197 / 211
chapter4
step.34-8 罪と罰
しおりを挟む
「ぐっ……」
……東京の夜景が揺れていた。
赤、青、黄色、橙色……色とりどりの星のような光が、揺れていた。
「伝っ! そのまま離すなっ!」
類さんの切羽詰まった声。
頷く代わりに、僕は震える奥歯を噛み締めた。
冷たい夜風が巻き上がり、髪がゆらめく。
手すりから身を乗り出して、僕は帝人さんの左手を掴んでいた。
類さんが僕の身体を支えていなかったら、たぶん彼と一緒に落ちていた。
耳の奥で心臓がドクドクと言っている。
この手を離したら、帝人さんが死んでしまう。
階下から暗い夜が腕を広げて、彼を待ち構えているようだ。
「ぅっ……」
と、彼の手袋が僕の手の中から滑り落ちていく。
帝人さんはこちらを見上げて、苦笑した。
「……君、お人好しが過ぎるだろう」
力が入らない。このままじゃ……!
「く、ぅっ……」
いやだ……!
いやだ、いやだっ!!
東京の夜の喧騒が遠ざかる。
耳鳴りに飲み込まれていく。
「帝人さ――」
掴んだ手袋だけが、手中に残った。
――その刹那。
「帝人! 右手伸ばしてッ!!」
横から伸びた小柄な手が、帝人さんの左手首を力強く掴んでいた。
ニャン太さんだった。
「早くしてッ!!」
彼は器用に手すりに足を引っかけ、片手で自身を支えながら叫んだ。
打たれたように帝人さんは言われた通りにした。
ニャン太さんは自分を支えていた手を離して、帝人さんの右手も掴み、
「ふ……ぬ、ぬ、ぬ、ぬっ……!」
帝人さんを勢いよくベランダの内に引きずり込んだ。
僕はその場にへたり込んだ。腰が抜けていた。
「バカッ!!」
鼓膜を破らんばかりの声が響く。
「何考えてんの!? ほんっと、バカなんじゃないの!? バカ! バカバカバカバカバカッッッ!」
ニャン太さんが顔を真っ赤にして怒鳴った。
バカと何度も叫ぶその双眸から涙をポロポロとこぼしながら。
帝人さんはコンクリートの床に手をついて、呆然としていた。
「なんで……」
浅い呼吸を繰り返し、青ざめた唇が「なんで……」と何度も呟く。
「なんでって……まだわからないんですか? そんなの決まってるじゃないですか!」
言葉の途中で、僕を掴んでいた類さんが立ち上がった。
そうして帝人さんに歩み寄って、
「っ……!」
胸ぐらを掴んだかと思うと、容赦なく彼の横っ面を殴った。
「家族だからだろ」
類さんの言葉に、帝人さんが大きく目を見開く。
「お前が俺の親父のことで罪悪感を覚えてるなら、これでチャラだ」
「……チャラ? 俺は君に酷いことをしただろう」
「俺の弱さは俺のもんだよ。俺が甘んじて受け入れてたんだ。それをお前のせいだとか、おこがましいにもほどがある」
類さんは帝人さんを突き放すと、続けた。
「そもそも、お前が俺たちを繋ぎ止めてくれてたんだ。理由はどうあれ、俺はそのことに感謝してる。お前がいなかったら、俺たちはこんな風に一緒にはいられなかった」
「……」
「帝人」と、背後でソウさんがフラ付きながら、立ち上がった。
僕は急いで彼に駆け寄り、手を取った。
それから帝人さんの下に導いた。
ソウさんは帝人さんの顔に手を伸ばした。
それを帝人さんは咄嗟に振り払った。
ソウさんはその手を掴むと、まだ付けたままだった片方の手袋を外して捨てた。
次いで戸惑う彼に構わず、彼の顔に両手で触れた。
「ソウ……?」
「帝人。次、馬鹿な真似をしようとしたら俺がお前を殺す」
真剣な表情で告げられた思わぬ言葉に、一同がギョッとする。
「ちょっ……ソウちゃん、殺すって……っ」
「殺して、その罪と一緒に生きる。それが嫌なら、2度とするな」
慌てるニャン太さんを遮り、彼は続けた。
帝人さんが息を飲む。
ゆっくりと彼は項垂れた。その目元に光るものが滲む。
静寂が深く落ちて、やがて彼は躊躇いがちにソウさんの手に手を重ねた。
「…………そんなこと、君にさせられるわけないだろう」
掠れる声を絞り出し、くしゃりと顔をゆがめる。
「ごめん……ごめん、なさい……」
大きな身体を丸めて、帝人さんは子供のように泣いた。
そんな彼をソウさんは抱きしめて、ニャン太さんが彼の髪をそっと撫でる。
その横で、類さんは嘆息して髪を掻き上げた。
彼は僕の方を見て苦笑しようとして失敗し、唇を引き結び眉間を指先で揉んだ。
僕はズレた眼鏡を直して微笑みを返した。
罪の意識は、きっと彼らを強く結びつけていた。好きとは違う確かな絆もあるのだ。
でも、それが彼らを苦しめるのなら、僕はそれを真っ向から否定したい。
――愛する人には、いつだって笑顔でいて欲しいから。
この身勝手さを罪と呼ぶか、愛と呼ぶか。
それは、これからの僕が決めればいいと思う。
