてもいいかもしれない)
でも答えが絶望しかなかったら?
私は腕組みをし忙しなく指を動かす。
意を決して顔を上げた。
「レオン、あなたは私が婚約者である以上に尽くしてくれるわ。どうしてそこまでしてくれるの?」
無爵位のお父様はなおさらだ。
声にならない呻き声をあげ、お父様はただ承諾するしかなかった。
項垂れるお父様を尻目に、レオンと私は再びホールに戻る。
わたしたちの到着を見計らったかのようにホールに曲が流れ始めた。
さっきと同じワルツだが、今回はより滑らかでゆっくりとした曲調だ。最初の曲がワルツにしては軽快だったので客を休ませる意図もあるのかもしれない。
(フェリシアの足はヒールに慣れていないから助かったわ)
エリアナは社交界に出始める前から高いヒールのついた靴に慣れ親しんでいた。なので足に優しくなくても耐えることができたが……。
フェリシアは冷遇されてきたために日常生活を送るために必要な最低限の靴しか履くことができなかった。
つまりはおしゃれとは無縁だったのだ。
舞踏会に出るということと踵の高い靴はセット。
急遽履くことになったのだが、おかげでダンス一曲踊るのでさえも足が悲鳴をあげる始末だ。
(中身がエリアナでも体はフェリシアだものね。これは仕方ないわ)
「レオン、ごめん。足が痛くて踊れないわ」
レオンは「ビカリオ夫人はきみの足まで鍛えてくれなかったんだね」と笑う。
そして嫌な顔ひとつせずにダンスを終え、「痛みが治るまで休んだらいいよ」と下僕に指示してテラス席を確保すると、優しくエスコートしてくれたのだった。
テラスはホールの熱気から逃れてきた客たちで混み合ってはいたが、屋外であるぶん夜風が通りとても涼しい。
(ホアキンはこんなことしてくれなかったわ……)
レオンの優しさが嬉しい。
「フィリィ。どうぞ。アルコールよりはこっちの方がいいよ」
レオンからレモネードの入ったグラスを受け取ると私は一気に飲み干した。
疲れた体に染み入る。
(王太后殿下との入場、お父様との初対面。やってのけたわ)
これまでの穏やかな(そして何もない)生活とはかけ離れた刺激的なイベントだ。
想像以上に疲れていた。
心ではなく体が、だが。
「フィリィ、きみはずいぶん度胸が据わってるんだね。驚いたよ。デビュタントのはずが百戦錬磨の淑女のようだった」
二度目だから……という言葉はグッと飲み込む。
初めてじゃないので余裕はある。
「頑張ったんだけど、ダメだったかな? レオン目線だと不合格?」
「不合格どころか、優秀すぎて困るくらいだよ。堂々としているけれど、初々しさもあった。いつの間にこんな手練れになったの?」
「すごく気合い入れただけよ? レオンのために」
半分は嘘だが、半分は真実だ。
いや、割合は違うか。八割は自分のためだ。
「うれしいこと言ってくれるね」
レオンは『人前ルーティーン』であるスキンシップ……今回は頬にキスらしい……をする。
円満なことをアピールするためなのだが、人前では忘れずに必ず行っている。
(今日っていう大舞台でも忘れずに実行するって)
律儀な性格だ。
いつもならばこれで終わりだが、ふと思いつき今回は私からも返してみることにした。
たまにはサプライズもいいかもしれない。
(お返ししなくちゃね)
私はレオンの首に手を回し体と顔を寄せて、レオンの唇……の横に頬を軽く当てる。
あえて唇どころか頬にさえキスはしなかった。
しても良かったが、理由もなく腹が立つのでやめたのだ。
(どうせフリだけなんだし……)
もっと親密になれば違ってくるのだろうが……。
「フィリィ」
レオンはあからさまに失望したと肩を落とす。
「この流れだと唇にキスしてくれると思ったんだけど? しかもさ、キスですらなく頬を当てただけとか。がっかりだ」
「十分でしょ? レオンも私もお互いに夢中だって周りからは見えてるわ」
「……足りないと思うけどな」
「え、そうかな??」
風向きが悪くなりそうだ。私は話題を変える。
「さっきのお父……オヴィリオさんに対する態度、すごく強引すぎるように思えたけど?」
お父様への態度は強引どころか脅迫だ。
自分の立場を利用して諾と言わせるなんて。
「んー、でもあっさり引き受けてくれただろ。オヴィリオは娘を亡くしもう2ヶ月経つというのに未だに爵位を引き継げずにいる。代理としての実績も十分なのに、だ。めちゃくちゃ焦っている時に、正面からぶつかってもフィリィを客として迎え入れてくれないさ」
「確かにそうだけど」
「使えるものは遠慮せずに使えばいいんだよ」
こんなことに時間を取られることはないとレオンは私の前髪を直した。
「それにきみの望みに比べたら立場を利用するぐらい大したことないだろ」
なんていい人なんだろう。
もしもお芝居ではなく本当に私を思っていてくれたら素晴らしいだろうな……そんな思いが脳裏に浮かぶ。
(違う。レオンが私に親切なのは思惑があるから。目的を叶えるために私が必要だからここまでしてくれるだけよ)
決して私個人に思い入れがあるわけではない。
レオンはレオンの願望を叶えるために、私と婚約をしているだけだ。
無条件で愛してくれる素敵な恋人ではなく、目的を果たすための相棒なのだ。
(このまま一緒にいるのも、きっと辛くなる。そろそろ訊いてもいいかもしれない)
でも答えが絶望しかなかったら?
私は腕組みをし忙しなく指を動かす。
意を決して顔を上げた。
「レオン、あなたは私が婚約者である以上に尽くしてくれるわ。どうしてそこまでしてくれるの?」
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