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chapter4
step.34-7 罪と罰
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開いた窓から、微かな夜の冷気が吹き込んでくる。
帝人さんはベランダの手すりに背中を預けて、紫煙をくゆらせた。
それは黒い空にゆっくりとたなびき、やがて掠れて消えた。
「……伝くんの言う通りだよ」
ポツリと呟きが落ちる。
帝人さんは携帯灰皿に灰を落とすと続けた。
「俺は何にも見えていなかった。――でもさ、全部今更なんだ」
空気を求めるように天を仰ぎ、長く細く溜息をつく。
「俺は許されないことをした。類のお父さんを故意的に追い詰めたし、類のことだって……最低限しか病院に行かせなかった。罪悪感を突いて、ソウがいなくちゃ生きてけないように仕向けた」
それから彼は類さんに視線を向ける。
「俺はさ、類のお父さんは自殺だと思うんだ」
「事故だよ」と類さんは間髪入れずに答えた。
「警察がそう言ってたろ。俺がいれば防げたことだ」
「本当のところはわからないよ。全部燃えてしまったんだから。俺は事故にしてはタイミングが合いすぎていたと思う」
それを聞いて、類さんは組んでいた足を解き親指で唇の端に触れた。
「そうだとして、だからなんだよ。自殺だろうが、事故だろうが親父が死んだ事実は今さら変えようがねぇ。もう、済んだことだ」
「済んだこと、って……あんなに苦しんできて、なんでそんな風に言えるんだよ」
「苦しんできたからだよ。だから、過去のことより、お前との今の方が大事だってわかる」
帝人さんが眉根を寄せる。
彼は何か堪えるように顔を顰めると、タバコを灰皿に押し付けた。
「……やめてくれ」
そして呻くように告げた。
「やめてくれよ。今更なんだよ。今更……どうして家族になりたかったなんて、言える?」
「今更とか関係ねぇだろうが」
類さんは噛んだ親指をゆっくりと口から離し、真っ直ぐ項垂れる帝人さんを見た。
「もう忘れたっていいだろ。前に進めねぇくらいなら、忘れた方がずっといい。過去のせいで幸せになれないなんておかしいんだよ。生きてんのは『今』なんだ」
凜とした声が静寂を震わせた。
今は過去の延長だ。
いいことも、悪いことも、全てがあったから、今の帝人さんが――彼らがいる。
類さんが許すなら、もうそれでおしまいのことなのだ。
パチンッと、携帯灰皿を閉める音がした。
帝人さんが顔を上げる。
それからいつもの、困ったような笑みを浮かべた。
「俺は許せないよ」
彼は手すりに手を這わせた。俯き、細く長い指先でぎこちないテンポを刻む。
「俺は類のことを憎んでる。ソウの夢を潰した君を憎んでる。今も。これからも、ずっと」
夜風が吹いて、
「ずっと……俺は、俺を許せない」
掠れた声を運んできた。
その瞬間、ヒヤリ、と。
背に冷たい汗が流れた。
「……俺は最後まで復讐者でいるよ」
咄嗟に僕はソファから立ち上がる。
とても自然な流れで、帝人さんが携帯灰皿をポケットの中に落とし、
僕らに背を向けた。
下を覗き込むように、大きく身を乗り出して。
夜に吸い込まれるように、巨軀が傾き。
まるでそれは、コマ送りのように――
瞬間、僕は駆け出していた。
いつの間にか既に走り出していたソウさんが風を切って腕を伸ばす。
まるで見えているように迷いない動きで、彼は帝人さんの服を引っぱった。
けれど、強く突き飛ばされる。
その反動が重なって、ソウさんはすぐ後ろを走っていたニャン太さんにぶつかり転倒した。
ベランダに置かれていたテーブルや鉢植えが倒れて、けたたましい音が立つ。
帝人さんの身体が、手すりの向こうへと落ちていき、
僕は、
僕は、無我夢中で手を伸ばして――
帝人さんはベランダの手すりに背中を預けて、紫煙をくゆらせた。
それは黒い空にゆっくりとたなびき、やがて掠れて消えた。
「……伝くんの言う通りだよ」
ポツリと呟きが落ちる。
帝人さんは携帯灰皿に灰を落とすと続けた。
「俺は何にも見えていなかった。――でもさ、全部今更なんだ」
空気を求めるように天を仰ぎ、長く細く溜息をつく。
「俺は許されないことをした。類のお父さんを故意的に追い詰めたし、類のことだって……最低限しか病院に行かせなかった。罪悪感を突いて、ソウがいなくちゃ生きてけないように仕向けた」
それから彼は類さんに視線を向ける。
「俺はさ、類のお父さんは自殺だと思うんだ」
「事故だよ」と類さんは間髪入れずに答えた。
「警察がそう言ってたろ。俺がいれば防げたことだ」
「本当のところはわからないよ。全部燃えてしまったんだから。俺は事故にしてはタイミングが合いすぎていたと思う」
それを聞いて、類さんは組んでいた足を解き親指で唇の端に触れた。
「そうだとして、だからなんだよ。自殺だろうが、事故だろうが親父が死んだ事実は今さら変えようがねぇ。もう、済んだことだ」
「済んだこと、って……あんなに苦しんできて、なんでそんな風に言えるんだよ」
「苦しんできたからだよ。だから、過去のことより、お前との今の方が大事だってわかる」
帝人さんが眉根を寄せる。
彼は何か堪えるように顔を顰めると、タバコを灰皿に押し付けた。
「……やめてくれ」
そして呻くように告げた。
「やめてくれよ。今更なんだよ。今更……どうして家族になりたかったなんて、言える?」
「今更とか関係ねぇだろうが」
類さんは噛んだ親指をゆっくりと口から離し、真っ直ぐ項垂れる帝人さんを見た。
「もう忘れたっていいだろ。前に進めねぇくらいなら、忘れた方がずっといい。過去のせいで幸せになれないなんておかしいんだよ。生きてんのは『今』なんだ」
凜とした声が静寂を震わせた。
今は過去の延長だ。
いいことも、悪いことも、全てがあったから、今の帝人さんが――彼らがいる。
類さんが許すなら、もうそれでおしまいのことなのだ。
パチンッと、携帯灰皿を閉める音がした。
帝人さんが顔を上げる。
それからいつもの、困ったような笑みを浮かべた。
「俺は許せないよ」
彼は手すりに手を這わせた。俯き、細く長い指先でぎこちないテンポを刻む。
「俺は類のことを憎んでる。ソウの夢を潰した君を憎んでる。今も。これからも、ずっと」
夜風が吹いて、
「ずっと……俺は、俺を許せない」
掠れた声を運んできた。
その瞬間、ヒヤリ、と。
背に冷たい汗が流れた。
「……俺は最後まで復讐者でいるよ」
咄嗟に僕はソファから立ち上がる。
とても自然な流れで、帝人さんが携帯灰皿をポケットの中に落とし、
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下を覗き込むように、大きく身を乗り出して。
夜に吸い込まれるように、巨軀が傾き。
まるでそれは、コマ送りのように――
瞬間、僕は駆け出していた。
いつの間にか既に走り出していたソウさんが風を切って腕を伸ばす。
まるで見えているように迷いない動きで、彼は帝人さんの服を引っぱった。
けれど、強く突き飛ばされる。
その反動が重なって、ソウさんはすぐ後ろを走っていたニャン太さんにぶつかり転倒した。
ベランダに置かれていたテーブルや鉢植えが倒れて、けたたましい音が立つ。
帝人さんの身体が、手すりの向こうへと落ちていき、
僕は、
僕は、無我夢中で手を伸ばして――
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