今はただ、新たな旅路に祝福を。
歪で愛おしい僕の家族の物語は、ここから始まるのだ。
……東京の夜景が揺れていた。
赤、青、黄色、橙色……色とりどりの星のような光が、揺れていた。
「伝っ! そのまま離すなっ!」
類さんの切羽詰まった声。
頷く代わりに、僕は震える奥歯を噛み締めた。
冷たい夜風が巻き上がり、髪がゆらめく。
手すりから身を乗り出して、僕は帝人さんの左手を掴んでいた。
類さんが僕の身体を支えていなかったら、たぶん彼と一緒に落ちていた。
耳の奥で心臓がドクドクと言っている。
この手を離したら、帝人さんが死んでしまう。
階下から暗い夜が腕を広げて、彼を待ち構えているようだ。
「ぅっ……」
と、彼の手袋が僕の手の中から滑り落ちていく。
帝人さんはこちらを見上げて、苦笑した。
「……君、お人好しが過ぎるだろう」
力が入らない。このままじゃ……!
「く、ぅっ……」
いやだ……!
いやだ、いやだっ!!
東京の夜の喧騒が遠ざかる。
耳鳴りに飲み込まれていく。
「帝人さ――」
掴んだ手袋だけが、手中に残った。
――その刹那。
「帝人! 右手伸ばしてッ!!」
横から伸びた小柄な手が、帝人さんの左手首を力強く掴んでいた。
ニャン太さんだった。
「早くしてッ!!」
彼は器用に手すりに足を引っかけ、片手で自身を支えながら叫んだ。
打たれたように帝人さんは言われた通りにした。
ニャン太さんは自分を支えていた手を離して、帝人さんの右手も掴み、
「ふ……ぬ、ぬ、ぬ、ぬっ……!」
帝人さんを勢いよくベランダの内に引きずり込んだ。
僕はその場にへたり込んだ。腰が抜けていた。
「バカッ!!」
鼓膜を破らんばかりの声が響く。
「何考えてんの!? ほんっと、バカなんじゃないの!? バカ! バカバカバカバカバカッッッ!」
ニャン太さんが顔を真っ赤にして怒鳴った。
バカと何度も叫ぶその双眸から涙をポロポロとこぼしながら。
帝人さんはコンクリートの床に手をついて、呆然としていた。
「なんで……」
浅い呼吸を繰り返し、青ざめた唇が「なんで……」と何度も呟く。
「なんでって……まだわからないんですか? そんなの決まってるじゃないですか!」
言葉の途中で、僕を掴んでいた類さんが立ち上がった。
そうして帝人さんに歩み寄って、
「っ……!」
胸ぐらを掴んだかと思うと、容赦なく彼の横っ面を殴った。
「家族だからだろ」
類さんの言葉に、帝人さんが大きく目を見開く。
「お前が俺の親父のことで罪悪感を覚えてるなら、これでチャラだ」
「……チャラ? 俺は君に酷いことをしただろう」
「俺の弱さは俺のもんだよ。俺が甘んじて受け入れてたんだ。それをお前のせいだとか、おこがましいにもほどがある」
類さんは帝人さんを突き放すと、続けた。
「そもそも、お前が俺たちを繋ぎ止めてくれてたんだ。理由はどうあれ、俺はそのことに感謝してる。お前がいなかったら、俺たちはこんな風に一緒にはいられなかった」
「……」
「帝人」と、背後でソウさんがフラ付きながら、立ち上がった。
僕は急いで彼に駆け寄り、手を取った。
それから帝人さんの下に導いた。
ソウさんは帝人さんの顔に手を伸ばした。
それを帝人さんは咄嗟に振り払った。
ソウさんはその手を掴むと、まだ付けたままだった片方の手袋を外して捨てた。
次いで戸惑う彼に構わず、彼の顔に両手で触れた。
「ソウ……?」
「帝人。次、馬鹿な真似をしようとしたら俺がお前を殺す」
真剣な表情で告げられた思わぬ言葉に、一同がギョッとする。
「ちょっ……ソウちゃん、殺すって……っ」
「殺して、その罪と一緒に生きる。それが嫌なら、2度とするな」
慌てるニャン太さんを遮り、彼は続けた。
帝人さんが息を飲む。
ゆっくりと彼は項垂れた。その目元に光るものが滲む。
静寂が深く落ちて、やがて彼は躊躇いがちにソウさんの手に手を重ねた。
「…………そんなこと、君にさせられるわけないだろう」
掠れる声を絞り出し、くしゃりと顔をゆがめる。
「ごめん……ごめん、なさい……」
大きな身体を丸めて、帝人さんは子供のように泣いた。
そんな彼をソウさんは抱きしめて、ニャン太さんが彼の髪をそっと撫でる。
その横で、類さんは嘆息して髪を掻き上げた。
彼は僕の方を見て苦笑しようとして失敗し、唇を引き結び眉間を指先で揉んだ。
僕はズレた眼鏡を直して微笑みを返した。
罪の意識は、きっと彼らを強く結びつけていた。好きとは違う確かな絆もあるのだ。
でも、それが彼らを苦しめるのなら、僕はそれを真っ向から否定したい。
――愛する人には、いつだって笑顔でいて欲しいから。
この身勝手さを罪と呼ぶか、愛と呼ぶか。
それは、これからの僕が決めればいいと思う。
