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chapter5

episode.00-3 バレンタインとスイートチャレンジ

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 帝人さんはちらりとソウさんを見てから口元を腕で隠すと、ブンブン首を左右に振った。

「な、何言って……無理だから。本当にムッ――ゴホッ、ゲホッゴホッ」

「み、帝人さん、落ち着いてください」

 むせて咳き込んだ彼の背中を撫でる。
 いつも穏やかに微笑み、一歩離れたところでみんなを見守っていた彼の意外な一面にほのぼのする反面、心の壁を全撤去した彼の反応の大きさに心配を覚えたりもする。

 ニャン太さんはそんな彼を気にすることなく、ニコニコ続けた。

「この前、ソウちゃんとエッチするって話したのに全然そんな雰囲気にもならないんだもん。これをきっかけにググッと仲良くなっちゃって♪」

「するなんて言ってないよね!?」

「え? でも好きだって……」

「す、好きだよ! 好きだけどさ……っ!なんでもかんでもそういうことに繋げなくたっていいだろう!?」

 そう慌てふためく帝人さんの頬は真っ赤で、目はちょっと潤んでいる。
 さすがに可哀想になってきた。

 凄くデリケートでプライベートな問題だし、そろそろ終わりにしてあげたい。

「あの、ニャン太さん……」

「ニャン太。そういうのは周りの人間がとやかくお膳立てするもんじゃねぇよ」

 と、類さんと言葉が重なった。

「……言い出しっぺの俺が言うのもなんだけどさ」と続けて、類さんが肩をすくめる。

「っても、帝人の性格的にボクらが背中押さないとこのまんまだよ?」

「このままでいいよ……何も困ってないから……」

 帝人さんが大きな背中を丸めて言う。
 ついで少し寂しそうな、困ったような表情で続けた。

「そもそもの話さ、ソウは類が好きなんだよ」

「だから?」

 キョトンとニャン太さん。

「だから、その……ソウは、類以外とそういうことしてもいいの?」

 帝人さんがソウさんに向き直る。
 ソウさんは顎に手を当てて首を傾げた。

「? 寧太ともしたが」

「したよね」

 ニャン太さんも首を傾げる角度を深くする。

「……」

 帝人さんは押し黙った。

 彼の戸惑いはちょっとわかる。僕もニャン太さんとした時、かなりパニックになったし……
 あの時ほど、自分の価値観がひっくり返った時はない。

 好きってなんだろう、とか、もの凄く考えた。
 小難しく考えて、いろいろと理由を付けようとしたりもした。
 でも、結局考えるのはやめた。
 シンプルに、嫌じゃなかったからだ。

「まあ、帝人がこだわる理由もわかるよ。初めてなんだもんね? 腰が引けちゃうよね」

 うんうん頷きながら、ニャン太さんが帝人さんの肩を叩く。
 帝人さんはその手を振り払った。

「そのムカつく顔やめて。そもそも俺は初めてってわけじゃ――」

 言葉の途中でふいに僕と目が合う。
 彼は気まずそうに視線を逸らし続けた。

「……とにかく、ポッキーゲ○ムはしないから」

「えー」とニャン太さんが不満げに声をあげる。

 僕はまじまじと顔を背ける帝人さんを見つめた。

 帝人さん、もしかして……
 あれが初めてだったとか言わないですよね……?

 だとしたら、あまりにもあんまりだ。
 しんどい目に遭ったことを棚に上げて、僕はなんだか彼が不憫に思えてきた。

「まあ、したくなったらすりゃーいいじゃん。ポッ〇ーなんて下のコンビニにも売ってるしさ」

「帝人が自分からポッ○ーゲームしたいなんて言い出すと思う?」

「そこまで面倒見きれねぇよ」

「帝人。普通のポッキーは短いよ? お手製はそこそこ長くしたから初めてでも安心設計だよ?」

「だから、しないってば!」

「本当に?」と、ソウさんが口を開く。

 見れば、彼は既にお手製ポッキーを口に咥えていた。
 ニャン太さんが言った通り、確かに長い。ビッグサイズくらいあるんじゃないか。

「……っ」

 帝人さんが黙り込む。
 その視線は、ソウさん……もとい、彼の唇に釘付けだった。

「し……しな……」

 視線はそのままに、彼は声を絞り出す。
 ゆるゆると首を振ろうとして、

「…………やっぱりする」

 顔を真っ赤にして続けた。

「するんかーい」

「いいだろう!? 背中押したいのか押す気がないのかどっちなんだよ!?」

 呆れ返る類さんに、帝人さんが泣きそうになりながら怒る。

「や、悪かったよ。そう怒るなって」

 若干、類さんは彼の反応に困り気味だった。

「それじゃ、ポッキ○ゲームのルールを説明しまっす!」

 と、ニャン太さんが場をまとめるように手を高く打ち鳴らした。

「見つめ合ったままポ○キーを両端から食べていって、折れたり、途中で口を離した方が負け! 簡単でしょ? オーケー?」

「わかった」

 ソウさんが淡白に頷く。
 そして、2人はキッチンで向かい合った。

 ソウさんの咥えたポッキ○の逆側を、帝人さんが恐る恐る口に含む。

「準備はいいね? レディー、ステディ……ゴー!」

 ニャン太さんの掛け声を合図に、ソウさんがものすごい速さでポッキーを食べ始めた。
 さながら奈良のシカだった。ロマンもへったくれもない。

「……っ!」

 帝人さんは早々に口を離して、床に崩れ落ちた。
 やはりシカっぽい迫力がダメだったか、と思えば、

「あんな至近距離で……ソウと見つめ合うなんて無理だよ……」

 そんなこともなかった。
 帝人さんは折れたポッキーを食べながら恥ずかしそうに俯く。

 僕はそんな様子にホッとした。

「帝人……」と、ニャン太さんが涙を拭うマネをする。

 ポリポリと、ポッキ○を噛み砕く音が寂しくキッチンに響いた。
 すると、ソウさんが帝人さんの顔に手を伸ばした。

「な、なに、ソウ?」

 帝人さんの様子を伺うように、彼はペタペタと顔に触れる。
 それから、

「ん、んんっ!?」

 ソウさんは問答無用で帝人さんの唇を塞いだ。

「んーっ! んっ、んんんん……っ!?!?!」

 数秒間の情熱的な口付け。

 ポカンとする帝人さんから顔を離すと、ソウさんはチョコのついた唇を舐めた。

「……お前が言う通り、俺は類が好きだ。でも、お前も大事だから、与えられないものじゃない。欲しいならいくらだってやる」

 ソウさんの言葉が終わるか終わらないかのうちに、帝人さんの身体が傾く。

「帝人さん!?」

 ガツンとシンク下の棚に頭をぶつける音が立った。

「帝人……キスする時は鼻で息を吸え」

 意識を飛ばした帝人さんに、ソウさんは困ったように続けた。

「そういう問題じゃねぇんだよなあ」

 類さんが頭をかく。

 心の壁を全て撤去したら、刺激が強すぎるのも無理はないかもしれない……

 僕は目を回す帝人さんを見下ろしながら、そんなことを思ったのだった。
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