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chapter4

step.32-8 青写真(ブルーフィルム)と告白

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 帝人さんは仕事の合間にソウさんのピアスを探しているようだった。
 持ち主本人は、ニャン太さんの言う通り新しいものを買えばいいと言っていたが、帝人さんはどうしても納得できないみたいだ。

 救急隊員の方も心当たりはないというし、搬送時にソウさんが着ていた服のポケットも調べたが、やはり見付けられない。

 そういうわけで、僕はすがるような気持ちでソウさんが勤めるレストランを訪ねることにした。

 お店は閑静な住宅街の一角にあった。白を基調としたレトロな洋館だ。

 到着すると、驚くことにオーナー自身が出迎えてくれた。
 とても背が高い中年の男性だ。坊主頭で、顎髭を蓄えていて、ワイルドという単語がピッタリな人だった。

「お忙しいところ、本当にすみません」

 頭を下げた僕に、オーナーさんは爽やかな笑みを浮かべた。

「構わないよ。蒼悟の大事なものなんだから。と言っても、ピアスの落とし物は店には届いていないんだがね」

 搬入口から店に入る。
 ちらりと見えたキッチンでは、何人ものシェフが忙しげに働いていて、荒々しい声が聞こえてきた。

 僕は慌てて先を行くオーナーさんを追う。

「オーナーさんは、あの日、蒼悟さんがピアスを付けてたかどうかって……わかりませんよね」

「うーん、さすがにそこまでは。勤務中は外してるけど……」

 それなら付け忘れて帰ってしまった、ということもあるかもしれない。

「失礼しますね」と、心の中でソウさんに声を掛けて、案内されたロッカーの扉を開く。

 中は閑散としていた。
 ハンガーには替えのコックコートがかけてあって、下の方には使い古した様子のノートが幾つも並んでいる。
 そこには僕がクリスマスにプレゼントした本もあった。それから……

 ソウさんには許可を貰っていたが、やはり人のロッカーの中を漁るのは気が引ける。
 僕はそわそわした気持ちになりながらも、しっかり隅々まで探した。

 けれど……ピアスは見当たらない。
 ここになければ、もうお手挙げた。やはり病院に運ばれるまでの間に紛失してしまったのだろう。
 僕は肩を落として扉を閉めようとする。
 その時、ロッカーの上部に小皿が置かれているのに気がついた。

 なんでロッカーの中に小皿?
 戻し忘れたのだろうか? それとも――

 はたとして、僕はその小皿を手に取り中を覗き込む。
 それから「あ」と、声を上げた。

「あったかい?」とオーナーさん。

 僕は小皿の中にコロンとひとつ入っていたホースシューのピアスを抓みあげて振り返る。

「ありました……!」

「それは良かったねぇ」

 オーナーさんが顎を擦りながら目を細める。

「本当にありがとうございました」

「俺は何もしていないよ」

 オーナーさんがゆるりと首を振る。
 僕はそっと手の中にそのピアスを包み込んだ。

 良かった……

 ほう、と長いため息がこぼれる。
 新しいものを買うのも悪くはないけれど、やはり思い出の品なのだ。
 帝人さんも安心するに違いない。

「大事なものも見つかったし、あとは蒼悟の目が回復するのを待つだけだね」

 オーナーさんは躊躇いなくそう言った。
 その確信めいた声は力を持っているかのようだ。

「そうですね」と、僕も笑顔で頷き返す。

「あの子が職場に戻ってくるまでには、揉めた記者をキュッとする手筈は整えておきたいものだけど」

「キュッ……?」

 彼はまるで魚を締めるような気軽さで続けた。

「百瀬君が紹介してくれた弁護士とね、今、いろいろと準備をしているんだよ。
うちの副料理長を傷物にした罪はきっちりと償って貰わないと」

 ニコニコと言う。
 僕は何と返せばいいかわからず、笑顔のまま固まった。

* * *

 その日の夜は、マンションには僕と帝人さんだけだった。
 ニャン太さんは久々にお店に顔を出していて、戻ってくるのは朝方頃だろう。

 帝人さんが帰ってくると、僕はスーパーで買ったお弁当をレンジに入れた。
 次いで、部屋着に着替えた帝人さんに駆け寄った。

「帝人さん。ソウさんのピアス、ありましたよ」

 ハンカチに包んでいたピアスを差し出す。
 彼はそれを見下ろすと、大きく目を見開いた。

「本当だ……! 一体どこにあったの?」

「そもそも搬送された時、ソウさん付けてなかったんですよ。今日、レストランのロッカーを見せて貰ったんですけど、その中にありました」

「そうだったんだね……」

 帝人さんは少し頬を上気させて、手でそっと包み込むようにハンカチを受け取る。
 続いて、とろけるような笑みで僕を見た。

「ありがとう、伝く――」

 すると、彼は言葉の途中で、何やらはたとして口元を手で覆った。
 僕はキョトンとする。

「? あの、どうかしましたか?」

「……いや、何でもないよ」

 そう言った彼は再び微笑んだけれど、先ほどの笑みとは少し様子が違う。いつもの控えめな感じだ。
 それを目にすると、先ほどの一瞬の笑顔は凄く無邪気というか、素に近い表情だったように思う。

 そんなことを考えていると、帝人さんは気恥ずかしそうに話を替えた。

「ご飯、食べようか」

 レンジでお弁当を温めて、ふたりでダイニングテーブルに着く。

 静かな食卓だった。
 僕は頭をフル回転させて、話題を探した。
 そう言えば、壁に手すりを付けると類さんと帝人さんが話をしていたっけ。
 ネットでいい感じのものを見つけたから、伝えてみようか……

「……類、疲れてたよね」

 と、口を開く前に帝人さんがポツリと言った。
 僕は舌に乗せていた言葉を、焼きジャケと一緒に飲み込む。

「彼にとって、ソウは特別だから。あんなことになっちゃって、凄く辛いと思うんだ。……思い詰めなきゃいいけど」

「大丈夫ですよ」

 僕は箸を置くと、言った。

「え……?」

 帝人さんが不思議そうに小首を傾げる。

「たぶん、類さんはもう……ひとりで抱え込んだりしないと思います」

 真っ直ぐと帝人さんを見つめて、僕は努めて明るく続けた。
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