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chapter4

step.34-6 罪と罰

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「俺は甘かったよ。君が来た時点で追い出していれば、こんなことにはならなかった」

 帝人さんが嘆息する。

「で、デンデンが言ったこと、本当なの? 復讐って……」

「本当だよ」

 彼はチラリと類さんを見てから頷いた。

「類には、ソウのことを償って貰う。彼の未来を奪ったこと……これからの人生全てをかけて贖ってもらう。類が幸せになるなんて絶対に許さない。楽になるなんて許さない」

「お、俺は類に償って欲しいだなんて思っていない」

 首を左右に振るソウさん。
 帝人さんは困ったように微笑んだ。

「わかってるよ。ソウが望んでいないことくらい。これは俺のわがままなんだ」

 彼は何かを思い出すように視線を遠くへ投げる。ついで、瞼を閉じると愛おしそうに続けた。

「君は、俺の憧れだったんだよ。真っ直ぐで淀みなくて……ゴールを見据える君の眼差しが好きだったんだ。俺は君の夢を心から応援してた。唯々諾々と母親の敷いたレールの上を歩くしかできない俺にとって、君は希望だったんだ」

「待って。待ってよ」

 ニャン太さんが混乱したように髪をかき上げる。

「急にそんなこと言われても、ついてけないよ! 復讐って、なんでそんなことになっちゃうの。ってか、ソウちゃんのこと好きならそう言ってくれたら良かったじゃん。どうして隠してたの? ボクたち家族でしょ!?」

「家族?」と、帝人さんはつまらなそうに眼差しを細めた。

「君たちのこと家族だなんて思ったことないよ」

「はっ、はぁ!? なに、っそれ……」

「あのさ、ニャン太。俺たちがどうやって家族になるの? 結婚してるわけでもない。血が繋がってるわけでもない。所詮ごっこ遊びでしかないんだよ」

「そんなことないよ! 血とか結婚とか関係ないじゃん!」

「そもそもの話、まともな家庭を知らない俺たちが、どうやって家族になるっていうの。無理なんだよ。だって知らないんだから」

「それは……そうかもしれないけど。……でも……っ」

「でも、あなたは家族になりたいと思っていましたよね」

 押し黙ったニャン太さんの代わりに、僕はかなり強めの口調で告げた。
 帝人さんの少し太めの眉が神経質そうに動く。

「なに……?」

「それが、あなたの本心でしょう?」

「今の話からどうしてそんな話になるのかな? 俺は、家族だなんて思ったことはない、って言ったんだ」

 僕は帝人さんを見つめる。
 その瞳の奥にある感情を覗き込むようにする。

 僕の推論を認めた時点で、彼が嘘をつく理由はもうない。
 ということは、たぶん帝人さん自身気が付いていないのだ。

「あなたが自覚出来ていないのなら、僕が教えてあげます」

 帝人さんとの会話を丁寧に思い出しながら、僕は唇を開いた。

「あなたは僕がいるせいで家族の形が変わったと言いましたが、家族じゃないのなら形に拘る必要はありません」

 ひとつ、ひとつ、感じた違和感をすくいあげ、紐解いていく。

「でも、あなたは家族の形が変わったら困ると考えている」

「それはソウが好きだからだよ。一緒にいるために形を変えたくなかったんだ」

 僕はゆっくりと首を左右に振った。

「あなたがソウさんと一緒にいる方法なんて、いくらだってあります。だってあなたたちは友達以上の関係なんですから。
 けれど、あなたはそれを選ばなかった。何故なら――あなたはソウさんとふたりでいることを望んでいたのではなくて、みんなと一緒にいることを望んだから」

