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chapter3
step.22-2 秘密と嘘
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* * *
その頃になると一緒にいた俺たちだけじゃなく、クラスの生徒たちもソウのことを心配し始めていた。どうしたんだろうね、と話す声をよく聞いた。熱心なソウのファンは何度か職員室に聞きにいっていた。
ある朝のホームルーム。
深刻な表情を浮かべた担任が教壇に立った。その表情に胸騒ぎがした。
「みんなが気に掛けている汐崎なんだが……」
担任は一度言葉を句切ると、少し悲しげに目線を落として続けた。
「学校を辞めることになった」
俺は耳を疑った。
辞める? ソウが学校を? 一体……どうして。
教室中がざわついた。
女子が、口々にどういうことかと担任に質問を投げる。
担任は困ったように肩を竦めた。
「初めは、ご両親から風邪で休むという連絡を受けていたんだ。だが、本当のところは汐崎のやつ、足をケガしていてな。本人が隠したがっていたから俺もみんなには伝えなかったんだが……」
一度言葉を句切ると、担任は躊躇いつつ続ける。
「病院に行ったらかなり状態が酷くて、陸上を続けるのは難しいと言われたらしいんだ」
水を打ったように教室が静まり返った。
「俺も顧問の先生も、部活ができないからって辞める必要はないと説得してきたんだが……本人はもう心を決めてしまっていた」
心に決める、って……ソウは誰にも相談しないで、決めたのか。
俺は机の上で組んだ手に力を込めると、ソウから一切の連絡がこない携帯に意識を向けた。
入学当初から、4人で少なくない時間を一緒に過ごしてきたのに、まさか、そんな重大なことを本人からではなく、担任の口から聞くことになるなんて……
呆気に取られると同時に、寂しさが胸に込み上げてくる。
俺は前の窓際の席を見やった。
類は真っ青な顔をしていて、珍しく落ち着かない様子で親指の爪を噛んでいた。
一番仲が良かった彼のことだ、衝撃は俺とは比べようもないほど大きいに違いない。
俺たちはその日、いつもよりもずっと口数少なく過ごした。習慣で机をくっつけて昼ご飯を食べたが、ソウの話題に触れることはなかった。
彼の話題がそこらかしこから聞こえる教室で、少なくとも俺は口にしたいとは思わなかった。自分たちはその他大勢とは違う、そんな気持ちがあったのかもしれない。
けれど、言葉を飲み込めば飲み込むほど疑問は膨らんだ。
足にケガをしたって、どうして?
一体、何が迷いなく進んでいた彼の人生を壊した?
その日の放課後、類とニャン太の3人で校門を出たところで俺は立ち止まった。
それから、堪えきれずに口を開いた。
「ねぇ、ふたりとも。なんでソウがケガしたのか気にならないか?」
ふたりが振り返る。
錆色の夕空を背に、ニャン太は何か考えるようにしてから、背負っていたスクールバッグの肩ベルトをギュッと握りしめた。
「……ソウちゃんが言わなかったんだから、詮索しない方がいいのかなって」
言って、彼は顔を持ち上げた。
「そりゃ、先生から聞いた時は何で話してくれなかったの!? って、結構ショックだったけど……仲がいいからこそ言えないこともあるのかも、って思い直したよ」
「……類も? ニャン太と同じ?」
「……そうな。原因とかは……知りたいとは思わねぇよ。今更っつーか、もうソウは辞めちまったわけだし」
ふたりの答えに俺は俯いた。
あまりに……冷たいと思った。
「……俺は、納得できないよ」
ゆるりと首を左右に振る。
「ふたりとも、ソウがどれだけ陸上に本気で打ち込んでたか知ってるだろ。それが、こんな突然……俺は納得できない」
「……1番納得できてないのは、ソウちゃんだよ」
「そんなのわかってるよ。だけど……」
調べて、原因を知って……そんなことをしてもソウのケガがなかったことになる訳じゃない。
それは百も承知だ。
だとしても何も知らないまま、他人から告げられた事実だけを受け止めることなんて出来なかった。
「帝人。ソウちゃんのこと信じよ。落ち着いたら絶対連絡くれるからさ」
ニャン太が励ますように微笑む。
「本当に?」
それに俺は固い声で問い掛けた。
「俺からしたらふたりは軽く考え過ぎてる気がするよ」
戸惑うふたりを、俺は順番に見つめる。
「学校っていう共通項がなくなったら、俺たちを繋ぎとめるものはもう何もないんだ。俺は……このままソウが、俺たちの人生からフェードアウトしてしまうのが怖い。そうしたら俺たちだって元に戻れない気がするから」
彼の欠けは彼だけで留まらない。
きっと顔を合わせれば、俺たちは寂しく思う。
「帝人……」
ニャン太は困ったようにハの字に眉根を下げた。
類に目を向ければ、彼は気まずそうに目線を落とす。
そもそも君は……本当にこのままでいいのか?
何も知らないままソウを手放して本当にいいのか?