今はただ、新たな旅路に祝福を。
歪で愛おしい僕の家族の物語は、ここから始まるのだ。
0
お気に入りに追加
360
あなたにおすすめの小説
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
くまさんのマッサージ♡
はやしかわともえ
BL
ほのぼの日常。ちょっとえっちめ。
2024.03.06
閲覧、お気に入りありがとうございます。
m(_ _)m
もう一本書く予定です。時間が掛かりそうなのでお気に入りして頂けると便利かと思います。よろしくお願い致します。
2024.03.10
完結しました!読んで頂きありがとうございます。m(_ _)m
今月25日(3/25)のピクトスクエア様のwebイベントにてこの作品のスピンオフを頒布致します。詳細はまたお知らせ致します。
2024.03.19
https://pictsquare.net/skaojqhx7lcbwqxp8i5ul7eqkorx4foy
イベントページになります。
25日0時より開始です!
※補足
サークルスペースが確定いたしました。
一次創作2: え5
にて出展させていただいてます!
2024.10.28
11/1から開催されるwebイベントにて、新作スピンオフを書いています。改めてお知らせいたします。
2024.11.01
https://pictsquare.net/4g1gw20b5ptpi85w5fmm3rsw729ifyn2
本日22時より、イベントが開催されます。
よろしければ遊びに来てください。
虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)
美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!
35歳からの楽しいホストクラブ
綺沙きさき(きさきさき)
BL
『35歳、職業ホスト。指名はまだ、ありません――』
35歳で会社を辞めさせられた青葉幸助は、学生時代の後輩の紹介でホストクラブで働くことになったが……――。
慣れないホスト業界や若者たちに戸惑いつつも、35歳のおじさんが新米ホストとして奮闘する物語。
・売れっ子ホスト(22)×リストラされた元リーマン(35)
・のんびり平凡総受け
・攻めは俺様ホストやエリート親友、変人コック、オタク王子、溺愛兄など
※本編では性描写はありません。
(総受けのため、番外編のパラレル設定で性描写ありの小話をのせる予定です)
エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!
たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった!
せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。
失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。
「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」
アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。
でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。
ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!?
完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ!
※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※
pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。
https://www.pixiv.net/artworks/105819552
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
手切れ金
のらねことすていぬ
BL
貧乏貴族の息子、ジゼルはある日恋人であるアルバートに振られてしまう。手切れ金を渡されて完全に捨てられたと思っていたが、なぜかアルバートは彼のもとを再び訪れてきて……。
貴族×貧乏貴族
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる