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chapter4

step.30-6 メイドとお邪魔者

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 幸いなことに人に会うこともなく僕は帰ることができた。
 ……エレベーターが部屋の前まで直通で本当に良かった。

「ただいま」

 鍵を開けて入る。
 いざ、類さんに女装姿を見せるとなると緊張し始めた。
 ニャン太さんがメイド服姿を見せるんだよ、と言ったのは、類さんを元気付けて欲しいってことだと思う。
 笑ってくれればいいけど、そんな場合じゃないくらい不安定だったらどうしよう、なんて心配が頭を去来した。
 と、思わぬことに類さんが出迎えてくれた。

「お帰り。今日は楽しかったか?」

「たっ、楽しかったですよ」

 真っ先に服装について突っ込まれると思ったが、彼はそうしなかった。
 やはり今はそれどころではないのかもしれない。……ニャン太さん、僕はお役に立てないようです。

「類さんこそ、その……お仕事キリ良くなったんですか」

「そこそこな」

 玄関からリビングへ。

「あ、そうだ」と、僕はちょっとだけガクリとしつつ、手にしていた袋を持ち上げて類さんを見た。
 中身はお店で振る舞われたお料理の入ったタッパーだ。

「類さんご飯食べました? まだなら、ニャン太さんが持たせてくれたお惣菜あるんで食べてくださいね」

 キッチンに置いて、僕はそそくさと自室へ向かう。
 すると、類さんに腕を掴まれた。

「……あんたどこ行く気?」

「え? フツーに自室ですが……」

「……ダメ」

 彼は拗ねたように言うと、僕を抱きしめた。

「類さん?」

「……ホントに着たんだな、メイド服。リビングでなんかギャーギャーやってんなぁとは思ってたけど」

 きた。
 僕はぎこちなく口を開く。

「あはは、驚くほど似合わないですよね」

「確かに微妙に似合ってねぇ。でも、そこがすげーいいよ」

「……それ、けなしてます? 褒めてます?」

「ベタ褒めしてる」

 彼は指先で僕の背中合わせまであるウィッグの髪を持ち上げると、うなじをくすぐった。

「女みたいにキレイだとかカワイイを目指すのも悪くないけど……俺は、それなら女がやりゃーいいじゃん、って思うタイプだから」

「はあ……なるほど……?」

 ニャン太さんも同じようなことを言っていた。
 僕にはちょっとわからない価値観だ。

 顔を覗き込まれる。
 僕は頬に熱が集まるのを感じる。

 類さんは仮装しているわけではない。
 ここは家で、日常で、僕だけが異質だ。
 まじまじと見つめられると、今すぐ逃げ出したくなった。

 僕は女装に興味があるわけじゃないから、いくら褒められても恥ずかしいだけである。

「あの、そろそろ……」

 やんわりと類さんを押すと、スカートの中に手が忍びこんできて、お尻に触られた。

「ひゃっ……る、るる、類さん……!? どこ触って……」

「細部の確認」

 彼はどっかで聞いた台詞を口にした。

「パンツ、いつものじゃん」と、なんだかガッカリした彼は、ふと、僕のポケットが膨らんでいることに気が付いた。

「なに入れてんの?」

「え?……あっ!!」

 ひょいとソレを引っ張ろうとする彼の手を咄嗟に掴む。

「こ、これはですね、カンナギさんが無理やり突っ込んできたもので……」

「ってことは、なんかエロいやつだな」

 決まってるんですか!?

 類さんの眼差しが不敵に輝いた気がする。
 しばらくの攻防の末、結局、ソレは取り上げられてしまった。

「これ、パンツ?」

 首を傾げる類さん。
 確かカンナギさんはそう言っていたけれど、僕も彼と同じように首を傾げる。

 レース生地の下着?だ。
 しかし形がよくわからない。パールがついていて、大きな穴が開いている。パンツにしては穴が多い。

「どこに足を通すんでしょうか……?」

 ふたりで覗き込んでいると、類さんが「ここだな」と示してくれた。

「え? じゃあ、この穴は……」

 足の間から、お尻にかけて大きく穴がある。
 何のために?と考えた僕は、思わずパンツと距離を取った。

 な、なるほど……この穴はそういう……

「穿く?」と類さん。

「い、いやいやいや、さすがにっ……」

「じゃあこれはゴミ箱行きだな」

「……」

 僕は覚えのあるやり取りに押し黙った。
 次いで、おずおずとタグが付いたままのそれを受け取る。

 押し付けられたとはいえ、頂いたものだ。
 類さんから指摘された上でクローゼットの奥に追いやるのは、人の善意?を捨てるのと同義である。

「……類さんって、時々凄くイジワルですよね」

「そこがいいだろ?」

 ……でも、さすがになあ。女装して、こんな下着まで穿いてしまったら――
 指先でつまんだ布地を見下ろして、僕は唇を舐める。

 類さんが目を細めて笑った。

「俺はさ、あんたのまとった全てをひん剥きたい。何もかもさらけ出させて、奥深い場所まで暴きたい。あんたが気付きもしない無垢な場所まで……俺で汚したい」

 頬をそっと親指でこすられて、くすぐったさに吐息がこぼれる。

 そんな風に言われて、断ることなんてできるわけがないのだ。
 僕は類さんに支配されたいと思っている。
 髪の先まで、骨の髄まで彼の物になりたいと思っている。

 僕は自室に戻り、下着を変えるとリビングで待つ類さんの下へ戻った。

「……穿いて、きました、けど」

 ぎこちなく告げた。

 収まりの悪い下着だった。
 それは機能を果たしておらず、ただこれからする淫らなことへの期待を表明するだけの代物……そんなものを僕は身につけて、愛する人の目の前に立っている。

 羞恥心で顔が熱かった。耳の奥でドクドクと心臓がうるさいくらいに鳴っている。

 類さんは優しく微笑むと、床に膝を付いて僕を見上げた。
 てっきり彼の部屋に行くと思っていた僕は面食らう。

「あの……?」

「ちゃんと穿いたか確認させて」

 熱い手が僕の膝裏を撫でる。
 僕は……おずおずと膝丈のスカートを持ち上げた。
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