口を突いて出かかった言葉を飲み込んで、俺は代わりのセリフを舌に乗せた。
「俺は……納得したいよ」
彼の夢を応援していたことを、4人で過ごした楽しい時間を、理由もわからずおしまいにするのは寂しい。
納得しないと俺だって前に進めない。
ふたりは押し黙ったまま、何も言わなかった。
しばらく待ってから、俺は「今日はひとりで帰るね」と告げると別れた。
その頃になると一緒にいた俺たちだけじゃなく、クラスの生徒たちもソウのことを心配し始めていた。どうしたんだろうね、と話す声をよく聞いた。熱心なソウのファンは何度か職員室に聞きにいっていた。
ある朝のホームルーム。
深刻な表情を浮かべた担任が教壇に立った。その表情に胸騒ぎがした。
「みんなが気に掛けている汐崎なんだが……」
担任は一度言葉を句切ると、少し悲しげに目線を落として続けた。
「学校を辞めることになった」
俺は耳を疑った。
辞める? ソウが学校を? 一体……どうして。
教室中がざわついた。
女子が、口々にどういうことかと担任に質問を投げる。
担任は困ったように肩を竦めた。
「初めは、ご両親から風邪で休むという連絡を受けていたんだ。だが、本当のところは汐崎のやつ、足をケガしていてな。本人が隠したがっていたから俺もみんなには伝えなかったんだが……」
一度言葉を句切ると、担任は躊躇いつつ続ける。
「病院に行ったらかなり状態が酷くて、陸上を続けるのは難しいと言われたらしいんだ」
水を打ったように教室が静まり返った。
「俺も顧問の先生も、部活ができないからって辞める必要はないと説得してきたんだが……本人はもう心を決めてしまっていた」
心に決める、って……ソウは誰にも相談しないで、決めたのか。
俺は机の上で組んだ手に力を込めると、ソウから一切の連絡がこない携帯に意識を向けた。
入学当初から、4人で少なくない時間を一緒に過ごしてきたのに、まさか、そんな重大なことを本人からではなく、担任の口から聞くことになるなんて……
呆気に取られると同時に、寂しさが胸に込み上げてくる。
俺は前の窓際の席を見やった。
類は真っ青な顔をしていて、珍しく落ち着かない様子で親指の爪を噛んでいた。
一番仲が良かった彼のことだ、衝撃は俺とは比べようもないほど大きいに違いない。
俺たちはその日、いつもよりもずっと口数少なく過ごした。習慣で机をくっつけて昼ご飯を食べたが、ソウの話題に触れることはなかった。
彼の話題がそこらかしこから聞こえる教室で、少なくとも俺は口にしたいとは思わなかった。自分たちはその他大勢とは違う、そんな気持ちがあったのかもしれない。
けれど、言葉を飲み込めば飲み込むほど疑問は膨らんだ。
足にケガをしたって、どうして?
一体、何が迷いなく進んでいた彼の人生を壊した?
その日の放課後、類とニャン太の3人で校門を出たところで俺は立ち止まった。
それから、堪えきれずに口を開いた。
「ねぇ、ふたりとも。なんでソウがケガしたのか気にならないか?」
ふたりが振り返る。
錆色の夕空を背に、ニャン太は何か考えるようにしてから、背負っていたスクールバッグの肩ベルトをギュッと握りしめた。
「……ソウちゃんが言わなかったんだから、詮索しない方がいいのかなって」
言って、彼は顔を持ち上げた。
「そりゃ、先生から聞いた時は何で話してくれなかったの!? って、結構ショックだったけど……仲がいいからこそ言えないこともあるのかも、って思い直したよ」
「……類も? ニャン太と同じ?」
「……そうな。原因とかは……知りたいとは思わねぇよ。今更っつーか、もうソウは辞めちまったわけだし」
ふたりの答えに俺は俯いた。
あまりに……冷たいと思った。
「……俺は、納得できないよ」
ゆるりと首を左右に振る。
「ふたりとも、ソウがどれだけ陸上に本気で打ち込んでたか知ってるだろ。それが、こんな突然……俺は納得できない」
「……1番納得できてないのは、ソウちゃんだよ」
「そんなのわかってるよ。だけど……」
調べて、原因を知って……そんなことをしてもソウのケガがなかったことになる訳じゃない。
それは百も承知だ。
だとしても何も知らないまま、他人から告げられた事実だけを受け止めることなんて出来なかった。
「帝人。ソウちゃんのこと信じよ。落ち着いたら絶対連絡くれるからさ」
ニャン太が励ますように微笑む。
「本当に?」
それに俺は固い声で問い掛けた。
「俺からしたらふたりは軽く考え過ぎてる気がするよ」
戸惑うふたりを、俺は順番に見つめる。
「学校っていう共通項がなくなったら、俺たちを繋ぎとめるものはもう何もないんだ。俺は……このままソウが、俺たちの人生からフェードアウトしてしまうのが怖い。そうしたら俺たちだって元に戻れない気がするから」
彼の欠けは彼だけで留まらない。
きっと顔を合わせれば、俺たちは寂しく思う。
「帝人……」
ニャン太は困ったようにハの字に眉根を下げた。
類に目を向ければ、彼は気まずそうに目線を落とす。
そもそも君は……本当にこのままでいいのか?
何も知らないままソウを手放して本当にいいのか?
口を突いて出かかった言葉を飲み込んで、俺は代わりのセリフを舌に乗せた。
「俺は……納得したいよ」
彼の夢を応援していたことを、4人で過ごした楽しい時間を、理由もわからずおしまいにするのは寂しい。
納得しないと俺だって前に進めない。
ふたりは押し黙ったまま、何も言わなかった。
しばらく待ってから、俺は「今日はひとりで帰るね」と告げると別れた。
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