 いつも帝人さんは、少し離れた位置でみんなのことを見ていた。
 僕はその柔らかな笑みを容易に思い出すことができる。

「あなたは関係性が変わることを恐れていたんじゃない。みんながバラバラになることが怖かったんだ」

 彼は嘘をつくのが上手だ。
 あの笑顔も嘘だったのかもしれない。少なくとも彼は嘘をついていたと思っている。
 でも……嘘は重ね続ければ真実になる。

「復讐だって、そう自分に言い聞かせているだけなんです。現に類さんの状態は落ち着いてます。あなたなら完全に彼を壊すことだってできたはずなのに」

「そんなもの……ソウが望んでいないからに決まっているだろう」

「共依存の関係でいることも、ソウさんは望んでいません。あなたが、類さんのことを壊したくなかったんですよ」

「……ありえない」

「なら、ニャン太さんは? どうして一緒にいるんですか?」

「……ニャン太は必要なパーツなんだよ。類にとって4人でいることは自然だったから。復讐するにはそっちの方が都合が良かったんだ」

「ソウさんのことを類さんに償わせたいだけなら、ニャン太さんはいりません。最悪、あなただっていなくていい。それは、ソウさんと類さんのふたりがいれば完結することだから」

 自然だと思っているのは類さんではなくて、帝人さんだ。帝人さんがニャン太さんもいないとダメだと思っている。その理由はあまりにシンプルだ。

「あなたが一緒にいたいんですよ。それって……家族だと思っているからじゃないんですか」

 帝人さんは小さく目を見開いた。

 僕はその表情になんだか泣きたくなってしまった。

 思い起こされるのは、マスコミと揉めて入院したソウさんをお見舞いした日のことだ。

「……だからあなたは、ソウさんがピアスをなくした時、あんなに拘っていたんじゃないんですか」

 また買えばいいと言ったニャン太さんに、彼だけが納得しなかった。

『本当だ……! 一体どこにあったの?』

 ピアスを見つけた時に浮かべた帝人さんの微笑みに嘘はなかった。
 愛おしげに目を細めた彼は、心から安堵していた。

「初めは確かに復讐のためだったのかもしれません。ソウさんへの想いと、類さんに対する憤りだったのかもしれません。
 けれど、長い時間一緒にいて、あなたの気持ちは変わっていったんじゃないんですか」

 帝人さんの視線が床に落ちる。
 僕は努めてゆっくりと続けた。

「許さないことと、愛することは矛盾しません。もう復讐に拘らなくたって、いいじゃないですか」

 スキとは違う確実なものが、大切な真実を覆い隠してしまっている。
 それは、帝人さんだけじゃない。
 ここにいるみんなが、きっと囚われていた。

 類さんは、ケガをさせたソウさんへの負い目に苛まれていて。

 ニャン太さんは助けられなかった過去を後悔していて。

 ソウさんは、類さんの依存を愛していた。そんな自分を否定している。

「過去とか、償いとか、そんなものなくたって、あなたたちは一緒にいられるんです。正解も不正解もない。お互いがお互いを認めてて、愛していて、一緒にいたいと思っている……それってもう、家族なんですよ」

 それを家族と言わないで、何をそう呼ぶというんだろう。

 帝人さんは首を振った。
 ゆるりと、力なく。

「いいや……家族じゃない……そんな家族、誰が認めるっていうんだよ」

「誰かに認められるから、家族になれるわけじゃないでしょう。自分がどう思うかです。それを僕に教えてくれたのは、他でもないあなたたちだ」

 家族は与えられるものじゃない。
 自分で望んでなることができるーー僕は、類さんたちと出会ってそれを知ったのだ。

 1年足らずで僕に教えてくれたことを、帝人さんがわからないわけがない。
 その頑なさが切なかった。

『そもそもの話、まともな家庭を知らない俺たちが、どうやって家族になるっていうの。無理なんだよ。だって知らないんだから』
 帝人さんはそう言っていたけれど……まともな家庭を知らないから、家族になれないなんて、そんな話があるものか。

「……」

 帝人さんは幾度か唇を開閉させると、何も言わずに押し黙った。
 僕は汗ばんだ手を握りしめた。知れず、詰めていた息を大きく吐き出す。

「……帝人」と、今まで静かに僕らを見守っていた類さんが口を開いた。

 帝人さんは緩慢な様子で顔を上げて、それから疲れたように笑った。

「……ごめん、ちょっと風に当たってもいいかな」

 ソファを立った帝人さんは一度自室に寄ってから、タバコを手にベランダへ出た。
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