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chapter3

step.23-2 正解と不正解

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* * * 

 類は喘息のためにときおり高校を休んだ。
 彼がいない日はまるで世界が色褪せているように感じた。

「ああ、汐崎。ちょうど良かった」

 6月が終わる頃、部活を終えて忘れた教科書を教室へ取りに戻っている途中、担任にばったり出くわした。

「お前、頼久と仲いいよな。修学旅行のプリント、家まで渡してきて欲しいんだけど……頼まれてくれないか」

「類の……?」

 そう言って、以前配られたプリントを手渡される。
 確か、申し込みは週明けの月曜で、類はプリントをなくしたと言っていた。

「自宅に電話しても連絡つかなくてさ。難しいか?」

「……行きます」

 俺はプリントを受け取ると、担任から聞いた住所へ向かった。

 見知らぬ最寄り駅を降りると、自分がいつになく興奮していることに気がついた。

 バイト先が同じニャン太と違って、俺は類と学校でしか会えない。
 正直なところ、担任から頼まれて嬉しかった。
 一目でも彼に会えるから。

 その日は、まだ梅雨時だというのにとても暑かった。
 額から流れ落ちた汗が頬を伝う。

 携帯で道順を調べながら、大きな川沿いの道を歩く。
 もうすっかり辺りは暗くなっていて、街灯が点々とコンクリートの道を照らしていた。

 静まり返った夜道に、川の流れの音が聞こえてくる。
 家々からはオレンジ色の光が籠もれ出て、
 夕食の匂いが鼻を掠める。

 何度か迷いながら、類の家を見つけた。
 玄関脇のネームプレートを確認してから、チャイムを押す。

 誰も出ない。
 もしかして類はバイトに行ったのだろうか。

『類ちゃんて、真面目なんだか不真面目なんだか。学校は休むくせにバイトはくるんだもん』

 寧太がそんなことを言っていたような気がする。

 そうなら類には会えないかもしれない。
 ずんと身体が重くなった。

 俺は渋々諦めようとして、ふと、中庭に目を向けた。微かな光が漏れ出ていた。

 薄青い光はテレビのものだろう。
 耳を澄ますと、バラエティ番組でよく聞く笑う声が聞こえた。

 誰かいる。

 声をかけてみようと思った。
 テレビに気を取られていて、チャイムの音が聞こえなかったのかもしれない。
 いや、俺は……なんとしても、類に会いたかった。ひとことでいい、彼の声を聞きたかった。

 中庭に向かえば網戸になっていて、レースのカーテン越しにテレビのぼやけた光が見える。
 それから近くに黒い人影。

「るーー」

 声を掛けようとした俺は凍り付いた。
 うごめく影がふたつ折り重なっていて、荒く苦しげな呼吸が聞こえてくる。

 動けないでいると、組み敷かれた影が背をしならせた。
 驚愕する眼差しがふたつ交差し、俺は……俺は、打たれたように踵を返すと、走り出した。

 類だった。
 たぶん、類と目が合った。

 最寄り駅に戻ってくると、口元を手で覆った。

 なんだ?
 彼はなにをしていた?
 ……一体、誰と?

 胃袋がひっくり返ったかと思った。
 頭がぐらぐらして、考えがまとまらない。

 その日、俺はどうやって自宅に戻ったのか、どう夜を過ごしたのか覚えていないほどの衝撃を受けていた。

 ぼんやりとダイニングに座っていると、仕事から帰ってきた母親に心配された。
 それで俺は、すでに夜が明けていたことを知った。

* * *

 週が明けても俺は混乱の淵にいた。

 見間違いでなければ、彼は父親と異常な関係にある。

 俺はどうすればいいのだろう。
 誰かに目にしたことを相談すべきなのだろうか。しかし類から助けて欲しいと求められたわけでもない。

『蒼悟くんは正しいかもしれないけど、優しくないよね』

 言葉が頭を巡る。
 世間一般的に異常なものだとしても、類からしたら非難されるいわれはないのかもしれない。
 俺には判断がつかない。見なかったことにするべきなのだろうか。

 そんな風に悶々と悩みつつ登校すれば、類も学校に来ていた。

「……おはよ」

 いつものように類が声をかけてくれるが、どこかピリピリしている。

「おはよう」

「……あの、さ。ちょっと顔貸してくんねぇかな」

「……構わない」

 俺は初めてホームルームをさぼると、類に連れられて屋上へ向かった。
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